電力系統を機能させる上で、電力機器の導体に流れる電流と、導体が保持する電圧を検出し、得られた情報を用いて機器の保護・制御・監視を行う必要がある。ここで、状態量を検出する対象として機器を見た場合、次の機器の特質に注目する必要がある。 ・高電圧を保持する。・大電流が流れ得る。・強い電磁界が周囲に存在する。 ・現象の変化が早い。・複数の機器が広範囲に分散して配置される。 これらの特質は、電力を高効率かつ安定に伝送するという電力系統の機能を確保する必要性と、電気の物理的性質から備わったものであり、検出を行う際の条件となる。従来電力機器には、電磁誘導作用を原理とし、これらの特質に適応することが考慮された電流・電圧検出装置(計器用変成器)が数多く取付けられている。 光ファイバを各種物理量を検出するための素子又は信号伝送路として用いるシステムは、光ファイバセンサと呼ばれる。光ファイバセンサは、原理から次の特長を備える。 ・高電位の場所に容易に設置できる。・信号が電磁誘導雑音の影響を受けない。 ・応答が早い。・センサの検出対象への影響が小さい。・長距離信号伝送が可能である。 これらの特長を電力機器の特質に対照すると、光ファイバセンサが電流・電圧の検出に適することが分る。著者は、東京電力(株)において、電力機器の特質と光ファイバセンサの特長の整合に着目し、ファラデー効果を用いた電流検出及びポッケルス効果を用いた電圧検出用光ファイバセンサ、及びそれらを応用した計器用変成器に代る電流・電圧検出装置(「光電流変成器・光電圧変成器」、又は「光変成器」と総称)の研究・開発を行ってきた。本論文は、それらの成果をまとめたものであり、全6章からなる。 はじめに第1章において、本論文の背景と、目的および構成を述べた。電力系統の高電圧・大容量化、電子機器の普及などに伴い、計器用変成器には、装置の大型化、性能不十分、雑音侵入対策の困難化などの問題が顕著になってきている。これらの問題は、電磁誘導を原理とする検出装置を電力機器の特質に適合させることの困難に帰着する。光変成器の開発によりこれらの問題の解決が可能となる。斎藤らはこのことに着眼し、1960年代後半に、ファラデー効果を応用した電力機器用電流検出器(レーザCT)を初めて提案した。これに続く研究と光技術の進歩により、1980年代前半に光変成器開発の試みが活発になった。また1970年代後半からは、光ファイバセンサの研究が活発になった。本研究は、これらの研究開発による知見と、周辺技術の進歩を参考にして進めた。 第2章では、本研究開始時の知見を基礎として行なった、バルク型のセンサ素子を用いた光変成器の開発について述べた。はじめに、ガス絶縁開閉装置(GIS)を対象とした交流用光変成器の開発について述べた。試験の結果、開発した装置は、計器用変成器の特性に関するJEC-1201規格を満足することが確認された。またフィールド試験の結果、光電圧変成器の誤差が増した期間があったことを除き、装置は適用可能な性能と信頼性を有することが確認された。その後の開発において、等軸性ポッケルス結晶を用いて温度特性を改善することにより、光電圧変成器の誤差の問題は解決されている。 次に、直流用光電圧変成器の開発について述べた。直流電圧を検出する場合、ポッケルス結晶内部の電荷の移動による誤差の発生、および受光量変動の影響による誤差の抑制が交流の場合より困難という特有の問題がある。この問題を解決するため、被測定電圧をチョップし、また結晶通過光の直交する2つの偏波成分の変調度の平均を出力として求める方法を考案した。また、その方法を用いて試作した装置の試験を行った。その結果、十分な特性と信頼性が確認され、装置は周波数変換所に実用化された。 最後に、開発の後に残された問題とそれらの解決の指針について、検討結果を述べた。検討の結果、以後の課題として、受光量変動に影響されない検出方式、および光ファイバを素子に用いた光電流変成器の研究を行う必要があるとの結論に至った。 第3章では、上記課題のうち、検出方式に関して行った研究の結果を述べた。はじめに、光ヘテロダイン法を応用した交流電流の検出について述べた。実験の結果、方式の次の2つの特長が確認された。(1)受光量変動に対する安定性。(2)広い測定範囲。また系の特性に影響を与える現象として、長尺の偏波面保持ファイバを用いた場合に、信号の変調度が低下・変動する現象があることが分った。この現象は光源の可干渉性と、同ファイバの複屈折に関係する。対策として、ファイバの複屈折を補償する方法を提案し、実験により効果を確認した。また、特性に影響を与える別の現象として、偏波のクロストークに起因する誤差があることが分った。この誤差の低減の研究の結果、1次のクロストーク項を除去するように系を構成することが有効であることが明らかになった。 次に、直流電流を検出する方法として、偏波を変調した光を用いて受光量変動を補償する方式を提案した。また、変調に要する電力を低減する方法として、多重反射型変調素子の使用と、それに供給する無効電力を補償する方法を提案し、有効性を確認した。さらに、陽炎による受光量変動を発生させる実験を行い、系の安定性を確認した。 最後に、直流電流検出の際の別の受光量変動補償法として、波長の異なる2つの光源を用いる方法を提案し、その精度の向上法と電流検出実験の結果について述べた。 第4章では、第2章の後に残された課題のうち、光ファイバを素子に用いた光電流変成器の構築を目的として行った研究について述べた。光ファイバを素子に用いる場合、ファイバの光弾性に起因する複屈折の影響が問題である。そこで本研究では、光弾性定数の非常に小さい鉛ガラスから製造したファイバを素子に選定した。 はじめに、鉛ガラスファイバの偏波特性を実験的に調べた。その結果、光弾性による複屈折が非常に小さいことが確認された。一方、ファイバを通過した光の偏波方位は、ファイバの曲線の形に依存し、曲線の捩れに応じて回転することが分った。この結果は、J.N.Rossの示したモデルに整合する。またモデルから、光をファイバの内部で往復させると、出射光の偏波は曲線の形に依存しなくなると考えられる。実験によりこの原理を確認した。以上から、鉛ガラスファイバは、センサ素子として優れた特性を有する。 次に、上記を踏まえて行ったセンサの性能と耐環境性確保のための研究について述べた。研究の結果、有効であることが明らかになった主な手段は、次の通りである。 ・鉛ガラスファイバを丈夫な枠に固定する。 ・2つの受信信号の変調度の平均に比例する値を出力する信号処理を行う。 ・光源にスーパルミネセントダイオード、送光用に複屈折ファイバを用いる。 ・ファイバコイルの開放部に、磁気シールドを施す。・その他。 次に、上記の結論を活用して試作した光電流変成器の設計と試験の結果を述べた。試験の結果、試作器はJEC-1201規格を満す良好な特性を有することが確認された。また、ガス遮断器に検出部を取付けて行った試験により、遮断器の振動の影響もわずかであることが分った。更に、1年を越える屋外通電試験の期間、装置は異常なく動作した。 最後に、鉛ガラスファイバ中で光を往復させる構成により、センサの安定性を更に高める研究について述べた。その中で、光の往復と偏波の変調手法を組合せた直流電流検出実験を行い、系の特性がファイバの曲線形に依存しなくなることを確認している。 第5章では、関連する技術として、GISの絶縁異常の監視、および送電線の故障点標定を目的とした光ファイバセンサの研究について述べた。はじめに、GIS内部の部分放電の発生に伴う微弱な光を、蛍光体を含有する光ファイバ(蛍光ファイバ)を用いて検出する方法について述べた。検出感度を向上する研究の結果、蛍光体を含む板と蛍光ファイバを組合せて光を導くこと、および蛍光ファイバの両端に接続した2台の光子検出器から同時に出力があった時に最終出力を得る処理が有効であることが分った。部分放電の検出実験の結果についても報告した。 次に、偏波面保持ファイバの偏波モード変換の大きさと発生位置を検出する方法について述べた。原理は、ファイバの偏波モード分散と、光源の周波数変調を利用し、ファイバ通過した光の2つの偏波モード成分を干渉させ、得られたビート信号の周波数と振幅からモード変換の位置と大きさを知ることである。実験により理論通りのビート信号が得られることを確認した。この方式はOTDR法に比べて受光強度が強く、応答速度を速くできるため、現象が短時間に終る送電線故障点標定への応用が考えられる。 最後に第6章で本論文の結論を述べた。研究の結果、目的とした光変成器の技術の確立は、基本的には達成されたと考えられる。従って本研究の成果は、光変成器の実用化開発に活用できる。 以上 |