学位論文要旨



No 213786
著者(漢字) 工藤,久明
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,ヒサアキ
標題(和) 高分子材料の極限条件下の照射効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 213786
報告番号 乙13786
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13786号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 伊藤,泰男
 東京大学 助教授 関村,直人
内容要旨 1.緒言

 高分子材料や高分子をもとにした有機複合材料は、電気絶縁性・熱伝導性・軽量性・高強度を基にして、原子力関連施設・核融合施設・宇宙環境においても電気絶縁材・熱制御材・構造材として様々な応用が考えられている。そのような環境下で、材料は放射線に曝され劣化するため、材料の耐放射線性はシステムの安全性にとって重要な問題である。一般に有機材料は無機材料よりも耐放射線性に劣るため、高分子材料の耐放射線性がシステムの寿命を決定し得る。従って、高分子材料の耐放射線性を評価することが非常に重要な問題である。

 高分子材料の耐放射線性評価は、線や電子線を照射した後の力学特性(曲げ強度や引張り破断伸び)の変化をもとに評価されるが、基礎科学的には、放射線照射が高分子に最終的にどのような性質変化を起こすか(高分子の照射効果)に帰着される。高分子の照射効果は、高分子鎖間の架橋、分子鎖の切断、分解ガス発生、着色などから考察される。これらの照射効果が、照射温度、線質(線エネルギー付与linear energy transfer,LET、放射線から物質に単位長さ当たり付与されるエネルギー)、線量率などの照射条件に大きく依存することが最近の研究により明らかになっている。この点は、基礎科学的にも完全には解明されておらず、また耐放射線性評価でも十分な注意が払われてきたとは言えない。核融合施設や宇宙環境では、低温での照射や高LET放射線の照射が予想されており、照射条件に対する依存性の解明が必要となる。本論文では、それを鑑み、高分子材料の照射効果の温度・LET(線質)・線量率に対する依存性を調べ、極限状況とも呼ぶべき条件下での照射効果について知見を得ている。

2.極低温線照射効果

 Co-60線照射施設に液体窒素や液体ヘリウムを連続供給する装置を設置し、高分子材料の線照射効果の温度依存性を室温より低温域で検討した。

2-1.77K照射による力学特性の変化

 液体窒素を用いて、77Kでの線照射による力学特性の変化を、室温での線照射の場合と比較した。

 GFRP(ガラス繊維GF/ビスフェノールA型エポキシ樹脂DGEBA/ジシアンジアミドDICY硬化)板、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)板、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シートを77K及び室温で線照射し、曲げ強度(GFRP,PMMA)、破断伸び(PTFE)の変化を調べ、77K照射と室温照射を比較した。その結果、77K照射の場合は、室温照射に比べて線量に対する力学特性の低下が少なくなっていること、77K照射後に室温まで昇温しても照射温度依存性が現れることがわかった。77Kでの線照射では、力学特性の低下につながる放射線照射損傷の生成収率が、室温照射より低くなっていることを示している。

2-2.77K照射による分子量変化および分解ガス発生

 耐放射線性の評価には力学特性の変化を調べることが一般的であるが、基礎科学的に放射線高分子化学の立場から考察する必要がある。そこで、分子量低下や分解ガス発生量の観点から、77K照射効果を室温照射と比較した。

 GFRP(GF/DGEBA/DICY),PMMAなどを77K及び室温で線照射し、分解ガス発生量、ガラス転移温度(GFRP)や分子量変化(PMMA)を調べた。ガス発生では、CO,CO2など主鎖切断に由来する分解ガスの発生量が77K照射では少なくなっていた。ガラス転移温度や分子量は照射により低下し、高分子の主鎖切断が起きていることを示したが、77K照射では室温照射より線量に対する変化が少なくなっていた。これらの照射温度依存性は、力学特性の変化が示すものとほぼ対応していることがわかった。理由として、77Kは高分子の分子運動性の転移温度以下であるために、中間活性種の再結合反応などにより、高分子の主鎖切断の収率が低くなっており、力学特性の変化も少なくなっていることが考えられる。

2-3.4K照射試験

 基礎科学的にも実用的にも、77Kより低温での照射効果や耐放射線性が重要となる。そこで、液体ヘリウムを用いて4K照射試験を行い、77Kよりもさらに低温域での温度依存性を調べた。

 PTFEシート、PIB(ブチルゴム)シート、PE(ポリエチレン)シートに4K,77K,室温で線照射し、破断伸び(PTFE,PIB,PE)、ゲル分率(PIB,PE)、ガス発生量(PE)を測定した。力学特性の変化などに関して、4K照射効果は77K照射効果と等価である事がわかった。この理由は、高分子の分子運動性の転移点が77K以下には無いからであると考えられる。

3.イオン照射効果

 サイクロトロンを用いて、高LETイオンビームを、力学特性の測定が可能な大面積均一照射によって高分子材料に照射し、線質(LET)依存性を検討した。

3-1.力学特性に対するLET効果

 GFRP(GF/DGEBA/DICY)板及びPMMA板に30及び45MeVの陽子を照射し、曲げ強度の変化を線照射と比較したところ、線量に対して同一の挙動を示した。また、PEやPTFEで陽子や重イオンによる引張り特性の変化を調べたが、線量に対する挙動が電子線照射とほとんど同じで、力学特性の変化に関しては線質(LET)依存性は非常に小さいことがわかった。

3-2.吸光度および分子量の変化に対するLET効果

 力学特性以外の基礎科学的側面を持つ測定項目として、吸光度や分子量の変化の線質(LET)依存性を調べた。

 種々のイオンビームをCTA(三酢酸セルロース)とPMMAに照射し、吸光度変化(CTA)や分子量変化(PMMA)を測定した。CTAの紫外域での吸光度は増加し、PMMAの分子量は低下したが、その感度は比較的低LETのイオンでは線や電子線と同一であるが、数百MeV/gcm-2以上の高LET域では感度が低下することがわかった。この理由は、低LET域では中間活性種が孤立しているが、高LET域ではイオンの飛跡に沿って中間活性種が相互作用するためであると考えられる。

4.線量率効果

 パルス電子線照射装置を用いて、線照射の1010倍の高線量率の電子線を高分子材料に照射し、線量率依存性を検討した。

 アラニンのラジカル生成、CTAの紫外域での吸光度増加、PMMAとPC(ポリカーボネート)の分子量減少などを調べたところ、線量率依存性は非常に小さいことがわかった。理由として、線量率や1パルス中の線量が、中間活性種の間に相互作用を起こすほどには十分高くなかったことが考えられる。

5.結論

 本論文は、高分子の照射効果の照射条件依存性について以下を明らかにした。

 (1)照射温度依存性を、室温より低温域で調べ、77K照射では照射効果が著しく抑えられること、4K照射と77K照射の間には差がないことを見い出した。これらを、77Kと室温の間に存在する分子運動性の転移から考察した。

 (2)LET(線質)依存性では、力学特性の変化についてはほとんど無いこと、着色や分子鎖切断に関しては、敷居LETとも呼ぶべきLETが数百MeV/gcm-2に存在し、高LET域では感度が低下することを見い出した。この現象を、イオンの飛跡に沿って中間生成物が相互作用するモデルから考察した。

 (3)線量率依存性を、パルス電子線照射装置を利用して調べ、線の1010倍の線量率まではほとんど無いことを見出した。

 本論文で得られた知見により、高分子放射線化学のより深い理解とともに、放射線場に高分子材料を応用する際に、より適切な耐放射線性評価や材料選択が可能となると思われる。

審査要旨

 高分子材料やその複合材料は原子力関連施設・核融合施設や宇宙環境において、電気絶縁材・熱制御材・構造材などとして既に広く利用され、また今後も種々の応用が考えられている。このような環境で材料は、高強度の放射線や粒子線などの高LET放射線の照射を極低温や高温で受けるなど、苛酷な条件に曝されて劣化する。そのため高分子材料の耐放射線性がシステムの寿命を決定する場合も存在し、高分子材料の耐放射線性の評価が極めて重要な問題となる。本論文は、このような極限環境下での高分子材料の耐放射線性を実験により評価したものであり、5章からなっている。

 第1章は緒言であり、本研究の意義を述べている。高分子材料の耐放射線性を評価するため、照射による力学特性などのマクロな変化と高分子鎖間の橋かけや分子鎖の切断、分解ガスの発生などミクロな変化との関係が、照射温度、放射線のLETあるいは線量率に、どのように依存するかを明らかにしようとするものであるとしている。

 第2章では77K及び4Kで高分子材料のガンマ線照射を行って、その力学特性及び分子量変化とガス発生を調べ、室温での結果と比較している。GFRP(ガス繊維/ビスフェノールA型エポキシ/ジシアンジアミド硬化)板、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)板、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シートを77Kで照射した後、曲げ強度及び破断伸びの変化の測定を77K及び昇温後室温で行って、いずれの場合でも、77K照射では室温照射に比べ力学特性の低下が少なくなっていることを示している。また発生ガスの測定ではCO、CO2などの主鎖切断に由来する分解ガスの発生量が77K照射で抑制されていることを明らかにしている。さらに分子量低下やガラス転移温度の低下は77K照射で室温照射の場合より少なく、力学特性の変化と良く対応していることを示している。次に、4KでPTFEシート、PIB(ブチルゴム)シート、PE(ポリエチレン)シートを照射して、破断伸び、ゲル分率及びガス発生量の測定を行い、4Kでの照射効果は77Kでの照射効果と等価であることを示し、その理由として、これらの高分子では分子運動に関わる転移点が77K以下に存在しないことをあげている。これらの力学特性に対する照射効果に関する実験結果に対して、放射線生物学で使用される標的理論を用いた解析を行って、その劣化現象を説明することが可能であるとしている。

 第3章では高分子材料のイオン照射効果について述べている。GFRP、PMMA、PE、PTFEに室温でサイクロトロンを用いて30及び45MeVの陽子を照射した後、引張り特性を測定し、その線量に対する挙動が電子線照射の結果と同じであり、放射線のLET効果が極めて小さいことを示している。また、PMMAとCTA(三酢酸セルロース)に30MeV、45MeVのH+、220MeVのC5+、100MeVのO5+、330MeVのAr11+など種々のイオンビームを照射して、その分子量変化と光吸収測定を行い、CTAの紫外域での吸光度は線量とともに増大し、PMMAの分子量は照射線量の増大により低下するが、CTAの線量当りの吸光度増大感度及びPMMAの見掛けの主鎖切断のG値が、比較的LETの低いイオン照射ではガンマ線や電子線の場合と同一であるのに対して、数百MeV/gcm-2以上の高いLETイオンの場合にはLETの増大とともに低下することを見い出している。照射されたPMMAの分子量分布の測定から、高LET領域では主鎖切断と同時に橋かけも起り、そのG値がLETとともに増大することを指摘している。

 以上の実験結果にもとづき、イオン照射により生ずるトラック構造を解明するためのモデル化を行っている。高LETイオンの照射においては、スパーの間隔が短くなり相互に重なりが起こり、このスパーの重なりの部分では吸収されたエネルギーが着色中心の生成や主鎖切断に有効に生かされないとして、実験結果を説明するとともに、TRIMコードによって計算した阻止能を用いて、スパーがイオンの飛跡に沿って3次元的にガウス分布するとしてトラック径を計算し、その大きさやLET依存性を算出し、本モデルのイオン照射系への適用の妥当性を示している。

 第4章では、第3章におけるLET効果に関する考察にもとづいて、低LETの電子線照射においても、極めて線量率が高い場合にはスパー間の相互作用が起こり、線量率効果が観測される可能性があるとして、この可能性を探るために、パルス電子線発生装置を用いて、極めて高い線量率での照射を行っている。アラニン線量計のラジカル生成、CTAの着色変化、PMMAとPCの分子量変化、PEのゲル化について、ガンマ線の1010倍の高線量率で電子線照射を行って、ガンマ線照射の結果と比較している。その結果PEのゲル化において相違が見られたほかは、両者で大きな違いはなく、実験条件下で、線量率効果は著しく小さいことを示し、スパー間の中間活性種の相互作用を引き起すためには線量率又はパルス当たりの線量を更に大きくする必要があると結論している。

 第5章は結論であり、本研究で得られた成果を総括するとともに、今後の課題について述べている。

 以上を要約すれば、本論文は高分子材料を極低温、高LET、高線量率などの条件下で照射して、照射効果を明らかにするとともに、その劣化機構について考察したもので、高分子材料の耐放射線性や材料選択について有用な知見を得ており、システム量子工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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