学位論文要旨



No 213780
著者(漢字) 関根,優年
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,マサトシ
標題(和) システム設計の自動化における合成技術と可塑システムへの応用 : 高位・論理合成と論理回路のスペクトル変換により可塑システムを実時間合成する適用例
標題(洋)
報告番号 213780
報告番号 乙13780
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13780号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 櫻井,貴康
 東京大学 助教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 中村,宏
内容要旨

 不十分な情報をもとで行う設計判断は,組み合わせ爆発を起こす回路候補から非決定的に最適なものを選ぶ問題である。この非決定選択問題を回避する方法としては、評価関数により選択判断を順序付けるヒューリスティック法が使われる。しかし、この評価関数や評価項目の決め方は曖昧である。他方、学習の分野では教師信号により誘導される機能の獲得や入力に内在する統計情報に基づく機能の獲得が問題として設定されている。この教師信号や統計情報も評価関数と考えれば、学習は実行時に実時間で行う設計問題といえる。論理設計では論理合成技術,機能シミュレータなどの検証技術により,設計自動化が進み,大規模な論理システムの設計が可能となった。論理素子とは異なる動作の素子も提案され,非論理回路や非ノイマン型のシステムも可能となり,設計は広範で複雑かつ設計量と検証工数とが爆発する問題となってきている。この帰結として,最初からの完全設計を回避し,動作時に逐次的に設計を行う方策が考えられる。また,設計自動化と学習とを融合させることで新しい可塑システムの可能性が開けてくる。この目標を達成するため,まず,今まで開発してきた機能設計CADシステムの主要技術を概観し,特に,論理合成と機能シミュレータのとで得られた成果をまとめる。次に,抽象的な動作記述(図1)と初期回路(図2)とで探索領域を縮小する高位合成法を提案し,逐次的な高位合成が実時間で可能なことを示す。この初期回路による探索の制限と評価値との関係を調べ,この手法の効果を実験で示す。高位合成により論理回路が得られるが,論理回路の最適化には回路規模の上限がある。特にXOR回路は因子分解法では扱いにくい。そこで,論理回路の真理値をスペクトル変換して論理回路を分析する手法に決定木技術を適用し,スペクトル係数の和で表わす複雑度を評価項目とし,XOR回路部分を抜き出し,従来は合成できなかった大規模な論理回路の最適化が可能になったことを示す(図3)。さらに、全域的スペクトル変換で使用したワルシュ関数と異なり局所変換の特徴を持つハール関数を多値の離散関数に拡張し,ウェーブレット・ハール変換を離散関数で構成し,信号処理技術にも論理関数による最適化と類似の技術が適用できることを示す(図4)。多値の離散関数に直せるように,ハール関数の定義を拡張し,多値多入力の定義式を提案する。ウェーブレット変換を離散関数で表現できることを簡単な設計例で示す。複雑度の定義を拡大してウェーブレット展開係数の和を評価関数として,その値が最少になるように評価関数を定め,この評価値が最小になるようなウェーブレット基底関数群を変換群で生成できる事を提案する。ハール変換行列の各列が神経素子の機能に対応するモデルを提案する。

図1 ソフトウェア・プログラムから処理順序をコントロール/データフローグラフに変換し,制御部分を除いたデータフローグラフをさらに分割する。図2 システムをレジスター間のデータ転送モデルの主要部分を初期回路として高位合成で使用し,図1の分割されたデータパスの割り当てに使用する。図3 論理関数の真理値表をスペクトル状に並べ,XOR成分のスペクトル振幅を調べて入力部分にXOR回路を挿入して論理合成に適した関数f’とXOR回路とに分離する。図4 入力波形をシステム外部で定義された開数Fの真理値表をスペクトルに変換したものと見なし,ウェーブレット・ハール変換をして,関数Fすスペクトルを求め,内部符号として利用する。

 論理システムの合成技術と神経回路での学習手法とを統合し,新しいシステムの可能性を展望する上で,神経回路のウェーブレット・モデルを作り,多重解像度解析が信号処理の特徴抽出での制御に有効であることを仮定した上で,神経回路での学習問題を離散回路の実時間最適化問題に置き換える。最適解を探索する上での組みあわせ爆発を回避するために,初期回路からの逐次高位合成で大局的な回路構造を作り,学習則で局所最適解を求める手法を提案する。実際の構成法として,リコンフィギャラブルLSI上に仮想回路をハードウェア・オブジェクト・モデルとし,ソフトウェア・オブジェクト・モデルとが混在する可塑システムの合成方法を述べる(図5)。

図5 リコンフィギャラブルLSI上に仮想回路が構成できることを仮定し,高位合成により実時間で回路が設計変更されて拡張し,成長していく可塑システムが,上記の技術を使うことで実現可能なことを示す。システムの成長は成長アルゴリズムで可能なことを,簡単なシミュレーション例で示す。図6 メモリをソフトと仮想回路とで共有し,データパスが書き換え可能なLSIのブロック図

 実現可能性を検討するために,学習による自己組織化を可塑システム上での実時間の設計問題とみなし,論理回路と神経回路とが統合された分散シミュレータ・モデルを仮想回路を想定したハードウェア・オブジェクトとして作り,パルス幅変調による多値と2値の論理レベルとを併せ持った有意素子により,しきい値回路を作り,設計自動化技術,リコンフィギャラブルLSI,学習アルゴリズムを統合した形で,成長プログラムにより,学習・成長するシステムのシミュレーションを行い,実現が可能であることを示す。

審査要旨

 本論文は「システム設計の自動化における合成技術と可塑システムへの応用」と題し、高位・論理合成とスペクトル変換により可塑システムを実時間合成することを目指して行った研究をまとめたものである.手法としては、組み合わせ爆発を起こす設計例から最適な設計例を選択する合成アルゴリズムに基づき、実時間で最適な機能を獲得する可塑システムを実現することを試みたもので、8章により構成されている.

 第1章は「はじめに」であり、本研究の背景と目的、および本論文の概要と構成について述べている.

 第2章は「論理設計をRTL設計に移行させた自動設計技術」と題し、設計自動化の元となった機能設計CADシステムを概観し、最適な論理回路を設計する上で必要な設計ツールがどのように相互に関連し、設計工数を大幅に削減できたかを、設計例を交えて述べている.

 第3章は「論理合成ルールによる自動化」と題し、RTL設計の最適化で中心となる局所変換による合成方法を述べ、論理回路レベルでの局所変換による最適化の限界について人手設計、因子分解法との比較を交え、合成ルールの使用順序を学習させた結果を含めて述べている.

 第4章は「動作仕様からの高位合成による自動化」と題し、論理設計から動作仕様設計に移行してシステムを最適に設計する方法として提案されている高位合成での新しい合成手法を述べている.動作仕様記述の他に主要なデータパスを記述した初期回路を与え、この初期回路の近傍内で局所最適解だけを探索することで、組み合わせ爆発を回避する手法を述べている.初期回路を合成した回路で置き換えることにより、一括して動作仕様を与えて合成した回路例と逐次的に動作仕様を拡大して合成した回路例とを比べても良好な結果が得られることを述べている.また、データ・フロー・グラフの探索順序や初期回路の評価方法などの効果を調べ、初期回路で探索領域を束縛した探索方法が実用時間で良好な結果が得られることを述べている.

 第5章は「スペクトル変換を使った論理合成法」と題し、設計を抽象化する手法とは異なるものとして、論理関数の表現方法を真理値表からスペクトル表へと変換して論理関数を分析し、簡単化を行う手法を述べている.さらに、論理関数の真理値表をワルシュ変換する上で爆発するメモリ量を大幅に削減するために決定木(BDD)技術を使用する手法を述べている.スペクトル係数の和で表わされる複雑度を減少させるようにXOR回路部分を抜き出して論理関数を分割してから簡単化を行うことで、従来では合成できなかった大規模な論理関数の最適化が可能になったを実験により述べている.

 第6章は「多値関数と神経回路を繋ぐウェーブレット変換」と題し、全域的スペクトル変換として使用したワルシュ関数とは異なり、局所変換の特徴を持つウェーブレット変換を多値の離散関数として表現できる手法を述べている.ウェーブレット変換を示すハール関数を多値・離散論理関数で構成し、二値・論理関数による最適化と類似の設計技術が信号処理技術にも適用できることを述べている.さらに、入力信号列を"未知の多値・離散関数の真理値表を変換して得られた信号列"と見なすことで、神経回路が行う特徴抽出が"未知の多値・離散関数のスペクトル成分を分離し、ウェーブレット係数による符号化である"と述べている.さらに、二層の神経回路の変換機能の一部にはウェーブレット変換として理解できる部分があることを述べている.

 第7章は「今後の展望-可塑システムの構想」と題し、多重解像度解析が信号処理の特徴抽出での制御に有効であることに基づき、神経回路での学習問題を多値・離散回路での実時間最適化問題に置き換えることを目指して、神経回路のウェーブレット・モデルを作り、本研究で提案した合成に関する研究の成果が有機的に統合できることを述べている.次に、再構成可能なLSIと合成機能とからなる可塑システム上に仮想回路の例を作り、パルス幅変調で多値分表現する2値の論理レベルを持ったしきい値素子を使い、成長プログラムを内包させた可塑システム例を作り、学習・成長のシミュレーションを行うことで、可塑システム上での実時間の設計を行うことが可能なことを具体的に述べている.

 第8章は「まとめ」とであり、本研究の成果を要約して述べている.

 以上を要するに、本論文は、外部から与えられた入力情報と先験的に与えられた初期回路とから、逐次的に回路を合成・修正して新たな機能を獲得していく可塑システムを実時間で設計する問題に対し、高位・論理合成技術を応用する手法を提案したものであり、集積回路の高位設計の分野に寄与するところ少なくない.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51074