学位論文要旨



No 213781
著者(漢字) 柳原,学
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギハラ,マナブ
標題(和) GaAsトランジスタの高速化プロセス技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 213781
報告番号 乙13781
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13781号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河津,璋
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
内容要旨

 近年、マルチメディア社会が本格的になるにつれ、通信方式には大容量化と高周波化が、移動体通信機器には小型化と低消費電力化が求められている。このような中、超高速・低消費電力トランジスタの開発に対する要望が高まっている。その有力候補の一つとして、エミッタにベースよりもバンドギャップの大きい半導体を用いるHBT(Heterojunction Bipolar Transistor)が注目されている。HBTは、ベース層の高濃度化と薄層化を同時に行うことができる結果、超高速動作が可能となる。特に、エミッタにAlGaAs、ベースにGaAsを用いるAlGaAs/GaAs系HBTは、エピタキシャル成長が比較的容易ということもあり、研究開発が最も活発に行われている。本研究では、HBTを中心としたGaAsトランジスタにおいて、通信用デバイスとして最も重要な性能指数である最大発振周波数(fmax)を高くするために、寄生抵抗と寄生容量を低減するプロセス技術を検討した。

 最初に、HBTのベース抵抗を低減するために、p-GaAsに対するオーミック電極を研究した。HBTの自己整合プロセスでは、ベース電極形成後にAuGe/Ni系のコレクタ電極を形成する必要がある。したがって、AuGe/Ni系電極の合金化処理に必要な400℃の熱処理後に、低接触抵抗率を示すp-GaAsのオーミック電極が求められる。実験として、p+-GaAs(150nm、2×1019cm-3)上に、Pt/Ti/Pt(5/30/100nm)、Ni/Pt/Au(10/10/100nm)、Ti/Pt/Au(10/10/100nm)、Ni/Ti/Pt/Ti/Pt(5/5/5/30/100nm)の4種類の電極を形成して、350℃と400℃で10分間の熱処理後の接触抵抗率を調べた。図1に示すように、Pt/Ti/Pt電極は350℃で2×10-7cm2という低い接触抵抗率を示すが、400℃では約3倍に増加してしまう。また、Ptの下にNi層やTi層を単層で入れた電極は、いずれの温度でも接触抵抗率は高い。それらの電極に対し、Ptの下にNi/Ti層を入れたNi/Ti/Pt/Ti/Pt電極は、350℃よりも400℃で接触抵抗率は低くなり、その値は2×10-7cm2である。

図1 4種類の電極の350℃と400℃の熱処理後の接触抵抗率(1)Pt/Ti/Pt、(2)Ni/Pt/Au、(3)Ti/Pt/Au、(4)Ni/Ti/Pt/Ti/Pt電極

 Pt/Ti/Pt電極とNi/Ti/Pt/Ti/Pt電極のGaAsとの反応を調べるため、400℃で熱処理後に、深さ方向のAES(Auger Electron Spectroscopy)分析を行った。図2(a)に示すように、Pt/TiPt電極の場合は、400℃の熱処理後にPtがGaAs中へ拡散を起こし、Asの分布は表面側に"肩"が発生している。したがって、接触抵抗を増加させるPtとAsの化合物が生成していることが予想される。一方、Ni/Ti/Pt/Ti/Pt電極は、図2(b)に示すように、PtのGaAs中への拡散が認められず、また、Asに比べてGaが金属側に拡散している。これは、薄いNi/Ti(5/5nm)が、PtのGaAs中への拡散とAsの電極中への拡散に対して適度なバリア層となり、PtとAsの化合物の生成を抑制していると考えられる。また、接触抵抗率がPt/Ti/Pt電極の350℃の熱処理後の値と等しいことから、Ptは"Ga-rich"なGaAsと接したと考えられる。

図2 400℃-10分の熱処理後のオージェ深さ方向分析 (a)Pt/Ti/Pt電極、(b)Ni/Ti/Pt/Ti/Pt電極

 次に、HBTのベース電極の構造から、ベース抵抗とベース・コレクタ間容量を低減する研究を行った。エミッタと近接して、幅が小さくなっても金属抵抗の増加を抑制して、しかもエミッタとの接触を防ぐベース電極の構造として、図3に示すようなL型構造を新しく提案した。L型ベース電極は、低接触抵抗の薄い金属がエミッタに近接して、厚い低抵抗金属がエミッタ電極より0.2m程度離れて形成される結果、ベース抵抗が低減される。また、ベース領域と自己整合で形成されるために、ベース・コレクタ間容量も同時に低減される。

 実際に、厚さ70nm、キャリア濃度4×1019cm-3のCドープのベース層を含むHBTエピタキシャル膜を用いて、Ni/Ti/Pt/Ti/Pt(5/5/5/25/25nm)のオーミック部とAu(400nm)から構成されるL型ベース電極を有するAlGaAs/GaAs系HBTを作製した。エミッタ面積が0.8×10m2のHBTは、図4に示すように、電流遮断周波数ft=83GHz、ユニラテラルゲインから求めた最大発振周波数fmax=253GHzを示した。このfmaxは、AlGaAs/GaAs系HBTで報告されている値では最も高いものである。

 Ni/Ti/Pt系コンタクトとL型構造のベース電極形成技術は、HBTが超高周波・低消費電力トランジスタとして実用化されるうえで、大きく貢献するものと考えられる。

図3 L型ベース電極断面図図4 Ni/Ti/Pt系コンタクトとL型構造のベース電極を有するHBTの高周波特性
審査要旨

 GaAsは、電子移動度がSiに比べて高く、半絶縁性基板が得られ、ヘテロ接合が利用できるなどの理由により、超高速・低消費電力トランジスタの実現が可能である。GaAsトランジスタの代表は、MESFET(Metal Semiconductor Field Effect Transistor)、HEMT(High Electron Mobility Transistor)、HBT(Heterojunction Bipolar Transistor)であり、それらの研究開発が活発に行われている。GaAsトランジスタにおいて、材料が本来有する高速性を発揮させるためには、寄生容量・寄生抵抗を低減させなくてはならない。

 本論文は、GaAsトランジスタを高速化するために、オーミック電極形成技術、イオン注入技術、自己整合技術などの要素プロセス技術の研究を行うとともに、得られた結果を実際のトランジスタに応用して、その有効性を実証することを目的としている。

 本論文は7章から構成される。

 第1章は序論であり、本論文の背景として、Ge、Siという材料を用いたトランジスタの発展の歴史をまず述べている。次に、その過程においてGaAsトランジスタが登場した経緯と発展の歴史を、MESFETとHEMT、および、HBTに分けて解説している。そして、GaAsトランジスタを高速化するという本研究の目的を述べている。

 第2章では、本研究において必要となるトランジスタの高速化のための理論を、バイポーラと電界効果型の場合に分けて解説している。

 第3章では、GaAsプロセスにおいて寄生抵抗を減らすための最も基本的な技術であるオーミック電極形成技術について述べている。p型GaAsに対してNi/Ti/Pt系電極が、n型GaAsに対する一般的なオーミック電極であるAuGe/Ni系電極の場合と等しい熱処理条件を用いて、極めて低い接触抵抗を示すことを述べている。Ni/Ti/Pt系電極はPtの高い仕事関数を活かすとともに、薄いNi/Ti層が、従来のPt系電極で問題となっていたPtAs2などの接触抵抗を増加させる化合物の生成を抑制していると推測している。その結果、HBTの作製プロセスにおいて、ベース電極の形成、コレクタ電極の形成、オーミック熱処理の順番にプロセスを行った時に、ベース電極とコレクタ電極の接触抵抗が共に低くなることを示している。次に、n型GaAsに対するAuGe/Ni系オーミック電極において、Niの膜厚や熱処理条件と接触抵抗の関係を調べ、AuGe/Ni/Au(130/20/100nm)の構成が最適であると結論している。また、傾斜層を有するn型InGaAs層に対する電極として、電子ビーム(EB)蒸着法でTiやMoを最下層に形成した電極が、接触抵抗や熱安定性に優れていることを示している。最後に、p型とn型GaAsに対する同一オーミックコンタクトとしてCuGe電極について検討を行い、Cu/Ge/Cu(45/30/45nm)の構成により、p型とn型共に、10-6cm2の低い接触抵抗率が得られたことを述べている。

 第4章においては、イオン注入法によるHBTの寄生容量の低減方法について述べている。まず、ベース・コレクタ間容量を低減させるために、H+注入による自己整合型埋め込みコレクタ形成技術について述べている。80keVの注入エネルギーでは、1個の電子を捕獲する結晶欠陥を発生させるためには2〜3個の水素イオンが必要であることを示している。次に、H+注入による素子間分離技術とその信頼性技術について述べている。信頼性に関しては、活性化エネルギー1.51eV、150℃での劣化時間4.2×106時間が得られ、実用上、十分な信頼性を有することを示している。つづいて、以上の技術を用いて作製したパワーHBTの特性をパワーMESFETと比較して、HBTが高パワー密度、高利得、高効率であることを実証している。最後に、構造的にベース・コレクタ間容量を大幅に低減可能なコレクタアップ型構造を実現するためには、H+注入を用いる方法が有効であることを実験により示している。

 第5章では、HBTのベース抵抗とコレクタ容量の低減を同時に実現できるL型ベース電極を新しく提案している。そして、第3章、第4章で得られた結果も用いて、実際にHBTの作製を行い、最大発振周波数(fmax)がAlGaAs/GaAs系HBTで世界最高値の253GHzを有するHBTの開発ができたことを述べている。また、3インチウェハ内の特性の均一性についても調べて、高い均一性が得られていることを示している。さらに、このHBTのミリ波帯への応用として、Si基板上に形成したマイクロストリップ線路にフリップチップ実装した50GHz帯アンプを作製して、8.0dBの高い利得が得られたことを示している。したがって、L型構造とNi/Ti/Pt系コンタクトを有するベース電極形成技術、およびH+注入による埋め込みコレクタ形成技術と素子間分離技術は、高fmaxHBTを実用化するために優れた技術であることが実証され、これらの技術を確立した工学的な意義は大きい。

 第6章では、MESFETとHEMTを高速化するためのプロセス技術について述べている。MESFETにおいては、チャネル層がイオン注入により形成される2種類のプロセスに関する研究を述べている。ゲートがリセス型構造の場合は、高耐圧で高fmaxの特性が実現でき、ゲートに高融点金属を用いた自己整合型LDD(Lightly Doped Drain)構造の場合は、高い相互コンダクタンス(gm)と電流遮断周波数(ft)が実現できることを示している。そして、これらのプロセスを用いたパワー用MESFETが、超小型アナログ携帯電話用パワーモジュールとして実用化が行われた点について述べている。また、HEMTにおいては、量産化に適したUV露光を用い、SiO2の側壁を利用したオフセットリセス構造による0.1m以下のゲート形成技術に関する研究を述べている。作製されたHEMTはgm=751mS/mm、ft=64GHz、fmax=173GHzの特性が得られている。

 第7章は終章として、本研究の総括を述べるとともに、今後も市場が拡大していくというGaAsトランジスタの展望について述べている。

 本論文は、HBTを中心として、MESFETとHEMTも含めたGaAsトランジスタの高速化のためのプロセス技術に関する研究を述べている。HBTにおいては、新規なベース電極材料やL型ベース電極構造を研究するとともに、その結果を用いて世界最高値のfmaxを得ている。また、MESFETで行ったプロセスの研究は、携帯電話で実用化されている。HEMTにおいては、SiO2の側壁を用いる新規なプロセスを提案して、非対称のリセス構造で0.09mのゲート長を実現している。これらのプロセス技術は、GaAsトランジスタの高速化と実用化の点で大きな寄与をするものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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