高分子材料やその複合材料は原子力関連施設・核融合施設や宇宙環境において、電気絶縁材・熱制御材・構造材などとして既に広く利用され、また今後も種々の応用が考えられている。このような環境で材料は、高強度の放射線や粒子線などの高LET放射線の照射を極低温や高温で受けるなど、苛酷な条件に曝されて劣化する。そのため高分子材料の耐放射線性がシステムの寿命を決定する場合も存在し、高分子材料の耐放射線性の評価が極めて重要な問題となる。本論文は、このような極限環境下での高分子材料の耐放射線性を実験により評価したものであり、5章からなっている。 第1章は緒言であり、本研究の意義を述べている。高分子材料の耐放射線性を評価するため、照射による力学特性などのマクロな変化と高分子鎖間の橋かけや分子鎖の切断、分解ガスの発生などミクロな変化との関係が、照射温度、放射線のLETあるいは線量率に、どのように依存するかを明らかにしようとするものであるとしている。 第2章では77K及び4Kで高分子材料のガンマ線照射を行って、その力学特性及び分子量変化とガス発生を調べ、室温での結果と比較している。GFRP(ガス繊維/ビスフェノールA型エポキシ/ジシアンジアミド硬化)板、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)板、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シートを77Kで照射した後、曲げ強度及び破断伸びの変化の測定を77K及び昇温後室温で行って、いずれの場合でも、77K照射では室温照射に比べ力学特性の低下が少なくなっていることを示している。また発生ガスの測定ではCO、CO2などの主鎖切断に由来する分解ガスの発生量が77K照射で抑制されていることを明らかにしている。さらに分子量低下やガラス転移温度の低下は77K照射で室温照射の場合より少なく、力学特性の変化と良く対応していることを示している。次に、4KでPTFEシート、PIB(ブチルゴム)シート、PE(ポリエチレン)シートを照射して、破断伸び、ゲル分率及びガス発生量の測定を行い、4Kでの照射効果は77Kでの照射効果と等価であることを示し、その理由として、これらの高分子では分子運動に関わる転移点が77K以下に存在しないことをあげている。これらの力学特性に対する照射効果に関する実験結果に対して、放射線生物学で使用される標的理論を用いた解析を行って、その劣化現象を説明することが可能であるとしている。 第3章では高分子材料のイオン照射効果について述べている。GFRP、PMMA、PE、PTFEに室温でサイクロトロンを用いて30及び45MeVの陽子を照射した後、引張り特性を測定し、その線量に対する挙動が電子線照射の結果と同じであり、放射線のLET効果が極めて小さいことを示している。また、PMMAとCTA(三酢酸セルロース)に30MeV、45MeVのH+、220MeVのC5+、100MeVのO5+、330MeVのAr11+など種々のイオンビームを照射して、その分子量変化と光吸収測定を行い、CTAの紫外域での吸光度は線量とともに増大し、PMMAの分子量は照射線量の増大により低下するが、CTAの線量当りの吸光度増大感度及びPMMAの見掛けの主鎖切断のG値が、比較的LETの低いイオン照射ではガンマ線や電子線の場合と同一であるのに対して、数百MeV/gcm-2以上の高いLETイオンの場合にはLETの増大とともに低下することを見い出している。照射されたPMMAの分子量分布の測定から、高LET領域では主鎖切断と同時に橋かけも起り、そのG値がLETとともに増大することを指摘している。 以上の実験結果にもとづき、イオン照射により生ずるトラック構造を解明するためのモデル化を行っている。高LETイオンの照射においては、スパーの間隔が短くなり相互に重なりが起こり、このスパーの重なりの部分では吸収されたエネルギーが着色中心の生成や主鎖切断に有効に生かされないとして、実験結果を説明するとともに、TRIMコードによって計算した阻止能を用いて、スパーがイオンの飛跡に沿って3次元的にガウス分布するとしてトラック径を計算し、その大きさやLET依存性を算出し、本モデルのイオン照射系への適用の妥当性を示している。 第4章では、第3章におけるLET効果に関する考察にもとづいて、低LETの電子線照射においても、極めて線量率が高い場合にはスパー間の相互作用が起こり、線量率効果が観測される可能性があるとして、この可能性を探るために、パルス電子線発生装置を用いて、極めて高い線量率での照射を行っている。アラニン線量計のラジカル生成、CTAの着色変化、PMMAとPCの分子量変化、PEのゲル化について、ガンマ線の1010倍の高線量率で電子線照射を行って、ガンマ線照射の結果と比較している。その結果PEのゲル化において相違が見られたほかは、両者で大きな違いはなく、実験条件下で、線量率効果は著しく小さいことを示し、スパー間の中間活性種の相互作用を引き起すためには線量率又はパルス当たりの線量を更に大きくする必要があると結論している。 第5章は結論であり、本研究で得られた成果を総括するとともに、今後の課題について述べている。 以上を要約すれば、本論文は高分子材料を極低温、高LET、高線量率などの条件下で照射して、照射効果を明らかにするとともに、その劣化機構について考察したもので、高分子材料の耐放射線性や材料選択について有用な知見を得ており、システム量子工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |