学位論文要旨



No 213811
著者(漢字) 松本,洋一
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヨウイチ
標題(和) ワイヤレスディジタル通信におけるバーストデータ受信用高性能復調技術
標題(洋) High Performance Demodulation Techniques for Burst Data Reception in Wireless Digital Communications
報告番号 213811
報告番号 乙13811
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13811号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 近年発展著しい衛星通信及び移動体通信に代表されるワイヤレスディジタル通信は,今後,現在マルチメディア化が進められる基幹ネットワークへのアクセス手段として,さらに社会的に大きなな役割を担うものと期待されている.本論文はこれらワイヤレスディジタル通信システムにおける最も重要な技術の一つとして,バーストデータ受信用復調技術に焦点を当て,システムの通信品質及び伝送効率を向上させる方法について述べている.また,現代のワイヤレスディジタル通信では,通信装置の小型化,高信頼化,低消費電力化及び経済化が必須課題となっているが,本論文は,高性能LSIC(Large Scale Integration Circuit)化復調器の実現に有効な全ディジタル化復調器構成法およ復調器要素回路の実現法についても示している.

 本論文は,全7章より構成され,第3章から第6章において,新たな復調技術を提案している.特に,第3章及び第4章では,現在すでに実用化された通信システムの性能をさらに向上させることを目的とした技術を提案する.一方,第5章及び第6章では,新実用システムへの導入を前提に,さらに大幅な特性向上を図る技術について述べている.各章の概要は,以下の通りである.

 第1章「Introduction(序章)」では,ISDN(Integrated Services Digital Network)衛星通信,簡易型携帯電話(PHS),及び近年高速無線アクセス手段として注目されるワイヤレスATM(Asynchronous Transfer Mode)等のシステムについて概説し,本論文が対象とするシステムパラメータ及び無線通信路について明らかにする.また,検波方式,バースト同期,変調方式,及び無線装置の実装の観点から,復調技術に対する要求条件を明らかにする.

 第2章「Burst Synchronization Technique Overview(従来バースト同期技術の比較考察)」では,近年のバーストモード通信において用いられる,キャリア再生,クロック再生,及びキャリア周波数自動制御について,特に同期特性に注目して考察を進め,復調器の特性向上を図るための技術課題を明らかにする.

 第3章「Demodulation for Satellite Communications(衛星通信用復調技術)」では,高速バースト衛星通信を対象に,高速全ディジタル化バースト復調技術について述べる.本章で提案する復調技術は,従来のアナログまたはディジタル復調器に優るキャリア及びクロック同期特性を達成し,また帯域外スペクトルの抑圧に有効なOQPSK(Offset Quadrature Phase Shift Keying)変調方式に適用可能とするため,(1)OQPSK変調方式に適用可能な変調波形生成フィルタを有する逆変調型キャリア再生技術,及び(2)高速通信において従来必要であったクロック用VCO(電圧制御発振器)を不要とする波形整形フィルタによる内挿補間型クロック再生技術を採用している.また,本章では,高速復調器の全ディジタル化をに有効な全ディジタル化直交検波回路,及びキャリアフィルタ回路を新たに提案している.さらに,上記の提案技術を用いて開発された0.5m-CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)プロセスによる復調用LSICを用いた低Eb/No(1ビット当たりのエネルギー対雑音電力密度比)衛星通信環境下における特性評価結果を示し,本LSICが60-Mb/sにおける安定動作し(同様なCMOSプロセスを用いた従来の全ディジタル化復調器の場合,500kb/sまで動作),かつ従来方式の中で最も高速にバースト同期する衛星通信用復調器に比べ,さらに短縮されたプリアンブル(80シンボル程度)によりキャリア及びクロック同期が達成可能であることを明らかにする.

 第4章「Demodulation for Personal Communications(パーソナル通信用復調技術)」では,パーソナルシステム用復調技術について述べる.現在の,時分割多重方式を用いるパーソナル通信システムにおけるバーストフォーマットは,遅延検波を前提としており,通信バーストにおけるプリアンブル長が極めて短い(例えば, PHSでは3シンボル).また,パーソナル通信では,しばしば/4シフトDQPSK(Differentially-encoded QPSK)変調方式が用いられ,さらにPHS等の携帯端末受信機では,小型化・低消費電力化が必須であり,復調器の内部演算はスカラ信号として処理することが有利となる.本章では,フレーム誤り率特性を向上を目的に,従来の同期検波用キャリア再生技術の適用が困難なこれら条件下においても良好に動作する新キャリア再生技術として,/4信号位相回転処理にキャリアフィルタ帯域が可変な逆変調キャリア再生技術を組み合わせる方法を提案する.さらに,上記条件に適したクロック再生技術として,シンボルレートの2倍で動作し,かつスカラ位相によるクロック位相推を用いる方法を提案する.さらに,低消費電力化に有利なパルスカウント型直交検波技術についても述べている.本章で提案された技術は,0.8m-CMOSマスタースライス(2V動作)を用いた復調用LSICとして実現され,その優れた消費電力特性に加え,復調特性が明らかにされている.例えば,本復調用LSICにより,典型的なパーソナル通信環境下におけるフレーム誤り率のフロアは,遅延検波を用いた場合に比べ40%低減され,またフロア誤り率が10%の場合の所要Eb/Noは遅延検波に比べて3dB改善される.また,本復調用LSICは,アナログ-ディジタル変換器等のアナログ素子を一切不要にし,低消費電力化・無調整化に貢献する.

 第5章「Advanced Preamble-less Symbol-Timing Recovery(プリアンブルレスクロック再生技術)」では,高速シンボルレートを有する衛星通信システムを主な対象として,クロック再生用プリアンブルを全く必要としない,プリアンブルレスクロック再生技術について述べる.まず,復調器の動作速度の高速化の観点から,従来のプリアンブルレスクロック再生技術では困難であったシンボルレートの2倍での動作を可能とする技術について述べる.次に,計算機シミュレーションによるプリアンブルレスクロック再生技術の詳細な特性評価結果を示す.特に,提案するプリアンブルレスクロック再生技術を,ISDN衛星通信等の厳しいバースト損失確率(例えば,10-6events/burst)を要求するシステムに適用した場合の,クロック位相推定誤差による劣化を確率事象として求め,クロック位相推定誤差に起因した符号誤り率に与える影響を所要Eb/No劣化量として評価する.その結果,例えば,誤り率が10-4の場合,クロック位相推定に起因する0.2dB以上の所要Eb/No劣化が生じる確立は,ISDN衛星通信で要求されるバースト損失確率程度であり,プリアンブルレスクロック再生により優れたクロック位相ジッタ特性が達成できることを示している.

 第6章「Simultaneous Carrier and Symbol Timing Recovery(キャリア・クロック同時再生技術)」では,バースト衛星通信から陸上移動通信まで様々な通信システムを対象とし,キャリア及びクロック同期に要するプリアンブルを短縮するため,単一のプリアンブルをキャリア及びクロック同期に共用する復調技術について述べる.本技術は,キャリア及びクロック同期を同時にかつ独立しておこなうことにより,従来の復調技術に比べ大幅に所要プリアンブル長を短縮し,また全ディジタル化に適した構成を有する.本章では,まずOQPSK変調信号に適用可能な技術として,隣り合う2つの信号識別点間を1シンボル毎に交互に遷移する信号をプリアンブルとして用いる場合について述べる.次に,現在,無線LAN(Local Area Networks)等のワイヤレスアクセスシステムでしばしば用いられるDQPSK変調方式適用可能な技術として,対角線上にある2つの信号識別点間を1シンボル毎に交互に遷移する信号をプリアンブルとして用いる場合を扱う.それら復調技術の極めて優れたキャリア・クロック同期特性は,解析及び計算機シミュレーションにより明らかにされている.例えば,Eb/No=4dBの衛星通信を想定した場合,提案方式により所要プリアンブル長は30シンボル程度まで削減可能であり,さらに,無線ATM/無線LAN等で想定されるライスフェージング通信環境下では,プリアンブル長が8シンボルの場合,誤り率が10-4における同期検波理論値からの所要Eb/No劣化量は0.2dB程度である.さらに短いプリアンブル(例えば,2シンボル)に対しても,本章の提案復調技術を用いた場合,破滅的な誤り率の劣化は生じず,遅延検波理論特性と比べ依然良好な誤り率特性が得られている.

 最後の第7章「Conclusions」では,上記の各章で述べられた技術の要点,さらに主要な成果を要約し,本論文をまとめる.

審査要旨

 本論文は「High Performance Demodulation Techniques for Bust Data Reception in Wireless Digital Communication (ワイヤレスデイジタル通信におけるバーストデータ受信用高性能復調技術)」と題し、ワイヤレスディジタル通信システムにおいて重要となるバーストデータ受信用復調技術に焦点を当て、通信品質及び伝送効率を向上させる方法、LSI化復調器の実現に有効な回路構成に関する一連の研究をまとめたものであり、英文で記されており全7章から成る。

 第1章「序論」では、ISDN衛星通信、携帯電話及び近年のワイヤレスATM等のシステムについて概観し、本論文が対象とするシステムパラメータ及び無線通信路について明らかにしている。また、検波方式、バースト同期、変調方式及び無線装置の実装の観点から、復調技術に対する要求条件を明らかにしている。

 第2章の「従来バースト同期技術の比較考察」では、近年のバーストモード通信において用いられる、キャリア再生、クロック再生等の技術課題について記している。

 第3章は「衛星通信用復調技術」であり、高速バースト衛星通信を対象に開発した、高速全ディジタル化バースト復調技術について記している。提案の復調法は、(1)OQPSK(Offset Quadrature Phase Shift Keying)変調方式に適用可能な変調波形生成フィルタを有する逆変調型キャリア再生技術、(2)高速通信において従来必要であったクロック用VCO(電圧制御発振器)を不要とする波形整形フィルタによる内挿補間型クロック再生技術の採用を特徴とし、従来の復調器より優れるキャリア及びクロック同期特性を達成する。またディジタルLSI化に有効な全ディジタル化直交検波回路、及びキャリアフィルタ回路を提案している。この成果に基づき製作したLSI化復調器が、低S/N比の衛星通信環境下で60Mb/sの高速ビットでも安定動作し、短縮されたプリアンブル(80シンボル程度)によりキャリア及びクロック同期が達成できることを実証し、実用化も図っている。

 第4章は「パーソナル通信用復調技術」であり、時分割多重方式のパーソナル通信システムを対象に、フレーム誤り率特性の向上を目的に、従来の同期検波用キャリア再生技術の適用が困難な条件下においても良好に動作する再生技術として、/4信号位相回転処理にキャリアフィルタ帯域が可変な逆変調キャリア再生技術を組み合わせる方法を提案している。更に、シンボルレートの2倍で動作し、かつスカラ位相によるクロック位相推定を用いるクロック再生技術を提案している。これらの技術に基づくCMOS復調用LSIを実現し、優れた復調特性が実現できることを実証し、実用化も図っている。

 第5章は「プリアンブルレスクロック再生技術」であり、高速シンボルレートの衛星通信を対象にして、クロック再生用プリアンブルを必要としないプリアンブルレスクロック再生技術を提案している。これはキャリア再生用プリアンブルを蓄積してクロック再生に利用する技術に基づいている。計算機シミュレーションによりISDN衛星通信等の条件下でのバースト損失確率、クロック位相ジッタ特性を検証し、所望の要求条件を達成できることを示している。

 第6章は「キャリア・クロック同時再生技術」であり、バースト衛星通信から陸上移動通信までの様々な通信システムを対象とし、キャリア及びクロック同期に要するプリアンブルの短縮を可能とする、単一のプリアンブルをキャリア及びクロック同期に共用する復調技術を提案している。この技術はキャリア及びクロック同期を同時かつ独立して行うことにより、従来の復調技術に比べて大幅な所要プリアンブル長の短縮を可能とし、また全ディジタル化に適した構成を有する。まず、OQPSK変調信号に対して、隣り合う2つの信号識別点間を1シンボル毎に交互に遷移する信号をプリアンブルとして用いる方式を述べている。次いで、無線LAN等のワイヤレスアクセスシステムで用いられるDQPSK変調信号に対して、対角線上にある2つの信号識別点間を1シンボル毎に交互に遷移する信号をプリアンブルとして用いる方式を述べている。これらにより、4〜8シンボルといった短いプリアンブル長で優れたキャリア・クロック同期特性が得られることを、解析及び計算機シミュレーションにより明らかにしている。

 第7章「結論」では、考案、開発した技術の要点、主要な成果をまとめている。

 以上を要するに、本論文はワイヤレスディジタル通信システムにおけるバーストデータ受信用復調技術に関し、プリアンブル部の信号を有効に利用する観点から、キャリア再生、クロック再生、所要プリアンブル長の短縮等の性能向上を図り、通信品質及び伝送効率を向上させる複数の新しい復調技術を考案、開発し、LSI化復調器の実現や実際のシステムでの実用化、及び計算機シミュレーションによって性能を実証したものであり、通信工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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