近年、ディジタル放送の研究開発、実用化の動きが世界的に活発となっている。ディジタル放送の実用化により、放送番組の高品質化、放送システムの高機能化、多チャンネル化、周波数資源有効利用等の実現が期待されている。ディジタル放送は、地上系、衛星系、ケーブル系に大別される。ディジタル放送の伝送方式を検討するにあたっては、地上、衛星、ケーブルそれぞれの伝送路に適した方式を選定することが重要である。地上ディジタル放送においては、マルチパス(放送においてはゴースト信号)の影響をどのように軽減するかが重要な課題となる。 OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)はマルチキャリア・ディジタル変調方式の一種であり、特にマルチパス環境下において、単一キャリア方式と比べ格段に優れた性能を発揮する。このため、地上ディジタル放送に適した変調方式として、近年、注目を集めている。OFDMについては、1960年代から主に通信の分野で理論的な研究が行われてきたが、地上ディジタル放送に適用する場合、地上放送伝送路における基本的な特性を十分に把握し、地上ディジタル放送に適した方式設計、パラメータ設計を行う必要がある。 本論文では、まずOFDMの原理と特徴について述べた後、最も基本的なOFDM方式として、OFDMの各搬送波をDQPSK(遅延検波4相PSK)変調するDQPSK-OFDM方式について検討を行った。図1に本研究で試作したDQPSK-OFDM実験用変復調器の基本構成を示す。この装置は、わが国で最初に試作された放送用OFDM変復調器であり、その試作にあたっては、動作原理、復調方式、同期方式等を新たに考案する必要があった。本論文では、受信装置のクロック周波数を受信信号に正確に同期させるためのクロック周波数自動制御方式について詳しく説明した。 図1 DQPSK-OFDM実験用変復調器の基本構成 図2にDQPSK-OFDM実験用変復調器のC/N対ビット誤り率特性を示す。実線は室内実験の測定結果、点線は計算機シミュレーションの結果を示す。図2の実験結果により、本装置が設計通り正しく動作することを検証できた。またゴースト環境下において、OFDMが単一キャリア方式と比べて格段に優れた性能を示すことを確認することができた。 図2 単一ゴーストとガウス雑音を同時に加えた場合のDQPSK-OFDMのビット誤り率特性(ゴースト遅延時間2s、D/U比 8dB) 上記の実験装置を用いた室内実験と計算機シミュレーションによって、DQPSK-OFDMの基本的な伝送特性を明らかにし、DQPSK-OFDMを用いて地上ディジタル放送システムを設計する際に必要となる基本的な技術情報を示した。具体的には、非線形伝送路における特性、アナログ干渉波に対する特性等について検討を行った。そして非線形に関しては、伝送路の非線形性が2信号法の3次ひずみレベルで表現して-20dB以下であるとともに、受信C/N比が15dB以上であれば、非線形による特性劣化は深刻とはならないこと、またアナログ干渉波に関しては、アナログTV信号からOFDMへの干渉が予想される場合、無線周波数帯におけるOFDMの搬送波周波数をどこに設定すれば最適となるかは、妨害アナログTV信号のレベルに依存すること等の重要な技術情報が得られた。 次にOFDMの各搬送波の変調方式を16QAM、32QAM、64QAM等の多値変調とする多値OFDM方式について検討した。多値OFDMは、ディジタルテレビジョン放送や統合ディジタル放送(ISDB:Integrated Services Digital Broadcasting)において、限られた周波数帯域幅の中で十分なビットレートを得るために必要となる。まず多値OFDMの動作原理を確立するために、新たな変復調方式を考案した。この方式においては、変調器は各搬送波ごとに振幅と位相の基準となる固定データを周期的に送出する。伝送フレーム内のあらかじめ決められた位置で振幅・位相基準データを送出すれば、受信側では、フレーム同期を再生できれば、基準データを受信することができる。復調器は、クロック同期を再生し、AFC(Automatic Frequency Control)を用いて各搬送波周波数を正しく再生した後、基準データを用いて復調を行う。この方式を用いて多値OFDM実験用変復調器を試作し、ビット誤り率特性の測定結果が計算機シミュレーションの結果と一致することを示した。さらに、振幅・位相基準データの送出方式について検討を行い、すべての搬送波の基準データを同一シンボルで同時に送る一括伝送方式に比べ、基準データを有効データの中にインタリーブした形で送るインタリーブ伝送方式の方が、多くの優れた特長を有することを示した。また、基準データの絶対値とビット誤り率の関係を調べた結果、ビット誤り率を最小とする基準データ振幅の最適値が存在することを明らかにした。 OFDMの各搬送波の変調方式を多値変調とし、帯域幅一定のままビットレートを増やすとビット誤り率特性は劣化するが、この劣化を最小限に抑える手段として、OFDMの各搬送波をトレリス符号化変調(Trellis Coded Modulation:TCM)する方法が有力である。本論文では、前記の振幅・位相基準データによる多値OFDM方式と符号化変調を組み合わせたトレリス符号化OFDM方式を提案し、その伝送特性を検討した。図3に、ガウス雑音を加えた場合の各OFDM方式のビット誤り率特性および各方式の有効ビットレートを示す。16QAM-OFDMは、OFDMの各搬送波を16QAM変調し、トレリス符号化は行わない場合を表し、TCM-16QAM-OFDMは、トレリス符号化16QAM-OFDM方式を表す。変復調は、前記の振幅・位相基準データを用いる方式により行っている。またDQPSK-OFDMおよびD8PSK-OFDMは、それぞれ各搬送波を差動QPSK、差動8相PSK変調し、遅延検波によってデータを受信した場合を表す。図3において、OFDMの多値化によりDQPSK-OFDMのビットレートを1.3〜1.5倍程度に増やす場合を考えると、D8PSK-OFDMと比べてTCM-16QAM-OFDMの性能は格段に優れていることが分かる。さらにC/N比が16dB以上の範囲では、TCM-16QAM-OFDMのビット誤り率はDQPSK-OFDMよりも小さな値となる。 図3 ガウス雑音を加えたときの各OFDM方式のビット誤り率特性と有効ビットレート 上記のTCM-16QAM-OFDMを都市部で用いた場合のカバレッジについて、ゴーストの実測値を用いた計算機シミュレーションによる検討を行い、マルチゴーストによるビット誤り率特性の劣化分を補償するための送信電力の増分(ゴーストマージン)を求めた。その結果、都市部でTCM-16QAM-OFDM方式を用いる場合、ゴーストが無いと仮定したときの所要送信電力に加えて、5dB程度のゴーストマージンをとれば、固定受信機の約95%、可搬型受信機の約80%に完全な映像と音声をサービス可能であると推定されることを示した。 本論文で述べた研究成果により、わが国におけるOFDM研究の水準は大幅に向上したと考えられる。わが国の地上ディジタル放送方式の標準化作業においても本研究の成果が生かされている。OFDMは数々の優れた特長を持つディジタル変調方式であり、今後、地上ディジタル放送以外の分野へも応用が広がっていくと予想される。本論文で示した検討結果は、今後のOFDM応用システムの設計にも一定の指針を与えるものと考える。 |