学位論文要旨



No 213820
著者(漢字) 安田,勇
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,イサム
標題(和) 固体酸化物燃料電池用混合導電性ペロブスカイト型酸化物に関する研究
標題(洋) Studies on Mixed-conducting Perovskite-type Oxides for Use in Solid Oxide Fuel Cells
報告番号 213820
報告番号 乙13820
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13820号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 本論文は、固体酸化物燃料電池(SOFC)の空気極およびインタコネクタとして用いられる2種類のペロブスカイト型酸化物の輸送特性、化学的安定性および機械的性質に関わる基礎物性を明らかにし、これを基に実使用環境下における電気化学的特性および機械的信頼性を定量的に議論することにより、電池の性能・耐久性を向上させるための材料開発指針を確立したものである。論文は、序論を含む全5章から構成されている。

1.研究の背景と目的

 省エネルギー性・環境適合性等の観点から燃料電池は優れたエネルギー変換システムである。中でもSOFCは、約1000℃という高い作動温度のために、発電効率が高い、利用価値の高い排熱が得られるなど他の燃料電池に対して優位性を持っているが、同時に高動作温度に起因する種々の問題が実現までの技術的難易度を高くしている。このような状況においては、対症療法的な問題解決手法は電池性能の長期安定性や耐久性を論じる段階で破綻を来すものと思われ、高温における材料物性や反応性などに関する地道な基礎研究を通じた取り組みが求められている。このような背景のもと、本論文ではSOFCのインタコネクタと空気極として用いられる2つの混合導電性ペロブスカイト型酸化物LaCrO3およびLaMnO3を研究の対象として取り上げ、その輸送特性、化学的安定性および機械的性質を詳細に検討し、実電池内での事象を支配する基礎物性を特定するとともに基礎物性と事象との相関を厳密に議論することにより、電池の性能・耐久性を向上させるための材料開発指針を得ることを目的としている。

2.アクセプタをドープしたランタンクロマイトの輸送特性

 インタコネクタ材料には、(i)緻密であってガスを透過しないこと、(ii)電子伝導性が高くイオン伝導性が無視できること、(iii)十分な強度を有すること、(iv)雰囲気の変動に対して寸法が安定していること、など満たすべき要求項目が多く、可能な材料系はごくわずかに絞られる。これらの要求を最も多く満たす候補材料としてランタンクロマイト(LaCrO3)系の固溶体が広く用いられている。ここでは、上記要求項目(ii)に関連する輸送特性について論じる。

 まず、アクセプタをドープしたランタンクロマイトの導電率を組成、温度及び酸素分圧の関数として詳細に測定し、結果を格子欠陥化学の立場から解釈することにより、SOFC作動環境において起こりうる温度および酸素分圧条件下の点欠陥濃度と電子伝導度の算出を可能にした。次いで、雰囲気の酸素分圧を急変化させた後の導電率の時間変化(伝導度緩和)を、表面反応の影響を考慮した拡散モデルを用いて解析し、化学拡散係数と表面反応速度定数を定め、それらがともに酸素分圧の低下とともに増加するという結果を得た。先に構築した点欠陥モデルと対向拡散理論とを組み合わせて実験結果を解析することにより、両者の酸素分圧依存性を合理的に説明するとともに、酸素の空孔拡散係数を導出した。その結果、任意条件における酸化物イオン導電率の算出が可能となった。さらに、より直接的に酸化物イオンの動きを捉えるために、(La,Ca)CrO3焼結体中の酸素のトレーサー拡散係数をSIMSによる深さプロファイル法により測定し、格子拡散と粒界拡散の寄与とを分離しそれぞれについての拡散係数を求めることが出来た。こうして求めた格子拡散係数は化学拡散係数からの計算値とよく一致し、また酸素分圧依存性も点欠陥モデルと矛盾することはなく、酸化物イオンの移動度に関する物性を確度高く求めることが可能となった。

 こうして得た欠陥平衡と輸送現象を支配する基礎物性を用いて、SOFC作動環境下における、内部の酸素ポテンシャル分布、酸素透過量、および面積抵抗率を計算するモデルを提案し、固体電気化学的な取り扱いに基づきインタコネクタとしての特性を定量的に議論した。このモデルによる計算の結果、面積抵抗率はアクセプタの種類および量にかかわらず実用上問題のない程度に小さい値となることが確認できた。一方、酸素透過量は一部の材料において100mA/cm2オーダーという、許容し難い大きな値となった。酸素透過による効率損失を低減しSOFCの性能を向上させるためには、空孔拡散係数の小さな材料系-ドーパントにMgを用いるかドーピングレベルを10%程度に抑える-を用いることが好ましいという材料選択指針が得られた。

3.ランタンクロマイトの格子膨張とそれに起因する内部応力

 ドープしたLaCrO3は高温の還元雰囲気下において酸素空孔を生成するが、このとき同時に結晶格子が膨張する。この膨張量があまりにも大きいと、インタコネクタ板は変形ないし自己破壊に至る危険性がある。ここでは、まずいくつかの組成物について酸素分圧の変化に対する試料寸法の変化を測定した。その結果、空気中に対する燃料中での相対膨張を0.1%以下に抑えないと材料に破損が生じるという経験則を得た。

 次いで、還元膨張量の酸素分圧依存性を定量的に説明できるモデルを提案し、このモデルと前出の酸素ポテンシャル分布を計算するためのモデルを組み合わせ、さらに材料力学的取り扱いを導入することにより、格子膨張が誘起する内部応力の分布状態を計算するモデルを構築した。計算は、無拘束の自由な板について、酸素ポテンシャル勾配がついた定常状態、および板の片側の雰囲気を急に変化させるような非定常状態について行った。さらに、計算結果と曲げ強度の測定値とを用いてワイブル統計解析を行うことにより、各状態についてのインタコネクタの機械的信頼性を評価した。この結果、1)インタコネクタは両表面において引っ張り、内部で圧縮状態に置かれる、2)材料の変形による電極との接触抵抗の増大を防ぐために外部から荷重をかける場合に空気側表面における引っ張り応力は著しく増大し、破損の危険性が極めて高くなる、3)非定常状態に発生する応力は定常状態よりも大きい、ということが明らかとなった。また、膨張測定時に得られた経験則の妥当性を定量的に検証することができた。これらの結果から、燃料雰囲気下の相対膨張が0.1%以下となる材料を使用するべきであるという材料選択指針を得るとともに、膨張に起因する変形をある程度吸収できるような構造上の工夫の重要性を指摘するに至った。

4.Caドープランタンクロマイトの化学的安定性に関わる問題点

 高密度焼結が容易なLa1-xCax+yCrO3をインタコネクタとして用いた積層電池を運転した結果、試験後の表面に変色が認められた。XRDによる同定の結果、表面にアパタイト型化合物Ca5(CrO4)3OHが生成していることが明らかとなった。この表面相の生成量は、温度の上昇およびx,yの増加とともに大きくなった。このことから、表面変質による問題を起こさないためには焼結性を損なわない範囲でCa添加量、すなわちx,yを小さくすべきという、材料選択指針を得た。

 次に、変質の結果生じたCa5(CrO4)3OHがSOFCの特性に与える影響を考察するために、Ca5(CrO4)3OHを合成し、その導電率、化学的安定性および電極材料との反応性を検討した。その結果、Ca5(CrO4)3OHは空気極雰囲気では1S/cmオーダーの電子伝導性を示しカソード材料(La0.85Sr0.15MnO3)とも化学的に両立するので問題はないが、燃料雰囲気では導電率の低いCaOとCaCr2O4とに分解し、この分解生成物が燃料極材料(Ni-YSZサーメット)と反応して、さらに導電率の低い化合物CaZrO3を生成するという問題を生じることが明らかとなった。

5.ランタンマンガナイトの輸送特性

 空気極材料としては、十分な電子伝導性と酸素還元活性を有するLaMnO3系固溶体が広く用いられている。LaMnO3系空気極における律速段階は電極粒子表面における吸着酸素の拡散過程とされているが、電極材料内部の酸化物イオン拡散が関与する反応パスを活用できれば実効的な反応場が拡がり、分極損失を大幅に低減できることが期待される。ここでは、後者のパスの可能性を定量的に議論することを目的として、SrをドープしたLaMnO3の輸送特性を検討した。

 まず、導電率と化学拡散係数を組成、温度および酸素分圧の関数として測定し、格子欠陥化学の立場から解釈を与えた。Mnが2,3,4価を取るものとし、Mn2+なる会合対を形成して電子伝導には寄与しないとする点欠陥モデルを構築することにより、導電率の測定結果および酸素の不定比量の文献値とをともに矛盾することなく説明することが出来た。また、このモデルを用いて化学拡散係数から計算した空孔拡散係数は、LaCrO3系と同様に他の代表的なペロブスカイト型混合導電性酸化物と同程度の大きさとなり、酸素空孔濃度が高くなる還元性雰囲気下においては良好な混合導電体として振る舞うことが明らかとなった。

 続いて酸素のトレーサー拡散係数を深さプロファイル法により測定した。実験により得られた酸素のトレーサー拡散係数は、酸素分圧の増加とともに減少する傾向が認められたことから、酸素の拡散は空孔機構により進行するものと考えられた。先に求めた空孔拡散係数を用いて、トレーサー拡散係数を実際の空気極環境におけるイオン導電率に換算すると1000℃においても10-7S/cm程度の小さな値となった。同じ条件における電子導電率は200S/cm程度であることから、空気極雰囲気下においては(La,Sr)MnO3はむしろ純粋な電子導電体として振る舞い、そのバルク中の酸化物イオンの拡散が電極反応に寄与している可能性は極めて小さいと言える。

審査要旨

 本論文は、"Studies on Mixed-conducting Perovskite-type Oxides for Use in Solid Oxide Fuel Cells"(固体酸化物燃料電池用混合導電性ペロブスカイト型酸化物に関する研究)と題し、固体酸化物燃料電池(SOFC)の空気極およびインタコネクタとして用いられるペロブスカイト型酸化物の輸送特性、化学的安定性および機械的性質に関わる基礎物性の研究をまとめたものであり、序論を含む全5章と結言とから構成されている。

 第1章は序論であり、本研究が行われた背景について概説するとともに、本研究の目的と意義について述べている。

 第2章では、アクセプタをドープしたLaCrO3をインタコネクタとして用いる場合に重要となる導電率および酸素の拡散速度に関する基礎データを詳細に取得し、結果を格子欠陥化学の立場から解釈することにより、実使用環境において起こりうる条件下の電子および酸化物イオン導電率を確度高く算出することを可能にしている。次いで、欠陥平衡と輸送現象を支配する基礎物性を用いて、酸素ポテンシャル分布、酸素透過量、および面積抵抗率を計算するモデルを提案し、インタコネクタとしての特性を定量的に議論している。その結果、面積抵抗率はアクセプタの種類および量にかかわらず実用上問題のない程度に小さい値となることを確認する一方、酸素透過量は一部の材料において許容し難い大きな値となるという重要な問題を提起するとともに、その解決のために酸素空孔拡散係数の小さな材料系を用いることが有効であるという材料選択指針を得ている。

 第3章では、ドープしたLaCrO3が、高温還元雰囲気下において結晶格子を膨張させるという現象と、それに起因する機械的信頼性に関わる問題を取り扱っている。まずいくつかの組成物について酸素分圧の変化に対する試料寸法の変化を測定し、空気中に対する燃料中での相対膨張を0.1%以下に抑えないと材料が破損するという経験則を得ている。次いで、格子膨張量の酸素分圧依存性を定量的に説明し、これと第2章で提出した物質輸送に関する理論を組み合わせ、さらに材料力学的取り扱いを導入することにより、内部応力分布を計算するモデルを構築している。このモデルに基づく計算から、1)インタコネクタは両表面において引っ張り、内部で圧縮状態に置かれる、2)変形による電極との接触抵抗の増大を防ぐために荷重をかける場合に、空気側表面における引っ張り応力は著しく増大し破損の危険性が極めて高くなる、ということを明らかにするるとともに、膨張測定時に得られた材料選択経験則の妥当性を定量的に検証している。

 第4章では、高密度焼結が容易なLa1-xCax+yCrO3の化学的安定性に関わる問題を取り上げ、高温の湿潤酸化雰囲気においてその表面にアパタイト型化合物Ca5(CrO4)3OHを生成することを明らかにしている。さらに、合成したアパタイトついてその導電率、化学的安定性および電極材料との反応性を検討した。その結果、 アパタイトは空気極雰囲気では1S/cmオーダーの導電率を示し空気極材料とも化学的に両立するので問題はないが、燃料雰囲気では導電率の低いCaOとCaCr2O4とに分解し、この分解生成物が燃料極材料と反応して、さらに導電率の低い化合物CaZrO3を生成するという問題を指摘した。この問題を軽減するためには、焼結性を損なわない範囲でCa添加量、すなわちx,yを小さくすべきと結論している。

 第5章では、空気極材料として広く用いられているSrをドープしたLaMnO3の輸送特性を検討している。組成、温度および酸素分圧の関数として測定した導電率と化学拡散係数について、会合対形成を考慮する点欠陥モデルによる解釈を与え、酸素空孔濃度が高くなる高温還元性雰囲気下においては良好な混合導電体として振る舞うことが明らかされている。次いで、ここで得た輸送特性パラメータと酸素の同位体拡散係数の測定結果とから実際の空気極環境におけるイオン導電率を計算したところ、電子導電率よりも8桁から9桁も小さい値となり、空気極雰囲気下においてはほぼ純粋な電子導電体として振る舞い、そのバルク中の酸化物イオンの拡散が電極反応に寄与する可能性は極めて小さいと結論づけている。

 以上、本研究は実電池内での事象を支配する基礎物性を特定するとともに、基礎物性と事象との相関を厳密に議論することにより、実使用環境下における電気化学的特性および機械的信頼性を向上させるための材料開発指針を確立したものである。ここで得られた成果は、高性能・高耐久性を有するSOFCの開発に資するばかりでなく、固体電気化学の裾野を拡げる有意義なものと評価される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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