本研究は嚥下の口腔期・咽頭期の生理的機構および加齢性変化を明らかにするため、X線透視と消化管内圧測定の同時記録検査(Video-manofluorography,VMF)により、嚥下圧変化と喉頭運動の関連に着目して嚥下動態の解析を試みたものである。21歳から31歳の若年健常者32例(平均25.3±3.0歳、男女各16例)と61歳から74歳の健常者12例(平均66.6±3.7歳、男女各6例)、75歳から89歳の健常者12例(平均81.1±4.6歳、男女各6例)の合計56例を対象としてVMFを施行し、下記の結果を得ている。 1.若年者において中咽頭と下咽頭の食塊平均圧を比較した結果、中咽頭では下咽頭より有意に高値となっていた。これより、下咽頭では造影剤の大半が通過するまで低圧を維持してから急激な圧上昇を示すのに対して、中咽頭では陽圧が開始してから速やかに高圧になることが示された。中咽頭では咽頭収縮筋の運動の前に舌根運動によって食塊全体に高圧をかけて食塊を駆動しているが、下咽頭では主に中咽頭からの余勢によって食塊が移動し、咽頭収縮筋による高圧はいずれの部位においても食塊を絞り込んで残留を防ぐのに役立っていると考えられた。 2.若年者の食道入口部準備時間が平均0.02秒であったことから、食道入口部の安静時の陽圧は食塊の到達前、もしくはほぼ同時に解除されていることが示された。その結果としてP-U時間が平均0.03秒と短時間となり、梨状陥凹底に到達した食塊が速やかに食道入口部へ流入できると考えられた。また、食道入口部の陰圧は食塊が梨状陥凹底に到達する直前に生じており、たとえ喉頭閉鎖が不完全であったとしても食塊が食道へと流れていくように、流入時に引き込み圧として働いているものと考えられた。 3.若年者の喉頭前方運動の急速相は、喉頭上方運動の急速相より有意に(平均0.06秒)遅れて開始し、食道入口部圧の低下する時間帯にほぼ一致していた。これより、上方運動によって喉頭閉鎖を先行させ、圧低下時に急速な前方運動を得ることによって食道入口部の陰圧を形成しやすくしていると考えられた。前方運動と上方運動の急速相のタイミングをずらすことによって気道の防御を先行させ、次いで食道へ食塊を引き込むという誤嚥の可能性を極力減らす機構が成立していると考えられた。 4.造影剤の移動に伴う陽圧の発生について年齢群間の比較をすると、下咽頭の陽圧開始時間および中咽頭・下咽頭の陽圧終了時間は加齢により有意に遅延していた。したがって、食塊の通過に対応する陽圧のタイミングは加齢によって遅延していくと考えられた。下咽頭の陽圧持続時間は加齢により有意に増大していたが、食塊平均圧には加齢による差が認められなかったことから、高齢者では咽頭で大きな圧をかけるというよりも、圧を長くかけ続けるというパターンになっていると考えられた。舌による駆動力の低下・唾液分泌低下による粘膜の潤滑性劣化といった加齢性変化を代償するために陽圧を長く維持しているのではないかと考えられた。 5.食道入口部準備時間は加齢により有意に減少しており、平均値では若年者は正の値だが高齢者では負の値となっていた。つまり、高齢者では食塊が梨状陥凹底に到達した時点では未だ食道入口部は最低圧になっておらず、下咽頭から食道への流入抵抗が大きくなり、P-U時間が有意に延長する結果となっているものと考えられた。また、食道入口部最低圧は加齢により有意に増加しており、陰圧を示したのは若年群では32例中22例であったが、61-74歳群では12例中5例、75-89歳群では12例中1例のみであった。高齢群では流入抵抗が大きくなるため食塊の通過速度がさらに低下し、最低圧が陽圧を維持することによって起こる食道入口部の通過抵抗も加わって、高齢群ほど食道入口部通過時間が有意に延長する結果となっていると考えられた。 6.喉頭前方運動の急速相はどの年齢群においても食道入口部の圧低下とほぼ同時に開始し、前方運動急速相開始PS時間は加齢により有意に短縮していた。つまり、高齢者では喉頭前方運動の急速相開始が遅れるために、食道入口部の圧低下開始も遅れてしまうと考えられた。以上のような嚥下機能の加齢性変化により、高齢者では誤嚥防止のための予備能力が低下していると考えられた。 以上、本論文は若年と高齢の健常者56例において、X線透視と消化管内圧測定の同時記録検査による嚥下動態の解析から、嚥下圧変化と喉頭運動のタイミングや相互の関連およびそれらの加齢性変化について明らかにした。本研究はこれまで定量的な評価法に乏しく、病態の詳細な把握や治療効果の比較が困難であった嚥下障害の臨床医療の進歩に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |