学位論文要旨



No 213779
著者(漢字) 福富,禮治郎
著者(英字)
著者(カナ) フクトミ,レイジロウ
標題(和) クロスバ交換方式の研究
標題(洋)
報告番号 213779
報告番号 乙13779
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13779号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,忠夫
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 浅野,正一郎
内容要旨

 わが国の電話交換方式の歴史でクロスバ交換方式の開発は戦後最大のプロジェクトで小局用のC2形クロスバ、大中局用C400形クロスバはわが国に大量導入されただけでなく、海外にも大量に輸出された。これらのクロスバ交換方式もわが国では今年7月ですべて電子交換方式に代った。

 クロスバ交換方式が終焉するに当って今後クロスバ交換方式を論ぜられることもないと思われるので、本論文はクロスバ交換方式の一部を詳細に述べるのではなく、システムとしてクロスバ交換方式の構築について外部条件が交換方式に与えた影響を具体的に解明し、クロスバ交換方式の構造及び主なサブシステムの特徴および相互関連を明らかにした。

 システム開発は全体の構想を確立した上利用可能な技術を使って外部条件のもとサブシステムを選択する。サブシステムは独自性よりシステム全体としての調和が大切である。一方では詳細な点まで徹底した検討がされねばならない。オーケストラの指揮者のようにリーダの指揮が重要である。

 次に具体的なシステムとして筆者が開発に当ったなかからC2形クロスバ、C400形クロスバ方式のシステム構成決定の理由及び主な特徴、筆者の考案した点を中心に述べる。

 2章では自動交換機の発明からクロスバ交換方式に到るまでの交換技術の流れを概観し、第2次大戦後世界各国が次の交換方式を求めるなか、わが国はクロスバ交換方式と決め独自の方式を開発することとした状況について述べる。

 3章では外部条件が交換方式に及ぼす影響を具体的に解明した。

 交換方式の容量は適用地域によって決定される。わが国がクロスバ交換方式の開発に着手した時はわが国の電話加入数が155万で大半の局が数千端子であったが、C400クロスバ開発の時は電話加入数は1,000万に近くなり数万端子の局も生れていた。

 番号方式は交換方式の決定に最も大きな影響を与えたにも拘らず従来その関係を明確にしたものがないのでその関係を解明した。日本の市外識別番号は最初の数字"0"で次の数字は大地域を指定し以下の数字は前の数字の地域内の小地域を指定するのに反し、米国では、第2数字"0"、"1"を持つ最初の3桁を市外局番号としたため、市内交換機にS×S方式は不適で市外番号は交換機で3桁を全部展開せねばならなかった。市内番号に既存手動交換網への調和を考えて欧米で導入されたのが文字ダイヤルであるが、文字ダイヤルのままでは通信網の構築ができず接続用番号への変換が必要となった。この番号変換装置を持ったパネル交換機を米国で大都市用に開発導入したが、高価なものとなったため大都市用クロスバ交換機が開発された。わが国の大都市は文字ダイヤルを採用せず、最初の数字で区画を決める区画番号方式でS×S方式に適しており、この既存通信網への調和を考え独自のステージ方式C4.5クロスバ方式を開発した。

 通信網の基本的構造についてはタンデム形式の比較と接続原理として経路符号方式と着局符号方式の比較について述べる。料金制度と番号方式と交換方式との密接した関連について具体的に述べる。新サービスを行なうにはS×S方式は群分割が必要でありステージ方式では加入者クラスの転送が必要であるがコンモン方式ではその必要がない利点がある。

 4章ではクロスバ交換方式の構造について方式を構成するサブシステムの特徴、相互関連、外部条件のもとでの選択について述べる。クロスバスイッチからなる通話路構成の1段接続から2段、3段、4段の各接続の特徴を述べ、最初に開発したクロスバ方式がS×S方式との調和からタンデム接続を中心としたステージ方式をとりC4クロスバが3段接続、C5クロスバが2段接続となった理由を述べる。

 具体的なフレーム構成には、クロスバスイッチの垂直路または水平路に回線またはリンクを収容する問題点を述べ特に加入者回線を垂直路または水平路に収容する点の問題を述べる。

 クロスバ局相互にMF信号をとった上Link by Link接続を採用した結果クロスバ局相互は直通回線が主体となってS×Sとは別網となり、タンデムは迂回中継用でS×Sのタンデムと異なったものとなった。

 C4.5クロスバの開発ではPost dialing delayが長くなる事を重視しその対策としてレジスタセンダ併合形が望ましく、一方MF信号の場合や、ほとんどが自局内線通話の地方都市では分離形が望ましい。併合形がとりにくいコンモン方式に較べ両方が容易にとれるステージ方式の特徴を考えた。実際にはPost dialing delayは大きな問題ではないことが判りレジスタセンダの併合形は使われることなくステージ方式の根據なくなった。

 レジスタセンダへ回線を接続する接続路の問題で特に重要なのがS×S局から接続される場合である。加入者から次のダイヤルパルスが来る前に入レジスタへの接続を完結していなければならない。そのため従来は1段接続フレームとしていたが、レジスタが大群となるとスイッチが急増する問題がある。

 情報処理はクロスバの特徴で接続を制御する入線クラスの識別方法について述べる。ステージ方式はステージ間に情報転送が生じ不経済となるためステージを直列に接続することは行なわれなかった。情報処理装置として各種トランスレータの適用について述べる。

 制御方式として最も重要なのは出回線選択方法で、マーカとデコーダを分離する方法はデコーディング量の多い市外クロスバ系に使われ、併合する方法は市内クロスバに使われる。特に米国のNo.4クロスバは米国市外番号3桁をすべて識別する必要がありカードトランスレータが開発されたが機械動作で保留時間が長くその影響を少なくするためにマーカとデコーダ分離は必然であった。

 クロスバスイッチを動作させるためのチャンネル選択に並列試験と直列試験がありその特徴を比較した。

 5章では小局クロスバ交換機について述べる。

 わが国では1,000加入以下の電話局が75%も占めそのほとんどが過疎の農村地域であった。このような小局ではクロスバ方式では共通制御機器の負担が大きく経済的でないとして米国ではS×S方式であった。

 筆者は共通制御方式をとりながらS×Sと類似の接続形式をとるクロスバ方式を考案することによってA形を凌駕する小局クロスバ方式を初めて開発した。

 開発後間もなくカナダのノーザンエレクトリック社に請れて技術輸出した。当時では画期的なことであった。

 当初200〜400加入で使用される期間が長く増設単位を100加入と考え最大容量を1,000加入と考えた。そのため1フレーム100加入として最小交差点の2段フレーム構成を考案した。加入者回線をクロスバスイッチの水平路に収容し電話番号に対応させてナンバグループを省略したラインロックアウト機能を持つ加入者回路を初めて継続電器2個で構成した。当時わが国の自動局はA形であったのでS×S方式の切替方式の思想をクロスバ方式に導入してトランスレータ、センダを使わない方式を初めて開発し経済性を達成した。

 その後、交換機を鉄箱に収容しトレーラで運んで設置する可搬形とした結果、局舎費、工事費、工期を節約し大量に導入され、海外にも大量に輸出された。

 6章では大局及び中局のクロスバ交換機について述べる。

 4章に述べたように大都市でステージ方式をとる理由はなくなり通話路、情報処理の点からコンモン方式の方が優れていることが判ったのでコンモン方式のC400クロスバを開発することとした。この開発に当って採用したサブシステム、筆者の考案したサブシステムの主要点について述べる。

 C4.5クロスバの開発着手時と異なり3〜4万端子の規模を限度とする交換機が必要となっていた。主フレーム構成は着信接続では入トランクと着信加入者が固定されリンクブロック率が高くなるので入トランクが2端子持つものと同等の4段接続フレーム構成とした。更にリンクブロックに遭遇する時ラインリンク、トランクリンクの両方に端子を持つ着信迂回用トランクを通して接続する着信迂回接続を筆者が考案したことにより約10%のフレーム呼量が増大した。

 一個のWK継電器だけでラインロックアウト機能の加入者回路を考案し、これをクロスバスイッチの水平路収容としてスイッチ当たり60%多く収容できるようにした。中継接続は入トランクをラインリンクにも端子を持たせて出接続として処理する米国No.5クロスバの方法は全入トランクを2端子持たせねばならないのに対し、C400クロスバでは出トランクをラインリンクにも端子を持たせることにより必要な出トランクだけを両端子持たせればよく経済的に優れた方式とした。

 信号通話路で最も重要なダイヤルパルス用入レジスタリンクを1段接続と同じ動作時間の2段接続フレームを考案したことにより、レジスタの使用能率は飛躍的に向上した。このフレームは入トランクを収容する格子のリンクが全話中の時その格子の入トランクを話中とする方式の考案によってリンクブロック率は大巾に改善できた。これを加入者ダイヤルポーズや前位セレクタの選択ステップ確率を含めシミュレーションによって総合的呼損率を求めた。MF入レジスタは設置数が少ないので1個のクロスバスイッチで構成する2段リンクフレームを考案した。

 レジスタセンダは分離形とし、直通線が主体なのでLink by Linkによる着局符号方式とした。情報処理の改善はC400クロスバの特徴の一つでラインリンクフレームで加入者クラスを作り転送していたのをやめ、トランスレータで作る方法を考案し、着信接続ではトランクナンバグループの考案で入トランク情報を直接マーカに送ることによりレジスタリンクも3線でよく情報蓄積、転送が激減した。出線の選択は迂回ルートまでを含め選択すべき出線群をトランスレータが指示する方法の考案によってデコーディングを簡単にし動作が短縮されたのでマーカとデコーダは分離せずフレームとトランクを一体として選択する方法とした。これらの結果マーカの保留時間は従来の50〜60%に短縮した。異常過負荷対策で従来手動で行っていた発信停止機能を自動制御とする方式を新に考案した。

 数千端子の中局に対してはC400クロスバと較べフレーム構成を小さくしマーカを一種類としただけでトランク、レジスタ、センダはC400の装置をそのまま使うC460クロスバ方式を開発した。こうしてC400形クロスバはC4.5クロスバに較べ継電器数で65.5%スペースで54.3%にまで経済化がなされた。

審査要旨

 本論文は「クロスバ交換方式の研究」と題し、昭和30年代から平成9年に至るまで、我が国の電話ネットワークの中枢として活用されたクロスバ交換機、特に筆者が中心となって開発し、国際的にも広く使われたC21形、C400形の市内クロスバ交換機の研究をとりまとめたものであって、全7章よりなる。

 第1章「序」ではクロスバ交換機のような複雑なシステムの設計とコンポーネント技術の関係につき、交換機設計の経験の基づく考えを整理すると共に、本論文で取り扱う範囲を示している。システムの構築は外部条件のもとでサブシステムを選択し、全体として調和のとれた構成とすることが重要であるとしている。

 第2章は「世界の自動交換方式の状況」と題し、ストロジャ方式から電子交換に至る100年間の自動交換方式の歴史を考察し、クロスバ交換機の果たした歴史的な意味を整理している。クロスバ方式にはステップバイステップ方式(ステージ方式)と共通制御方式(コンモン方式)があり、それ以前の交換方式との比較、電話番号方式との関連で各国で多様な方式が形成され、その中で共通制御方式の優位性が示されるようになった経過が述べられている。

 第3章は「交換方式の外部条件」と題し、交換方式の設計条件となる多様な条件について整理している。適用地域の加入者数の分布、番号方式、通信網の形態、料金制度、サービスの種別等が条件に当たる。特にアルファベットによる文字ダイアルを含む番号の付与が歴史的に行われていたかどうかが、クロスバ交換機の特徴とする番号変換方式に関連して、重要な条件となっている。

 第4章は「クロスバ方式の構造」と題し、クロスバ交換方式の全体の構成とそれを形成するサブシステムについて整理している。通話路構成、信号方式、信号通話路の構成、情報処理、制御方式について論じ、外部条件に対応した各サブシステムの設計条件を明らかにすると共に、コンモン方式とステージ方式の特徴と問題点を諸外国の方式、日本における従来の方式と比較し、ネットワークの外部条件に対応したクロスバ方式の設計法を示している。

 第5章は「子局クロスバ方式」と題し、著者が開発したC21形クロスバ方式について述べている。子局に要求される経済性の条件、番号方式、信号方式について述べたあと、C21方式における多様な新しい設計の考え方を示している。C21形においては、トランスレータ、センダを使わなくてよい方式としており、起呼接続に当たっては、レジスタを捕捉すると同時に親局に接続し、ダイヤルパルスは親局にも送られる。ダイヤル受信の結果、自局内接続であることが分かったら、親局の交換機への接続を解除して接続を切り替える。

 第6章は「大局および中局クロスバ方式」と題し、C400およびC460クロスバ方式について述べている。通話路には著者の考案した着式迂回接続方式が実装されている。ステップバイステップ方式との相互接続で必要となるダイヤルポーズ中のレジスタ接続、部品の使用方法等について、全体のシステムのバランスを考えた設計思想が述べられている。これによってそれ以前の方式に比べ、継電器数、スペースの面で40%程度の改善が行われた。

 第7章は「結論」であり、全体をとりまとめている著者の開発した方式は昭和40年代に大量に活用され、我が国の電話普及の原動力になって来た状況が述べられている。

 以上のように本研究ではクロスバ交換機という大型のシステムにおいて、外部条件に対応して全体のバランスを考えて、方式を構成する方法について、著者の思想を明らかにしたものである。交換機は通信ネットワークの中枢に位置するシステムであり、その構成の考え方は将来に亘る交換機設計について資するところが少なくない。本論文は過去における電話交換技術に大きな役割を果たして来たのみならず、今後の電子情報工学に寄与するところがすくなくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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