学位論文要旨



No 213789
著者(漢字) 宇高,忠
著者(英字)
著者(カナ) ウタカ,タダシ
標題(和) 全反射蛍光X線分析法による微量分析の研究
標題(洋)
報告番号 213789
報告番号 乙13789
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13789号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 合志,陽一
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 助教授 樋口,精一郎
 東京大学 助教授 北森,武彦
 東京大学 講師 宮村,一夫
内容要旨

 X線技術はX線回折,蛍光X線分析,X線光電子分光法等に広く活用されており,それぞれの方法の測定目的の違いはあれ,X線源,分光系および検出器を含むX線光学系としての基盤は同じ土俵の上に成り立っている.

 本論文で論ずる蛍光X線分析法は非破壊で多元素分析法として利用されてきた.しかしながら,検出される蛍光X線の強度分布の中に試料からの散乱X線が含まれるために検出限界に制限があった.蛍光X線分析の感度向上の歴史は試料の励起法の改善,X線の効果的な分光および効率の良い検出法の改善に加え,バックグラウンド成分となる散乱X線の低減化によって進められてきた.

 本論文では散乱X線の低減の一つとしてX線の全反射現象を用い,かつ,全反射現象を利用した場合の励起源の最適条件および検出手法に検討を加えることにより,従来よりも3桁以上の感度向上が達成できる全反射蛍光X線分析法の開発研究について記述した.

 全反射蛍光X線分光法は,1971年に米田らが微量元素分析への有効性を示唆して以来,合志らによって実用化され,近年になって半導体表面の汚染分析に採用され,急速に進歩している.また,半導体デバイスの高集積化とプロセスの複雑化に伴い,更にその分析性能への要求も一段と高いものになってきている.これらの要求に応えるために,X線分光法を活用し,X線の全反射現象を基礎として,全反射蛍光X線分析装置の性能向上のための技術開発を行った.

 第1章で本研究の目的を明らかにし,全反射蛍光X線分析法の研究の沿革と現状について概観を行った.併せて本研究の遂行における報告者の基本的な研究態度を明らかにし,本研究の構成と展開について記述した.

 第2章では,従来の蛍光X線分析装置と全反射蛍光X線分析装置の類似点および相違点を検討し,全反射蛍光X線分析装置の技術的問題を明らかにし,これら問題を解決した全反射蛍光X線分析法の有用性について記述した.単色X線はバックグラウンドの低減化に寄与するが,一方では分光に用いる単結晶のためにビームの拡がりが生じ,強度も低下する.ここでは種々単結晶によるX線ビームの広がりとピーク強度との関係を明らかにし,測定目的による光学系の最適条件を求めた.また,入射角依存性のピークプロファイルから,臨界角以下では試料の表面粗さにより全反射条件が変化するために,蛍光X線および散乱X線強度が強く影響されることを立証した.更に,これに基づいて測定上の注意事項を喚起した.

 第3章では,従来の全反射蛍光X線分析装置の問題点に検討を加え,さらに検出感度の向上を図るために必要な改善を行い全反射蛍光X線分析用高感度X線分光器を製作した.第2章で行った結果を踏まえ,性能向上を行うために,励起X線源の単色化と反射強度の飛躍的な増大が期待できる人工格子を分光素子として採用した.本章では全反射蛍光X線分析法の光学系として最適な人工格子について検討し,その必要特性を調査し,2d値,層数,界面および基板の粗さ等の最適化を行った.その結果から最近のスパッタ技術を駆使し,実際に人工格子を製作し性能確認を行った.製作した人工格子分光器では,従来のモノクロメータを用いた分光器と比較し,検出下限で2倍改善された.また,X線源として,Au-LII-MIV線を検討し,測定上問題になっていたCu-K-LII,III線へのエスケープピークの重なりやZn-K-LII,III線のバックグラウンド低減化の問題の解決を図り,大幅な正確さの向上に成功した.

 第4章では,製作した全反射蛍光X線分析装置による微量分析について記述した.ここでは,遷移金属並びに重金属元素の分析性能について検討した.また,実際の半導体プロセスに於ける汚染の分布測定を行い,全反射蛍光X線分析法の有用性を示した.この結果,高輝度型小型回転式X線管とハイブリッド型モノクロメータとを組み合わせることにより,遷移金属の分析において,109atoms/cm2オーダの検出下限値が得られた.また,従来W対陰極では分析不可能とされていたW,Au,Pt,As等の分析も同時に可能とした.

 第5章では,近年特に要求が強まったNa,Al等のいわゆる軽元素分析に対して,全反射蛍光X線分析を用いて分析するための必要な諸条件の検討を行った.

 全反射蛍光X線分析法のようなエネルギ分散型装置では,結晶分散型装置と比較して,装置構成上からエネルギ分解能が悪くシリコンウェハ表面のAlの分析の場合,Si-K-LII,III線ジャイアンツピークとなり,そのピークの裾にAl-K-LII,III線が存在するため分析が困難である.このためにはバックグラウンドであるSi-K-LII,III線の低減がAl分析の重要な鍵となる.また,1台の装置で重元素から軽元素まで分析する必要性も再認識され,分析装置の総合性から種々の励起線,分光素子,光学系を検討した.この結果W対陰極を用いることにより,これらの課題を解決できることが分かった.即ち,Na,Alの励起にはW-MV-NVI,VII線を,Cr〜Znの遷移金属の励起線にW-LII-MIV線を,また,重金属元素のW,Au等の分析線には連続X線から20keVX線を分光して取り出し励起線とした.それぞれの分光素子を自動交換する3結晶分光器を製作することにより,軽元素から重元素まで分析を可能にした.

 この結果,Alに対しては7×1010atoms/cm2,Niに対しては8×108atoms/cm2,Wに対しては2×1010atoms/cm2の検出下限値を得た.また,Alの分析上の問題点についても検討し,スペクトル線の重なり問題について議論を行った.

 第6章では,全反射蛍光X線分析装置から得られた測定スペクトルより,不純物量の定量を行うための分析方法の検討を行った.ソフトウェアによるデータ処理,入射角の違いによるX線強度変化,最小検出下限値に対する入射角度の決定,試料汚染形態の違いによる強度変化等の研究を行った.また,分析の定量値の正確さを向上させるために,物理定数から求めた感度係数の計算値と標準試料から求めた実験値とを比較し,1元素1試料のみで他に標準試料がなくても全元素の定量ができるよう相対感度係数値を決定した.

 第7章では,以上の研究を踏まえ,分析の正確さの要求が強いシリコンウェハの表面汚染分析について検討を行った.現在の装置では,シリコンウェハの汚染分析を行う場合に,ウェハ上の任意の位置を選択して測定すると,測定場所によっては一次X線の回折線の励起の影響で不純物線ピーク(Spurious peaksとも称する)が出現し,そのピークが分析線に重なり分析の正確さが極端に悪くなる場合がある.この原因は半導体検出器そのものに問題があることが分かった.主要な不純物線ピークである鉄は半導体検出器の窓材であるベリリウムおよびSi(Li)結晶の支持材に含まれ,またニッケルは半導体検出器の窓材のベリリウムおよびSi(Li)の電極材蒸着金の下地材ニッケルに起因していることが判明した.半導体検出器の窓材を高純度の高分子膜に交換したが,不純物線ピーク強度を半分程度しか減らすことができなかった.これら不純物のX線を更に低減するために,試料からの回折線の発生を防ぐ必要があり,従来のr-ステージの代わりにx-y-ステージを採用した.その結果,一次X線の入射方位をオリエンテーションフラットに対して35度に設定し,測定することにより,一次X線回折線の影響を最小限に留めることができた.更に励起源の単色化に2結晶分光器を採用し,光学系の分散能の向上を図った.結晶には不等間隔多層膜モノクロメータを採用し,X線強度アップと低バックグラウンドの励起線源を作り上げた.この2結晶分光器とx-y-z--5軸ステージとの組み合わせでCuの1×1010atoms/cm2の定量分析を可能にした.

 第8章総括に於いては,全反射蛍光X線分析の意義と今後の展望についてまとめ,また本研究を通して得られた研究遂行上の問題点および得られた成果についての見解を記述した.

 シリコンウェハの表面汚染分析は今後半導体のデバイスの集積度が更に増えるにつれて,高度の技術管理を必要とする.そのための検出部として本装置の性能・機能に対する要求が一段と厳しくなってくる.更に,分析性能は装置の安定性・性能・機能向上ばかりでなく,測定試料に関わる分析上の諸問題を明らかにする必要がある.得られたスペクトルがその試料の汚染を示しているのか,それとも別のものであるかを明らかにしなければいけないと言う分析本来の立場に立って装置開発を行い,工業的に有用な成果を得た.

審査要旨

 本論文は散乱X線の低減法の一つとしてX線の全反射現象を用い、かつ、全反射現象を利用した場合の励起源の最適条件および検出手法に検討を加えることにより、従来よりも3桁以上の感度向上が達成できる全反射蛍光X線分析法の開発研究について記述している。

 第1章では本研究の目的を明らかにし、全反射蛍光X線分析法の研究の沿革と現状について概観を行っている。併せて本研究の遂行における報告者の基本的な研究態度を明らかにし、本研究の構成と展開について記述している。

 第2章では、従来の蛍光X線分析装置と全反射蛍光X線分析装置の類似点および相違点を検討し、全反射蛍光X線分析装置の技術的問題を明らかにし、これら問題を解決した全反射蛍光X線分析法の有用性について記述している。

 第3章は、励起X線源の単色化と反射強度の飛躍的な増大が期待できる人工格子を分光素子として採用し、性能向上を図った研究に関わる。本章では全反射蛍光X線分析法の光学系として最適な人工格子について検討し、その必要特性を調査し、2d値、層数、界面および基板の粗さ等の最適化を行った結果を述べている。

 第4章では、遷移金属並びに重金属元素の分析性能について検討している。また、実際の半導体プロセスに於ける汚染の分布測定を行い、全反射蛍光X線分析法の有用性を示している。この結果、高輝度型小型回転式X線管とハイブリッド型モノクロメータとを組み合わせることにより、遷移金属の分析において、109atoms/cm2オーダの検出下限が得られている。

 第5章では、近年特に要求が強まったNa,Al等のいわゆる軽元素分析に対して、全反射蛍光X線分析を用いて分析するための必要な諸条件の検討を行っている。

 エネルギー分散型装置では、エネルギー分散能が悪くシリコンウエハー表面のAlの分析の場合,Si-K-LII,III線がジャイアンツピークとなり、そのピークの裾にAl-K-LII,III線が存在するため分析が困難である。このためにはバックグラウンドであるSi-K-LII,III線の低減がAl分析の重要な鍵となる。また、1台の装置で重元素から軽元素まで分析する必要性も指摘し、分析装置の総合性から種々の励起線、分光素子、光学系を検討している。

 この結果、Alに対しては7×1010atoms/cm2,Niに対して8×108atoms/cm2,Wに対しては2×1010atoms/cm2,の検出下限値を得ている。また、Alの分析上の問題点についても検討し、スペクトル線の重なり問題について議論を行っている。

 第6章は、全反射蛍光X線分析装置から得られた測定スペクトルより、不純物量の定量を行うための分析方法に関わる。ソフトウエアによるデータ処理、入射角の違いによるX線強度変化、最小検出下限に対する視射角の決定、試料汚染形態の違いによる強度変化等の研究を行っている。また、分析の定量値の正確さを向上させるために、物理定数から求めた感度係数の計算値と標準試料から求めた実験値とを比較し、1元素1試料の標準試料のみで、全元素の定量ができるよう相対感度係数値を決定している。

 第7章は、シリコンウエハーの極微量汚染分析に関わる。単結晶の極微量分析では測定場所によっては一次X線の回折線の励起の影響で不純物線ピークが出現し、そのピークが分析線に重なり分析の正確さが極端に悪くなる場合がある。この原因は半導体検出器そのものに問題があることを明らかにした。これら不純物のX線の低減には、試料からの回折線の発生を防ぐ必要があり、従来のr-ステージの代わりにx-y-ステージを採用した。その結果、一次X線の入射方位をオリエンテーションフラットに対して35度に方位角を設定し、測定することにより、一次X線回折線の影響を最小限に留めることができた、更に、励起源の単色化に不等間隔多層膜モノクロメータ2結晶分光器を採用し、光学系の分散能向上を図り、X線強度が高く低バックグラウンドの励起線源を作り上げた。この2結晶分光器とx-y-z--5軸ステージとの組み合わせでCuの1×1010atoms/cm2の定量分析を可能にしている。

 第8章総括の於いては、全反射蛍光X線分析の意義と今後の展望についてまとめ、本研究を通して得られた研究遂行上の問題点および得られた成果についての見解を記述している。以上本論文は工業分析における極微量測定に関し全反射X線分析法を適用するにあたり必要とされる装置とソフトウエアの開発を述べており、学術上有意義な成果を得ている。

 よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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