学位論文要旨



No 213819
著者(漢字) 戸井,朗人
著者(英字)
著者(カナ) トイ,アキト
標題(和) 鉄鋼のリサイクルシステム評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213819
報告番号 乙13819
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13819号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 佐藤,純一
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨 1.緒言

 近年、地球温暖化問題への早急な対応が求められている中で、生産に際して相当量の二酸化炭素を大気中に排出している鉄鋼をはじめとする素材について、環境負荷削減のための早急な対策が講じられることが強く求められている。我が国鉄鋼業は、従来から省エネルギー化の積極的な推進により粗鋼生産時のエネルギー原単位を大幅に削減してきたが、従来型の省エネの推進による環境負荷削減の余地が必ずしも大きくないと考えられ、今後はリサイクルの促進等鉄鋼の生産、使用及び再生すべてを含む総合的な見直しが必要となってきている。

 本論文においては、このような状況を踏まえ、素材の社会におけるストック量、その質、素材の生産やリサイクルに際しての環境負荷の程度等を総合的に評価することのできるモデルを構築し、これをもとにリサイクルの促進が素材の質や環境負荷の程度に与える影響を分析し、素材の質の劣化を抑えつつ環境負荷を削減していく方策を示すこととする。

2.素材のリサイクルシステムのモデル化と解析

 素材ストックが一定割合で増加していく社会を対象として、リサイクルシステムのモデル化と解析を行った。まず、社会からの素材の廃棄率は新たな素材であるか再生素材であるかによらず平均的に同一であり、かつ時間的にも変化しないものとしてモデルの構築と解析を行った。ついで、素材の社会における使用期間の分布も考慮するとともに、図1のように新たな素材と再生素材を分割して考えることにより、モデルの精緻化と拡張を行った。

図1 リサイクルシステムのモデルqt:新たな素材投入量、at:素材廃棄率、b:回収率、Spt:新たな素材ストック量、Srt:再生素材ストック量、添字の1は新たな素材を、2は再生素材を表す。

 ここで、新たな素材と再生素材はそれぞれ一意的に決定されるパラメータを有するガンマ分布関数に従って廃棄されるものと仮定し、素材の全体の平均的な廃棄率を求める理論式(1)を導出した。ここで及びはガンマ分布のパラメータである。ついで、この結果を用いて、素材ストック中の再生素材の割合及び不純物濃度の推計式(2)及び(3)を導出した。これにより、素材の使用期間及び回収率が素材の廃棄率、再生素材割合、不純物濃度にどのような影響を与えるかを定量的に評価することが可能となった。

 

 

 

3. 製鉄プロセスの環境負荷分析

 ここでは、高炉鋼及び電炉鋼の生産に係る二酸化炭素排出量を、他産業への誘発分までを含めて総合的に求める。推計には産業連関表を用い、鉄鋼の生産増に伴う原油、石炭等のエネルギー関連部門の生産額増加から二酸化炭素排出量を求めた。推計に当たっては、他の統計資料を用いて、取引部門による価格差及び製品の流れを考慮して産業連関表の補正を行った。これにより、電炉鋼生産に係る二酸化炭素排出量は、図2に示すように粗鋼生産工程までで高炉鋼の約30%であると推計された。

図2 鉄鋼生産時の二酸化炭素排出量

 また、高炉鋼生産、電炉鋼生産及び廃材の投棄に係る誘発分までを含めた総合的な二酸化炭素排出量として、それぞれ炭素換算で458kgC/t、136kgC/t及び13kgC/tの値を得た。

4. 鉄鋼中への不純物蓄積の分析調査

 ついで、全国のスクラップヤードから採取した鉄屑中の不純物濃度の分析調査を行った。採取した電炉鋼の鉄屑中の銅元素濃度の平均値は約0.3%、すず元素濃度は0.03%であり、鉄鋼製品の加工上問題を生じる可能性のあるレベルに達しつつあることが分かっな。濃度分布を見ると、他の元素に比べてすずの濃度分布のばらつきが大きかった。しかしながら、最近生産されたと考えられるサンプル中のすず濃度は極めて狭い範囲内に収まっている。また、古いと考えられる鉄屑中と新しいと考えられる鉄屑中の銅元素濃度にほとんど差はなかった。

 シュレッダー処理工程及びヘビー屑等処理工程における不純物混入についても、サンプルを採取して溶解実験及び分析を行ったが、我が国における再生処理過程での平均的な不純物混入率の値を得るには更なる分析調査が必要であると考えられる。

5. 鉄鋼のリサイクルへのモデルの適用

 先に導出したモデルに基づく推計式を鉄鋼のリサイクルシステムに適用する。まず、廃棄率が素材によらず、かつ時間的にも一定である場合のモデルを適用し、全鉄鋼ストック中の電炉鋼割合、電炉鋼中銅元素濃度、鉄鋼リサイクルシステムからの環境負荷の今後の推移を推計した。ついで、社会における素材の使用期間の分布を考慮したモデルを適用したところ、現在、全鉄鋼ストック中の電炉鋼割合は約41%となっているものと推計された。また、再生過程における銅元素の混入率は、両方のモデルにおいて約0.25%と推計された。さらに、異なる鉄鋼ストック増加率及び廃棄材の回収率に対応する鉄鋼ストック及びフロー中の電炉鋼割合及び電炉鋼中銅元素濃度を明らかにした。

 最後に、社会における素材の使用期間及び回収率が電炉鋼割合、電炉鋼中銅元素濃度及び環境負荷に与える影響を定量的に評価し、回収率の向上にあわせて新たな素材及び再生素材の社会での平均使用期間を図3に示すように長期化することにより、図4に示すように素材の質の劣化を抑えつつ環境負荷を削減していくことが可能であることを示した。

図3 回収率と素材の使用期間の関係図4 二酸化炭素排出量と素材の質的変化
6. 鉄鋼ストック増加率が低減していく場合の解析と評価

 ついで、素材ストックの増加率が低下していき、素材ストック量が一定値に漸近していく場合について素材リサイクルシステムの解析とその結果の鉄鋼への適用を行い、全鉄鋼ストック中の電炉鋼割合及び電炉鋼中銅元素濃度の今後の推移を推計した。また、海洋等の二酸化炭素吸収も考慮した上で、素材の回収率が変化した場合の鉄鋼中の銅元素濃度収束値と大気中の二酸化炭素量収束値とのトレードオフ関係を定量的に明らかにした。

7. 結言

 社会における素材のストック量、質、生産等に際しての環境負荷の程度等を総合的に評価することのできるモデルを構築し、リサイクルの促進が鉄鋼の質や環境負荷の程度に与える影響を分析した上で、鉄鋼の質の劣化を抑えつつ環境負荷を削減していく方策を示した。

審査要旨

 近年,地球温暖化問題への早急な対応が求められている中で,現在生産に際して相当量の二酸化炭素を大気中に排出している鉄鋼をはじめとする素材について,その生産者のみならず,再生事業者及び利用者を含む社会全体として素材のリサイクルと有効利用を促進していくことが強く求められている.本論文は,素材の社会におけるストック量,その質,素材の生産やリサイクルに際しての環境負荷の程度等を総合的に評価することのできるモデルを構築し,これをもとにリサイクルの促進が素材の質や環境負荷の程度に与える影響を分析し,素材の質の劣化を抑えつつ環境負荷を削減していく方策を得ることを目的として成されたもので全7章よりなる.

 第1章は序論で既往の研究を概観し,現状の克服すべき課題を示した.

 第2章においては,素材ストックが一定割合で増加していく社会を対象として,リサイクルシステムのモデル化と解析を行った.まず,社会からの素材の廃棄率は新たな素材であるか再生素材であるかによらず平均的に同一であり,かつ時間的にも変化しないものとしてモデルの構築と解析を行った.ついで,素材の社会における使用期間の分布も考慮することにより,モデルの精緻化と拡張を行った.まず,新たな素材と再生素材はそれぞれ一意的に決定されるパラメータを有するガンマ分布関数に従って廃棄されるものと仮定し,素材の全体の平均的な廃棄率を求める理論式を導出した.ついで,この結果を用いて,素材ストック中及びフロー中の再生素材の割合及び不純物濃度を求める式を導出した.これにより,素材の使用期間及び回収率が素材の廃棄率,再生素材割合,不純物濃度にどのような影響を与えるかを定量的に評価することが可能となった.

 第3章においては,転炉鋼及び電炉鋼の生産に係る二酸化炭素排出量を,他産業への誘発分までを含めて総合的に求めた.推計には産業連関表を用い,鉄鋼の生産増に伴う原油,石炭等のエネルギー関連部門の生産額増加から二酸化炭素排出量を求めた.推計に当たっては,他の統計資料を用いて,取引部門による価格差及び製品の流れを考慮して産業連関表の補正を行った.転炉鋼生産,電炉鋼生産及び廃材の投棄に係る誘発分までを含めた総合的な二酸化炭素排出量として,それぞれ炭素換算で458kgC/t,136kgC/t及び13kgC/tの値を得た.

 第4章においては,全国のスクラップヤードから採取した鉄屑中の不純物濃度の分析調査を行うとともに,鉄屑の再生処理過程における不純物混入についても調査を行った.採取した電炉鋼の鉄屑中の銅元素濃度の平均値は約0.3%,すず元素濃度は0.03%であり,鉄鋼製品の加工上問題を生じる可能性のあるレベルに達しつつあることがわかった.濃度分布を見ると,他の元素に比べてすずの濃度分布のばらつきが大きかった.しかしながら,最近生産されたと考えられるサンプル中のすず濃度は極めて狭い範囲内に入った.また,古いと考えられる鉄屑中と新しいと考えられる鉄屑中の銅元素濃度にほとんど差はなかった.

 第5章においては,第2章で導出したモデル式を鉄鋼のリサイクルシステムに適用した.まず,素材の廃棄率が素材によらず,かつ時間的にも一定である場合のモデルを適用し,全鉄鋼ストック中の電炉鋼割合,電炉鋼中銅元素濃度,鉄鋼リサイクルシステムからの環境負荷の今後の推移を推計した.

 ついで,社会における素材の使用期間の分布を考慮したモデルを適用したところ,現在,全鉄鋼ストック中の電炉鋼割合は約40%となっているものと推計された.また,再生過程における銅元素の混入率は,両方のモデルにおいて約0.25%と推計された.さらに,異なる鉄鋼ストック増加率及び廃棄材の回収率に対応する鉄鋼ストック及びフロー中の電炉鋼割合及び電炉鋼中銅元素濃度を明らかにした.

 最後に,社会における素材の使用期間及び回収率が電炉鋼割合,電炉鋼中銅元素濃度及び環境負荷に与える影響を定量的に評価し,それぞれの方法のメリットとデメリットを明らかにするとともに,回収率の向上にあわせて新たな素材及び再生素材の社会での平均使用期間を長期化することにより,素材の質の劣化を抑えつつ環境負荷を削減していくことが可能であることを示した.また,この結果をもとに,社会的コストを最小としつつリサイクルシステムからの総合的な二酸化炭素排出量を削減していくための方策について考察を行った.

 第6章においては,素材ストックの増加率が低下していき,素材ストック量が一定値に漸近していく場合について素材リサイクルシステムの解析とその結果の鉄鋼への適用を行い,全鉄鋼ストック中の電炉鋼割合及び電炉鋼中銅元素濃度の今後の推移を推計した.また,海洋等の二酸化炭素吸収も考慮した上で,鉄鋼リサイクルシステムから排出された大気中の二酸化炭素量の今後の推移を推計した.さらに,素材の回収率が変化した場合の電炉鋼中の銅元素濃度収束値と大気中の二酸化炭素量収束値とのトレードオフ関係を定量的に明らかにした.

 第7章は本論文の総括である.

 以上を要するに,本論文は鉄鋼のリサイクルシステムについて研究したもので金属工学の進展に寄与する所が大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54082