学位論文要旨



No 213775
著者(漢字) 小林,直樹
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ナオキ
標題(和) 直列コンデンサによる基幹電力系統の安定運用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213775
報告番号 乙13775
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13775号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
内容要旨

 直列コンデンサは,容量性のリアクタンスを持つコンデンサを,電力系統の送電線に直列に接続した機器である。直列コンデンサは送電線の持つ誘導性のリアクタンスを補償し,等価的に送電線や系統のリアクタンスを小さくすることにより,電力系統の安定度等を向上させる効果を持ち,電力系統に応用されて久しい。しかしながらその基幹電力系統への適用形態は,主として放射状の電源系統における安定度向上,さらに,欧米においては並行する送電線の電力潮流制御などの目的に多く使用されており,ループ系統を多く含む基幹系統への適用例は少なく,そのような設置形態に関する検討はほとんど行われていない。

 またその一方で,パワーエレクトロニクス機器を用いた系統機器(FACTS機器:Flexible AC Transmission System)による高度な系統運用が国内外で注目を集めており,コンデンサに並列接続されたサイリスタを制御することによって,容量(リアクタンスの大きさ)を可変とした可変直列コンデンサは,その中心的な機器と考えられている。わが国の電力系統,特に首都圏では,世界でも稀な高密度需要地域に大電力を送電するため,複数の外輪系統によって強固に連系され,多数のループを持つ基幹送電線ネットワークを構築することにより,各種の安定性を維持する系統構成となっている。したがって,可変直列コンデンサの設置形態は,基幹送電線ネットワークのループ内への設置となることが予想される。

 そこで本論文では,直列コンデンサをループを含む基幹系統に適用するための研究課題を整理し,その課題を解決し,直列コンデンサによる基幹系統の安定運用方策としてまとめた。

 まず本論文では,直列コンデンサのループ系統における潮流制御機能を利用した,系統の送電電力増大の観点からみた最適な設置手法を構築した。さらに,直列コンデンサの電圧安定性向上効果について検討し,並列コンデンサとの比較,ループ系統への適用と放射状系統への適用との比較などを行い,電圧安定性から見た直列コンデンサの適用のあり方を示した。次に,可変直列コンデンサによる系統安定度の向上効果について,コンデンサに逆並列接続されたサイリスタのオンオフにより,全体としての直列コンデンサの容量を可変とする,直列コンデンサのオンオフ離散制御方式を提案した。さらに,その最適な設置手法と制御系の設計方法を開発した。次に,直列コンデンサの適用上の大きな課題である,発電機の低周波軸ねじれ共振現象(Subsynchronous Resonance:SSR)を,ループ系統を含む多機系においても定量的に評価する手法として,周波数走査法を用いた評価手法を開発した。また,その低周波軸ねじれ共振現象を,容量を可変とした直列コンデンサ自身によって抑制する制御方式も開発した。本論文は以下の6章からなる。以下に,各章の詳細を述べる。

 第1章「序論」では,直列コンデンサの歴史と現状を述べ,次いで直列コンデンサに関する国内外の研究動向を整理し,直列コンデンサによる基幹電力系統の安定化のためには,種々の課題があることを指摘した。具体的には,

 1.潮流制御から見た直列コンデンサのあり方

 2.電圧安定性向上から見た直列コンデンサのあり方

 3.安定度向上から見た直列コンデンサ(可変直列コンデンサ)のあり方

 4.低周波軸ねじれ共振の評価手法と抑制方式の開発である。

 第2章「直列コンデンサによる潮流制御の最適化」では,可変直列コンデンサのみならず,それを包含するFACTS機器(容量連続可変の移相器,可変直列リアクトル)による潮流制御の観点からみた,電力系統の送電可能電力の増大,および系統の無効電力損失最小化について検討し,次の結果を得た。

 1.発電力や需要の伸びをシナリオとして設定した場合,系統中の最小カットの存在により,限界送電電力が決定されることを示した。

 2.系統の無効電力損失の最小化からみた潮流制御について検討した。負荷分布を固定し,発電力分布をパラメータとした場合の系統の無効電力最小化問題について検討し,全ての発電機の内部位相角を同一の値にすれば良いことを示した。

 3.FACTS機器の潮流制御による系統の無効電力損失の変化が,FACTS機器設置前の潮流に依存しないことを示した。

 次に,上の結果を利用して,潮流制御の観点から見た,FACTS機器の最適設置問題を定式化した。具体的には,

 1.系統の限界送電電力を最大化

 2.系統の無効電力損失を最小化

 3.FACTS機器の所要設備量を最小化

 という3つの問題について3段階の計画問題として定式化し,1.と3.のみを考慮した2段階の計画問題についても定式化した。これら提案する各手法により,可変直列コンデンサなどのFACTS機器の導入による系統の限界送電電力,および無効電力損失と所要設備量から見た最適な機器の設置点を容易かつ高速に求めることができるようになった。

 第3章「直列コンデンサによる電圧安定性向上」では,電圧安定性向上を目的とした直列コンデンサの設置に対し,並列コンデンサとの比較,ループ系統への適用と放射状系統への適用との比較などを行い,

 1.直列コンデンサは,並列コンデンサだけでは電圧安定性が制約となり,送電線熱限界までの送電ができない送電線に設置すべきである。

 2.電圧安定性の指針の一つである無効電力損失からみた場合,直列コンデンサの設置個所は系統のループ内でなく,放射状の部分への設置が有利である。

 という結論を得た。

 第4章「直列コンデンサのオンオフ離散制御による系統安定度向上」では,サイリスタ制御を付加することにより,容量を可変とした直列コンデンサによる系統安定度の向上効果について,直列コンデンサのオンオフ離散制御方式を主たる対象として,その最適な設置手法と制御系の設計方法の開発を中心として,以下の研究を行った。

 1.コンデンサに逆並列接続されたサイリスタのオンオフにより,全体としての直列コンデンサの容量を可変とする,直列コンデンサのオンオフ離散制御方式を提案した。

 2.直列コンデンサのオンオフ離散制御に伴う課題の一つとして,直列コンデンサ電圧の零点推移現象が発生しやすくなることを示し,その解決策を示した。

 3.上述の提案制御方式を一般多機系に拡張,直列コンデンサ至近端の信号を制御入力とする,容量可変の直列コンデンサの一般多機系におけるダンピング向上制御の制御系設計手法を提案した。さらに,複数の動揺モードを有する多機系に適用し,設計目標値通りのダンピングが得られることを明らかにした。

 第5章「低周波軸ねじれ共振現象の評価手法と抑制方式」では,発電機の低周波軸ねじれ共振現象(SSR)を,ループ系統を含む多機系においても定量的に評価する手法として,発電機を多数含む系統を対象とした,周波数走査法によるダンピング数値解析プログラム,Damping Analysis Program for Multi-Generation Power Systems:DAMP)を開発した。さらに,直列コンデンサのオンオフ離散制御における,SSRの抑制対策の開発を行った。具体的には,

 1.直列コンデンサの容量変化による,系統リアクタンスのステップ状の変化により発生する軸ねじれ振動の初期振幅を抑えるために,直列コンデンサの挿入/短絡タイミングの最適化

 2.SSRによる軸ねじれ振動の増大を抑制する対策として,SSRが発生する直列コンデンサの容量を避ける制御方式

 を提案し,両者を4章で提案した安定度向上制御に付加して,その効果をシミュレーションにより確認した。

 第6章「結論」では本研究で得られた結果を総括し,直列コンデンサによる基幹系統の安定運用方策としてまとめた。

審査要旨

 本論文は,「直列コンデンサによる基幹電力系統の安定運用に関する研究」と題し,6章より成る。

 第1章は「序論」で,本研究で対象とする直列コンデンサの歴史と現状を述べ,次いで直列コンデンサに関する国内外の研究動向を整理し,直列コンデンサによる基幹電力系統の安定運用のためには潮流制御,系統安定性向上,電圧安定性向上,低周波軸ねじれ共振の評価と抑制から見た直列コンデンサのあり方に様々な課題があることを指摘している。

 第2章は「直列コンデンサによる潮流制御の最適化」と題し,可変直列コンデンサを含むFACTS機器(容量連続可変の移相器,可変直列コンデンサ・リアクトル)による電力系統の送電可能電力の増大,および系統の無効電力損失最小化について,潮流制御の観点から検討し,限界送電電力の決定条件,系統の無効電力損失最小の条件を明らかにしている。次に,これらの条件を利用して,潮流制御の観点から見たFACTS機器の最適設置問題を,まず系統の限界送電電力を最大化,次に系統の無効電力損失を最小化し,最後にFACTS機器の所要設備量を最小化するという3段階の計画問題として定式化している。本提案手法により,可変直列コンデンサなどのFACTS機器の導入による系統の限界送電電力,および無効電力損失と所要設備量から見た最適な機器の設置点を容易かつ高速に求めることを可能にしている。

 第3章は「直列コンデンサによる電圧安定性向上」と題し,電圧安定性向上を目的とした直列コンデンサの設置に関して,並列コンデンサとの比較,ループ系統への適用と放射状系統への適用との比較などを行い,並列コンデンサだけでは電圧安定性が制約となり熱限界までの送電ができない送電線に設置すべきことや,無効電力損失からみた場合,設置個所は系統のループ内でなく,放射状の部分の設置が有利であることを明らかにしている。

 第4章は「直列コンデンサのオンオフ離散制御による系統安定度向上」と題し,サイリスタ制御を付加することにより容量を可変とした直列コンデンサによる系統安定度の向上効果について,直列コンデンサのオンオフ離散制御方式を主たる対象として,その最適な運用手法と制御系の設計方法の開発を行っている。この直列コンデンサのオンオフ離散制御に伴って直列コンデンサ電圧の零点推移現象が発生しやすくなることを示し,その解決策も示している。そして,上述の提案制御方式を一般多機系に拡張し,直列コンデンサ設置箇所至近端の信号を制御入力とする,容量可変の直列コンデンサのダンピング向上制御系設計手法を提案している。さらに,これを複数の動揺モードを有する多機系に適用し,設計目標値通りのダンピングが得られることを明らかにしている。

 第5章は「低周波軸ねじれ共振現象の評価手法と抑制方式」と題し,発電機の低周波軸ねじれ共振現象(SSR)をループ系統を含む多機系において定量的に評価する手法として,周波数走査法によるダンピング数値解析プログラムを開発し,さらに,第4章で提案している直列コンデンサのオンオフ離散制御におけるSSRの抑制対策の検討を行っている。直列コンデンサのオンオフ離散制御によって系統リアクタンスがステップ状に変化するが,これにより発生する軸ねじれ振動の初期振幅を抑えるための直列コンデンサの挿入/短絡タイミングの最適化方式と,SSRによる軸ねじれ振動の増大を抑制する対策として,SSRが発生する直列コンデンサの容量を回避するオンオフ制御方式を提案し,両者を第4章で提案した安定度向上制御に付加して,その効果をシミュレーションにより確認している。

 第6章は「結論」で,本研究で得られた知見をまとめている。また,今後の課題についても述べている。

 以上を要するに,本論文は,ループを含む基幹電力系統に直列コンデンサを適用する際の様々な課題について検討したもので,電力潮流制御,電圧安定性向上の観点から見た最適設置計画手法,系統安定性向上のためのオンオフ離散制御手法,その制御系設計手法,そして直列コンデンサにより問題となる低周波軸ねじれ共振現象の抑制方式を提案し,モデル系統に対し数値シミュレーションを行ないその有効性を明らかにしたもので,電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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