学位論文要旨



No 213809
著者(漢字) 増子,章
著者(英字)
著者(カナ) マスコ,アキラ
標題(和) 複合格子法による粘性流計算の船型設計への応用
標題(洋)
報告番号 213809
報告番号 乙13809
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13809号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
内容要旨

 昭和40年代末の石油価格高騰に端を発した商船の省エネルギー化の要求は、近年の環境問題のクローズアップとあいまって、ますます厳しいものとなっている。一方、限界の見えてきた陸上輸送から高速海上輸送へのシフトが期待されるようになり、従来なかったような高速の航海速力が要求されるようになってきている。このような背景のもと、船舶の流力性能の重要性は高まる一方であり、従来あまり重要視されていなかった船体副部等に関しても、その流力性能に与える影響が厳しく評価され、形状の最適化が図られるようになってきた。本研究はこうした状況を踏まえ、船体付加物や開口部等の船体副部まわりの流れを検討できるツールの開発を目的として行ったものである。

 船体副部の流体力学的検討に関しては従来、相似模型船の水槽試験から推定するか、あるいは実験的に得られている副部個々の抵抗を積み上げるか以外に方法がなかった。前者では個々の副部の流力特性が明確でないので、実船へのスケールアップにあいまいさがあり、また後者では副部と主船体との相互干渉が扱えないという難がある。近年、コンピュータを駆使して流れをシミュレートする数値流体力学が理学・工学の分野で広く利用されるようになり、船舶の分野でも船型設計や船型開発の有力な手段として盛んに用いられるようになってきた。しかし船体副部の設計に数値流体力学的手法が利用された例は少なく、その原因は対象形状が複雑で計算格子を生成することができないためであった。

 このような複雑形状に数値流体力学を適用する方法として、最近、マルチブロック法、領域分割法、非構造格子等、幾つかの方法が提案されている。この中で領域分割法の一つに分類される複合格子法は、複雑形状領域を複数の簡単な形状の領域に分割し、各々の領域に対して独立に格子を生成し、各領域間で情報を交換し合いながら流場全体を計算する方法であるが、考え方の簡単さ、計算格子生成の容易さ、既存コードからの改造の容易さ等、他の方法にはない長所を持っている。また船体副部の問題で重要な副部ありなしの流場の差を評価する上での信頼性も高いと考えられた。しかし船体副部まわりの流れのような3次元非圧縮性流体の解析に複合格子法が用いられた例が今まであまりなかった。以上の経緯から、本研究では船体副部や上部構造物等、船舶流体力学における複雑形状問題に、複合格子法を応用して、初期の船型設計の検討に適用可能な解析手法を求めることとした。

 第2章では本研究で複合格子法を適用する基となる粘性流計算法について、基礎方程式、差分方程式、境界条件と初期値、計算格子の生成法、数値計算の手順に分けて詳述した。本研究で採用した計算法はレイノルズ平均Navier-Stokes方程式にk-乱流モデルを用いた支配方程式を有限体積法で解き、定常解を求める計算手法である。この計算法を副部のない主船体まわりの流れ計算に適用し、その有効性を吟味した。本計算法では船尾における縦渦の推定精度が必ずしも十分でなく、これは標準のk-乱流モデルを用いていることによる限界である。しかし船体抵抗の大小や船尾伴流分布の船型による違い、船尾伴流分布のレイノルズ数による違いは計算によって判断できることを明らかにし、本方法は設計の初期段階のツールとして十分有効であることを述べた。

 第3章では上記計算法をもとに船体副部まわりの流れ計算を行うための複合格子法について述べた。手法の特徴を要約すれば以下のようになる。

 1)複合格子法は、複雑形状領域を複数の簡単な形状の領域に分割し、各々の領域に対して独立に格子を生成し、各領域間で情報を交換し合いながら流場全体を計算する方法である。

 2)各格子系間で情報を交換するために、お互いの間にある程度の重複領域を設ける。

 3)各格子系は他の格子系が包含する物体形状にとらわれることなく生成されるので、重複部で物体内部に入ってしまうような計算格子点ができる。このような点はホール点として計算から除外する仕組みをもつ。

 4)各格子系間での情報交換には補間を用いる。このため計算格子点のうちで、値を補間すべき補間点、補間点での値を補間するのに用いられる補間ステンシル点の検索を行う。

 5)補間にはtri-linear interpolationを用いる。

 6)ホール点及び補間点での値が計算中に変化しないように、これらの点の値を固定する仕組みをもつ。

 この複合格子法を非圧縮性流体の解法に適用するため以下の二つの工夫を行った。一つは非圧縮性流体の解法で用いられる変数配置法であるスタガード配置にこの方法を適用するため、補間は格子点上で行いそれをスタガード位置に再配分する方法をとってメモリーを節約した。もう一つは速度と圧力とがカップリングした非圧縮性流体の解法で、格子間境界における補間法がどうあるべきかを考察し、境界で流速のみを与える方法(Aの方法)と境界及びその1個内側の格子点で流速と圧力を与える方法(Bの方法)を考案した。

 以上の複合格子法による粘性流計算の妥当性を検討するため、翼型まわりの2次元計算を行い、2つの格子系の間で解が連続的につながること、複合格子法による結果と単一格子による結果とがほぼ一致することから、複合格子法による計算が問題なく遂行できることを確認した。さらにウォータージェット取水口まわりの3次元計算でAの方法とBの方法との計算結果を検討し、第2章で述べた計算法に複合格子法を適用する際、原理的には格子間境界で速度のみを補間すればよく(Aの方法)、圧力は補間してもしなくても計算結果は同じ値に収束すること、ただし圧力を補間すると計算の収束が速まること(Bの方法)、また圧力を補間する際には、圧力定義点と同一平面上にある速度も補間する等の注意が必要であること等がわかった。

 第4章では複合格子法による船体副部まわりの流れの応用計算例を示し、実測との比較を通じて本計算法の有効性を示した。まず船体開口部の例としてウォータージェット取水口まわりの流れをとりあげた。ダクト断面が矩形である2種類の取水口形状について計算を行い、ダクト内圧力分布が3次元計算を行わないとあわないことを示した。これはダクト内に側方から流れ込む流れが渦をつくり、これがダクト内の圧力損失となるためであり、このような現象は3次元計算でなければとらえられないが、ウォータージェット取水口のような複雑な形状に対しては複合格子法が有効であることを示した。次に船体付加物の例として船尾水平フィン付き船体まわりの流れをとりあげた。複合格子法を応用した3次元計算を行って、船尾水平フィンの装着が船尾縦渦による下降流を妨げ、このために船尾で圧力が上昇し抵抗が低減していることがわかった。船尾縦渦の推定精度が低いため抵抗低減量は実測にくらべ小さいが、載荷状態の違いによる効果の差について、縦渦構造の違いによるのではないかとの示唆を得た。以上の2例の他、その他の応用例として、スケグ付き船体まわりの流れ、上部構造物まわりの気流の例を示し、この方法の適用性の広さを示した。

審査要旨

 本論文は複合格子法を用いた数値シミュレーションを付加物等を持った複雑形状の船体まわり流れに応用し、その結果を船体そのものや付加物などの設計に応用する技術の開発に関するもので、船体付加物や開口部等の船体副部まわりの流れを検討できるツールの開発を目的として行ったものである。

 船体副部の流体力学的検討に関しては従来、相似模型船の水槽試験から推定するか、あるいは実験的に得られている副部個々の抵抗を積み上げるか以外に方法がなかった。前者では個々の副部の流力特性が明確でないので、実船へのスケールアップにあいまいさがあり、また後者では副部と主船体との相互干渉が扱えないという難がある。近年、コンピュータを駆使して流れをシミュレートする数値流体力学が理学・工学の分野で広く利用されるようになり、船舶の分野でも船型設計や船型開発の有力な手段として盛んに用いられるようになってきた。しかし、船体副部の設計に数値流体力学的手法が利用された例は少なく、その原因は対象形状が複雑で計算格子を生成することができないためであった。

 このような複雑形状に数値流体力学を適用する方法として、本論文では複合格子法を用い、複雑形状領域を複数の簡単な形状の領域に分割し、各々の領域に対して独立に格子を生成し、各領域間で情報を交換し合いながら流場全体を計算する方法を完成させている。船体副部まわりの流れのような3次元非圧縮性流体の解析に複合格子法を用い、初期の船型設計の検討に適用可能な解析手法を求めている。

 第2章では本研究で複合格子法を適用する基となる粘性流計算法について、基礎方程式、差分方程式、境界条件と初期値、計算格子の生成法、数値計算の手順に分けて記述している。本論文で採用した計算法はレイノルズ平均Navier-Stokes方程式にk-乱流モデルを用いた支配方程式を有限体積法で解き、定常解を求める計算手法である。この計算法を副部のない主船体まわりの流れ計算に適用し、その有効性を吟味した。本計算では船尾における縦渦の推定精度が必ずしも十分でなく、これは標準のk-乱流モデルを用いていることによる限界である。しかし船体抵抗の大小や船尾伴流分布の船型による違い、船尾伴流分布のレイノルズ数による違いは計算によって判断できることを明らかにし、本方法は設計の初期段階のツールとして十分有効であることを述べている。

 第3章では上記計算法をもとに船体副部まわりの流れ計算を行うための複合格子法について述べている。この複合格子法を非圧縮性流体の解法に適用するため以下の二つの工夫を行っている。一つは非圧縮性流体の解法で用いられる変数配置法であるスタガード配置にこの方法を適用するため、補間は格子点上で行いそれをスタガード位置に再配分する方法を取ってメモリーを節約している。もう一つは速度と圧力とがカップリングした非圧縮性流体の解法で、格子間境界における補間法がどうあるべきかを考察し、境界で流速のみを与える方法(Aの方法)と境界及びその1個内側の格子点で流速と圧力を与える方法(Bの方法)を考案している。

 以上の複合格子法による粘性流計算の妥当性を検討するため、翼型まわりの2次元計算を行い、2つの格子系の間で解が連続的につながること、複合格子法による結果と単一格子による結果とがほぼ一致することから、複合格子法による計算が問題なく遂行できることを確認している。さらにウォータージェット取水口まわりの3次元計算でAの方法とBの方法との計算結果を検討し、第2章で述べた計算法に複合格子法を適用する際、原理的には格子間境界で速度のみを補間すればよく、圧力は補間してもしなくても計算結果は同じ値に収束すること、ただし圧力を補間すると計算の収束が速まること、また圧力を補完する際には、圧力定義点と同一平面上にある速度も補間する等の注意が必要であること等がわかった。

 第4章では複合格子法による船体副部まわりの流れの応用計算例を示し、実測との比較を通じて本計算法の有効性を示している。まず船体開口部の例としてウォータージェット取水口まわりの流れをとりあげている。ダクト断面が短形である2種類の取水口形状について計算を行い、ダクト内圧力分布が3次元計算を行わないとあわないことを示している。これはダクト内に側方から流れ込む流れが渦をつくり、これがダクト内の圧力損失となるためであり、このような現象は3次元計算でなければとらえられないが、ウォータージェット取水口のような複雑な形状に対しては複合格子法が有効であることを示した。次に船体付加物の例として船尾水平フィン付き船体まわりの流れをとりあげた。複合格子法を応用した3次元計算を行って、船尾水平フィンの装着が船尾縦渦による下降流を妨げ、このために船尾で圧力が上昇し抵抗が低減していることがわかった。船尾縦渦の推定精度が低いため抵抗低減量は実測にくらべ小さいが、載荷状態の違いによる効果の差について、縦渦構造の違いによるのではないかとの示唆を得ている。以上の2例の他、その他の応用例として、スケグ付き船体まわりの流れ、上部構造物まわりの気流の例を示し、この方法の適用性の広さを示している。

 以上のように本論文は、数値流体力学の新しい技術を応用して、工学的な課題である船型設計の新しい道を拓いたといえる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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