学位論文要旨



No 213798
著者(漢字) 八木,雅文
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,マサフミ
標題(和) 近傍銀河団の形態別光度関数
標題(洋) Type Specific Luminosity Functions of Nearby Clusters of Galaxies
報告番号 213798
報告番号 乙13798
学位授与日 1998.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13798号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 有本,信雄
 国立天文台 助教授 水本,好彦
内容要旨

 銀河の基本的な性質を表す測光的観測量としては、まず最初に銀河の大きさや質量を示す「光度」がある。この光度に沿った分布関数が光度関数である。一方、銀河の基本的な性質を表す次に重要な量として、「形態」が存在する。形態別光度関数とは、銀河の基本的な2つの量に沿って銀河の分布関数を展開したものと言え、形態別光度関数と環境の相関を研究することで、逆に環境が銀河の基本的性質にどのように影響を与えるのか調べる事ができ、また、形態別光度関数の進化を研究することで、銀河の生成進化の理論に制限を加える事ができる。

 最近HSTによる中距離(z〜0.4)の銀河団の観測から、中距離銀河団中の4銀河団の形態別光度関数が近傍の乙女座銀河団の形態別光度関数と比較して、「極めて似ている」という報告が出されている。しかし、近傍の銀河団でどの程度の形態別光度関数のばらつきがあり、それに比べ中距離では統計的にどの程度以下の違いしかないのかという定量的な議論には至っていない。これは現在までに近傍(z<0.1)で形態別の光度関数が求められているのは数銀河団(乙女座銀河団、炉座銀河団、ケンタウルス座銀河団、髪の毛座銀河団、A1367,A1631,A1644)しか存在せず、これらの間の差、あるいは類似性に関する定量的な議論もほとんど行なわれていないためである。このように銀河団中の銀河から分布関数を作成し、統計的サンプルとして扱い、定量的な議論を行なう際には、サンプル間の系統誤差を少なくする事が極めて重要であり、そのためにはデータの統一的な扱い、客観的な処理が必要である。

 我々、東大・国立天文台モザイクグループは、このような銀河の統計的扱いを目指し、近傍銀河団の測光データベース構築の一環として、モザイクCCDカメラ2号機を、チリのラスカンパナス天文台の1-mスウォープ望遠鏡のカセグレン焦点に取りつけ、平成6年から平成7年にかけて4回にわけて近傍銀河団の観測をR、B、Vの3バンドで行なった。撮影天域の広さは1つの銀河団およびフィールド天域あたり、平成6年は1.2度×0.8度、平成7年は1.3度×0.9度であった。本研究ではこの観測で得られたデータの中でRバンドのデータを使用し、赤方偏移z<0.1である近傍の銀河団10天域、およびフィールド4天域のデータを解析し、銀河の光度関数を求めた。光度関数は全銀河を合わせた場合、および、形態を「楕円銀河やレンズ銀河のようにドヴォクレールのr1/4型の成分の卓越したプロファイルを持つ銀河(以下、便宜上早期型と略す)」と「渦巻銀河のように指数関数型成分の卓越したプロファイルを持つ銀河(以下、便宜上晩期型と略す)」の2つの大きな形態に分けた場合の光度関数を求めた。

 解析には我々のグループが開発した、「モザイクCCDカメラ画像整約および解析システム」を用いた。論文中では特に今回の研究のために新たに改良の加えられた部分、重なり天体の画像分離に関して詳説した。この重なり天体の画像分離によって、特に天体の天球上の密度の高い銀河団天域でより精密な議論が出来るようになったのが本研究の特長の一つである。検出限界等級はカズンのRバンドで23.5等である。検出された天体の中から銀河を選び出すのであるが、この選出の完全性の限界はおよそ20等であり、この明るさより明るい側で、各銀河団天域中、あるいはフィールド天域中に1000から3000の銀河を検出した。この時等級の内部誤差は標準偏差で約0.1等であった。零点の外部誤差はESOカタログとの比較の結果、0.2等以下であった。星銀河分類の結果得られた星の計数は20等まで理論の予測と良く一致した。

 形態の議論を行なうために、本研究では各銀河に対してバルジ光度/全光度比(以下B/T)を推定した。このB/Tの推定には従来行なわれてきた銀河の光度の中心集中度を用いた方法の改良版を用いた。この方法では、見かけの大きさや表面輝度に依らず光度分布の形だけで一意に決まる「ペトロシアン半径」という量に基づいて求めた等級差である「プロファイルパラメータ」を使っている。この方法は異なった距離にある銀河に対しても系統誤差を生じさせず統一的に適用できるのが大きな特長である。この方法で求められたB/Tは近傍の銀河に対して従来の研究で求められたB/Tと良く一致し、また大気の揺らぎによる像の劣化に対しても安定して推定を行なえる事が確認された。またこのB/Tの大きい銀河を「早期型」とし、B/Tの小さい銀河を「晩期型」と分類した場合、矮小銀河を除く明るい銀河では、従来行なわれてきた「目による銀河形態の分類」と比較して、人間の主観に由来する誤差の範囲内で一致する事を確かめた。

 銀河団銀河の光度関数を撮像データだけから求める場合は、銀河団の距離を後退速度から仮定し、銀河団の前後の銀河のみかけ等級ごとの銀河計数(以下銀河計数)を統計的に差し引く必要がある。本研究の対象とするRバンドの20等より明るい側の形態別の銀河計数の研究は行なわれていない。そこで観測された4つのフィールドから、Rバンドでの形態別銀河計数を求めた。その結果、まず形態を分けない場合、1.2平方度のフィールド天域では、観測すり天域により最大約4倍ほどの計数差が存在した。しかしこの平均値およびばらつきは、過去に報告された研究結果と一致した。形態に分けた場合、天域ごとの計数差は特に早期型で大きいことがわかった。これは20等より明るい側では特に早期型の分布に1.2平方度より大きいスケールでの疎密が存在することを示唆している。また形態別の銀河計数は、近傍銀河の光度関数を用いた理論予測と誤差の範囲で良く一致した。

 形態別の光度関数は、距離による系統誤差を消すために銀河団の距離で同じ大きさ、半径1Mpc以内のデータを中心に議論した。その結果、以下の結果を得た。

 ・銀河団ではフィールドに比べ、暗い(R>-19)銀河が多く存在する。(図1)

図1:全銀河団を合わせて平均化した光度関数とそのフィット。点線は近傍のフィールドの光度関数のフィット(Lin et al. 1996)を縦方向に規格化して重ねた。MR-19で差が見える。

 ・銀河団の早期型銀河の光度関数は全体としては銀河団ごとに大きな差がある(図2)。Rバンドの絶対等級で-18等付近を境に明るい側と暗い側で2つの成分にわかれていて、それぞれの成分の相対数が違うとすれば統一的に理解できる。

図2:早期型銀河の光度関数を明るい側で再規格化して重ねた図。MR〜-18付近にへこみがあるものがある。

 ・銀河団の晩期型銀河の光度関数は早期型銀河に比べ銀河団ごとの差が小さい。(図3)

図3:晩期型銀河の光度関数を明るい側で再規格化して重ねた図。銀河団ごとの差が少ない。

 ・早期型銀河の明るい側はRの絶対等級で-19等付近を中心にした正規分布で良く近似できる。その分布中心の位置は銀河団ごとにわずかに違いがあり、銀河の数が多く、銀河の速度分散も大きい銀河ほど分布中心が明るい側にずれる傾向が見られる。(図4)

図4:早期型銀河の光度関数の明るい側を正規分布でフィットした時の分布中心の絶対等級と、銀河団中の銀河の速度分散(質量と相関がある)との相関の図。フィットの残差の大きい3銀河団は除いた。大質量の銀河団ほど早期型銀河の分布が明るい側に寄っている傾向がある。

 本研究では近傍銀河団において客観的な形態分類に基づいて形態別光度関数を研究した。この研究結果に基づき、中距離銀河団における形態別光度関数との比較、あるいは色の情報との相関などを求める事によって、銀河団銀河の形態の由来とその進化に関する研究の更なる展開が期待できる。

審査要旨

 形態別光度関数とは、銀河を特徴づける二つの基本的な量、すなわち、絶対等級と形態の関数として銀河の存在頻度分布を表すものである。形態別光度関数が、赤方偏移(時刻)とともにどのように変化しているのか、また同じ時刻でも、宇宙の中の環境によってどのような違いがあるのかを調べることは、銀河の形成と進化を明らかにする上で本質的に重要である。最近ハッブル宇宙望遠鏡(HST)によって、中距離(z〜0.4)の4銀河団の形態別光度関数が得られ、近傍の銀河団との比較検討が始まってきた。しかし、統計的に有意な定量的な議論には至っていない。これはむしろ近傍銀河団のデータ不足が原因である。現在までに近傍(z<0.1)で形態別の光度関数が求められているのは数銀河団しかなく、しかもこれらの間で定量的な比較検討は充分に行なわれていない。本研究は、系統誤差を少なくするための技術的ブレイクスルーをもとにこの状況を打破しようとする試みである。

 本論文は六章よりなる。研究の意義と背景を解説した序章に続いて、第二章では、本研究のもとになるデータを取得した観測が述べてある。東大・国立天文台グループが開発したモザイクCCDカメラ2号機を、チリのラスカンパナス天文台の1-mスウォープ望遠鏡に取りつけ、平成6年から平成7年にかけて4回観測を行なった。このカメラは、5000×8000の有効画素数を有する世界最大級のもので、見かけの広がりの大きい近傍銀河団の観測に必須の装置である。申請者は、このCCDカメラの開発に大きな貢献をし、また観測にも自ら出向いた。本研究ではこの観測で得られたデータの中でRバンドのデータを使用し、赤方偏移z<0.1である近傍の銀河団10天域、およびコントロールフィールド4天域のデータを解析し、銀河の光度関数を求めた。

 第三章は、モザイクCCDカメラから得られた莫大な量のデータの処理方法の記述である。本研究で申請者は、旧来のメインフレーム上で開発されたシステムを、ワークステーション上に移植・再構築するという作業に加えて、二つの本質的な改良を加えた。第一は、重なりあった天体の画像分離ソフトの開発である。これは特に、銀河団のように銀河の混みあった場所で銀河の測定をするには不可欠のものである。第二は、見かけの大きさや表面輝度に依らず光度分布の形だけで一意に決まる「ペトロシアン半径」という量に基づいた銀河の分類指標を考案したことである。この指標は異なった距離にある銀河に対しても系統誤差を生じさせず統一的に適用できるのが大きな特長である。

 上記観測データをこの処理ソフトで処理した結果、天体の検出限界等級はRバンドで23.5等、等級の内部誤差は標準偏差で約0.1等、零点の外部誤差は0.2等以下であった。検出された天体の中から銀河を選び出すのであるが、この選出の完全性の限界はおよそ20等であり、この明るさより明るい側で、各銀河団天域中、あるいはフィールド天域中に1000から3000個の銀河を検出した。

 形態を定量化するために、本研究では各銀河に対してバルジ光度/全光度比(以下B/T)を上記分類指標から推定した。この新しい方法で求められたB/Tは、近傍の銀河に対して従来の研究で求められたB/Tと良く一致し、また大気の揺らぎによる像の劣化に対しても安定して推定を行なえる事が確認された。またこのB/Tの大きい銀河を「早期型」とし、B/Tの小さい銀河を「晩期型」と分類した場合、矮小銀河を除く明るい銀河では、従来行なわれてきた「目による銀河形態の分類」と誤差の範囲内で一致する事が確かめられている。

 第四章で光度関数を作成する。銀河団銀河の光度関数を撮像データだけから求める場合は、銀河団の前後の銀河(バックグラウンド)を統計的に差し引く必要がある。この差し引きには、みかけ等級ごとの銀河の数(以下銀河計数)を用いるが、Rバンドで20等にも達する銀河の形態別銀河計数のデータはない。そこで、観測された4つのコントロールフィールドから平均的な銀河計数を求め、それを差し引いて光度関数を求めた。光度関数は、形態を分けない全体のものと、「早期型」と「晩期型」の二種の形態別のものとを求めた。

 第五章で光度関数の性質が調べられ、本研究の結論が述べられる。はじめに、天球上での場所毎のバックグラウンドの変動が、光度関数のとくに暗い部分に与える影響を定量的に評価した。形態を分けない全体の光度関数の形は10銀河団とも似ている。10銀河団の平均光度関数は、銀河団に属さない銀河の光度関数とは有意に異なり、暗い銀河が多い。次に形態別にすると、晩期型銀河の光度関数形はどの銀河団でもほとんど同じであるが、早期型では銀河団毎に形が違うことがわかった。10銀河団を速度分散(質量)の大きいものと小さいものに二分すると、大質量の銀河団では、MR=-18等あたりで、早期型銀河の数が減少し、光度関数のへこみが見えるが、小質量の銀河団ではこのへこみが見えない。これは、早期型銀河がMR=-18等付近を境に明るい側(巨大銀河)と暗い側(矮小銀河)で2つの成分に分かれているという過去の示唆に加え、巨大銀河の中でも-18等付近とそれより明るい-20等付近での銀河の相対数が、銀河団ごとに違い、それが銀河団の質量と相関がある事を示している。これらの新しい知見は、銀河、特に矮小銀河の形成過程についての重要な手がかりを与えるものである。

 以上見たように、本論文は、モザイクCCDカメラと、それが生み出す大量のデータの処理システムという、現在の可視光天文観測に要求される重要な研究基盤の構築を通して、銀河団中の銀河の光度関数に新しい知見をもたらし、銀河進化の研究に大きな貢献をもたらすものである。研究基盤の構築の部分はグループの共同研究の側面を持つが、これについても論文提出者の寄与は十分に大きいと判断する。

 よって委員会は全員一致で、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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