学位論文要旨



No 213815
著者(漢字) 石野,正人
著者(英字)
著者(カナ) イシノ,マサヒト
標題(和) 大容量光通信用InGaAsP/InP系光変調器および分布帰還型半導体レーザに関する研究
標題(洋)
報告番号 213815
報告番号 乙13815
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13815号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 高度情報化社会の基幹ネットワークとして、光ファイバー通信の多重化による超大容量化の要求が日増しに進んでいる。電話やデータ伝送に用いられている時分割多重(TDM)光伝送においては、ベースバンドでのデジタル(BBD)光変調方式が用いられており、今後の大容量化に対応するにはレーザの直接変調ではなく外部光変調器がキーデバイスとなる。特に半導体光変調器は光源との集積化の立場から期待されていた。一方、ケーブルテレビを中心とする映像伝送では周波数の利用効率の立場からサブキャリヤ多重(SCM)光伝送が主流であり、雑音が小さい分布帰還型(DFB)レーザが用いられている。今後の超多チャンネル化には、DFBレーザの広帯域での低変調歪化が重要な課題であった。またさらなる超大容量伝送の実現には、波長多重伝送(WDM)が必要となる。21世紀の光ネットワークはこのような複合光伝送形態で大容量化を発展させていくものと予想される。

 本研究は、今後ますます進展する高度情報化社会の基盤通信インフラとしての大容量光通信技術の重要性の増大を背景とし、そのキーデバイスである半導体光変調器およびサブキャリヤ(SCM)変調用レーザの飛躍的性能向上に向け、特に研究開始当時十分その効果が明確でなかった多重量子井戸(MQW:Multi-Quantum Well)構造をこれらの光デバイスに導入し、実用的効果を実証するとともに光伝送特性の向上を実現したものである。さらにこれらの大容量伝送用光源の普及に向けて、低コストでこれらのデバイスを実現できるためのブレークスルーとなる新技術およびデバイス構造の提案および実証をおこなった。各章の詳細は以下に示すとおりである。

1.InGaAsP/InP系光変調器の基礎検討(第2章)

 光回路の基本要素デバイスで、かつ高度の構造制御性が要求される方向性結合変調器を主題とし、InGaAsP/InP系光導波路の結晶成長・プロセスおよび評価の基盤技術の確立をおこなった。まず結晶成長技術としては変調器の基本構造となる高不純物濃度の層に近接して高純度の導波路層を形成する液相エピタキシャル成長(LPE)手法検討、最適性能を得るためのデバイス構造および新規プロセス技術の提案とその実証をおこなった。さらに半導体導波路デバイスにおける端面反射による変調特性劣化の問題を抽出するとともに、このことを積極的に利用することによる高精度導波ロス測定法について提案を行った。

2.InGaAsP/InP系電界光吸収型多重量子井戸光変調器(第3章)

 光変調器における多重量子井戸(MQW)導波路の導入による変調器基本性能改善効果を明らかするため、LPE法によるMQW導波路作製技術を確立するとともに、MQWおよびバルク導波路における電界吸収効果の差異を実験と規格化処理により、比較検討をおこなった。この結果、吸収型光変調器として、MQW導波路の井戸層においては、電圧無印加時の損失が同程度のバルク導波路に対して、5倍以上の電界誘起光吸収を得ることができることが判明した。

3.量子井戸層の選択領域バンドギャップ制御による集積化光デバイス(第4章)

 光変調器とレーザとの集積化構造や、多波長集積レーザアレーのような集積化光デバイスを、飛躍的に高い容易性で実現することを目的に、MQW層のウェハー内厚さ変化によるバンドギャップ制御技術という新コンセプトを提唱した。実際に、パターン化基板上へのMQW成長により、同一エピタキシャル層のバンドギャップがパターン幅で制御できることを、初めて明らかにした。さらに、この技術を用いた光集積デバイスとして、一回成長による多波長集積化レーザアレーを実現し、さらに光変調器集積DFBレーザ構造の提案をおこなった。

4.サブキャリヤ多重光伝送用多重量子井戸分布帰還型レーザ(第5章)

 映像を中心とするサブキャリヤ(SCM)光伝送のキーデバイスである、分布帰還型(DFB)レーザの広帯域低変調歪化を目的とし、活性層にMQWを採用したSCM伝送用DFBレーザを初めて実現するとともに、そのデバイス構造の変調歪特性に及ぼす影響について研究をおこなった。まずSCM伝送の広帯域化において、レーザの高出力動作と高緩和振動周波数(fr)動作の重要性を明確にした上で、まずLPE法によるMQW構造のDFBレーザを作製し、従来のバルク活性層に対して高出力化・低変調歪化での優位性を初めて明らかにした。また波長ディチューニング導入による高緩和振動周波数化により、従来の実用レベルのレーザの2倍のチャンネル数で2倍の距離を伝送できるCATV80ch-20km伝送用レーザを、初めて実現した。さらに、有機金属気相成長(MOVPE)法による薄膜井戸層化についても検討し、緩和振動周波数特性の改善とともに、さらなる広帯域低変調歪化を実現した。

5.広帯域低変調歪特性歪多重量子井戸分布帰還型レーザ(第6章)

 SCM伝送用DFBレーザのさらなる大容量化、低バイアス電流動作化を目的とし、MOVPE法による歪(SL)-MQW構造の導入をおこなった。まず、SL-MQW活性層構造の検討により、最適構造において緩和振動周波数が無歪MQW構造より30%増大することを見出し、低バイアス電流動作でCATV100chの伝送を行なった。さらに共振器長の検討により、現在でもCATV伝送の最高チャンネル数となるAM150チャンネルの超多チャンネル伝送ができる歪MQW-DFBレーザを実現した。

 またこのようなSL-MQW-DFBレーザの広帯域低変調歪特性により、無線周波数をそのまま光でSCM伝送する移動体基地局光伝送や、光加入者映像分配システム等、光伝送の応用分野を拡大した。さらに今後の展開として、高歩留での単一波長発振かつ低変調歪特性が期待できる次世代DFBレーザとして、埋込み吸収回折格子型利得結合DFBレーザについても従来の課題を解決できる新規構造を提案した。

審査要旨

 本論文は、大容量光通信に必要なInGaAsP/InP系半導体による光変調器および分布帰還型レーザダイオードを試作、研究し、サブキャリヤ多重光伝送用の優れた素子等を開発した成果を記述したもので、7章よりなる。

 第1章は序論であって、本研究の背景と目的、論文構成等を述べている。時分割多重光伝送の高速化をはかるには、外部光変調器が有用であり、光源デバイス等との集積化の立場から考えると、半導体光変調器が重要となる。一方、映像分配システムではサブキャリヤ多重(SCM)光伝送方式が多用されているが、光源である分布帰還型(DFB)半導体レーザの直接変調時の変調歪を低減することが、多チャンネル化への重要な課題である。本研究の目的は、これら長波長帯大容量光通信に必要なInGaAsP/InP系半導体による光変調器およびDFBレーザを研究し、特に研究開始当時十分にその効果が明確でなかった多重量子井戸(MQW)を導入してその効果を実証すると共に、実用上優れた素子を開発することである。

 第2章はInGaAsP/InP系光変調器の基礎検討と題し、液相エピタキシー(LPE)法による方向性結合器型光変調器を論じている。Znを高濃度ドープしたメルトに隣接したメルトからは高純度すなわち低損失の先導波路層を成長できないこと、このオートドープ現象を避けるには両メルトの中間に隔離用メルトを置くべきであることを明確にした。この方法によりストリップ装荷方向性結合器型光変調器を試作し、良好な結果を得た。この素子で端面反射率が低くない時に生ずる異常現象はエタロン干渉効果であることを解明し、これを逆用して光導波路損失を測定する方法を提案した。

 第3章「InGaAsP/InP系電界光吸収型多重量子井戸光変調器」では、LPE法によるMQW光導波路作製技術を確立すると共に、MQW光導波路の電界光吸収効果とバルク光導波路のそれを実験により定量的に比較検討した。その結果、MQW井戸層においては、同程度の電界無印加時光損失をもつバルク層に比較して5倍強の光吸収係数変化が得られており、長波長帯MQW電界吸収光変調器のバルク型に対する優位性が初めて実証された。

 第4章は量子井戸層の選択領域バンドギャップ制御による集積化光デバイスと題し、パターン化基板上にLPE法で形成したMQWの井戸幅がメサパターン幅と共に減少する現象に着目して、MQW井戸層のウェーファ内厚さ変化によるバンドギャップ制御という概念を提唱した。実際にこの方法により多波長集積化レーザアレイを試作し、さらに一回成長による光変調器集積DFBレーザを他に先駆けて提案している。

 第5章「サブキャリヤ多重光伝送用多重量子井戸分布帰還型レーザ」では、活性層にMQWを導入したSCM伝送用DFBレーザを論じている。まずSCM伝送の低変調歪化、広帯域化におけるレーザの高緩和振動周波数動作および高出力動作の重要性を明確にした上で、本素子がバルク活性層素子より大幅に優れていることを実証した。さらに波長ディチューニングにより緩和振動周波数を一層高めて、従来の2倍のチャンネル数で2倍の距離を伝送できるCATV80チャンネル-20km伝送用レーザを初めて実現した。

 第6章は広帯域低変調歪特性歪多重量子井戸分布帰還型レーザと題し、井戸層にさらに圧縮歪を導入して多チャンネル化、低バイアス電流化を可能にした素子を中心に記述している。まず1.3m帯用素子の障壁層組成、井戸数、共振器長の最適化検討を行ない、20mW以上のファイバー光出力まで低変調歪を保つ素子を開発して、現在最高のCATV150チャンネル光伝送を初めて実現した。次に1.56m帯用の低変調歪のみならず低チャープの素子を研究開発し、光ファイバー増幅器と組み合せて広帯域の映像信号を一万分配可能とする光源を世界で初めて実現した。さらにこのような大容量光通信用への利得結合DFBレーザの潜在的可能性に着目し、有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法による一つの新製法を提案開発し、高性能な素子を低コストで製作できることを示した。

 第7章は結論であって、以上の諸結果を総括するものである。

 以上のように本論文は、大容量光通信に重要なInGaAsP/InP系半導体による長波長帯用光デバイスに関し、方向性結合器型光変調器および多重量子井戸電界吸収光変調器を先駆的に研究して有益な知見を与えると共に、サブキャリヤ多重光伝送用光源としての分布帰還型レーザダイオードに多重量子井戸さらには歪多重量子井戸を導入して低変調歪化、高出力化をはかり、世界最高水準のCATV150チャンネル光伝送や映像一万分配を可能とする素子を実現した成果を記述しており、電子工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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