学位論文要旨



No 213800
著者(漢字) 大川,浩作
著者(英字)
著者(カナ) オオカワ,コウサク
標題(和) 精子26Sプロテアソームの精製と特徴づけ、および精子運動調節に関する役割
標題(洋) Purification and characterization of sperm26S proteasome and its roles in the regulation of sperm motility
報告番号 213800
報告番号 乙13800
学位授与日 1998.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13800号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森沢,正昭
 北海道大学 助教授 沢田,均
 筑波大学 助教授 馬場,忠
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 教授 神谷,律
内容要旨

 多くの真核細胞にはプロテアソーム(多機能性プロテアーゼ)が存在し、細胞周期の調節、神経感作の仲介、転写調節因子の分解、外来性抗原の分解、受精などの細胞機能の調節に重要な役割を果たしていることが明らかにされつつある。精子については最近稲葉等によって、サケ科魚類でプロテアソームが精子鞭毛機能の調節に関与していることが示唆された。しかし、プロテアソームの細胞内活性型である26Sプロテアソーム(ATP依存性高分子量多機能プロテアーゼ複合体)の同定がなされてはおらず、従ってプロテアソームの精子鞭毛運動への関与については不明であった。本研究では、1)サケ科魚類精子から26Sプロテアソームを単離精製し、チュブリンへの結合に関与するサブユニットを介して微小管に結合していることを明らかにした。2)プロテアソームに特異的な基質とプロテアーゼ阻害剤のサケ除膜モデル精子の運動に対する影響について調べ、26Sプロテアソームが精子運動を調節していることを明らかにした。3)他の動物精子における26Sプロテアソームによる運動調節機構の存在を知るために、ムラサキウニ精子の26Sプロテアソームの同定と精製を行った。

1.サケ科魚類精子26Sプロテアソームの同定と精製-

 ニジマス精子鞭毛のTriton X-100可溶画分をATPの存在下、非存在下で調製し、グリセロール密度勾配遠心法でプロテアーゼの沈降係数を測定した。ATP存在下では沈降係数25.0S、非存在下では、稲葉等によって既に同定されているシロサケ精子20Sプロテアソームと相同な、19.4Sプロテアーゼを検出した。この結果は、20Sプロテアソームよりも巨大な25.0SプロテアーゼがATPに依存して出現することを示している。そこで、大量に入手可能であるシロサケ精子鞭毛からATP存在下で同様に抽出画分を調製し、DEAE-Sephacel、Superdex200、Mono-Q、およびSuperose6を用いたカラムクロマトグラフィーを順次行い、ニジマス25.0Sプロテアーゼに相当する酵素をシロサケ精子より精製した。その結果、分子量1,400kDa、沈降係数25.3Sのプロテアーゼが得られた(表1)。SDS-PAGEおよび抗シロサケ精子20Sプロテアソーム抗体を用いたウエスタンブロットから、シロサケ精子鞭毛に存在する25.3Sプロテアーゼは21-120kDaの複数のサブユニットから構成されること、および21-32kDaサブユニットは20Sプロテアソームと相同であることが明らかになった。さらに、この25.3Sプロテアーゼは、ATP依存的に出現すること、並びに、活性中心である20SプロテアソームとATP依存性の活性化因子から構成されていることが明らかになった。このことから、25.3Sプロテアーゼは、他の多くの真核細胞で見いだされてきた26Sプロテアソームに相当する細胞内活性型プロテアソームであると結論された。以下、本酵素を鞭毛26Sプロテアソームと呼ぶ。

表1 シロサケ精子鞭毛26Sプロテアソームの精製

 ジメチルジチオビスプロピオンイミデート2塩酸(DMTPI)を架橋剤として用いて、26Sプロテアソームのサブユニット間を化学的に架橋させた。DMTPIにより架橋したサブユニットを、化学的に再分離する作用を持つメルカプトエタノールの共存下あるいは非共存下で、26Sプロテアソームサブユニットの架橋産物をSDS-PAGEで分離した後、抗チューブリン抗体を用いたウエスタンブロットを行った。メルカプトエタノール非存在下で泳動を行った時、DMPTI濃度の増加に伴い、117、97、57kDaのバンドの染色強度の増加が見られた。このことから、この3つは架橋産物バンドであると推定された。チュブリン抗体に対する免疫反応性は117kDaバンドで最も強く見られた。メルカプトエタノール処理した117kDa架橋産物は分子量62kDaおよび53kDaの2つのタンパク質に開裂した。この2つのタンパク質の分子量の和は115kDaとなること、さらに、53kDaタンパク質はチュブリンであることが抗チュブリン抗体にてイムノブロットを行った結果で明らかになった。このことから、53kDaのチュブリンと62kDaの26SプロテアソームサブユニットがDMTPIによって架橋された結果、117kDa架橋産物を生じたこと思われる。従って、この結果は、シロサケ精子鞭毛の26Sプロテアソームはその62kDaサブユニットを介して微小管に結合していることを示唆している。

2.シロサケ精子鞭毛26Sプロテアソームの精子運動調節機能-

 1で精製されたシロサケ精子鞭毛由来の25.3Sプロテアーゼ(鞭毛26Sプロテアソーム)は蛍光性人工プロテアーゼ基質、LLVY-MCAおよびLLE-2NAを分解する多機能プロテアーゼ活性を示した。この2つの基質(0.1mM)の存在下、シロサケ除膜精子の運動性を調べた。再活性化液中のATP濃度が0.5mMの場合、各々の人工基質により92%並びに59%の精子の運動が阻害された。ATP濃度を2mMにすると、各々ともに除膜精子の運動はほぼ完全に停止した。一方、LLVY-MCAとLLE-2NAの加水分解産物であるLLVY-OH+AMCとLLE-OH+2NAは2mMATP存在下においても除膜精子に対する運動阻害効果を示さなかった。これらの結果は、人工基質による運動阻害が鞭毛26SプロテアソームによるATP依存的な内在性基質の加水分解との競合作用によって引き起こされることを示唆している。次に、プロテアソームに対する特異性の高いプロテアーゼ阻害剤であるIE(OBut)AL-HおよびLLnV-Hの除膜モデル精子の運動に対する効果について調べたところ、双方ともATP濃度依存的に阻害した(図1)。またこれらの阻害剤は、鞭毛26SプロテアソームのLLVY-MCAおよびLLE-2NA分解活性を濃度依存的に阻害した。以上の結果から、精子鞭毛軸糸にある26Sプロテアソームによる内在性基質の加水分解過程が鞭毛運動調節に不可欠であると結論された。

図1 プロテアソーム阻害剤によるシロサケ除膜精子の運動阻害
3.ムラサキウニ精子からの26Sプロテアソームの同定と部分精製-

 ムラサキウニ精子のTriton X-100抽出物をATP存在下および非存在下にて調製し、Superose6上でのゲルろ過を行った。その結果、ATP存在下で分子量1500kDaのLLVY-MCA分解活性が新規に同定された。ATP非存在下では650kDaのプロテアーゼが見い出され、以前に稲葉らによって報告されたムラサキウニ精子の20Sプロテアソームであると結論された。更に、ATPを除去するため、1500kDaプロテアーゼ画分をATPを含まないバッファーに透析した後、あるいはATPをAMPに分解する酵素であるアピラーゼとインキュベートした後、ATPを含まないバッファーで平衡化した同カラムでゲルろ過を行った。その結果、1500kDaプロテアーゼ活性が完全に消失し、650kDa領域に新たに活性が出現した。この結果は、1500kDaプロテアーゼは20Sプロテアソームと何らかのタンパク質複合体がATP依存的に会合して形成されることを示している。そこで、ATP依存性1500kDaプロテアーゼの部分精製を試みた。ATPを含む祖抽出画分のLLVY-MCA分解活性をDEAE-Sephacel、Hydroxyapatite、Superose6のカラムクロマトグラフィーによって、順次精製した結果を表2に示す。

表2 ムラサキウニ精子26Sプロテアソームの部分精製

 精製ステップ4で得られた画分に対し、SDS-PAGEおよび抗ムラサキウニ精子20Sブロテアソーム抗体を用いたウエスタンブロットを行った結果、1500kDaプロテアーゼは20Sプロテアソームを含む複合体であることが確証された。この結果は1500kDaプロテアーゼがムラサキウニ精子の26Sプロテアソームであることを示している。

 以上の結果から、サケ科魚類およびムラサキウニの精子において、26Sプロテアソームによる運動調節機構が存在し、両種間で保存されていることが示唆された。精子運動調節へのプロテアーゼの関与は、他にもウサギ、コイ、ニワトリで古くから示唆されている。しかし、プロテアーゼの実体は明らかになっていない。プロテアソームはその有力な候補分子であると推定される。26Sプロテアソームによる精子運動調節機構は多くの動物で普遍的であると考えられる。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章はサケ科魚類精子の26Sプロテアソームの単離精製とそのチューブリンへの結合について、第2章は26Sプロテアソームの精子運動調節への関与、第3章は他の動物精子即ちムラサキウニ精子の26Sプロテアソームの同定と精製について述べられている。以下にその概略を説明する。

 従来、多くの真核細胞にはプロテアソーム(多機能性プロテアーゼ)が存在が確認され、細胞周期の調節、神経感作の仲介、転写調節因子の分解、外来性抗原の分解、受精などの細胞機能の調節に重要な役割を果たしていることが明らかにされつつある。しかし、精子ではプロテアソームの細胞内活性型である26Sプロテソームの同定がなされてはおらず、従ってプロテアソームの精子鞭毛運動への関与については不明であった。そこで、第1章では、ニジマス精子及びシロサケ精子鞭毛のTriton X-100可溶画分をATPの存在下で調製し、グリセロール密度勾配遠心法でプロテアーゼの沈降係数を測定し、巨大な25.0SプロテアーゼがATPに依存して出現することを示し、DEAE-Sephacel等5種のカラムクロマトグラフィーを順次行い、分子量1,400kDa、沈降係数25.3Sのプロテアーゼを精製した。又、SDS-PAGEおよび抗体を用いたウエスタンブロットから、精子鞭毛に存在する25.3Sプロテアーゼは21-120kDaの複数のサブユニットから構成されること等が明らかになった。このことから、25.3Sプロテアーゼは、他の多くの真核細胞で見いだされてきたATP依存性26Sプロテアソームに相当する細胞内活性型プロテアソームであると結論した。更に、26Sプロテアソームのサブユニット間をジメチルジチオビスプロピオンイミデート2塩酸(DMTPI)で架橋させ、この架橋産物をSDS-PAGEで分離した後、抗チューブリン抗体を用いたウエスタンブロットを行い強い免疫反応を有する117kDaのバンドを同定した。この117kDa架橋産物をメルカプトエタノール処理すると、分子量62kDaおよび53kDaの2つのタンパク質に開裂し、抗チュブリン抗体にてイムノブロットを行った結果、53kDaタンパク質はチュブリンであることがで明らかになった。このことから、シロサケ精子鞭毛の26Sプロテアソームはその62kDaサブユニットを介して微小管蛋白チューブリンに結合し精子運動調節に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 以上の結果を受けて第二章ではシロサケ精子鞭毛26Sプロテアソームの精子運動調節機能について調べた。まず精製シロサケ精子鞭毛26Sプロテアソームは人工プロテアーゼ基質、LLVY-MCAおよびLLE-2NAを分解する多機能プロテアーゼ活性を示す事を明らかにし、この2つの基質(0.1mM)の存在下、シロサケ除膜精子の運動性を調べ、ATP存在下で精子の運動が阻害された。一方、基質の加水分解産物は2mM ATP存在下においても除膜精子に対する運動阻害効果を示さなかった。これらは、人工基質による運動阻害が鞭毛26SプロテアソームによるATP依存的な内在性基質の加水分解との競合作用によって引き起こされることを示唆している。次に、プロテアソーム特異的阻害剤が鞭毛26Sプロテアソームの分解活性を濃度依存的に阻害し、さらに除膜モデル精子の運動をATP濃度依存的に阻害する事を示し、精子鞭毛軸糸にある26Sプロテアソームによる内在性基質の加水分解過程が鞭毛運動調節に不可欠である事を明らかにした。

 第3章では、ムラサキウニ精子のTriton X-100抽出物をATP存在下で調製し、Superose 6ゲルろ過で26Sプロテアソームの同定と部分精製を行い、ATP存在下で分子量1500kDaのLLVY-MCA分解活性が新規に同定され、更に、1500kDaプロテアーゼは20Sプロテアソームと何らかのタンパク質複合体がATP依存的に会合して形成されることを示した。このことは1500kDaプロテアーゼがムラサキウニ精子の26Sプロテアソームであることを示している。以上の結果から、サケ科魚類およびムラサキウニの精子において、26Sプロテアソームによる運動調節機構が存在し、両種間で保存されていることが示唆された。従って、26Sプロテアソームによる精子運動調節機構は動物で普遍的であると考えられる。

 なお、本論文第1章、第2章は稲葉一男氏との共同研究であるが論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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