本論文は、"Studies on Mixed-conducting Perovskite-type Oxides for Use in Solid Oxide Fuel Cells"(固体酸化物燃料電池用混合導電性ペロブスカイト型酸化物に関する研究)と題し、固体酸化物燃料電池(SOFC)の空気極およびインタコネクタとして用いられるペロブスカイト型酸化物の輸送特性、化学的安定性および機械的性質に関わる基礎物性の研究をまとめたものであり、序論を含む全5章と結言とから構成されている。 第1章は序論であり、本研究が行われた背景について概説するとともに、本研究の目的と意義について述べている。 第2章では、アクセプタをドープしたLaCrO3をインタコネクタとして用いる場合に重要となる導電率および酸素の拡散速度に関する基礎データを詳細に取得し、結果を格子欠陥化学の立場から解釈することにより、実使用環境において起こりうる条件下の電子および酸化物イオン導電率を確度高く算出することを可能にしている。次いで、欠陥平衡と輸送現象を支配する基礎物性を用いて、酸素ポテンシャル分布、酸素透過量、および面積抵抗率を計算するモデルを提案し、インタコネクタとしての特性を定量的に議論している。その結果、面積抵抗率はアクセプタの種類および量にかかわらず実用上問題のない程度に小さい値となることを確認する一方、酸素透過量は一部の材料において許容し難い大きな値となるという重要な問題を提起するとともに、その解決のために酸素空孔拡散係数の小さな材料系を用いることが有効であるという材料選択指針を得ている。 第3章では、ドープしたLaCrO3が、高温還元雰囲気下において結晶格子を膨張させるという現象と、それに起因する機械的信頼性に関わる問題を取り扱っている。まずいくつかの組成物について酸素分圧の変化に対する試料寸法の変化を測定し、空気中に対する燃料中での相対膨張を0.1%以下に抑えないと材料が破損するという経験則を得ている。次いで、格子膨張量の酸素分圧依存性を定量的に説明し、これと第2章で提出した物質輸送に関する理論を組み合わせ、さらに材料力学的取り扱いを導入することにより、内部応力分布を計算するモデルを構築している。このモデルに基づく計算から、1)インタコネクタは両表面において引っ張り、内部で圧縮状態に置かれる、2)変形による電極との接触抵抗の増大を防ぐために荷重をかける場合に、空気側表面における引っ張り応力は著しく増大し破損の危険性が極めて高くなる、ということを明らかにするるとともに、膨張測定時に得られた材料選択経験則の妥当性を定量的に検証している。 第4章では、高密度焼結が容易なLa1-xCax+yCrO3の化学的安定性に関わる問題を取り上げ、高温の湿潤酸化雰囲気においてその表面にアパタイト型化合物Ca5(CrO4)3OHを生成することを明らかにしている。さらに、合成したアパタイトついてその導電率、化学的安定性および電極材料との反応性を検討した。その結果、 アパタイトは空気極雰囲気では1S/cmオーダーの導電率を示し空気極材料とも化学的に両立するので問題はないが、燃料雰囲気では導電率の低いCaOとCaCr2O4とに分解し、この分解生成物が燃料極材料と反応して、さらに導電率の低い化合物CaZrO3を生成するという問題を指摘した。この問題を軽減するためには、焼結性を損なわない範囲でCa添加量、すなわちx,yを小さくすべきと結論している。 第5章では、空気極材料として広く用いられているSrをドープしたLaMnO3の輸送特性を検討している。組成、温度および酸素分圧の関数として測定した導電率と化学拡散係数について、会合対形成を考慮する点欠陥モデルによる解釈を与え、酸素空孔濃度が高くなる高温還元性雰囲気下においては良好な混合導電体として振る舞うことが明らかされている。次いで、ここで得た輸送特性パラメータと酸素の同位体拡散係数の測定結果とから実際の空気極環境におけるイオン導電率を計算したところ、電子導電率よりも8桁から9桁も小さい値となり、空気極雰囲気下においてはほぼ純粋な電子導電体として振る舞い、そのバルク中の酸化物イオンの拡散が電極反応に寄与する可能性は極めて小さいと結論づけている。 以上、本研究は実電池内での事象を支配する基礎物性を特定するとともに、基礎物性と事象との相関を厳密に議論することにより、実使用環境下における電気化学的特性および機械的信頼性を向上させるための材料開発指針を確立したものである。ここで得られた成果は、高性能・高耐久性を有するSOFCの開発に資するばかりでなく、固体電気化学の裾野を拡げる有意義なものと評価される。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |