本研究は聴覚障害児早期発見のためのスクリーニング法の画期的一手法としての誘発耳音響放射に関するものである.誘発耳音響放射とは刺激音に対して内耳基底板で発生する音響信号を外耳道に挿入したプローブによって測定する他覚的検査法であり次のような特徴がある. 1.数分で測定が可能で非侵襲的かつ簡便である. 2.新生児期に最も良好な反応を得ることができる. 3.中耳,外耳の影響を受けやすいが反応を得るためには30〜40dBの聴力を必要とするため中等度難聴のスクリーニングも可能である. 4.外耳から内耳までの末梢神経系の検査である. 以上の特徴を踏まえ,140例のNICU児を対象に従来のスクリーニング法である聴性行動反応や聴性脳幹反応と比較検討し次の結論が得られた. 1.)低出生体重や高ビリルビン血症など難聴のリスクファクターをいくつか併せ持つNICU入院児において耳音響放射反応陽性率は80.9%であり,スクリーニング検査としての敏感度は77.8%,特異度は85.4%と信頼に足るものであった.また偽陽性率14.6%,偽陰性率は2.6%と低率であった.これらの値は正常新生児ではさらに良好な値が得られることが知られている.耳音響放射は難聴のスクリーニング検査として十分有用であることが示された. 2.)水頭症など中枢神経系疾患をもつ症例では耳音響放射では反応がありながら,聴性脳幹反応には反応の得られなかったものもあった.すなわち内耳までは良好であることがこれによって裏付けられ,耳音響放射は難聴の責任部位の診断にも役立つことがわかった. 3.)聴器毒性をもつ薬剤の使用は障害が完成するまでにある期間を要するとみられ,新生児期の耳音響放射検査には影響を及ぼさなかった.また,その他のリスクファクターについても耳音響放射検査上有意の差をもたらすものではなかった.逆にいうとこれらの症例では,その後も聴覚を追跡する必要があるといえる. 4.)かつて難聴児の聴覚スクリーニングは他覚的検査としてはやや信頼性にかける聴性行動反応や母親による聞き取り調査,測定手技が繁雑なため高精度ではあるがハイリスク児にしか施行できなかった聴性脳幹反応に依っていたが,取りこぼしも多かった.外耳道にプローブを装着するだけでわずか数分で測定可能な耳音響放射検査は生まれてくる全出生児に対して施行できる悉皆の検査と成りうるものである.著者の勧めるスクリーニングプロトコールは次のようである. 1.耳音響放射検査によるスクリーニング検査は生後7日ごろ一般産院を退院する前に行う.集団検診の場で行うには無理がある. 2.耳音響放射検査に反応のなかった例は聴性脳幹反応や聴性行動反応などを組み合わせ,経時的かつ多面的に評価する必要がある. 3.中枢神経系の疾患をもつ児に対しては必ず聴性脳幹反応を施行する. 4.聴器毒性薬剤を使用した例では経時的検査が必要である. 5.これらの検査で高度難聴児と診断された場合,遅くとも2歳以前に難聴児教育に進ませることが望ましい. 以上,本論文は耳音響放射という現象に着目し,これを用いて新生児・乳児を対象に難聴スクリーニングをわが国で初めて施行し,まとめたものである.これまで抽出法によるスクリーニングしか行えなかったが,本研究により悉皆の検査によるスクリーニングが可能となる.難聴児早期発見に多大な貢献を成すものとおもわれ,学位の授与に値するものと考えられる. |