学位論文要旨



No 213777
著者(漢字) 奥山,浩之
著者(英字)
著者(カナ) オクヤマ,ヒロユキ
標題(和) ZnMgSSeを用いたII-VI族化合物半導体のMBE成長とその半導体レーザへの応用
標題(洋)
報告番号 213777
報告番号 乙13777
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13777号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 近年の情報化社会の進展に伴い,その情報記録のさらなる高密度化,高速化が求められている.その代表的方法である光記録の高密度化を実現することは特に重要になっている.また,フラットパネルディスプレイに代表されるフルカラー表示素子に対する要望も高まっており,これら高密度情報記録,表示素子等を完成させるために,より短い波長の緑,青色半導体レーザを実現させる必要がある.これらの緑,青色半導体レーザを実現するためには,バンドギャップの大きい従来にない材料を用いて作製しなければならないが,その一つの方向に,II-VI族化合物半導体を用いることが考えられる.

 本論文は,II-VI族化合物半導体を用いて半導体レーザを実現するために,まず,様々なII-VI族化合物半導体の分子線エピタキシー(MBE)による結晶成長を行い,得られた結晶の物性を様々な角度から評価し,その結果から最も適当な材料を選択し,実際に緑,青色半導体レーザを試作するまでの研究成果をまとめたものである.本論文で明らかにしたことは各章ごとに以下のように要約される.

 第1章では,半導体レーザ,II-VI族化合物半導体,MBEを用いた結晶成長,および,バンド構造の理論等に関する従来の研究を振り返り,本論文の位置づけを行うとともに,本論文の持つ意義と目的を述べた.

 第2章では,まず,修正誘電理論を提案した.この理論では,格子間距離の関数で表される共有性バンドギャップにs様電子のd軌道による遮蔽効果を考慮し,イオン性バンドギャップを陽イオン元素と陰イオン元素の電気陰性度差に比例するとするもので,これを用いてII-VI族化合物半導体の閃亜鉛鉱構造のバンドギャップを計算した.

 次に,II-VI族化合物半導体レーザに対して,適切なクラッド層材料がそれまでには見いだされていなかったので,IIa族のMgに着目した.閃亜鉛鉱構造の格子定数は陽イオン元素,陰イオン元素の共有結合半径の和から求められるが,II族元素には,原子番号の小さいMgの共有結合半径に対しZnの共有結合半径が小さいという,この他の族の元素とは異なる例外的な傾向が存在することに着目し,混晶Zn1-xMgxSySe1-yをクラッド層材料として初めて提案した.三元混晶の成長から,閃亜鉛鉱構造でのMgSとMgSeのバンドギャップ(E0)は室温でそれぞれ4.45±0.2eV,3.59eV,また,MgSとMgSeの格子定数は0.562nm,0.589nmと求められた.次に,四元混晶のZnMgSSeを成長して考察した結果,本研究で示したZnSeに近い領域では閃亜鉛鉱構造になっていることがわかり,結晶構造の異なる二元化合物同士の混晶では,主要な成分の化合物が持つ結晶構造で成長することがわかった.ZnMgSSeはZnSSe及びGaAs基板と格子整合し,格子整合する組成はVegardの法則で表され,その組成でのバンドギャップは室温で2.7eV程度から4eV程度まで変化させることができる.これらの事項より,ZnMgSSeはII-VI族化合物半導体レーザのクラッド層としての必要条件を満たしていることが明らかになった.

 第3章では,n型及びp型ZnMgSSeを作製した.n型ZnMgSSe:Clの最大ドナー濃度はND-NA=3x1018cm-3以上であり,半導体レーザデバイスへの適用を考えるとき十分な値であることがわかった.p型ZnMgSSeのドーパントには活性窒素を用いた.その最大アクセプタ濃度はZn1-xMgxSySe1-yのバンドギャップの増大(MgとSの組成比,xとy)と共に急激に減少することがわかり,半導体レーザでアクセプタ濃度NA-ND=5x1016cm-3程度以上得るために,GaAsに格子整合する組成で,Zn1-xMgxSySe1-yの組成比,及びバンドギャップの範囲は各々x<0.16,y<0.23,Eg(77K)<3.05eVが必要となることが明らかになった.

 第4章では,まず,HarissonのLCAO理論による計算と,直接的なバンド不連続の測定方法であるXPSによる実験から,Zn(S)Se/ZnMgSSeのバンド構造はタイプ-I構造となり,キャリアの閉じ込めが十分に出来ることを示した.

 次に,ZnMgSSeの反射スペクトルの測定から,GaAsに格子整合するZnMgSSeのバンドギャップを増大することで屈折率が減少することを示し,DH構造の材料としてに活性層にZnS0.06Se0.94,ZnSeを用い,ZnMgSSeをクラッド層として用いれば光の閉じ込めが可能であることを示した.

 さらに,光とキャリアの閉じ込めを確認するためにアンドープZn(S)Se/ZnMgSSeDH構造を作製し,その光励起発振を初めて観測した.キャリアの閉じ込めは有効に行われており,光とキャリアの相互作用も行われていると考えると光の閉じこめも良好であることが実際のDH構造で確認された.

 第5章では,ZnMgSSeを用いてII-VI族化合物半導体の成長機構を議論した.II-VI族化合物半導体の成長は2成分系であるが,この混晶を例として一般的な2成分系の成長機構を次のモデルにより考察した.(1)正味の分子線は,分子線強度とその最大付着係数の積で表される.(2)II族元素で覆われた面をII族面,VI族元素で覆われた面をVI族面と定義して,II族面の被覆率とVI族面の被覆率の和を1とする.(3)付着原子の取り込み量はII族元素の付着原子濃度とVI族面被覆率の積,または,VI族元素の付着原子濃度とII族面被覆率の積に比例する.(4)ZnやMgなどのII族元素の脱離をII族面上とVI族面上に分け,SやSeなどのVI族元素の脱離をII族面上とVI族面上に分け,考察を行う.この際,S,Seは脱離時にSk,Sekなどのクラスタの状態で脱離すると考える.(5)表面からの脱離は成長温度が280℃以下であれば無視する.以上のモデルを用いて計算を行うことで,Zn1-xMgxSySe1-yの組成比,成長速度,表面再配列構造等の実験値を説明することができた.さらに,実験,計算結果双方から,c(2×2)表面再配列構造が観測されたときの成長速度,組成比の変化の傾向は(2×l)表面再配列構造が観測されたときの傾向に比較して異なることを示した.

 第6章では,実際にデバイスを試作した結果を述べた.まず,GaAs:Si基板上にZnSe/ZnMgSSe多重量子井戸(MQW)を活性層に,Zn0.90Mg0.10S0.18Se0.82をクラッド層に用いたDH構造を作製し,77Kで連続発振に初めて成功した.次に,結晶成長の最適化を行い,活性層のn型ドープと混晶の制御性向上により,p型ZnTe:Nコンタクト層(10nm)/p型ZnTe/ZnSe超格子層/p型ZnSSe:Nキャップ層(500nm)/p型ZnMgSSe:Nクラッド層(800nm)/ZnSe活性層(62nm)/n型ZnMgSSe:Clクラッド層(1m)/n型ZnSe:Clバッファ層(10nm)/n型(100)GaAs基板を作製し,閾値1.15A,閾値電流密度20kA/cm2,発振波長471nmで室温発振することに成功した.ZnSeを活性層としたワイドギャップII-VI族化合物半導体レーザのバルク活性層による室温発振は世界的にも最初である.さらに,電子正孔プラズマ状態とバンドギャップリノーマリゼーション,及びフィリングを考慮することにより,矛盾なく上述のデバイスによる発光エネルギーを説明することができた.

 第7章では,閾値を低減するため,ZnCdSeを用いた分離閉じ込めヘテロ(SCH)構造について述べた.活性層とクラッド層とのバンドギャップ差をさらに増大させるために,転位の入らない臨界膜厚以下でのZnCdSeを組み合わせてZnCdSe/ZnSSe/ZnMgSSeSCH構造半導体レーザを提案した.デバイス構造はほとんど変えることなく,活性層の組成のみを変えてそのバンドギャップを変化させ,発振波長と閾値電流密度との関係を調べた結果,ZnCdSe層のCdの組成を増大していくと,発振波長は長波長化し,閾値電流密度は500A/cm2まで低減することが明らかになった.これは,活性層とクラッド層とのバンドギャップ差が増大していくと共に,キャリアの閉じ込めが十分となり,漏れ電流が減少したことを示している.また,III-V族化合物半導体レーザとの閾値の比較を行った結果,破壊的光学損傷(COD)レベルや,閾値電流密度の最小値はほとんど優劣の差がないことがわかった.

 第8章では,本研究によって得られた内容と今後の課題についてまとめ,本論文の結論を述べた.

 以上要するに,本論文はZnMgSSeなる独自の材料の提案とその結晶成長を行い,その物性値を示し,レーザ構造のクラッド層として必須であることを示したものである.さらに,その電気伝導型の制御とDH構造の作製が可能であることを示し,結晶成長機構から考察を進めることで,ZnSe活性層またはZnCdSe活性層,ZnMgSSeクラッド層を用いたレーザデバイスの77K,室温での発振に成功したことを述べたものである.

審査要旨

 本論文は,短波長半導体レーザを実現するため,様々なII-VI族化合物半導体を分子線エピタキシー(MBE)により結晶成長させ,その物性を評価し,レーザを試作するまでの研究成果をまとめたもので8章からなる。

 第1章は,序論であり本研究の位置づけを行うとともに,本論文の持つ意義と目的を述べている。

 第2章では,まず,修正誘電理論を提案し,これを用いて閃亜鉛鉱構造を持つII-VI族化合物半導体のバンドギャップを計算している。クラッド層材料としてはII族のMgに着目し、混晶Zn1-xMgxSySe1-yを用いることを初めて提案している。さらに実際に三元混晶を成長し,MgSとMgSeのバンドギャップ(E0)は室温でそれぞれ4.45±0.2eV,3.59eV,また,MgSとMgSeの格子定数は0.562nm,0.589nmであることを示した。次に,四元混晶のZnMgSSeを成長し、同結晶はZnSSe及びGaAs基板と格子整合し,その組成でのバンドギャップは室温で2.7eV程度から4eV程度まで変化させることができることから,ZnMgSSeはII-VI族化合物半導体レーザのクラッド層としての必要条件を満たしていることを明らかにしている。

 第3章では,n型及びp型ZnMgSSeの作製について述べている。n型はClを添加することにより、p型は活性窒素を用いることにより得られることを示し、半導体レーザでアクセプタ濃度NA-ND=5x1016cm-3程度以上得るためには,GaAsに格子整合する組成で,Zn1-xMgxSySe1-yの組成比、及びバンドキャップの範囲を各々x<0.16,y<0.23,Eg(77K)<3.05eVとする必要があることを明らかにしている。

 第4章では,Zn(S)Se/ZnMgSSeのバンド構造はタイプI構造となり,キャリアの閉じ込めが十分に出来ることを理論計算により示した後、GaAsに格子整合するZnMgSSeのバンドギャップを増大すると屈折率が減少することを用い,活性層をZnS0.06Se0.94,ZnSeとし,ZnMgSSeをクラッド層とすることにより光の閉じ込めが可能であることを指摘し、実験的に確認している。

 第5章では,ZnMgSSeを例としてII-VI族化合物半導体の成長機構を議論している。分子線の付着率、結晶表面の被覆率、結晶への原子のとりこみ等につきモデルをたて計算をおこなっているが、これを用いて,Zn1-xMgxSySe1-xの組成比,成長速度,表面再配列構造等の実験値を説明することができた。さらに,実験,計算結果双方から,c(2x2)表面再配列構造が観測されたときの成長速度,組成比の変化の傾向は(2x1)表面再配列構造が観測されたときの傾向に比較して異なる理由を説明した。

 第6章では,実際にデバイスを試作した結果を述べている。まず,GaAs:Si基板上にZnSe/ZnMgSSe多重量子井戸(MQW)を活性層に,Zn0.90Mg0.10S0.18Se0.82をクラッド層に用いたダブルヘテロ構造を作製し,77Kで連続発振に成功し、さらに,結晶成長の最適化を行い,閾値1.15A,閾値電流密度20kA/cm2,発振波長471nmで室温発振することに世界的にもはじめて成功している。

 第7章では,閾値を低減するため,ZnCdSeを用いた分離閉じ込めヘテロ(SCH)構造について述べている。活性層とクラッド層とのバンドギャップ差をさらに増大させるために,ZnCdSe/ZnSSe/ZnMgSSeSCH構造歪系半導体レーザを提案しているがデバイス構造はほとんど変えることなく,活性層の組成のみを変えてそのバンドギャップを変化させ,発振波長と閾値電流密度との関係を調べた。ZnCdSe層のCdの組成を増大していくと発振波長は長波長化し,閾値電流密度は500A/cm2まで低減することを明らかにしている。

 第8章では,本研究によって得られた内容と今後の課題についてまとめ,本論文の結論を述べている。

 以上これを要するに,本論文はZnMgSSeなる独自の材料を提案し,これをレーザ構造のクラッド層に用いることによりダブルヘテロ構造の作製が可能であることを示し,ZnSe活性層またはZnCdSe活性層を用いたレーザデバイスの室温発振に成功したもので電子工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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