学位論文要旨



No 213813
著者(漢字) 関,秋生
著者(英字)
著者(カナ) セキ,アキオ
標題(和) 超電導磁気浮上式新幹線のシステム開発手法の研究
標題(洋)
報告番号 213813
報告番号 乙13813
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13813号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 1.はじめに

 1997年4月から山梨リニア実験線において超電導磁気浮上式鉄道の走行実験が始まった。同実験線のシステム開発では開発手法を特に定めることなく,電気・土木・車輌の各技術系統が,相互に必要な調整をとり,個別にシステム開発を進めた。このため,全体システムとして必ずしも最適なシステムとなっていない。この方式の鉄道は,従来車上でクローズしていた駆動制御機能が,地上と車上に分かれるなど,サブシステム相互間の結びつきが強い。このため,開発初期段階のトータルシステムとしての設計が重要である。

 本研究は,同実験線のシステム開発で培った経験に基づき,同実験線をより一般化した超電導磁気浮上式新幹線(以下浮上式新幹線)の実用実験線という鉄道システムを対象として,そのシステム開発手法を筆者の視点より独自に再構築をすることを目的とする。

2. 浮上式新幹線のシステム開発手法の概要

 本研究では,システムエンジニアリングマネージメント計画(以下SEMP),システム定義,サブシステム定義,テクニカルレビューを中心に論じる。

2.1. SEMP

 システム開発の手順,リスクマネージメント,開発体制などを明らかにする。

a.システム開発の手順

 システム定義,サブシステム全体定義,詳細仕様定義,詳細設計,製作,工事,試験,とトップダウン方式で段階を踏んで開発を進める。

b.リスクマネージメント

 システムの安全確立のための手法を定義する。

c.開発体制

 プロジェクトチームの組織,意志決定のルールや,メーカ等との関係を明確にする。また,SEMPにそったシステム開発を円滑に促進するため,技術管理をおこなう組織を配置し,その業務を明確にする。

2.2.システム定義

 営業線に近い総合的鉄道システムとして,実用実験線システムの定義を行う。

a.実用実験線のシステム要求

 浮上式新幹線に対するニーズを抽出し,さらにシステム要求を分析する。また,関係法令,予算等のシステム開発上の制約条件,使用環境条件,システムライフサイクルの中で考慮すべき条件を加えてシステム要求を定める。

b.機能分析

 a項のシステム要求の実現にむけて,浮上式新幹線のシステム構成を明らかにし,さらに制御方式,運転保安,ブレーキシステムなど,いくつかのサブシステムにまたがって実現する機能を明かにする。

c.総合化

 b項の機能をサブシステム毎に割り付け,それらの相互関係を明らかにする。これらの検討結果を全体システムの仕様書としてまとめる。

2.3. サブシステム定義

 サブシステム定義として,サブシステム全体定義と詳細仕様定義について論じる。

2.3.1サブシステム全体定義

 電力供給システムを例にとり,サブシステム全体の定義を行う。2.2.節で求めたシステム要求を詳細化し,電力供給システムのシステム要求としてまとめる。それに基づき,必要な機能を分析する。次いで,それらの機能の実現にむけて各種技術検討を行う。最後に,これらの検討結果を電力供給ステム仕様書にまとめる。

詳細仕様定義

 電力供給システムの構成要素であるき電線路設備を例に取り,詳細仕様の定義を行う。2.3.1節で求めたシステム要求を詳細化し,き電線路設備に関わるシステム要求としてまとめる。それに基づき,必要な機能を分析する。次いで,それらの機能を実現する上で必要な技術的検討を行う。それらの結果をき電線路設備仕様書としてまとめる。

2.4. テクニカルレビュー(TR)

 システム仕様書,サブシステム仕様書,詳細仕様書,詳細設計の各々の案が完成した時点でTRを実施する。また,すべての詳細設計がほぼ確定した段階で,実用性評価指針に基づき,全体システムの事前評価を行う。また,使用開始前には,システムが使用開始して差し支えないか,監査を実施する。

3. 本研究の成果(1)鉄道システムの開発手法の確立

 従来,鉄道を構成する電気・土木・車輌などの個別技術の設計手法は確立しているが,それらを一つの鉄道システムとして捉えた開発手法はなかった。本研究では,システム開発の最初の段階で浮上式新幹線の全体システムを一つの鉄道システムとして総合的に捉え,システム定義を行った後,個別のサブシステム定義,詳細仕様定義と開発を進める手法を確立した。この手法は,他の鉄道システムの設計にも適用可能である。

(2)システム要求の明確化

 従来,鉄道全体のシステム要求をまとめたものはなかった。本研究では,浮上式新幹線のニーズを利用者,鉄道事業者,社会の立場から収集し,さらに基本性能・安全性・信頼性・環境影響・経済性などの観点からシステム要求を明確化した。システム定義の段階で定めたステム要求は,サブシステム全体定義,詳細仕様定義へと引き継がれ,段階が進むにつれ,具体的・詳細なシステム要求となっていく。ここで求めたシステム要求の多くは,他の鉄道システムの設計にも適用可能である。

(3)技術管理手法の確立

 システム開発に先立ってSEMPを作成し,その中で技術管理組織の設置とその業務内容を明確にした。この手法は,他の大規模システムの開発にも参照文書として有用である。

(4)安全性の事前評価手法の確立

 浮上式新幹線の安全性の確立は最も重要なテーマである。SEMPの中で,設計基準適合性評価と事故事象評価を行うことを定めた。前者は安全性・信頼性設計基準に照らして,十分な設計がなされているか評価するものである。後者は,衝突や脱線などの事故事象を基準にとり,その事故事象の発生の可能性と影響度により安全性を評価する手法である。これら手法により,鉄道システムの安全性を体系的かつ総合的に評価するのは始めての提案である。信号や車輌など個々の技術の安全性を個別に評価していた従来の方法に比べ,この手法ではシステム全体の安全性を総合的に評価することができ,全体システムの安全性を大幅に向上することができる。本手法は,山梨リニア実験線のシステム開発で試行し,その有効性を確認した。

(5)実用性評価手法の確立

 基本性能,安全性・信頼性,環境影響,経済性の観点から浮上式新幹線の実用性を評価することとし,評価指針としてまとめた。また,プロジェクトチーム内の自己評価として,システムの詳細設計がほぼ固まった段階で,この指針に基づき,事前評価を行うこととした。本指針の多くは,他の鉄道システムにも適用可能である。ここでまとめた実用性評価の考え方は,運輸省が現在主催している超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会にも一部反映している。

(6)システム開発の標準化の推進

 システム開発の能率向上,設計レベルの向上のため,SEMPの中で,システム開発上考慮すべき項目や仕様書の体系などを明らかにした。また,浮上式新幹線の安全性・信頼性設計基準や,システム設計上の留意事項をまとめたデザインレビューチェックリストを作成するなど,設計の標準化を行った。

(7)テクニカルレビュー体系の確立

 山梨リニア実験線のシステム開発では,詳細仕様書が完成した時点でデザインレビューを実施し,多大な効果を上げた。本研究では,当初のシステム要求に沿った最適なシステムの実現を目指し,テクニカルレビューとしてさらに拡充を計った。すなわち,システム仕様書案やサブシステム仕様書案,詳細設計案が完成した時点でもレビューを実施することとした。また,全体の詳細設計がほぼ固まった段階で実用性評価指針に基づき事前評価を実施し,さらに,運用開始前にはシステム監査を行うこととした。

4.結論

 本手法により,基本性能を満たし,安全性や信頼性,環境影響,経済性,さらにはシステムライフサイクルにも十分配慮した浮上式新幹線・実用実験線システムの開発を,整然とした秩序の下で推進でき,開発途上で発生する様々な問題に対しても迅速に対応可能で,結果として最適なシステムを構築することが期待できる。

 本手法は将来の浮上式新幹線の営業線のシステム開発に適用可能であるばかりでなく,新交通システム等新しい輸送システムのシステム開発手法としても有用性が高い。また,輸送システムのみならず,他の大規模システム開発に対しても共通性があり,それらのシステム設計の参照文書として十分に役立つ一般性を有している。

審査要旨

 本論文は「超電導磁気浮上式新幹線のシステム開発手法の研究」と題して、将来の超高速の軌道交通システムとして開発の進められている超電導磁気浮上式鉄道の全体システムとしての設計の最適化を図るために、山梨リニア実験線でのシステム開発の経験に基づいて、そのシステム開発手法を具体的かつ詳細に検討するとともに、一般化された超電導磁気浮上式新幹線の実用実験線の再構築を例として、システムの定義や技術的なレビューを行って、開発手法を設計に結びつけるための適用法を示したものであって、全7章より構成される。

 第1章は「序論」であって、超電導磁気浮上式鉄道の開発と山梨実験線計画の経緯を説明するとともに、鉄道システムとしての実用化の視点から見た場合の磁気浮上式鉄道の特異性によるシステム開発上の問題点を明らかにして、本論文の背景と研究の目的を示している。

 第2章は「実用実験線システムの開発手法」と題して、超電導磁気浮上式新幹線の開発のために必要なプロセスを示し、それを実現するためにはシステム開発手法の確立が必要であることを述べるとともに、従来のシステムエンジニアリング技法を適用する場合の開発のプロセスと本システムの場合との関係を整理している。

 第3章は「システムエンジニアリング・マネージメント計画」であって、IEEEのシステムエンジニアリングプロセスの適用に関する試用規格を参考にしながら、超電導磁気浮上式新幹線を実用化するための試験の目的からの要求条件を分析して、実用実験線のシステムエンジニアリング・マネージメント計画をまとめるとともに、開発の手順と方向性を与えている。さらに、その各段階での業務の内容を定義し、超電導磁気浮上式鉄道のシステム構成に対応させて、それを実現するための組織と必要な文書の体系化とそれをまとめる作業の分担などについて述べている。

 第4章は「システム定義」と題して、超電導磁気浮上式新幹線の具体的なコンセプトを定義するとともに、それに対するシステムとしての要求条件を分析し、それを構成するサブシステムを示して、サブシステム毎の機能を定義し、サブシステム間の機能的なインターフェイスの条件をも定義して、これらを統合したシステム仕様書の形にまとめている。特に、機能がサブシステム間に分担されて実現されるブレーキ機能などについてはコンセプト自体を説明して、その相互の関係を明らかにしている。

 第5章は「サブシステム定義」であって、前章でのシステム仕様書を受けて、サブシステムの内容を個々に詳細に定義し、それに基いた設計仕様を定めて、それらを決定するプロセスについてまとめている。さらに、電力供給関連のサブシステムを例にして、具体的にこの手法による設計仕様を求めるプロセスを示すとともに、機能的な条件が満たされていることを検証する方法などを論じている。一般的には、このサブシステムの定義に基づいてシステム機能などの分析が行なわれ、要求条件との関係が示される。全プロセスを詳細な設計仕様への展開の方法としてまとめている。

 第6章は「テクニカルレビュー」と題して、実験線システムの開発結果がシステム要求を満たしているか、また設計が妥当であるかを具体的に評価する手法を調査して、超電導磁気浮上式新幹線に適用するための体系化をはかるとともに、そのための文書の種別やそれぞれの文書の内容を定義している。その中で重要性の高い安全性事前評価と設計基準適合性評価の二つを取り上げて、具体的な評価解析手法を詳細に示して、その適用性を示している。

 第7章は「結論」であって、本論文の成果を要約し、今後の営業線に対する開発手法の適用や手法上の問題点などについて論じている。

 以上、これを要するに、本論文は超電導磁気浮上式新幹線鉄道のコンセプトとシステムの定義を行い、それを詳細に分析、評価し、個々の構成要素の具体的な設計につなげていくためのシステム開発手法を体系的に提案し、山梨実験線での経験により検証したものであって、電気工学、とくにシステム工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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