学位論文要旨



No 213791
著者(漢字) 金井,洋
著者(英字)
著者(カナ) カナイ,ヒロシ
標題(和) 加工性と耐汚染性及び硬度とに優れるプレコート鋼板の開発
標題(洋)
報告番号 213791
報告番号 乙13791
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13791号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白石,振作
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨

 家電製品のほとんどのものは、何らかの形で鋼板製の容器に収められている。この鋼板は成形加工された後、防錆性能および美観を高めるため、焼付け塗装される。しかし、鋼板を加工した後の塗装(ポストコート)は、広いスペースが必要な上、作業環境が必ずしも良好でなく、さらにそこで発生する有害な廃棄物の処理を必要とすることから、塗装工程を省略して、コスト低減を図るため、あらかじめ塗装が施されている「プレコート鋼板」を採用する動きが盛んになっている。このような状況の下で、プレコート鋼板の製造メーカーには、従来のポストコートに置き換えることができる加工性能、防錆性能、表面性状等に優れた製品を安価に供給することが求められている。

 従来から、プレコート鋼板に対しては、下記のようないくつかの欠点が指摘されており、家電メーカーでのプレコート鋼板の採用を促進するためには、これらの欠点の解決が必要である。これらの欠点のひとつは、家電用のプレコート鋼板には、加工性ばかりではなく、硬度、耐汚染性、耐食性等多くの性能が要求されるが、これらの性能を並立させることは難しく、特に、塗膜の加工性と耐汚染性及び硬度とを両立させることは極めて困難なことである。このため、家電メーカーでの成形に必要な加工性のレベルに応じて、いくつかの製品を使い分ける必要がある。すなわち、加工性が必要な場合には硬度や耐汚染性を犠牲にし、また、硬度や耐汚染性が必要な場合には加工性を犠牲にしたプレコート鋼板を使用する。この方法は、プレコート鋼板の製造メーカーにとっても、製品の数が増えて管理や製造に手間がかかるといった不都合がある。

 プレコート鋼板のもう一つの欠点として、端面部の耐食性が悪いことが挙げられる。切断された端面の部分はめっきや塗装で被覆されておらず、むき出しのまま使用されるため、ここから腐食が進行しやすい。プレコート鋼板の需要を拡大するためには、屋外でも使用出来る製品を開発し、需要量の多いエアコン室外機等にも適用できるようにすることが必要である。そこで、端面耐食性に影響を及ぼす要因を明確にし、どのような仕様のプレコート鋼板であれば屋外で問題なく使用できるのかを明らかにする必要がある。

 以上のような性能上の問題の他に、家電メーカーからのいくつかの要望がある。そのひとつは、外観品位に対するもので、均一で平滑な塗装外観を持ち、また、製造工程で塗膜が乾燥する前にゴミが塗膜表面に付着することによる外観不良がないことである。他のひとつは、小ロットの製品を安価に供給できることである。これらの要望に答えられる製造ラインを設計・建設するためには、塗膜の焼付け方法や塗装方法の開発が必要である。

 本研究の目的は、以上のような要望に応えて、加工性、耐汚染性及び硬度を兼ね備えたプレコート鋼板を開発すること、端面耐食性に影響を及ぼす要因を調べ、屋外での長期使用に耐えるプレコート鋼板の仕様を明らかにすること、表面外観に優れたプレコート鋼板を効率的に製造できる方法を確立することである。

 本論文は5章からなり、その概要は以下の通りである。

 第1章は、緒論で、本研究の背景と意義、及び関連するこれまでの研究の概要について述べたものである。

 第2章は、塗膜の表面構造を制御することによって、加工性と耐汚染性及び硬度とを両立させたプレコート鋼板を開発した経緯について述べたものである。従来の研究は、塗膜をバルクと考えて樹脂の組成や塗料の配合を検討していたが、本研究では塗膜に傾斜構造を持たせることで加工性と耐汚染性及び硬度とを両立できることを明らかにした。すなわち、水酸基価の低いポリエステル樹脂、メチル化度の高いメチル化メラミン樹脂、および揮発性のアミンで中和した強酸性触媒を混合した塗料を焼付けることによって、メチル化メラミン樹脂が塗膜表面に濃化すること、またメチル化メラミン樹脂の濃度は塗膜内部に向かって徐々に低くなっていることを、X線光電子分光、赤外分光、及び高周波グロー放電分光を用いて明らかにした。この塗膜は、塗膜表面で硬質のメラミン樹脂の濃度が高いことにより耐汚染性と硬度とに優れ、内部では硬質のメラミン樹脂の濃度が低いことにより加工性にも優れていることを見いだした。塗膜表面へのメチル化メラミン樹脂の濃化の機構について、塗膜の焼付け過程で酸から解離したアミンは、塗膜表面付近では系外に揮発しやすいために、塗膜表面付近では塗膜の内部に比べて酸性度が上がり、酸性下で反応しやすいメチル化メラミン樹脂が自己縮合反応を起こして表面付近に自己縮合層を形成し、塗膜内部から表面に向かってメチル化メラミン樹脂が拡散することによると推定した。次いで、メチル化メラミン樹脂が表面に濃化する塗膜を用いて、塗料組成や塗膜の作成条件を最適化することで、加工性と耐汚染性及び硬度とを高度に両立させたプレコート鋼板を開発し、実用化したことについて述べた。

 第3章では、プレコート鋼板の端面耐食性に及ぼすめっき種類、めっき付着量、原板の板厚、塗膜中の防錆顔料の量、裏面塗装の有無の影響について、沖縄と千葉の海岸地区における5年間の屋外暴露試験で調べた結果について述べた。従来から断片的な暴露試験は行われていたが、家電用として用いられているめっき付着量が20〜60g/m2程度の原板を用いたプレコート鋼板について網羅的に暴露試験をした例は無く、屋外で使用できる仕様については明らかになっていなかった。試験の結果、亜鉛合金めっき鋼板にくらべて純亜鉛めっき鋼板が赤錆が発生しにくく、かつ腐食初期の塗膜膨れが少ないという点で優れていることを明らかにした。また、めっき付着量(g/cm2)を板厚(mm)で割った値である亜鉛比指数という新たな耐食性の指標を提案し、この亜鉛比指数が75以下となる仕様とすれば、沖縄の海岸地区のような腐食しやすい環境で5年間使用しても、端面からの赤錆の発生幅を2mm以下に押さえられることを見出し、この指標が端面耐食性の実用的な指標となることを明らかにした。また、プライマー塗膜中の防錆顔料の量が多いほど端面からの塗膜の膨れ幅が小さくなること、裏面側に塗装を施すことで表側の端面からの腐食幅が小さくなることを見いだした。さらに、亜鉛比指数が75以上であるプレコート鋼板を実際のエアコン室外機に成形加工して沖縄の海岸地区で暴露試験を行い、このプレコート鋼板はエアコン室外機用として実用化できる耐食性を持つことを明らかにした。

 第4章では、プレコート鋼板の効率的な焼付け方法と塗装方法の開発について述べた。種々の塗膜焼付け方式を比較し、高周波誘導加熱が炉内の清浄度を高くできること、熱慣性が少なく小ロットの製造に対応しやすいこと、短時間で焼付けても揮発分が塗膜から抜けきれないために発生する欠陥である「ワキ」現象が発生しにくいことから、家電用のプレコート鋼板の焼付け方式として優れていることを明らかにした。しかし、高周波誘導加熱方式で焼付けた塗膜は、熱風で焼付けた塗膜に比べて塗膜最表面の架橋が不十分なため耐汚染性に劣る場合があった。これを改善するためには、焼付け時に発生する溶剤を排出するために炉内に送る風の温度を180℃以上に上げれば良いことを見いだし、「熱風を吹き込む高周波誘導加熱炉」を開発した。この炉を用いると、従来の熱風炉に比べて焼付けが短時間で行え、かつ得られる塗膜の性能は同等であった。次に、家電用プレコート鋼板にふさわしい塗装方法を検討し、従来から用いられているスリット型カーテンコーターで塗装したときと同等の平滑で美麗な外観を与え、かつロールコーター並の膜厚制御性を持つローラーカーテン塗装機を開発した。2本の同じ方向に回転するロールの間に供給された塗料は、ロール間を通過することによって計量され、ロールの下部に設けられたブレードによってかきとられてカーテン上に落下し、カーテンの下を通過する鋼板に塗装される。塗装される膜厚は、2本のロールの周速差に1次で比例し、ロール間のギャップと鋼板の速度に1次で反比例し、膜厚制御が容易であるとともに、得られた塗膜の外観も非常に平滑であることが明らかになった。熱風を吹き込む高周波誘導加熱炉とローラーカーテン塗装機とを用いることで、ゴミの付着による塗膜欠陥が非常に少ない平滑な塗膜が得られ、操業条件が容易に変更できるため、小ロットで外観に対する要求が厳しい家電用のプレコート鋼板が効率的に製造できる。このラインは実際に建設され、順調に稼働している。

 第5章は、本研究の総括と今後の展望を述べたものである。

審査要旨

 家電製品の外装鋼板にプレコート鋼板を使用すると、塗装工程を省略あるいは簡略化でき、環境・公害問題の発生を低減、抑制できることから、品質の良いプレコート鋼板の需要が急激に伸びる傾向にある。このような状況の中で、プレコート鋼板の欠点を克服して性能を向上することは工業的に重要な課題である。

 本論文は、加工性と耐汚染性及び硬度とを兼ね備えたプレコート鋼板を開発すること、プレコート鋼板の端面耐食性に影響を及ぼす要因を調べ、屋外での長期使用に耐えるプレコート鋼板の仕様を明らかにすること、表面外観に優れたプレコート鋼板を効率的に製造できる方法を確立することを目的とした研究成果をまとめたものである。本論文は以下の5章より構成されている。

 第1章は、本研究の背景と意義、及び関連するこれまでの研究の概要について述べている。

 第2章は、傾斜構造を有する塗膜によって、加工性と耐汚染性及び硬度とを両立させたプレコート鋼板を開発したことを述べている。水酸基価の低いポリエステル樹脂、メチル化度の高いメラミン樹脂、および揮発性のアミンで中和した強酸性触媒を混合した塗料を鋼板に焼付けることによって、メチル化メラミン樹脂が塗膜表面に濃化すること、またメチル化メラミン樹脂の濃度は塗膜内部に向かって低くなっていることを明らかにしている。このような傾斜構造の存在は、X線光電子分光による塗膜の表面構造の分析、FT-IRによる塗膜内部構造の分析などから実証した。この塗膜は、塗膜表面では硬質なメラミン樹脂濃度が高いことで硬度と耐汚染性とに優れ、内部では硬質のメラミン樹脂濃度が低いことにより加工性にも優れている。また、このような傾斜構造が得られる機構について考察し、塗膜の焼付け過程で酸から解離したアミンは、塗膜表面付近では系外に揮発し、塗膜表面付近では塗膜内部に比べて酸性が高くなり、酸性下で反応しやすいメチル化メラミン樹脂が塗膜表面付近で自己縮合反応を起こして、自己縮合層を形成し、塗膜内部から表面に向かってメチル化メラミン樹脂が拡散することによると推定した。この考察の妥当性は、触媒をアミンで中和するか否かによって塗膜の構造が異なることからも支持される。さらに、表面自由エネルギーが低いブチル化メラミン樹脂が塗膜表面に濃化した塗膜との構造の差や、物性の差についても論じている。次いで、この技術が実際のプレコート鋼板製品に応用され、実用化されていることが述べられている。未硬化塗膜内の樹脂の反応を制御することによって、このような傾斜構造を持つ塗膜を作り、望ましい物性を発現させた例はこれまでに見あたらない。

 第3章では、プレコート鋼板の端面耐食性に及ぼすめっき種類、めっき付着量、鋼板の板厚の影響について述べている。めっき種類としては、合金めっきよりも純亜鉛めっきが耐赤錆発生という観点から優れていることを明らかにするとともに、亜鉛比指数(めっき付着量g/m2を板厚mmで割った値)という新たな指標を提案し、この亜鉛比指数が75以上であれば腐食環境の厳しい沖縄海岸地区で5年間暴露しても、端面から発生する赤錆幅が2mm以下と実用上許容できる程度に抑えられることを見出し、この指標が端面耐食性の実用的な指標となることを明らかにしている。また、塗膜中の防錆顔料の量を増やし、裏面側にも塗装を施すことでさらに端面耐食性が向上することが示されている。さらに、亜鉛比指数が75以上であるプレコート鋼板が空調機器の室外機外板として実用化されていることが述べられている。

 第4章は、プレコート鋼板の効率的な焼付け方法と塗装方法の開発について述べている。塗膜の焼付け方式としては、高周波誘導加熱が炉内を清浄に保ちやすく、熱慣性が少なく、小ロットの製造に適していること、短時間で塗膜を焼付けても欠陥が発生しにくいことから、家電用プレコート鋼板の焼付け方式として優れていることを明らかにしている。また、高周波誘導加熱方式で焼付けた塗膜は、熱風方式で焼付けた塗膜に比べて塗膜最表層の架橋が不十分で耐汚染性に劣ることがあることがわかり、傾斜構造の生成機構から考察し、この対策として炉内に換気のために送る風の温度を180℃以上にすれば十分な耐汚染性を持つ塗膜を作れることを明らかにした。また、塗装方式としては、膜厚を制御しやすく、平滑な外観を与えるローラーカーテンコーターを新規に開発したことを述べている。両技術を組み合わせたプレコート鋼板の製造ラインは、小ロットで外観に対する要求が厳しい家電製品用のプレコート鋼板を効率的に製造できること、このラインが実際に建設され稼働していることが明らかにされている。

 第5章は、本論文の総括であり、本研究の成果と今後の展望とを述べている。

 本研究の成果による、加工性および耐汚染性と硬度とに優れるプレコート鋼板およびその効率的な製造方法は実用化され、プレコート鋼板の用途や需要の拡大に多大な貢献をしている。金属工業、家電製品製造業の発展や、塗装工程から発生する公害の防止にも寄与しており、工業的な価値は極めて高い。また、相反する性能を両立させるために塗膜を傾斜構造にしたこと、また、この傾斜構造を形成するための考え方は、他の工業分野で使用される膜の設計にも応用できる汎用的なもので、今後の高分子化学や高分子工業、塗装工学の発展にも寄与するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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