近年、大型化の傾向にある太陽発電衛星、宇宙反射鏡、大面積の太陽電池パドル、伸展型マストなどの軌道上宇宙構造物は無重力状態の環境で自重から解放されるため、地上構造物のように高い剛性を有する必要はなく、運搬上の制約から軽量構造が望ましい。このような大型柔軟宇宙構造物は一般に固有振動数が低く、支持点の無いFree-Freeの境界条件を持ち、空気抵抗による流体粘性抵抗の減衰も無いため、何らかの原因で一旦振動が発生すると疲労や不安定現象を誘起させる恐れのある振動が長時間継続することになる。 そこで、"Smart Structure"と呼ばれる新しい構造システムの研究が注目されつつある。これは構造物にセンサとアクチュエータを設けコントローラとともに閉ループ系を構成し、構造物の運動に伴い出力されるセンサからの信号をコントローラで処理し、その信号をアクチュエータに入力することにより振動を能動的に制御しようとするものである。 建築の空間構造の分野においても、能動的な振動制御や形態制御を目的とした研究が活発化してきており、今後、種々の分野において発展が期待されることから、実際の構造物へ向けて一層の研究が必要であろう。 一方、PVDF(Polyvinylidenefluoride)やPZT(Lead Zirconate Titanate)に代表される圧電材料は、機械的な荷重が作用すると生じたひずみに比例する電界が誘起される直接効果と、逆に、外部から電界を印加するとひずみが生じる逆効果の性質を有するために、センサとアクチュエータとして利用されてきており、柔軟宇宙構造物においても有力な材料の一つと考えられている。 "Smart Structure"の概念に属する構造システムの一つとして、弾性シェルの上面または下面に圧電センサ層や圧電アクチュエータ層を貼り付けた積層圧電シェルを挙げることができる。以後、平板やはりにおける同様な構造システムを積層圧電平板、積層圧電はりと呼ぶ。また、圧電材料そのもので造られたシェルを単に圧電シェルと呼ぶことにする。現在までの薄肉圧電構造に関する研究の重点は積層圧電はりと積層圧電平板に置かれ、積層圧電シェルに関する研究は極めて少ないと思われる。 本研究は積層圧電シェルを中心とした薄肉圧電構造におけるセンシングと振動制御の解明のための解析的、および数値解析的手法を提案するものであり、主として以下の項目を目的としている。 1.薄肉圧電シェルの基礎式と境界条件式の誘導 2.積層圧電偏平シェルのセンシングと振動制御に関する解析的手法の提示 3.積層圧電シェルにおけるセンシングと振動制御シミュレーションを可能とする数値解析的手法の提案 4.既往の実験的研究と本解析手法による結果の比較を行い、本解析手法の有効性を実証するとともに、センシングと振動制御に関する基礎的な調査と検討 本論文は以下の8章とAppendixから構成されている。 第1章の「序論」では研究の背景、研究の目的、および本論分の構成を述べている。また、後の積層圧電平板や積層圧電シェルの理解のために、簡単な例として積層圧電はり採用しセンシングと振動制御のメカニズムを概説している。 第2章の「既往の研究」では、既往の研究を実験的研究、解析的研究、数値解析的研究に分けて調査している。 第3章の「構成方程式、変分原理および薄肉圧電シェルの基礎式」では、薄肉圧電シェル(圧電材料で造られたシェル)の基礎式を誘導し薄肉圧電構造へ応用している。先ず、圧電材料における3次元構成方程式とHamiltonの原理、全ポテンシャルエネルギーの表現を与える。次に、NovozhilovとHamiltonの原理を利用したKrausの弾性シェルの運動方程式の誘導を参考することにより、Kirchhoff-Loveの仮定を導入した一般の薄肉圧電シェルの運動方程式、力学的境界条件、静電荷方程式、電気的境界条件を導出している。また、既往の研究結果との比較から得られた基礎式の妥当性を確認して薄肉圧電構造への応用として、薄肉圧電平板、圧電はり、薄肉圧電円筒シェルの運動方程式と境界条件を導いている。 第4章の「積層圧電偏平シェルの理論解析」では、積層圧電偏平シェルのセンシングと振動制御の問題を解析的に扱っている。先ず、第3章で導かれた任意形状を有する薄肉圧電シェルの運動方程式を、圧電偏平シェルに適用して運動方程式を誘導する。そこで、電気的断面力と電気的断面モーメントを検討することにより、圧電シェルにおいては弾性剛性に圧電気剛性が付与されるという興味ある性質を示すとともに、上面に分布圧電センサ層、下面に分布圧電アクチュエータ層を貼り付けた積層圧電偏平シェルの運動方程式を得る。次に、センシングの基礎となるセンサ方程式を与え、自由振動時のセンシングを解析的に扱う。また、Leeのセンサ方程式との関係についても触れている。固有振動解析の結果をもとに、ノーマルモード法を適用して振動制御シミュレーションのための運動方程式を誘導し、速度フィードバック則を用いたモード減衰比の改善の問題を解析的に調べる。また、センサ層やアクチュエータ層の剛性が、弾性シェル層の剛性に比して無視できない場合を複合圧電シェルとして定式化し、その運動方程式とアクチュエータ層に誘起される制御力と制御モーメントが、積層圧電シェルにおけるそれらと同様に扱うことができることを示す。最後に、制御理論として最適レギュレータ理論を採用した自由振動時の振動制御について調べている。 第5章の「積層圧電平板の理論解析」では、積層圧電平板の有限要素解析のために、「圧電板曲げ要素」の提案を行っている。Mindlinのアイソパラメトリック板曲げ要素において、節点未知量としてセンサ層とアクチュエータ層の節点電気ポテンシャルを導入した「圧電板曲げ要素」を定式化する。有限要素法により離散化された運動方程式から、センサ層のセンサシグナルとして電気ポテンシャルを採用したセンサ方程式とセンサ感度の表現を与える。また、一定ゲイン速度フィードバック則に基ずく振動制御シミュレーションのための運動方程式を誘導する。数値解析例として、周辺が単純支持された積層圧電平板の自由振動におけるセンシングと振動制御解析を行う。 第6章の「積層圧電シェルの理論解析」では、積層圧電シェルの有限要素解析のために、「圧電シェル要素」の提案を行っている。単純支持された弾性シェルの全面に圧電センサ層とアクチュエータ層が貼られた積層圧電シェルにおいては、逆対称モードのセンシングと振動制御が無効となるため、分割分布センサと分割分布アクチュエータを配置した積層圧電シェルの有限要素解析のための「圧電シェル要素」の定式化を行う。「圧電板曲げ要素」と同様に、アイソパラメトリック退化シェル要素を、センサ層とアクチュエータ層の節点電気ポテンシャルを導入することにより「圧電シェル要素」に拡張する。また、離散化された運動方程式から、センサ層のセンサシグナルとして電気ポテンシャルを採用したセンサ方程式とセンサ感度の表現を与える。また、一定ゲイン速度フィードバック則に基ずく振動制御シミュレーションのための運動方程式を誘導する。数値解析例として、積層圧電円筒シェルのセンシングと振動制御の数値解析を行う。特に、分割分布センサと分割分布アクチュエータを配置することにより、全面分布センサや全面分布アクチュエータと比較して、効果的なセンシングや振動制御が可能となることを明らかにする。 第7章の「既往の実験結果との比較」では、「圧電シェル要素」を利用した数値シミュレーションの結果と既往の実験との比較を行っている。振動制御については、MITのBaileyとHubbardが行った片持ち積層圧電はりの模型実験、また、静的解析に関しては、同じくMITのCrawleyとLazarusのアクチュエーテングによる積層圧電平板の変形実験の解析を行っている。これらの結果から、本解析手法による数値シミュレーションの結果は実験結果を良く再現しており、本研究で提案した手法は実際の薄肉圧電構造の解析においても有効であることを実証している。 第8章「結論」では、本研究の結論をまとめている。 |