GaAsは、電子移動度がSiに比べて高く、半絶縁性基板が得られ、ヘテロ接合が利用できるなどの理由により、超高速・低消費電力トランジスタの実現が可能である。GaAsトランジスタの代表は、MESFET(Metal Semiconductor Field Effect Transistor)、HEMT(High Electron Mobility Transistor)、HBT(Heterojunction Bipolar Transistor)であり、それらの研究開発が活発に行われている。GaAsトランジスタにおいて、材料が本来有する高速性を発揮させるためには、寄生容量・寄生抵抗を低減させなくてはならない。 本論文は、GaAsトランジスタを高速化するために、オーミック電極形成技術、イオン注入技術、自己整合技術などの要素プロセス技術の研究を行うとともに、得られた結果を実際のトランジスタに応用して、その有効性を実証することを目的としている。 本論文は7章から構成される。 第1章は序論であり、本論文の背景として、Ge、Siという材料を用いたトランジスタの発展の歴史をまず述べている。次に、その過程においてGaAsトランジスタが登場した経緯と発展の歴史を、MESFETとHEMT、および、HBTに分けて解説している。そして、GaAsトランジスタを高速化するという本研究の目的を述べている。 第2章では、本研究において必要となるトランジスタの高速化のための理論を、バイポーラと電界効果型の場合に分けて解説している。 第3章では、GaAsプロセスにおいて寄生抵抗を減らすための最も基本的な技術であるオーミック電極形成技術について述べている。p型GaAsに対してNi/Ti/Pt系電極が、n型GaAsに対する一般的なオーミック電極であるAuGe/Ni系電極の場合と等しい熱処理条件を用いて、極めて低い接触抵抗を示すことを述べている。Ni/Ti/Pt系電極はPtの高い仕事関数を活かすとともに、薄いNi/Ti層が、従来のPt系電極で問題となっていたPtAs2などの接触抵抗を増加させる化合物の生成を抑制していると推測している。その結果、HBTの作製プロセスにおいて、ベース電極の形成、コレクタ電極の形成、オーミック熱処理の順番にプロセスを行った時に、ベース電極とコレクタ電極の接触抵抗が共に低くなることを示している。次に、n型GaAsに対するAuGe/Ni系オーミック電極において、Niの膜厚や熱処理条件と接触抵抗の関係を調べ、AuGe/Ni/Au(130/20/100nm)の構成が最適であると結論している。また、傾斜層を有するn型InGaAs層に対する電極として、電子ビーム(EB)蒸着法でTiやMoを最下層に形成した電極が、接触抵抗や熱安定性に優れていることを示している。最後に、p型とn型GaAsに対する同一オーミックコンタクトとしてCuGe電極について検討を行い、Cu/Ge/Cu(45/30/45nm)の構成により、p型とn型共に、10-6cm2の低い接触抵抗率が得られたことを述べている。 第4章においては、イオン注入法によるHBTの寄生容量の低減方法について述べている。まず、ベース・コレクタ間容量を低減させるために、H+注入による自己整合型埋め込みコレクタ形成技術について述べている。80keVの注入エネルギーでは、1個の電子を捕獲する結晶欠陥を発生させるためには2〜3個の水素イオンが必要であることを示している。次に、H+注入による素子間分離技術とその信頼性技術について述べている。信頼性に関しては、活性化エネルギー1.51eV、150℃での劣化時間4.2×106時間が得られ、実用上、十分な信頼性を有することを示している。つづいて、以上の技術を用いて作製したパワーHBTの特性をパワーMESFETと比較して、HBTが高パワー密度、高利得、高効率であることを実証している。最後に、構造的にベース・コレクタ間容量を大幅に低減可能なコレクタアップ型構造を実現するためには、H+注入を用いる方法が有効であることを実験により示している。 第5章では、HBTのベース抵抗とコレクタ容量の低減を同時に実現できるL型ベース電極を新しく提案している。そして、第3章、第4章で得られた結果も用いて、実際にHBTの作製を行い、最大発振周波数(fmax)がAlGaAs/GaAs系HBTで世界最高値の253GHzを有するHBTの開発ができたことを述べている。また、3インチウェハ内の特性の均一性についても調べて、高い均一性が得られていることを示している。さらに、このHBTのミリ波帯への応用として、Si基板上に形成したマイクロストリップ線路にフリップチップ実装した50GHz帯アンプを作製して、8.0dBの高い利得が得られたことを示している。したがって、L型構造とNi/Ti/Pt系コンタクトを有するベース電極形成技術、およびH+注入による埋め込みコレクタ形成技術と素子間分離技術は、高fmaxHBTを実用化するために優れた技術であることが実証され、これらの技術を確立した工学的な意義は大きい。 第6章では、MESFETとHEMTを高速化するためのプロセス技術について述べている。MESFETにおいては、チャネル層がイオン注入により形成される2種類のプロセスに関する研究を述べている。ゲートがリセス型構造の場合は、高耐圧で高fmaxの特性が実現でき、ゲートに高融点金属を用いた自己整合型LDD(Lightly Doped Drain)構造の場合は、高い相互コンダクタンス(gm)と電流遮断周波数(ft)が実現できることを示している。そして、これらのプロセスを用いたパワー用MESFETが、超小型アナログ携帯電話用パワーモジュールとして実用化が行われた点について述べている。また、HEMTにおいては、量産化に適したUV露光を用い、SiO2の側壁を利用したオフセットリセス構造による0.1m以下のゲート形成技術に関する研究を述べている。作製されたHEMTはgm=751mS/mm、ft=64GHz、fmax=173GHzの特性が得られている。 第7章は終章として、本研究の総括を述べるとともに、今後も市場が拡大していくというGaAsトランジスタの展望について述べている。 本論文は、HBTを中心として、MESFETとHEMTも含めたGaAsトランジスタの高速化のためのプロセス技術に関する研究を述べている。HBTにおいては、新規なベース電極材料やL型ベース電極構造を研究するとともに、その結果を用いて世界最高値のfmaxを得ている。また、MESFETで行ったプロセスの研究は、携帯電話で実用化されている。HEMTにおいては、SiO2の側壁を用いる新規なプロセスを提案して、非対称のリセス構造で0.09mのゲート長を実現している。これらのプロセス技術は、GaAsトランジスタの高速化と実用化の点で大きな寄与をするものである。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |