火星隕石中に太古の火星に存在した生命の痕跡を発見したという報告や、マーズパスファインダーによる21年振りの火星表面の探査などにより、火星に関する関心が大きく高まっている。我々が直接手にとることのできる火星物質は、火星起源とされる隕石のみであるが、これらの隕石の研究により、火星についての多くの新しい情報がもたらされている。火星隕石は、現在までに12個が知られているが、本研究では、最近発見されたものとこれまでに見つかっていたもの合計11個を高分解能電子顕微鏡、エレクトロンマイクロプローブおよびX線回折実験装置を利用して、鉱物学的に詳細に分析し、現在までに我々が知りうる火星隕石の鉱物学に関する知見を総合的に理解しようと試みた。火星隕石は、大きく分けて5つの岩石タイプに分類されており(玄武岩・レールゾライト・単斜輝石岩・カンラン岩・斜方輝石岩)、今回研究したものは、カンラン岩を除く4つのグループに相当するものである。 玄武岩に分類されるものは、Shergotty、Zagami、EETA79001、QUE94201の4隕石であり、輝石とマスケリナイト(斜長石がショックでガラス化したもの)が主要構成鉱物である。本研究により、これらの隕石は、輝石とマスケリナイトの鉱物学的特徴の違いから、大きく2つのグループに分けられることが分かった。ShergottyとZagamiは、見かけの組織もお互いによく似ており、輝石と斜長石の比は約4:1である。輝石は、ピジョナイトとオージャイトがいずれも別々のグレインとして存在しており、それぞれFeに富むエッジにかけて組成がゾーニングしている。一方で、最近見つかったQUE94201は、輝石と斜長石をほぼ等量に含んでおり、輝石は1つの結晶内で非常にユニークな化学的ゾーニングをしている。中心部はMgに富んだピジョナイトで、その周りをMgに富んだオージャイトが{110}面に平行に取り囲んでいる。オージャイトの周りには、再びFeに富むピジョナイトが結晶化している。EETA79001は、2つの異なった岩相AとBが火成岩的接触面で接触している特異な隕石であり、その形成過程も複雑であると考えられていた。しかし、エレクトロンマイクロプローブを用いた元素マッピングによると、EETA79001もQUE94201と同じ様な輝石の化学的ゾーニングを持っていることが分かった。その他にも共通の鉱物学的特徴がいくつか見られる。 このように、玄部岩質火星隕石は、Shergotty・ZagamiとEETA79001・QUE94201の2つのサブグループに分類できることが分かったが、両者の違いを生じる原因となったのはマグマの過冷却度の差だと考えられる。ShergottyとZagamiの場合は、最初に地下深部で結晶が平衡状態で成長したために、マグマの過冷却度は非常に小さく、ピジョナイトとオージャイトが同時に晶出し、集積岩を形成した。ところが、EETA79001とQUE94201の場合は、かなり浅い部分(おそらく地表近く)で形成されたため、マグマの過冷却度が大きく、急激に結晶化が起こったと推測される。このため、ピジョナイトとオージャイトが共存することなく非平衡状態で、Mgに富むピジョナイト→Mgに富むオージャイト→斜長石→Feに富むピジョナイトの順で結晶の晶出が進んだと考えられる。高分解能走査型電子顕微鏡を用い、輝石の中の離溶組織を観察したところ、ShergottyとZagamiは、コアに幅が数百nmの離溶ラメラを持っているのに対し、QUE94201とEETA79001には、そのような組織がないことが分かった。このことも、ShergottyとZagamiは、徐冷されたのに対して、QUE94201とEETA79001は、急冷されて形成されたとする仮説に対応している。 このようにQUE94201の発見により、マグマの過冷却が玄武岩質火星隕石の結晶化過程に大きな影響を与えることを見い出したが、過冷却されて形成された火星隕石が、ある種の月の玄武岩(アポロ12・15号)と非常によく似た結晶化過程をたどることを今回新たに発見した。また、月隕石のあるものは、斜長石がマスケリナイトにならないで、再結晶しており、斜長石は一度衝撃で溶融した可能性が高いことを発見した。しかしながら、斜長石は元々の化学的ゾーニングを残しており、溶融した時間はほんのわずかで、すぐに急冷されたものと考えられる。 レールゾライト質の火星隕石は、カンラン石と輝石(斜方輝石、ピジョナイト、オージャイト)が主要構成鉱物であり、その他に少量のマスケリナイトとクロム鉄鉱を含んでいる。このグループに属するものには、ALH77005とLEW88516があったが、最近日本が発見した新しい火星隕石Y-793605の分析を行なったところ、この隕石はこのグループに属し、なおかつ3隕石はお互いに非常によく似ていることが分かった。特徴は、Mgに富むカンラン石とクロム鉄鉱が大きな輝石に取り囲まれているポイキリティックな組織である。これらの組織の間を部分的にインタースティシャルな部分が埋めている。輝石は斜方輝石からピジョナイトに連続的に化学的ゾーニングしており、主にエッジの部分はオージャイトである。おそらくこれら3隕石は火星の同じ岩体で形成されたものが、同じインパクトで火星からはじき飛ばされ、別々の時期に南極の異なった地点に落下したものと考えられる。これらの隕石の形成史の中で、オージャイトは離溶によって形成されたと考えられていたが、本研究によれば、マグマから直接結晶化したもとする方が確からしいことが分かった。 これまでにも、玄武岩質とレールゾライト質の火星隕石は岩石学的に関係があると考えられていたが、本研究では、玄武岩質のEETA79001が特にこの関係を考える上で鍵となることが分かった。岩相Aに含まれるカンラン石、輝石、クロム鉄鉱外来結晶の組成は、レールゾライト質の火星隕石に含まれるこれらの鉱物と非常によく似ていることが知られていたが、両者に含まれるインクルージョンも同じ組成のものであることが分かった。おそらく、両者は直接的に関係があり、最初に晶出する結晶がカンラン石であるか、輝石であるかのわずかの違いにより最終的に異なった岩相のものが形成されたと考えられる。マグマが冷却する過程で、まず結晶化したカンラン石や輝石が集積してレールゾライト質火星隕石を作り、カンラン石晶出後のマグマから結晶化した輝石や斜長石が玄武岩質火星隕石に対応するものと考えられると、うまく2つのグループの関係を説明できる。 単斜輝石岩質の火星隕石に属する3つ(Nakhla、Lafayette、Governador Valadares)は、お互いによく似た化学組成、岩石組織をしており、火星の同じ岩体から来たものと考えられている。本研究でさらに詳細に分析したところ、電子顕微鏡でのみ観察されるサイズの輝石の離溶組織が見られた。その特徴から、3つの隕石間に見られるサブソリダスでの冷却、再加熱の際の平衡の度合は、Nakhlaが最も小さく、Lafayetteが最も大きいというこれまでに提案されているものとよく対応することが分かった。Governador Valadaresは、2つの中間だが、Nakhlaに近い。また、カンラン石中に見られるシンプレクタイトと呼ばれるオージャイトとマグネタイトから成るラメラ状のインターグロースも再平衡の度合が強いLafayetteには見られないことが分かった。火星での風化を考える際に、これらの隕石は、イディングサイトと呼ばれる鉱物の混合物を含むことから重要である。本研究によれば、単斜輝石岩の火星隕石、特にLafayetteでは、カンラン石がイディングサイトに変成しているのにもかかわらず、地球ではより風化されやすいチタノマグネタイトが変成されずに残っていた。これは、おそらく還元的な火星の環境では、鉱物の風化の度合が地球とは異なることを意味していると考えられる。 本研究で分析したもう一つのグループが斜方輝石岩の火星隕石ALH84001である。この隕石に含まれる炭酸塩鉱物とマスケリナイトを分析したところ、これまで見つかっている以上に様々なタイプの組織が両者の間に存在することが分かった。これまでの研究によれば、炭酸塩は、グロビュールと呼ばれる形状がよく知られているが、そのようなものは、むしろ少なく、マスケリナイトと複雑に関連したインタースティシャルな形状の方がむしろ典型的であった。おそらく、斜長石がショックでマスケリナイトになった際にできた空隙を埋めて、炭酸塩が形成したものと考えられる。マスケリナイトと炭酸塩の共存する組織から考えると、ALH84001は2度以上のショックを受けていることは明らかであり、これまで考えられているよりもさらに複雑なプロセスがこの隕石の歴史には存在することが分かった。 最近のマーズパスファインダーの分析から、安山岩質の岩石の存在が示されているが、火星隕石にはこのようなものは見られない。火星隕石は12個あるというものの、レールゾライト質に属する3隕石と、単斜輝石岩に属する3隕石は、それぞれ火星の同じ岩体を起源とするものであろう。また、玄武岩質シャーゴッタイトは、大きく2つに分けられる。このように、12個の火星隕石は、それぞれが火星での全く別々の地点のサンプルではなく、おそらく全部で3〜4ヵ所の地点からやってきたものと考えられており、最近発見された南極産火星隕石のQUE94201やY-793605もこのカテゴリーに入るものだと言える。 |