学位論文要旨



No 213824
著者(漢字) 下山,淳一
著者(英字)
著者(カナ) シモヤマ,ジュンイチ
標題(和) 化学的手法による銅酸化物超伝導体の臨界電流特性の制御
標題(洋)
報告番号 213824
報告番号 乙13824
学位授与日 1998.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13824号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 鹿野田,一司
内容要旨

 銅酸化物高温超伝導体が1986年に発見されてから約10年が経過し、これまでに約300種の銅酸化物超伝導化合物が発見され、臨界温度(TC)は最高135Kに達している。酸化物超伝導体の最も大きな実用のターゲットは液体窒素冷却下(77K)での各種超伝導機器、超伝導ケーブルなどであるが、これまでに開発された実用機器は、主に20K以下の低温でしか運転されていない。線材などとして実用化されている超伝導体は、数多くの物質のなかで唯一Bi系だけであり、この物質が本質的に高温、特に高磁場で臨界電流特性に乏しいことが、実用領域の拡大の妨げになっている。一方、単結晶などの臨界電流特性が高温、高磁場まで優れるRE123系(REは希土類元素)は、多結晶材料においても高い特性を維持するための作製プロセスが複雑であり、実用材料のスケールに遠く達していない。このような現状は以下の背景に基づく。

 銅酸化物超伝導体は、全てCuO2面を含む層状構造から成っているが、これに由来する大きな電気的磁気的異方性を示す。超伝導電子は主にCuO2面に集中しており、超伝導電流はこの面に沿った方向にしか流れにくいため、多結晶実用材科では結晶の方位を揃える(配向させる)技術が必須である。電気的磁気的異方性が小さい物質ほど高温、高磁場まで優れた臨界電流特性を示すが、結晶成長速度の異方性も小さいため結晶配向が非常に難しい。逆にBi系など電気的磁気的異方性が大きい物質は高温、高磁場での臨界電流特性に劣るが、結晶成長速度の異方性が大きくCuO2面に平行な大きな面を持つ平板状結晶が成長しやすいため結晶配向が容易であり実用材料開発に至っている。つまり、高温、磁場下での実用材料物質に要求される、低い電気的磁気的異方性と、大きな結晶成長速度の異方性が両立していない。

 本研究では、液体窒素温度、磁場下での銅酸化物超伝導体の実用を念頭に置き、化学的な手法によって、本来、結晶成長速度の異方性が大きい結晶構造を持つ物質の構造をおおよそ維持したまま電気的磁気的異方性を低下させることにより、高温、高磁場での新しい実用候補物質の創出を目指した。

 本論文は、全6章から成り、第1章には、研究の背景として、銅酸化物超伝導物質についての簡単なまとめと、結晶構造と電気的磁気的異方性、不可逆曲線のおおよその関係を示し、銅酸化物超伝導材料開発の現状と問題点を指摘し、本論文にまとめた一連の研究の指針を記した。

 第2-4章はBi系超伝導体に関わるものである。第2章にはBi系超伝導テープ線材とこれを用いた小型マグネットの開発を中心に述べた。ここでは材料作製方法の最適化を進めることにより、Bi系材料の本質的な性質に基づく応用範囲の限界を明らかにした。この研究により第4章、5章の物質開発の動機を得た。

 Bi系超伝導体の本質的な電気的磁気的性質を不定比酸素量の関数として詳細に調べた結果を第3章に記した。結果として、電気磁気的異方性がBi2212超伝導体の磁気相図を決定することを明らかにすることができ、これを低下させることがBi2212材料の実用可能領域の拡大に繋がるという指針を得た。

 第4章にはBi2212単結晶に大量のPbを置換し、さらに酸素量を精密に制御することにより電気的磁気的異方性低下と強力なピンニング中心の導入が同時に実現し、Bi2212の臨界電流特性が著しく改善できたことを述べた。具体的には臨界電流密度、不可逆磁場(ある温度で臨界電流密度がゼロになる最高の磁界)が従来のBi2212より1桁程度高められ、さらに銀複合線材においても良好な配向組織と高い臨界電流特性が実現できた。

 第5章はHg系超伝導体の化学的に安定でかつ優れた臨界電流特性を示す新物質開発について記した。一連の研究の中で約10種の新超伝導物質を発見したが、特にRe(レニウム)を置換したHg系超伝導体は、TCが135Kと高く、かつ液体窒素温度で10Tを越える高い不可逆磁場を持つことが明らかになった。置換されたReは電気伝導性に極めて優れるReO3と同様な局所構造を持っており、これによって物質の電気的磁気的異方性が著しく低下し結果的に高い臨界電流特性をもたらしたと考えている。

 これら高濃度Pb置換Bi2212、Re置換Hg系超伝導体は現在、次世代の銅酸化物超伝導実用材料候補物質として、内外で材料開発が盛んに始められたところである。

 第6章には、以上の研究成果を中心に、銅酸化物超伝導体の電気的磁気的性質の統一的な解釈と、より優れた特性を示す物質開発の指針の提言を行なった。

 なお、補1章には可逆磁化測定より求めたBi2212の磁場侵入長のキャリアドーピング状態依存性について記した。

 本研究の成果は、化学的手法によって劇的に臨界電流特性を改善することができた最初の例である。本研究で最終的に得られた材料候補物質設計指針は、さらに優れた特性を有する物質探索に広く応用されると考えている。

審査要旨

 本論文は、高温、磁界下までのより広範な範囲で応用可能な銅酸化物超伝導体材料の候補物質の開発を目標とした研究に関するものである。「化学的手法による銅酸化物超伝導体の臨界電流特性の改善」の題目のもとにまとめられたように、物質改質および開発の手法として化学的な見地からの物質設計、精密な組成制御と臨界電流特性の関係が検討されている。

 論文は全6章から成り、第1章、序論では銅酸化物超伝導体の特徴、材料開発の現状がまとめられ、論文課題への動機が記されている。銅酸化物超伝導材料の磁界下における応用温度が低温に限定されている主因として、層状の結晶構造に由来する大きな電気的磁気的異方性が挙げられ、これの制御による材料特性改善の可能性が指摘された。

 第2章ではビスマス系超伝導線材作製技術開発が述べられ、トップレベルの性能を持つ線材開発を経て、ビスマス系超伝導体の本質的な問題点と、材料化の観点から候補物質が備えていなければならない性質が明らかにされた。後者では特に、物質の結晶形状が平板状であり微細組織の配向制御が可能であることが、高臨界電流特性を期待する材料構成の点で最も重要であることが示された。

 第3章には、ビスマス系2212相超伝導単結晶の不定比酸素量と臨界電流特性の関係について系統的かつ詳細に調べられた結果がまとめられている。ここでは酸素量制御により、ビスマス系2212相の電気的磁気的異方性が1桁以上変わること、これに伴って系統的に臨界電流特性が大きく変化することが示され、臨界温度、電気的磁気的異方性パラメターによってキャリアドープ状態によらない磁気相図が提案された。本章の研究解析結果と他の系に関する研究報告と併せて、銅酸化物超伝導体における臨界電流特性と電気的磁気的パラメターに関するユニバーサルな経験則が確立された。それは、電気的磁気的異方性が低い物質ほど高温、磁界下まで臨界電流特性に優れるというものである。これと第2章で明らかにされた作製プロセスにおける望ましい性質と併せて、材料候補物質開発の指針が明らかにされ、第4章、第5章にそれぞれ述べられた高濃度鉛置換ビスマス2212相、レニウム置換水銀系超伝導体の開発に繋げられた。これら、新たに開発された物質は従来のビスマス系、水銀系超伝導体より劇的に改善された臨界電流特性を有する。臨界電流特性改善の要因は、適切な元素置換(ビスマスサイトへの鉛置換、水銀サイトへのレニウム置換)による電気的磁気的異方性の低下であり、開発指針の正しさが証明された。また、母物質の結晶構造をほぼ維持しており平板状の結晶が成長するため材料化の点で有利な物質であり、現在、次世代の有望な超伝導材料候補物質に挙げられている。

 第6章、総合討論では、以上の研究成果を踏まえての高特性酸化物高温超伝導材料開発に向けての提言として、候補物質の設計、探索指針、実用材料化に至るまでの課題が総合的に述べられており、最後に化学的手法によるさらなる高特性を有する物質開発の重要性が訴えられている。

 以上、本論文でまとめられた研究は、高温、磁界下における超伝導材料の開発という目的に沿ったもので、材料作製技術開発、精密組成制御、新高特性物質開発という最も重要な基礎的開発課題を全て網羅したものであり、このような総合的な研究は他に例がない。本論文は、今後の銅酸化物超伝導体材料開発に対して有望な新物質を供したばかりでなく、今後の物質開発にも非常に重要な指針を与えるもので、超伝導産業、これに付随する様々な分野の発展に大きく貢献するものと考えられ、高く評価できる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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