内容要旨 | | 本研究は,応答性が要求される仮想環境の力覚提示の視点から,一般的な幾何モデルを対象として操作者に幾何学的な拘束感を与える操作反力の生成アルゴリズムを考察し,力学的相互作用を伴う仮想環境提示システムの実現を目的とするものである. 1965年にIvan Sutherlandがインタラクティブな仮想世界のコンセプトを提案したところから仮想現実感(Virtual Reality)の研究が始まり,人間とシステムとの新しいインターフェース技術として様々な分野での応用が期待されている.近年の仮想現実感の研究の成果として,両眼立体視による3次元的な色や陰影を付けた立体映像を被験者の頭の動きに合わせて提示することにより,あたかもコンピュータの中で生成されたモデル世界の中に存在するような没入感を被験者に与えることが可能となっている.しかし,これらの視覚的な情報のみで構成される仮想世界の中では物体に触れるような力学的な相互作用を実現することが出来ず,これらの感覚の欠如による没入感の喪失が問題となっている. 人間が没入できるようなシステムを実現するためには,人間の持つ様々な感覚に関して高い臨場感を再現できる仮想世界を構築しなければならない.しかし,視覚や聴覚に関する仮想世界の研究はかなり進められているが,それに比べて力覚や触覚に関する仮想世界の研究はそれほど進んでいないのが現状である.しかし,仮想世界を利用したアプリケーションとして製品設計支援,機器操作のトレーニング,ロボットの作業教示などの具体的な作業を想定したときには,仮想環境との力学的相互作用に応じた触覚や力覚の情報が重要となる. 図1 バイラテラル仮想環境提示システム このような背景の中で本研究では,視覚情報としてコンピュータグラフィクスを用いた仮想環境の幾何モデルの映像を提示すると同時に,力覚情報としてモデルに基づいてシミュレートした操作反力を提示することで迫真性の高い仮想環境提示システムの構築を目指す.操作者は仮想環境中で遂行する作業をコンピュータグラフィクスを用いた視覚的な映像情報とともに操作中のモデルの接触情報を力覚提示装置を介した力感覚情報として感知する.このようなシステムを実現するためには力を正確にフィードバックするディバイスの開発とともに,このモデル世界の中での力学的相互作用をシミュレートする一般的,かつ,効率的な手法を開発することが大切となる. そこで本研究では,計算機の中で構成された仮想環境モデルを使って力学的な相互作用を再現する汎用の仮想環境提示システム開発を目的として,このシステムを実現する際に重要となる仮想環境の中で発生するモデル物体同士の接触に伴う力学的相互作用を推定する効率的なアルゴリズムを開発することを研究課題とする. 現実世界において物体操作時に知覚する力感覚は,慣性力や遠心力などのように把持している操作物体自体に働くダイナミクスに起因する力,および,操作物体の環境との接触に伴う力学的相互作用としての接触力が要因となっている.また,この接触力には接触点での幾何的拘束に起因する拘束力,および,接触点での微妙なテクスチャなどの表面状態に起因する摩擦力や粘性力が要因となっている.リアルな仮想世界を構築するためには,これらの要因をすべて考慮してモデル化する必要がある.しかし,本研究では仮想世界の中で物体を操作するときに重要となる物体同士の接触状態を知覚するために,これらの力学的相互作用の要因の中でも最も重要となる幾何学的拘束に起因する拘束力に注目する.言い換えると,仮想世界の中の物体の表面は滑らかで摩擦や粘性はなく,操作物体のダイナミクスが無視できるような操作速度の遅い準静的な状態で十分軽い操作物体を扱う状況を再現することに相当する. 本研究の基本的なアイディアは, ・力学的な相互作用をシミュレートする汎用の仮想環境提示システムを実現するために,その際に重要となる物体間の幾何学的な拘束に基づく拘束力に注目する. ・多面体モデルを使って環境をモデル化し,そこで発生するさまざまな接触状態を統一的に表現するために2つの基本接触モデルを導入し,これらを組み合わせて一般的な接触状態を表現する. ・効率的な拘束力計算の実現のために接触点において仮想的なバネをもちいた剛性モデルを採用することで幾何学的な拘束を簡潔に表現する. ・人間が操作する仮想物体の運動に比べて環境モデルの更新速度が十分速い特徴を利用して,接触発生前は2つの凸物体の最短距離点を,そして接触発生後はその接触点を逐次追跡することで効率的な干渉検出および接触点の決定を行なう. 点にある.本論文では,これらの基本的アイディアについて検討をすすめ,これらのアイディアを導入した拘束力生成アルゴリズムを提案する.また,その効果を評価するための実験システムとして,バイラテラル仮想環境操作システムを実際に構築し,実験的にその効果を検証した結果を報告する. 本論文の各章の内容は以下の通りである. 第1章『緒論』では,人間との相互作用の実現を図るためには力覚および触覚が重要であり,これらの感覚を再現する仮想環境技術がひとつの基盤技術となることを論じ,背景となる力覚および触覚に関する仮想環境技術に関わる従来技術のサーベイを行う.そして,人間と仮想世界との力学的相互作用を実現する仮想環境技術を目指して,研究対象として3次元空間の物体同士の接触に伴う拘束感を提示する汎用的な拘束力生成法を取り上げることを論じる. 第2章『実験システム構成』では,後述の仮想環境提示システムにおける拘束感生成手法を検証するために使用したバイラテラル仮想環境操作システム実験装置の構成を述べる.仮想環境との力学的相互作用による拘束感を操作者に伝えるためには何らかの力学的な相互作用のためのディバイスが不可欠であり,このディバイスの開発自体もひとつの研究課題である. 第3章『点物体モデル』では,研究の第一歩として単純な点物体モデルを取り上げ,リアルな拘束感を提示するために幾何モデルの接触状態に応じた拘束力を発生する手法を検討する.仮想環境モデルとして多面体で構成される環境に対して点物体が接触した時に受ける拘束力を環境の剛性モデルから計算する簡易手法を検討する. 第4章『コンフィギュレーション空間手法を導入したモデル』では,拘束力計算を点物体から大きさや形状という属性を持つ一般的な物体を扱うように拡張するために,コンフィギュレーション空間を用いた拘束力の計算アルゴリズムを検討する.すなわち,第3章で提案した点物体と多面体のアルゴリズムを一般的な多面体同士の拘束力計算アルゴリズムに拡張するものとなる. 第5章『直交座標系における凸多面体物体同士の接触モデル』では,3次元空間における接触に伴う拘束力の異なる計算アルゴリズムとして,直感的な直交座標系における物体モデルを使った凸多面体同士の接触問題を検討する.直交座標系の幾何モデルを使用して,高速なサンプリングという性質を利用して2つの凸物体間の再接近点および接触点を追跡する手法を適用することにより一般的に計算負荷が高いと言われてきた物体モデル間の干渉検出を効率的に行い,また,2種類の基本接触モデルを導入して一般的な接触をこの基本モデルの組み合わせで表現することにより拘束力計算を効率的に行うアルゴリズムを提案する. 第6章『一般環境のための多点接触モデルとシステム構成』では,多点接触状態を含む一般的な環境モデルを扱う問題と実時間シミュレーションを実現するための手法を検討する.一般的な多面体モデルの世界において発生する多点接触状態を第5章で扱った凸多面体同士の接触問題に帰着させてモデル表現の簡略化を行う. そして最後に,第7章『結論』において,本研究の成果を総括し,アルゴリズムの限界および将来の展望について述べる. |