学位論文要旨



No 213788
著者(漢字) 大野,栄一
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,エイイチ
標題(和) わが国における電気銅需要の動向分析と非鉄金属の需要予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 213788
報告番号 乙13788
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13788号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 助教授 縄田,和満
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨

 本研究の目的は、わが国における電気銅の需要動向の把握及び非鉄金属の中長期需要予測手法の開発にある。研究のプロセスとしては、(1)電気銅内需について過去にあった比較的大きな経済変動による影響を調べる。(2)GDP(国内総生産)を含む主要な経済指標を説明変数、電気銅内需を被説明変数とする単回帰及び重回帰分析を行って、電気銅内需と主要な経済指標との関係を調べ、同時に、電気銅内需の動向の要因分解を行う。(3)主要な非鉄金属(電気銅、電気鉛、亜鉛、アルミ製品)内需の予測モデルを開発して、非鉄金属内需の中長期予測を行う。(4)産業連関分析法を用いて、銅事業と中間需要及び最終需要との関係、並びに非鉄金属鉱物の生産原価構成を調べる。(5)非鉄金属産業の将来像について考察する。研究成果は次の通りである。

 (a)1969〜1993年度の電気銅内需は、わが国の経済の拡大に伴って、全体としては、上昇傾向を示しているが、第1次石油ショック(1973年10月)、円高不況(1986年度)、平成不況(1991〜1993年度)の影響による内需の落ち込み、第2次石油ショック(1979年度)から世界的景気後退(1982年度)に至る内需の低迷、更に、バブル景気(1986〜1990年度)による内需の異常な伸び等、経済変動の影響をはっきりと受けている。

 (b)GDPを説明変数、電気銅内需を被説明変数として回帰分析を行うとき、電気銅内需に直接関連する産業分野別GDPを用いず、総額としてのGDPを代表値として用いても、全く同等の分析ができる。

 (c)GDPは経済成長を示す有力な経済指標であるが、GDPと電気銅内需の関係を見るとき、電気銅内需の伸び率は、GDPの伸び率を若干下回る傾向が観測される。この現象は、1980年頃を境にして、高度成長期から低成長期に移行したのに伴って、軽薄短小化による銅使用量の減少が見られるようになったこと、1980年頃から始まった電線メーカー等の銅需要産業の海外進出、及び1985年頃から始まった通信線への光ファイバーの導入等に起因すると考えられる。

 (d)GDP、公的固定資本形成、最終需要財在庫率指数及び総合卸売物価指数の4種の経済指標は、電気銅内需の動向を説明する一組の有力な要因と見做すことができる。特に、GDP、公的固定資本形成、総合卸売物価指数の3種は、電気銅内需の全体の傾向を示す機能を持ち、最終需要財在庫率指数は、電気銅内需の上昇・下降の転換期を示す機能を持っていると考えられる。

 (e)非鉄金属内需予測モデルを構築して、為替レート120、100、80円/$の3ケースについて、1996〜2005年度の非鉄金属内需の予測を行い、且つ予測結果の評価を行った。その結果は次の通りである。なお、( )内の数値は、為替レート120〜80円/$の場合の、2005年度の予測値及び1995〜2005年度の平均伸び率を示す。

 (イ)電線ケーブル向電気銅内需(119〜108万トン,1.9〜1.0%)は、GDPの成長率(景気動向)と符合した伸び方を示す。伸銅品向電気銅内需(66〜61万1トン,2.6〜1.8%)は、景気動向の影響を受けることは少なく、総じて上昇傾向を示す。両者から、電気銅内需(186〜171万トン,2.1〜1.2%)は緩やかな上昇傾向を示す。

 (ロ)電気鉛内需(30〜27万トン,1.1〜0%)は、予測初期は、自動車生産台数の低迷から横這い或いは下降傾向を示すが、自動車保有台数の増加傾向に支えられて、自動車生産台数程には落ち込まない。後半期は順調な伸びを示す。

 (ハ)亜鉛内需(71〜67万トン,1.4〜0.8%)は、粗鋼生産量の動向を追随しながら、緩やかな上昇傾向を示す。

 (ニ)アルミ圧延品内需(416〜295万トン,6.6〜3.0%)及びアルキャスト(アルミ鋳造品+アルミダイカスト)内需(183〜168万トン,5.0〜4.1%)共に、順調な上昇傾向を示す。両者から、アルミ製品内需(660〜510万トン,6.0〜3.3%)は、将来の成長産業として大いに期待できる。

 (f)1987〜1991年を通じて、銅の中間需要に対する販路構成の66〜59%が電線ケーブル、25〜31%が伸銅品で占められており(両者で89〜90%)、銅の中間需要に対する需要構造を考えるとき、電線ケーブルと伸銅品について検討すれば十分と考えられる。銅の逆行列係数は、電線ケーブルに対して15〜18%、伸銅品に対して13〜14%となっている。電線ケーブルは、販路構成、逆行列係数共に減少している(前述のように、電線メーカーの海外進出及び通信線への光ファイバーの導入等に起因すると考えられる)。一方、伸銅品は、販路構成は増加しており、逆行列係数は概ね横這いを示している。

 (g)銅の生産誘発依存度は、民間投資41〜42%、輸出33〜35%(両者で74〜76%)になっており、銅の最終需要に対する需要構造を考えるとき、民間投資及び輸出について検討することが、特に重要と考えられる。なお、この場合の輸出とは、銅単体のみならず、自動車や電気機械等の製品に組み込まれて輸出される銅も含む。一方、銅の生産誘発係数は、輸出が0.0023〜0.0029で最も大きく、次いで、民間投資が0.0013〜0.0016となっている。両者共、バラツキは大きいが、横這いと見ることができる。民間投資は、輸出に比して、生産誘発依存度は大きいが、生産誘発係数は小さい。これは、銅は民間投資に多く使用されているが、その需要の伸びは、民間投資の需要増より輸出の増加に敏感に反応することを意味している。

 (h)投入額(係数)は、ある事業の原価構成(比)を示すと考えられることを利用して、非鉄金属鉱物の原価構成(比)を調べた結果、ある程度の有効性が確かめられた。同時に、銅、鉛及び亜鉛の原価構成(比)についても調べたが、この方は、産業連関表による原価構成(比)と実績値間に一部乖離の存在が認められて、その有効性に若干の疑問を残す結果となった。

 (i)わが国の非鉄金属産業の将来と問題点

 (イ)2005年度においても、現状の製錬能力が維持されると仮定した場合、電気銅は、2005年度においても電気銅内需が製錬能力を上回り、国内製錬を主体にして、不足分を輸入する構図は変わらない。電気鉛は、電気鉛内需が大きく減退したときには、国内製錬のみで賄い得る。亜鉛は国内製錬のみで賄い得る。

 (ロ)鉱山・製錬業におけるコスト削減には、固定費(特に、労務費)の削減が有効である。従来、労務費の削減のための労働生産性の向上には、設備の高効率化・省力化による人員の削減と同時に高容量化が進められて来た。しかし、これらの対策も限界に来ている感がある。

 (ハ)非鉄金属産業にとって円高の影響は深刻である。長期に亘る円高指向によって、非鉄金属鉱山については、1960年度には、国内に、従業員100人以上の鉱山が106鉱山あったが、現在は僅か3鉱山を残すのみになってしまった。近年の急激な円高は、非鉄金属製錬をも直撃して、鉛製錬と一部の亜鉛製錬において、整理・縮小を余儀無くされている。

 (ニ)円高指向の影響を回避する術はないが、少なくとも、輸入精鉱については、現状のドル建てを円建てに切り替えて行く努力が肝要である。

 (ホ)わが国の非鉄金属の量的確保の面では、戦争や動乱を含むフォース・マジュール的な大きな供給障害が生じない限り、近い将来に支障を来たす可能性は低いと考えられる。

 (ヘ)精鉱輸入のためのTC(溶錬費)・RC(精製費)の契約交渉は、わが国のカスタム・スメルターにとって、収益を支配する一大要因である。今後、中国や東南アジアの精鉱需要は高まる一方と考えられることから、これらの国が、わが国の精鉱確保の強力なコンペティターになる可能性が考えられる。

 (ト)これからのわが国の非鉄金属産業は、進むべき基本的なターゲットとして、鉱山・製錬を含めた自己完結型の事業展開(垂直統合)を目指すべきであろう(非鉄メジャー化指向)。

 (チ)しかし、焦眉の急として、鉱種によっては、存続の可否が危惧されるカスタム・スメルターについて、その存続に困難を来たす事態が生ずることになれば、非鉄金属地金の供給は海外に求めざるを得ず、同時に、非鉄金属の製錬業は、海外に生きる道を求めて行かなければならないと考えられる。

審査要旨

 論文の題目は『わが国における電気銅需要の動向分析と非鉄金属の需要予測に関する研究』というものであり、論文提出者の大野栄一氏がメタル経済研究所勤務中に行った調査-研究の集大成である。大野栄一氏は、1960年に東京大学工学部鉱山学科(現在の地球システム工学科)を卒業後、三菱金属鉱業(現在の三菱マテリアル)に入社し、採鉱技師として、国内外の鉱山開発と操業に長く携わってきた。1989年には、社団法人日本メタル経済研究所に移って、非鉄金属・レアメタルの需給動向について、調査-分析活動を行うこととなった。鉱物資源の生産-流通-消費-リサイクルを経済的な側面からとらえる学問分野として、資源経済学(Mineral Economics)が、最近、日本でも注目されるようになってきたが、そのオピニオンリーダの一人として、非鉄金属業界と学会における活躍が広く認められている。

 わが国には、大野栄一氏が鉱山業界に就職した1960年度には、100名以上の従業員を有する非鉄金属鉱山が106鉱山存在したが、現在は、3鉱山のみとなっている。非鉄金属の中で最も消費量が多い銅の世界消費量はおよそ1,200万トンであり、その約12%(140万トン)をわが国は消費しているが、銅鉱石を生産する最後の鉱山が1994年に閉山した。銅と同様、世界消費の約12%を消費するアルミニウムについては、鉱山はもちろん、製錬所さえも国内に有していない。鉛・亜鉛についても、2ヶ所の国内鉱山と数ヶ所の製錬所を有するが、自給率は、それぞれ5%台と13%台である。このような現状の中にあって、大野栄一氏が行った研究は、わが国の非鉄金属産業の歴史的な変遷を需要面からとらえ、その成果を、中長期的な非鉄金属の需要予測に役立てたものである。今後のわが国非鉄産業のとるべき長期戦略を考える上で、重要な貢献を果たすものであるといえる。

 大野栄一氏の論文は、大きく分けると2つの部分から構成されている。前半は電気銅需要の動向分析であり、後半は非鉄金属需要の中長期予測を可能とする経済モデルの構築、予測計算、その結果に対する検証と分析を行っている。まず、前半の電気銅需要の動向分析では、戦後わが国経済の高度成長期にあたる1969年から、2回の石油危機と世界的な景気後退、プラザ合意後の円高、バブル景気とその崩壊に至る1993年まで、およそ25年間の電気銅需要の動向を、各種統計資料を基に、詳細に調査した。もちろん、電気銅需要には、この間の経済環境の変化が与えた影響が現れているのであるが、単純にわが国のGDP(国内総生産)と連動しているわけではない。1980年の高度経済成長期から低成長期への転換を契機に、軽薄短小化による銅消費の減少傾向が強まり、銅消費産業の海外移転、通信ケーブルへの光ファイバの導入による影響を明らかにした。大野栄一氏はこのようなマクロ的な経済変動と電気銅需要の関係を、いわば、総体として分析するだけでなく、電気銅需要と様々な経済指標との間の回帰分析を行った。その結果、マクロ経済の変動を表すGDP以外に、公的固定資本形成・総合卸売物価指数を、電気銅の需要動向回帰式に含むことが有効であることを明らかにした。さらに、電気銅需要の上昇・下降の転換点を表現するために、最終需要在庫率指数が必要であることも指摘した。この点が、大野栄一氏の研究のオリジナリティであり、学会からの評価も高い。

 論文の後半では、電気銅需要の動向分析と同様な手法を用いて、鉛・亜鉛・アルミニウムの国内需要についても、主要な経済指標との重回帰式を求めた。これらをマクロ経済モデルに組み込み、銅・鉛・亜鉛・アルミニウムの中長期的な国内需要予測を行った。使用したマクロ経済モデルは、既存のモデルであるが、マクロ経済の変動による非鉄金属需要の変化に大野栄一氏の分析結果が反映されており、非鉄金属需要予測にこの種の手法を取り入れ、実行したのはわが国では、大野栄一氏のみであるといえる。予測計算に先だって、非鉄金属需要予測モデルの検証を行った。1987年に、1965年から1985年までのデータを使って、同じモデルで予測計算を行うものとし、1987年以降の予測値と実績値を比較した。1987年以降は、戦後の日本経済にとって、敗戦直後の混乱や石油ショックにも勝るとも劣らない経済変動、すなわちバブル経済とその崩壊期に一致し、予測モデルの母体となったマクロ経済モデルそのものの問題点も明らかとなった。しかし、非鉄金属需要に関しては、一部に予測値の不適合が見られたものの、大多数について、予測値と実測値の一致が見られた。これには、大野栄一氏独自の手法である、非鉄金属需要と経済指標の回帰式に最終需要在庫率指数を取り入れたことが大きい。2005年までの予測計算では、わが国のマクロ経済と非鉄金属産業が、対米ドル為替レートの影響を強く受けることを考慮して、円高-標準-円安の3ケースについて計算を行い、予測結果に、需要の上限値と下限値も含めた。

 以上、大野栄一氏が提出した学位論文の独自性と重要性を明らかにした。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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