No | 213796 | |
著者(漢字) | 加納,塁 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カノウ,ルイ | |
標題(和) | 分子生物学的手法による皮膚糸状菌の菌種鑑別およびその系統関係 | |
標題(洋) | Differentiation and phylogenetic relation of dermatophyte species by molecular analysis | |
報告番号 | 213796 | |
報告番号 | 乙13796 | |
学位授与日 | 1998.04.06 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 第13796号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 皮膚糸状菌症はヒトを始め多くの動物種で広く認められている感染症である。その起因菌である皮膚糸状菌群は、Epidermophyton,MicrosporumおよびTrichophytonの3属に分類され、現在約40種が知られている。これらは、これまで形態学的特徴、生化学的性状および交配試験成績によって菌種の鑑別が行われてきた。しかし臨床分離株には、形態学的および生化学的特徴が失われていたり、完全世代が確認されている菌種であっても、分離株によっては交配能力を失っている場合もあると考えられる。このように従来の方法では、菌種鑑別が困難な場合も多い。さらに従来の手法では皮膚糸状菌の系統関係を解析するのは不可能と思われるが、系統解析は皮膚糸状菌の進化を解明し分類するうえで重要な課題となっている。一方皮膚糸状菌以外の各種真菌では、分子生物学的手法である、RAPD(random amplification of polymorphic DNA)法、Southern hybridization法、特定遺伝子の塩基配列を解析するsequencing法などによる菌種鑑別や系統解析が検討されている。しかし現在のところ、皮膚糸状菌についての分子生物学的研究は十分行われていない。そこで本研究は、Microsoprum属とTrichophyton属およびそれらの完全世代であるArthroderma属の菌種を対象に分子生物学的手法を応用し、菌種鑑別および系統関係の解析を試みた。 Arthroderma fulvum、A.grubyi、A.gypseum、A.incurvatum、A.otae、A.racemosumの標準菌株から抽出したゲノムDNAを鋳型として21merのprimer(FM1 primer)でPCRを行いバンドパターンを各菌種ごとに比較した。その結果、これら6菌種でそれぞれ異なるバンドパターンを示すことが判明した。つぎに、RAPD法で得られたPCR産物のうち、A.otae由来の476bpおよびA.grubyi由来の129bpの2つのバンドを切り出し、これらをプローブ(C3 and 1S probe)として6菌種のゲノムDNAのSouthern hybridizationを行った。その結果、各菌種間において特異的なバンドが認められ、6菌種を明確に鑑別することが可能であった。 M.canisおよびM.gypseumと同定した人および動物由来の15株について、RAPD法およびSouthern hybridization法を用いて検討し、M.gypseumについては、交配試験の結果と比較検討した。臨床分離株からのゲノムDNAを鋳型として、FM1プライマーでPCRを行い、バンドパターンを各菌種ごとに比較した。さらにA.otae由来のC3プローブで、臨床分離株のゲノムDNAにSouthern hybridizationを行った。RAPD法とSouthern hybridization法は同様の結果を示し、M.canisの6株ではすべてA.otaeと同一のバンドパターンを示した。またM.gypseumの9株のうち、7株がA.gypseumと、他の2株がA.incurvatumと同じバンドパターンを示した。次ぎにM.gypseumについてA.gypseumおよびA.incurvatumの標準株を用い交配試験を行ったところ、それぞれ完全世代の産生が認められ、RAPD法とSouthern hybridization法の鑑別結果と一致した。 第1章および第2章でRAPD法とSouthern hybridization法によって、Microsporum(Arthroderma)属の菌種が鑑別されたことから、さらにMicrosporum属の18菌種について検討した。まず、18菌種の菌株から抽出したゲノムDNAを鋳型としてFM1プライマーでRAPDを行いバンドパターンを菌種ごとにで比較した。その結果、検討した18菌種のバンドパターンは菌種ごとに異なっていた。次にC3プローブを用い、18菌種のゲノムDNAのSouthern hybridizationを行った。その結果11菌種のゲノムDNAに各菌種間において特異的なバンドが認められ、また他の3菌種では、これら11菌株とは異なるが、同じ長さのバンドが認められた。その他残り4菌種ではハイブリダイズしたバンドは認められなかった。以上の結果から、RAPD法およびSouthern hybridization法の併用で、Microsporum属の18菌種の鑑別が可能であった。RAPD法とSouthern hybridization法は、解析する菌種の遺伝子塩基配列が不明であっても菌種鑑別が可能な場合が多く、また簡単で短時間に行える利点があるので、今後皮膚糸状菌の同定や皮膚糸状菌症の診断に有用であると思われる。 真菌細胞壁のキチン合成酵素、chitin synthase(CHS1)遺伝子は、菌種ごとに特異的に保存されていることが確認されており、皮膚糸状菌以外の真菌ではCHS1遺伝子をもとにした系統解析が行われている。そこでArthroderma属の系統解析を行うためにCHS1遺伝子の塩基配列を解析した。 まずA.benhamiae、A.fulvum、A.grubyi、A.gypseum、A.incurvatum、A.otae、A.simii、A.vanbreuseghemiiのゲノムDNAからCHS1遺伝子をPCR法にて増幅し、クローニング後、ジデオキシ法にて塩基配列の決定を行った。得られた8菌種の塩基配列から系統樹を作成したところ系統樹は、3つのクラスターに分別された。1番目のクラスターは、不完全世代が同じTrichophyton mentagrophytesであるA.benhamiae、A.simii、A.vanbreuseghemiiの3菌種から構成されていた。2番目のクラスターは、不完全世代が同じM.gypseumであるA.fulvum、A.gypseum、A.incurvatumの3菌種からなり、3番目のクラスターは、A.grubyi、A.otaeの2菌種であった。したがって、これら8菌種の系統樹によるクラスター分別は、形態学的特徴による群別と一致していた。 T.mentagrophytes var.interdigitale(T.interdigitale)およびT.rubrumは未だ完全世代が不明で、また形態学的特徴や生化学的性状が多彩なため判別困難な菌株が分離されることが多く、分類同定上の問題とされている。そこでT.interdigitaleおよびT.rubrumの臨床分離株について第4章と同様にCHS1の遺伝子解析を行い、先の8菌種を加えて系統関係を決定した。得られた10菌種の塩基配列からの系統樹は、3つのクラスターに分別された。1番目のクラスターは、不完全世代が同じTrichophyton属のA.benhamiae、 A.simii、 A.vanbreuseghemii、 T.interdigitaleおよびT.rubrumの5菌種から構成された。そしてT.interdigitaleはA.vanbreuseghemiiと極めて近縁であると考えられた。2番目と3番目のクラスターは、不完全世代が同じMicrosporum属で、前者はA.fulvum、 A.gypseumおよびA.incurvatumで、後者はA.grubyiおよびA.otaeであった。 次にT.rubrumのCHS1遺伝子にのみ、制限酵素HinfIの切断部位の存在が予想されので、本酵素を用いて各菌種の増幅産物の切断パターンを比較した。その結果T.rubrumの臨床分離株全てHinfIにより切断されたが、他のT.mentagrophytesの完全世代およびT.interdigitaleでは、HinfIによる切断は認められなかった。このことから、T.mentagrophytes complexとT.rubrumの鑑別が可能であった。 以上分子生物学的手法によって、従来分類されていた菌種を簡便迅速に鑑別することができ、またその系統関係を明かにすることができた。 | |
審査要旨 | 皮膚糸状菌はこれまで形態学的特徴、生化学的性状および交配試験成績によって菌種鑑別が行われてきた。しかし臨床分離株の中には、従来の手法による菌種鑑別が困難な場合も多い。さらに最近の真菌学における分類では、遺伝子レベルでの進化を解明する系統解析が重要視されている。そこで本研究は、今までの課題を克服するため、Microsporum属とTrichophyton属およびそれらの完全世代であるArthroderma属の菌種を対象にして、分子生物学的手法であるRAPD(random amplification of polymorphic DNA)法、Southern hybridization法、sequencing法を応用して、菌種鑑別および系統解析を行った。 初めに第1章では、RAPD法とSouthern hybridization法を用いてArthroderma属の6菌種を鑑別した。まず標準菌株から抽出したゲノムDNAを鋳型として21merのprimer(FM1 primer)でPCRを行いバンドパターンを各菌種ごとに比較した。その結果、6菌種でそれぞれ異なるバンドパターンを示した。さらにRAPD法で得られたPCR産物で、476bpおよび129bpの2つのバンドを切り出し、これらをプローブ(C3 and 1S probe)にして6菌種のゲノムDNAにSouthern hybridization法を行った。その結果各菌種間において特異的なバンドが認められ、6菌種の鑑別が可能であった。 第2章では、従来の手法で同定したM.canisおよびM.gypseumの臨床分離株について、FM1プライマーを用いたRAPD法とC3プローブによるSouthern hybridization法で検討した。どちらの方法でもM.canisの6株はすべてA.otaeと同一のバンドパターンを示し、またM.gypseumの9株のうち、7株がA.gypseumと、他の2株がA.incurvatumと同じバンドパターンを示した。さらにM.gypseumについて交配試験を行ったところ、それぞれ完全世代の産生が認められ、RAPD法とSouthern hybridization法の鑑別結果と完全に一致した。 第3章ではさらにMicrosporum属の12菌種を加えて検討した。その結果、FM1プライマーを用いた18菌種のRAPD法でのバンドパターンは、すべての菌種で異なっていた。C3プローブによるSouthern hybridizationでは、11菌種において特異的なバンドが認められ、また他の3菌種ではこれら11菌種とは異なるが、同じ長さのバンドが認められた。残り4菌種にはハイプリダイズしたバンドは認められなかった。 これらの結果から、RAPD法およびSouthern hybridization法の併用で、Microsporum属の18菌種の鑑別が可能であった。RAPD法とSouthern hybridization法は、解析する菌種の遺伝子塩基配列が不明でも鑑別可能な場合が多く、また簡単で短時間に実施できるので、今後皮膚糸状菌の同定や皮膚糸状菌症の診断に有用であると思われる。 次に皮膚糸状菌の系統関係を解析するために、第4章ではArthroderma属の8菌種のゲノムDNAからキチンを合成する酵素、chitin synthase 1(CHS1)遺伝子をPCR法で増幅し、クローニング後、ジデオキシ法にて塩基配列を決定し、その配列から系統樹を作成した結果、3つのクラスターに分別され、形態学的特徴による群別と一致した。 最後に第5章では、完全世代が不明で、形態学的特徴や生化学的性状が多彩なT.metagrophytes var.interdigitale(T.interdigitale)およびT.rubrumの臨床分離株について第4章と同様に、CHS1の遺伝子解析を行い、先の8菌種を加えて系統関係を検討した。その結果、10菌種の塩基配列からの系統樹は、3つのクラスターに分別され形態学的特徴による群別を裏付けるものであった。またT.interdigitaleはA.vanbreuseghemiiと極めて近縁であると考えられた。さらにT.rubrumのCHS1遺伝子にのみ、制限酵素HinfIの切断部位の存在が予想されたので、CHS1遺伝子の制限酵素切断パターンによる鑑別を行ったところ、T.mentagrophytes complexとT.rubrumは識別可能であった。 以上本論文は分子生物学的手法によって、皮膚糸状菌の菌種鑑別が簡便迅速に実施でき、またその系統関係を明かにしたもので学問上および応用上高く評価される。したがって審査員一同は博士(獣医学)の学位論文に値するものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54080 |