本論文は、大容量光通信に必要なInGaAsP/InP系半導体による光変調器および分布帰還型レーザダイオードを試作、研究し、サブキャリヤ多重光伝送用の優れた素子等を開発した成果を記述したもので、7章よりなる。 第1章は序論であって、本研究の背景と目的、論文構成等を述べている。時分割多重光伝送の高速化をはかるには、外部光変調器が有用であり、光源デバイス等との集積化の立場から考えると、半導体光変調器が重要となる。一方、映像分配システムではサブキャリヤ多重(SCM)光伝送方式が多用されているが、光源である分布帰還型(DFB)半導体レーザの直接変調時の変調歪を低減することが、多チャンネル化への重要な課題である。本研究の目的は、これら長波長帯大容量光通信に必要なInGaAsP/InP系半導体による光変調器およびDFBレーザを研究し、特に研究開始当時十分にその効果が明確でなかった多重量子井戸(MQW)を導入してその効果を実証すると共に、実用上優れた素子を開発することである。 第2章はInGaAsP/InP系光変調器の基礎検討と題し、液相エピタキシー(LPE)法による方向性結合器型光変調器を論じている。Znを高濃度ドープしたメルトに隣接したメルトからは高純度すなわち低損失の先導波路層を成長できないこと、このオートドープ現象を避けるには両メルトの中間に隔離用メルトを置くべきであることを明確にした。この方法によりストリップ装荷方向性結合器型光変調器を試作し、良好な結果を得た。この素子で端面反射率が低くない時に生ずる異常現象はエタロン干渉効果であることを解明し、これを逆用して光導波路損失を測定する方法を提案した。 第3章「InGaAsP/InP系電界光吸収型多重量子井戸光変調器」では、LPE法によるMQW光導波路作製技術を確立すると共に、MQW光導波路の電界光吸収効果とバルク光導波路のそれを実験により定量的に比較検討した。その結果、MQW井戸層においては、同程度の電界無印加時光損失をもつバルク層に比較して5倍強の光吸収係数変化が得られており、長波長帯MQW電界吸収光変調器のバルク型に対する優位性が初めて実証された。 第4章は量子井戸層の選択領域バンドギャップ制御による集積化光デバイスと題し、パターン化基板上にLPE法で形成したMQWの井戸幅がメサパターン幅と共に減少する現象に着目して、MQW井戸層のウェーファ内厚さ変化によるバンドギャップ制御という概念を提唱した。実際にこの方法により多波長集積化レーザアレイを試作し、さらに一回成長による光変調器集積DFBレーザを他に先駆けて提案している。 第5章「サブキャリヤ多重光伝送用多重量子井戸分布帰還型レーザ」では、活性層にMQWを導入したSCM伝送用DFBレーザを論じている。まずSCM伝送の低変調歪化、広帯域化におけるレーザの高緩和振動周波数動作および高出力動作の重要性を明確にした上で、本素子がバルク活性層素子より大幅に優れていることを実証した。さらに波長ディチューニングにより緩和振動周波数を一層高めて、従来の2倍のチャンネル数で2倍の距離を伝送できるCATV80チャンネル-20km伝送用レーザを初めて実現した。 第6章は広帯域低変調歪特性歪多重量子井戸分布帰還型レーザと題し、井戸層にさらに圧縮歪を導入して多チャンネル化、低バイアス電流化を可能にした素子を中心に記述している。まず1.3m帯用素子の障壁層組成、井戸数、共振器長の最適化検討を行ない、20mW以上のファイバー光出力まで低変調歪を保つ素子を開発して、現在最高のCATV150チャンネル光伝送を初めて実現した。次に1.56m帯用の低変調歪のみならず低チャープの素子を研究開発し、光ファイバー増幅器と組み合せて広帯域の映像信号を一万分配可能とする光源を世界で初めて実現した。さらにこのような大容量光通信用への利得結合DFBレーザの潜在的可能性に着目し、有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法による一つの新製法を提案開発し、高性能な素子を低コストで製作できることを示した。 第7章は結論であって、以上の諸結果を総括するものである。 以上のように本論文は、大容量光通信に重要なInGaAsP/InP系半導体による長波長帯用光デバイスに関し、方向性結合器型光変調器および多重量子井戸電界吸収光変調器を先駆的に研究して有益な知見を与えると共に、サブキャリヤ多重光伝送用光源としての分布帰還型レーザダイオードに多重量子井戸さらには歪多重量子井戸を導入して低変調歪化、高出力化をはかり、世界最高水準のCATV150チャンネル光伝送や映像一万分配を可能とする素子を実現した成果を記述しており、電子工学上寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |