本論文は3章からなり、第1章はサケ科魚類精子の26Sプロテアソームの単離精製とそのチューブリンへの結合について、第2章は26Sプロテアソームの精子運動調節への関与、第3章は他の動物精子即ちムラサキウニ精子の26Sプロテアソームの同定と精製について述べられている。以下にその概略を説明する。 従来、多くの真核細胞にはプロテアソーム(多機能性プロテアーゼ)が存在が確認され、細胞周期の調節、神経感作の仲介、転写調節因子の分解、外来性抗原の分解、受精などの細胞機能の調節に重要な役割を果たしていることが明らかにされつつある。しかし、精子ではプロテアソームの細胞内活性型である26Sプロテソームの同定がなされてはおらず、従ってプロテアソームの精子鞭毛運動への関与については不明であった。そこで、第1章では、ニジマス精子及びシロサケ精子鞭毛のTriton X-100可溶画分をATPの存在下で調製し、グリセロール密度勾配遠心法でプロテアーゼの沈降係数を測定し、巨大な25.0SプロテアーゼがATPに依存して出現することを示し、DEAE-Sephacel等5種のカラムクロマトグラフィーを順次行い、分子量1,400kDa、沈降係数25.3Sのプロテアーゼを精製した。又、SDS-PAGEおよび抗体を用いたウエスタンブロットから、精子鞭毛に存在する25.3Sプロテアーゼは21-120kDaの複数のサブユニットから構成されること等が明らかになった。このことから、25.3Sプロテアーゼは、他の多くの真核細胞で見いだされてきたATP依存性26Sプロテアソームに相当する細胞内活性型プロテアソームであると結論した。更に、26Sプロテアソームのサブユニット間をジメチルジチオビスプロピオンイミデート2塩酸(DMTPI)で架橋させ、この架橋産物をSDS-PAGEで分離した後、抗チューブリン抗体を用いたウエスタンブロットを行い強い免疫反応を有する117kDaのバンドを同定した。この117kDa架橋産物をメルカプトエタノール処理すると、分子量62kDaおよび53kDaの2つのタンパク質に開裂し、抗チュブリン抗体にてイムノブロットを行った結果、53kDaタンパク質はチュブリンであることがで明らかになった。このことから、シロサケ精子鞭毛の26Sプロテアソームはその62kDaサブユニットを介して微小管蛋白チューブリンに結合し精子運動調節に重要な役割を果たしていることが示唆された。 以上の結果を受けて第二章ではシロサケ精子鞭毛26Sプロテアソームの精子運動調節機能について調べた。まず精製シロサケ精子鞭毛26Sプロテアソームは人工プロテアーゼ基質、LLVY-MCAおよびLLE-2NAを分解する多機能プロテアーゼ活性を示す事を明らかにし、この2つの基質(0.1mM)の存在下、シロサケ除膜精子の運動性を調べ、ATP存在下で精子の運動が阻害された。一方、基質の加水分解産物は2mM ATP存在下においても除膜精子に対する運動阻害効果を示さなかった。これらは、人工基質による運動阻害が鞭毛26SプロテアソームによるATP依存的な内在性基質の加水分解との競合作用によって引き起こされることを示唆している。次に、プロテアソーム特異的阻害剤が鞭毛26Sプロテアソームの分解活性を濃度依存的に阻害し、さらに除膜モデル精子の運動をATP濃度依存的に阻害する事を示し、精子鞭毛軸糸にある26Sプロテアソームによる内在性基質の加水分解過程が鞭毛運動調節に不可欠である事を明らかにした。 第3章では、ムラサキウニ精子のTriton X-100抽出物をATP存在下で調製し、Superose 6ゲルろ過で26Sプロテアソームの同定と部分精製を行い、ATP存在下で分子量1500kDaのLLVY-MCA分解活性が新規に同定され、更に、1500kDaプロテアーゼは20Sプロテアソームと何らかのタンパク質複合体がATP依存的に会合して形成されることを示した。このことは1500kDaプロテアーゼがムラサキウニ精子の26Sプロテアソームであることを示している。以上の結果から、サケ科魚類およびムラサキウニの精子において、26Sプロテアソームによる運動調節機構が存在し、両種間で保存されていることが示唆された。従って、26Sプロテアソームによる精子運動調節機構は動物で普遍的であると考えられる。 なお、本論文第1章、第2章は稲葉一男氏との共同研究であるが論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 |