学位論文要旨



No 213821
著者(漢字) 浜田,恵美子
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,エミコ
標題(和) 新規光記録媒体-CD-R-その材料開発と記録機構の解明
標題(洋)
報告番号 213821
報告番号 乙13821
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13821号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 橋本,和仁
内容要旨

 CD-Rとは、本研究において生み出された商品であり、その独特な商品価値により、ディスク、およびライターの出荷額は2000年には各々1000億円と言われる市場に成長してきた。今まで存在しなかった媒体が市場に受け入れられた理由としては次のようなことが挙げられる。

 ひとつには、電子出版を普及に導いたことにある。電子出版としてCD-ROMが1985年に登場し、その容量がフロッピーディスクの500倍にも上ることから、大変注目された。しかし、新しい媒体を編集するにはそれにふさわしい、容易に記録でき、検証できる媒体がなくてはならない。今までの紙の媒体に比べ、でき上がったものと同じ状態に記録し、眺めてみることが困難であることが電子出版の壁であった。CD-Rという媒体はその問題を根本的に解決するものであった。

 二つめには、ソフトの自主制作を可能にしたことにある。電子出版と同じ形態のパッケージを自分でデスクトップ上で制作できるようにしたことにより、個人で、あるいは大学や企業などの団体で、自主的なソフト制作が可能になり、それを配布することもできるようになった。

 三つ目には、改ざんのできない媒体を一般に提供したことにある。各種の法的に証拠能力が問われる保存文書に適合するものとしてCD-Rは注目され、こうした用途のために、欧米ではすでに広く普及し、日本でも法的な整備が進められている。

 四つ目には、フロッピーに次ぐ、安価で大容量のパソコンの外部記憶媒体として注目されていることである。

 これらは、応用において、いかにCD-Rが特異な有用性を持っていたかを示すものである。すなわち、商品のコンセプトとしての成功を示すものであるが、それを実現するためには、それまでの光ディスクに関する技術の蓄積、具体的には、大容量化の技術、光学設計の利用、有機色素の利用などを集積して、今までになかった高密度で互換性の取れた媒体を完成させることが必要であった。

 その個々の技術について本論文でまとめ、今後の技術進歩と新たな市場の創出に寄与したいと考えるものである。

 本論文では、まず第1章において、本研究の背景について、既存の技術の概要を示し、本研究の目的と対比した。目的とするCD-Rは容量と記録密度が従来の記録可能な光ディスクに比べ、著しく高い。また、構造的にも単板でできており、従来の半分程度の厚みである。さらに、従来の光ディスクの概念と全く異なり、未記録部の反射率が極めて高く記録後には大幅に低下することにより、再生専用の光ディスク並みの信号量が得られ、同等の容易な再生が可能となった。また、本章で本研究の応用展開の可能性について概論として述べた。また、本研究のために前提とすべきコンパクトディスク(CD)の規格についても簡単に述べた。

 第2章より、本研究の成果を述べているが、まず最初に構造と光学的な設計についてまとめた。CD-Rの大きな特徴は構造の単純さである。製品として市場に受け入れられるためには如何に複雑にせず、目的の機能を持たせるかが重要な課題である。単板構造で色素層を1層加えただけで、色素層の光学条件、膜厚、基板の案内溝の形状と、色素層のレベリングの形状、反射層の材質など光学的に数多くのパラメタを引きだし、それから目的とした信号量を実現する光学特性を設計し、実現した。

 第3章では、CD-Rの記録状態を解析し、まとめた。有機色素膜にレーザを照射し記録を行うことは従来でも行われてきたが、本研究の媒体は第2章に述べたとおり、構造が異なるため、記録のされ方が異なる。信号の量や品質、また、記録された状態の安定性にも関わるため、記録機構の解明は不可欠である。その結果、従来の有機色素膜で知られた穴開け方式とは異なり、有機色素の分解と隣接する基板の変形が主たる現象であることがわかり、さらに基板の変形はへこみではなく、膨らみであることがわかった。

 第4章では、第3章で述べた凸状の変形が起こるポリカーボネートの性質からその変形の機構を推定し、それを裏付けるための数々の実験の結果を述べた。まずバルクにおける熱的な性質より、記録時の急激な温度上昇と急冷に対して、ポリカーボネートが膨張と塑性変形を起こし、急冷のためにその状態が固定されるであろうことを示した。また、AFMを用いて常温におけるポリカーボネートの表面物性を調べることにより、機械的な刺激に対してポリカーボネートの粘弾性的な振るまいから生じる特異な膨らみと畝の発生を見い出した。これらの結果から、記録により熱的に生じた変形状態と機械的な摩擦を受けたときの変形状態に共通な性質として、ポリカーボネートの変形自由度の高さが着目された。また、記録による凸部が機械的な強度の点で相対的に弱いことを実験的に確認し、摩擦の過程で生じた膨らみと同様にポリカーボネート分子間の伸張による密度低下によるものであろうことを検証した。

 第5章では、色素層側の記録における変化の機構を推測し、それを裏付ける実験を行った結果を述べた。まず、色素膜の屈折率の測定法とそれにより得られた屈折率の波長分散を述べた。屈折率に影響を与える膜のスペクトルについて述べ、膜内分子の会合状態についても議論した。これらからCD-R用として色素について求められる光学的な必要条件をまとめた。また、色素の熱による分解過程とその分子構造の変化を調べ、分解した状態を推測した。分解の機構と分解の比率から、記録により得られた形状との関係を比較し、議論した。また、この記録機構が光学的、熱的に説明できたことにより、さらに短波長で高密度記録を行う場合においても同様に色素材料の選択が可能であることを述べた。

 第6章では、各層の記録への寄与について議論した。はじめに反射層、保護層の寄与について述べた。さらに各章で得られた結果をもとに光学計算を実施し、記録信号に寄与する成分がほぼ色素層の変化と基板の変形のみで説明できることを示した。結果から明らかにこの記録機構が再生専用の光ディスクと同じ程度の信号量を出力できることが示された。

 第7章では、CD-Rの記録状態の安定性の評価結果を述べた。記録機構の解析においても、常温で変化すべき要因は見い出せなかったが、結果もそれを裏付けるものとなり、安定な記録が確保されることが確認できた。

 第8章では、有機色素材料を用いるために心配された退色の現象について、光安定性を改善する材料を設計したのでそれについて述べた。その結果、新たにラジカル捕捉機能を有する材料を導入し、従来よりもCD-Rの光学条件に適合でき、安定化できる手法を見い出した。

 最後に第9章において、本研究の結論と今後の発展の可能性について述べた。本研究の途上において、CD-Rは産業上も大きく発展し、将来的な展望も広く開けてきた。本研究で得られた知見は市場のニーズにある、より高速で記録でき、より高密度になる媒体に対しても基礎となる成果である。今後もこの技術を応用発展させることにより、さらに機能の高い媒体を作ることが可能であることを示し、同時に、市場に対し、新しいニーズに合う商品設計の可能性を示すことができた。

審査要旨

 本論文は、「新規光記録媒体-CD-R-その材料開発と記録機構の解明」と題し、光記録媒体の材料開発と新たな媒体の記録機構を解明した研究をまとめたものであり、序論を含む全9章で構成されている。

 第1章において、本研究の背景を市場の観点から及び技術の進歩からまとめるとともに、本研究の目的、応用展開について述べている。

 第2章には新規光記録媒体の構造と光学的な設計が述べられている。特にトラックの位相差と記録によって生じる位相差を光路長より求めて、記録信号のコントラストの大きさと品質において、コンパクトディスクと等価な記録できるディスクが実現できることを示している。

 第3章では、設計された光記録媒体CD-Rの記録状態を解析している。従来の有機色素膜で知られた穴開け方式とは異なり、本研究では有機色素の分解と隣接する基板の変形が主たる現象であることが見い出された。さらに基板の変形はへこみではなく膨らみであることがわかり、有機色素膜の体積減少を伴う記録状態であることが確認されている。

 第4章では、第3章で述べた凸状の変形が起こるポリカーボネートの性質についてその変形の機構を推定し、それを裏付けるための数々の実験の結果を述べている。特に、AFMを用いて常温におけるポリカーボネートの表面物性を調べることにより、機械的な刺激に対してポリカーボネートの粘弾性的な振るまいから生じる表面隆起現象を報告している。これらの結果から、記録により熱的に生じた変形状態と機械的な摩擦を受けたときの変形状態に共通な性質として、ポリカーボネートの変形自由度の高さが着目される。また、記録による凸部が機械的な強度の点で相対的に弱いことを実験的に確認し、機械的な刺激により生じた膨らみと同様にポリカーボネート分子間の伸張による密度低下によるものであろうことを検証している。

 第5章では、色素層側の記録における変化の機構を推測し、それを裏付ける実験を行った結果を述べている。色素膜の屈折率に影響を与える有機薄膜のスペクトルについて述べ、膜内分子の分子会合状態についても議論している。また、色素の熱による分解過程とその分子構造の変化を調べ、分解した状態を推測している。分解の機構と分解の比率から記録により得られた形状との関係を比較し、色素の体積減少を伴う記録機構について議論を行っている。

 第6章では、各層の記録への寄与について議論している。はじめに反射層、保護層の寄与が記録信号の主要因ではなく、機械特性に応じてノイズ成分に影響を及ぼすものであることが示されている。さらに各章で得られた結果をもとに光学計算を実施し、記録信号に寄与する成分が色素層の光学変化と基板の変形の複合的なものであることを示している。これらの結果からこの記録機構が再生専用の光ディスクと同じ程度の信号量を出力できることが明らかにされている。

 第7章では、本研究の記録媒体CD-Rの記録状態の安定性の評価結果を述べている。特に保存における温度湿度と太陽光、及び再生光に対して安定な記録が確保されることが確認している。

 第8章では、有機色素材料を用いるために心配された退色の現象について、光安定性を改善する材料を設計し、それについて述べている。その結果、新たなニッケルジチオール錯体の安定化効果に置換基効果を見い出し、その安定化機構について議論を深めている。さらにラジカル捕捉機能を有する材料を導入し、従来よりもCD-Rの光学条件に適合でき、安定化できる手法を見い出している。

 最後に第9章において、本研究の結論と今後の発展の可能性について述べている。本研究の途上において、CD-Rは産業上も大きく発展し、将来的な展望も広く開けてきている。本研究で得られた知見は市場のニーズにある、より高速で記録でき、より高密度になる媒体に対しても基礎となる成果であり、今後の光記録媒体の産業の発展に寄与するものと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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