学位論文要旨



No 213828
著者(漢字) 林,伸和
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ノブカズ
標題(和) 結合組織成長因子(CTGF、Connective Tissue Growth Factor)のTGFによる転写制御について
標題(洋)
報告番号 213828
報告番号 乙13828
学位授与日 1998.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13828号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 清水,孝夫
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 助教授 須佐美,隆史
 東京大学 講師 織田,弘美
内容要旨

 結合組織成長因子(CTGF、Connective Tissue Growth Factor)は、血小板由来成長因子と同様に線維芽細胞に対し、増殖促進能と化学遊走能を有する細胞成長因子の一つである。線維芽細胞ではTGFの刺激により分泌されるが、他の細胞成長因子(EGF,FGE,PDGF)では分泌されないこと、1時間のTGFによる刺激でTGFを取り除いても30から48時間後までmRNAの発現が持続し、この反応は蛋白合成阻害剤で阻害されないことが特徴である。これらの事実は、CTGFの発現が他の蛋白合成を介することなくTGFによって直接制御され、しかも長時間に渡りmRNAの発現が持続することを示しており、CTGFはTGFによりユニークな方法で発現制御を受けていると考えられる。一方、TGFは間葉系細胞の増殖を促進し、創傷治癒や線維化を伴う皮膚疾患において重要な働きをしていることはよく知られている。最近リコンビナントCTGFが作成され、その生物学的活性を調べ、TGFの作用の一部が、CTGFを経由していることを示唆するデータが発表された。

 筆者は、CTGFが、TGFによっていかに制御されているか、すなわちTGFからCTGFが発現するまでの転写の過程に興味をもった。本論文では、ルシフェラーゼアッセイ及びゲルシフトアッセイによりCTGF遺伝子のプロモーターを解析し、TGFに反応する転写因子結合部位が、-169から-150の付近であることを示した。さらにメチレーションインターフェレンスアッセイでは、-157、-155、-148、-147のGの欠損、-153、-145のCも欠損し、-157から-145に転写因子が結合していることを確認した。次に-157から-145に点変異を持つCTGFプロモーターを作成し、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、TGFに対する反応が80%失われ、この部位がTGF反応部位であることを確認した。これは新奇の転写因子結合部位であり、この結果はCTGFのユニークな制御機構を支持するものであった。

 さらに様々な転写経路修飾物質を用いてTGFからCTGFの発現に至るまでの過程を調べた。タイロシンキナーゼを阻害、プロテインキナーゼCを活性化、またダウンレギュレーションしたそれぞれの場合で、TGFに対するCTGFの発現は変わらなかった。これらの事実はタイロシンキナーゼやプロテインキナーゼCがTGFからCTGFに至るまでの経路に関係している可能性が低いことを示していた。一方、プロテインキナーゼAを活性化する8Br-cAMPやコレラトキシンを用いて処理すると、そのものではCTGFの発現は不変であったが、その存在下でさらにTGFを加えたところCTGFのプロモーターの働きは用量依存性に抑制された。cAMPがTGFからCTGFの発現に至るまでの経路を直接は刺激しないが、抑制の方向に修飾することが判った。TGFよりCTGFに至る経路におけるコレラトキシンもしくは8Br-cAMPの影響は、筆者が同定したTGF反応部位を通じて、転写の最終段階に近いところで作用している可能性が高いと考えられた。

 現在TGFは、創傷治癒薬として注目されているが、その作用の多様性により副作用を心配する声も多い。この意味でTGFの下流に位置する、より直接的な作用を持つリコンビナントCTGFの実用化が期待される。また反対に線維化を伴う疾患において抗TGF抗体を治療に応用する代わりに、CTGFアンチセンスの導入や抗CTGF抗体を治療に応用することも考えられる。筆者が同定したTGF反応部位は、その反応部位をコントロールすることにより、CTGFの発現を特異的に制御し得る臨床的発展性を有していると考えている。また、著者の結果は、8Br-cAMPが、TGF反応部位をコントロールする物質の一つの候補となりうる可能性を示していた。

審査要旨

 本研究は創傷治癒過程及び線維化を伴う皮膚疾患の発症において重要な働きをしていると考えられる細胞成長因子である結合組織成長因子(CTGF、Connective Tissue Growth Factor)の発現のメカニズムを明らかにするため、CTGFプロモーターのTGFに反応する部位の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.CTGFのプロモーターをルシフェラーゼアッセイを用いて解析し、TGFに反応するCTGFプロモーター部位の存在を示した。同部位には、既知の転写因子結合部位は存在せず、新奇の転写因子結合部位の存在を示唆した。

 2.CTGFプロモーターにおけるTGF反応部位を用いて、ゲルシフトアッセイをおこない、この部位に転写因子の結合があることを確認した。

 3.メチレーションインターフェレンスアッセイを行うことにより転写因子が結合している部分を特定した。この塩基配列は、今までに報告された転写因子結合部位とは異なり、新奇のものであることが確認された。

 4.さらにこの転写因子結合部位(TGF Response Element:TRE)に、点変異を持つCTGFプロモーターを作成し、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、TGFに対する反応が失われ、この部位がTGF反応部位であることを確認した。

 5.TGFからCTGFプロモーターまでの転写の過程を、転写経路修飾物質を用いて調べ、タイロシンキナーゼやプロテインキナーゼCがTGFからCTGFに至るまでの経路に関係している可能性が低いこと、TGFの反応は、TREを通じてcAMPにより抑制の方向に修飾されることを示した。

 以上、本論文はCTGFのプロモーターの解析により、新しいTGFに反応する転写因子結合部位を同定し、またcAMPが、この転写経路を抑制の方向で修飾することを明らかにした。本研究は、TGF反応部位をコントロールすることにより、CTGFの発現を特異的に制御し、線維化を伴う疾患の治療に応用しうる臨床的発展性を有しており、今後の線維性疾患の治療の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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