学位論文要旨



No 213832
著者(漢字) 伴,信彦
著者(英字)
著者(カナ) バン,ノブヒコ
標題(和) C3H/Heマウスの放射線誘発骨髄性白血病と染色体異常との関係についての研究
標題(洋)
報告番号 213832
報告番号 乙13832
学位授与日 1998.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13832号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 助教授 大友,邦
 東京大学 助教授 木内,貴弘
内容要旨 1.研究目的

 白血病については、病型特異的な染色体異常が数多く報告されており、異常部位に存在する白血病の原因遺伝子が明らかになってきている。しかし、特異的染色体異常の発生過程と、その異常の白血病化への寄与については、いまだ不明な点が多い。マウスの放射線誘発急性骨髄性白血病(AML)では、その90%以上に2番染色体の異常が認められ、放射線による染色体異常が、AMLのイニシエーションとなっている可能性が考えられる。本研究では、その仮説を検証するために、放射線によってマウスの骨髄細胞に生じた初期染色体異常の種類・頻度を解析するとともに、白血病が誘発されたマウスの染色体異常の解析を行った。

2.研究方法2-1.全身照射マウスの骨髄細胞における初期染色体異常の解析(1)放射線照射

 8週齢のC3H/HeNCrj雄マウスに、137Cs線を全身照射した。染色体標本の観察は、核型分析と染色体ペインティングにより行った。3.0Gyを照射した5匹のマウスおよび非照射の5匹のマウスを、核型分析用のマウスとした。染色体ペインティング用マウスとして、1.0Gyおよび2.0Gy照射マウスをそれぞれ10匹ずつ、3.0Gy照射マウスを15匹用いた。

(2)染色体標本の作成

 照射終了24時間後にマウスを屠殺して、両側の大腿骨から骨髄を摘出した。採取した骨髄細胞には培養操作や人工的な増殖刺激を加えることなく、そのままの状態で染色体標本を作成した。

(3)標本の観察

 核型分析に際しては、コントラストのよいQ-分染像を作成するために、DAPI(4’,6-diamidino-2-phenylindol)とアクチノマイシンDによる二重染色法を用いた。マウス1匹あたり50の二倍性細胞を核型分析した。

 染色体ペインティングには、マウスの2番染色体に特異的なビオチン化プローブを用いた。二倍性細胞を観察対象とし、染色体型の異常をPAINT方式に基づいて分類・記録したが、同分類方式では対象外となっている欠失についても記録した。

2-2.インビボ実験による急性骨髄性白血病誘発と染色体異常の観察(1)実験動物の処理

 8週齢のC3H/HeNCrj雄マウス51匹に、137Cs線3Gyを全身照射し、AML誘発率を高めるために、照射終了直後に酢酸プレドニゾロン1mgを皮下注射した。10匹については、これらの処理に加えて、照射14日後から2週間に渡って、Recombinant Murine M-CSFを約500U/日ずつ腹腔内投与した。以上の処理を行ったマウスを、コンベンショナルな条件で終生飼育した。

(2)病理・組織学的観察

 放射線照射等の処置をしたマウスの全身状態を、毎日定期的に観察した。顕著な衰弱が認められた場合に屠殺・解剖し、肉眼的な病理観察を行うとともに、AMLの発症の有無を病理組織学的診断によって判定した。

(3)染色体異常の観察

 AMLを発症したマウスについて、パラフィン包埋した脾臓の細胞に対して間期核FISHを行うことにより、2番染色体の異常について調べた。プローブとしては、マウス2番染色体のC領域にマップされる2種類のBACクローンを、ビオチン標識して使用した。

3.研究結果3-1.放射線による骨髄細胞の初期染色体異常(1)核型分析による解析結果

 3Gy照射群では、合計250の細胞のうち101個に構造的異常が認められた。101の異常細胞中には合計238の染色体切断点が同定され、そのうち16が2番染色体由来であった。非照射群では、同数の観察細胞中に3個の異常細胞が認められたが、2番染色体の異常は認められなかった。2検定の結果、照射群の5匹について、2番染色体切断の相対頻度に個体差が認められ(p=0.045)、マウスEが有意差に寄与していることがわかった(Table 1)。したがって、マウスEにおける2番染色体の異常頻度が、有意に高かった。

 2番染色体には様々な種類の異常が生じていたが、マウスEに関しては10例中7例が欠失であり、そのうち3例が中間部欠失であった。また、AMLに特異的な2番染色体と同型の異常(以下、マーカー染色体と呼ぶ)は、観察細胞中マウスA〜Dでは1%、マウスEでは6%の細胞に認められた。

(2)染色体ペインティングによる解析結果

 ペイントされた染色体の異常の頻度を、(1)異常細胞の頻度、(2)欠失の頻度、(3)カラー接合部の頻度(交換型異常の指標)の三つの指標を用いて定量化した。これら三つの指標に対する線量-反応関係をFig.1に示す。切片を0として、二項回帰によるフィッティングを試みた結果、何れの指標についても、線量-反応関係はすべて二次曲線型となった。

 染色体ペインティングにおいても、異常頻度に個体差が認められ、異常細胞の頻度と欠失の頻度に関して、各線量群に1匹ずつ、合計3匹に有意に高い値が検出された。しかし、カラー接合部の頻度については、個体差が検出されなかったことから、この3匹は、2番染色体の異常の中でも欠失に対する感受性が高いことが示された。

3-2.放射線による急性骨髄性白血病の誘発と染色体異常

 AMLは、3Gy+プレドニゾロン投与群(41匹)において4匹、3Gy+プレドニゾロン+M-CSF投与群(10匹)において1匹認められた。咬傷等が原因で死亡したマウスを除外してAMLの誘発率を求めると、Fig.2に示すように、3Gy+プレドニゾロン投与群では11%、3Gy+プレドニゾロン+M-CSF投与群では10%となり、M-CSFによるAML誘発率の上昇は認められなかった。照射からAMLによる死亡までの潜伏期は、3Gy+プレドニゾロン投与群の4匹について、それぞれ302、341、382、422日であり、3Gy+プレドニゾロン+M-CSF投与群の1匹については307日であった。

 AMLが誘発されたマウスのパラフィン包埋した脾臓細胞に間期核FISHを行った結果、5例のうち少なくとも3例に、2番染色体の欠失が確認された。

4.考察4-1.2番染色体の放射線感受性と個体差

 核型分析で1匹、染色体ペインティングで3匹の個体に、2番染色体の異常が高頻度に認められ、とくに欠失の頻度が有意に高かった。この結果から、本実験で用いたC3H/HeNCrjマウスでは、2番染色体の放射線感受性に個体差があり、全体の10%程度が高感受性の個体(以下、高感受性個体と呼ぶ)であると考えられる。

 2番染色体の異常頻度に関する線量-反応関係は、全体として二次曲線型になった。高感受性個体の3匹に着目した場合、異常の頻度は高いものの、線量-反応関係の形は、全体の傾向と変わらなかった。したがって、高感受性個体では、染色体異常のバックグラウンドが高いのではなく、2番染色体の放射線感受性が高いことが明らかとなった。

4-2.急性骨髄性白血病マウスに見られる染色体異常と放射線による初期染色体異常

 AMLを発症したマウスに対して間期核へのFISHを行った結果、AMLに特有な2番染色体の欠失が確認された。また、AMLのマーカー染色体が放射線照射24時間後にすでに生成されていることが、核型分析によって証明された。核型分析で観察されたマーカー染色体の頻度は、高感受性個体とそれ以外の個体では約6倍の違いがあった。しかし、高感受性個体以外のマウスでは、マーカー染色体に複数の異常が伴っており、細胞死を起こしやすいと考えられるため、長期生存細胞におけるマーカー染色体の保有率には、さらに大きな差が生じるはずである。したがって、マーカー染色体の生成がAMLのイニシエーションであるとすれば、高感受性個体とそれ以外の個体の間で、イニシエーションの確率が大きく異なると考えられる。

4-3.2番染色体の初期異常の頻度と急性骨髄性白血病誘発率

 C3H/HeNCrjでは、高感受性個体においてのみ、2番染色体の異常が高頻度に観察されたが、C3H/Heの他の亜系やCBA/H等では、集団全体で見た場合でも、同様の傾向が報告されている。したがって、マーカー染色体の生成がAMLのイニシエーションであると仮定した場合、本研究では高感受性個体の割合が全体の10%に過ぎないことを考えると、C3H/HeNCrjのAML誘発率は、C3H/Heの他の亜系やCBM/H等に比べて低くなることが予想される。

 C3H/Heの他の亜系やCBA/HにおけるAML誘発率は、3GyのX線照射で20〜25%、プレドニゾロンを併用すると40%近くなることが報告されており、本研究の誘発実験の結果は、これらに比べて明らかに低い値を示した。このように、放射線による2番染色体の初期異常の頻度と、放射線誘発AMLに対する感受性の間に関連が認められたことから、放射線によるマーカー染色体の生成がAMLのイニシエーションであるという仮説が支持された。

5.結論

 本研究では、AML特異的マーカー染色体について検討するために、C3H/HeNCrjマウスを用いて、放射線による初期染色体異常の解析と、長期飼育後に誘発されたAMLマウスの染色体観察を行った。その結果、AML特異的マーカー染色体が照射後24時間という早い時期に観察され、その異常がAML誘発マウスにも認められたことから、放射線によるマーカー染色体の生成が、AML誘発のイニシエーションとなり得ることを実験的に示した。本研究の結果は、放射線による白血病誘発の機構および放射線発がんの線量-反応関係等を考える上で、有用な情報を提供した。

Table 1.The number of chromosomal breakpoints in the irradiated mice for the karyotyping analysis.Fig.1.Relationship between whole-body dose and frequency of chromosome 2 aberrations.Each point corresponds to an individual mouse.Three mice showing significantly large number of aberrant cells are distinguished with black square markers(Mice 1g.2b and 3a).Fig.2.Cumulative incidence of AML in C3H/HeNCrj mice treated with radiation,prednisolone and M-CSF.
審査要旨

 本研究は、放射線による染色体異常の生成が、放射線誘発急性骨髄性白血病(AML)に関与していることを明らかにするため、C3H/HeNCrjマウスを用いて、放射線照射後の初期の染色体異常の解析と、長期飼育後にAMLを発症した個体における染色体観察を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.照射24時間後の骨髄細胞における染色体異常の解析の結果、C3H/HeNCrjマウスでは、2番染色体の放射線感受性に個体差が認められ、全体の10%の個体で、2番染色体の異常が高頻度に観察された。これらの個体(高感受性個体)の染色体異常としては、2番染色体の欠失、とくに中間部欠失に対する感受性が高かった。

 2.高感受性個体では、2番染色体の切断点がCおよびF領域に集中する傾向が認められた。これは、先行研究において報告されている、AMLに特有な2番染色体の異常(AMLマーカー)に関する切断の好発部位と一致した。

 3.照射24時間後の骨髄細胞における2番染色体の異常頻度の線量反応関係は、欠失、交換型異常のいずれについても、二次曲線型であった。

 4.AMLマーカーと同型の2番染色体の異常が、照射24時間後にすでに骨髄細胞に存在することが、核型分析によって確認された。また、インビボ実験によってAMLを誘発させたマウスの白血病細胞に、2番染色体の異常が生じていることがFISHにより確認された。

 5.照射24時間後のAMLマーカー染色体の頻度は、高感受性個体において高く、他の個体の約6倍であった。高感受性個体では、マーカー染色体を有する細胞にはマーカー以外の染色体の構造的異常はほとんど認められなかったのに対し、高感受性を示さない個体では、マーカー染色体が複数の異常を伴っており、ゲノムの損傷が大きかった。

 6.インビボ実験でのAML誘発率は、3Gy全身照射+プレドニゾロン投与の条件で11%、これにM-CSF投与を付加した群で10%であった。集団全体について2番染色体の高感受性が報告されているCBA/H等の系統に比べて、C3H/HeNCrjマウスではAMLの誘発率が低いことが明らかとなった。

 以上、本論文は、AMLのマーカー染色体が照射後24時間という早い時期に存在することを示し、放射線による2番染色体の初期異常の頻度と、放射線誘発AMLに対する感受性の間に関連があることを示した。これらの結果は、放射線によるマーカー染色体の生成が、AML誘発のイニシエーションであることを示唆するものである。本研究は、放射線による白血病誘発の機構および放射線発がんの線量反応関係等を考える上で、有用な情報を提供するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51076