核医学検査の際の患者の被ばく線量の評価には、今まで、アメリカ核医学会が開発した内部被ばく線量計算モデル(MIRD)が用いられてきた。このモデルは、放射性医薬品の体内動態、及び、臓器・組織の吸収線量の算出ともに、平均的な欧米人を対象にした標準値を求めるものであり、日本人の特性を考慮していない上に、患者毎の個人差がほとんど考慮できないという問題点がある。このため、個々の患者にこの値を適用した場合の定量的な差について十分な検討もなされていない。 本研究では、個々の患者の個人差を考慮できる内部被ばく線量評価モデルの構築を試み、年齢や体格の異なる一般人の線量評価にも利用することも意図した。線量評価上、個体差の大きな要因である、(1)放射性医薬品の体内動態計算の生理学的モデル化と、(2)人体の形状差による放射性医薬品の投与量から吸収線量への換算のための係数(線量係数)の違い、に着目した。核医学検査の中で、生理学的な文献データや、個人ファントムを作像するための全身画像が入手しやすい99mTc-MDPに着目して具体的な検討を行なった。 研究方法として、(1)の体内動態計算では、現行の体内動態モデルであるコンパートメントモデルに比べ、人体生理の差異を考慮することが可能になる、生理学的薬物速度論モデル(Physiologically Based Pharmacokinetic Model:以下文中PBPKモデル)を用いてモデル化を行った。線源臓器である腎臓・膀胱・骨と、動脈血及び静脈血の間を、血流を介して99mTc-MDPが移動すると捉え、臓器体積・血流速度等の生理学的パラメータを文献から選択し、膜透過率は変動幅の中間値を採った。一連の微分方程式を計算機により数値的に解くことで各部位における時間変化を算出した。更に検証のため実際の患者の尿中排泄量を測定し、計算値と比較・検討した。また、PBPKモデルの変数が体内動態に与える影響として、腎機能の指標であるGFRを変化させて尿中排泄量を計算して調べた。 (2)では、臓器吸収線量を算出するための換算係数を求める際の線量評価用ファントムとして、99mTcの全身骨シンチレーションの画像を基にした個人画像ファントムを用い、体型の違いが全身吸収線量に与える影響の程度を検討した。画像から、外形と骨格を二次曲面を中心とした幾何形状の組み合わせで表現し、99mTc-MDPで線源臓器となる腎臓と膀胱、及び密度の異なる肺を線量評価の臓器とした。画像データを計算機で処理し、骨格のサイズを読み取り、その数値を基にファントムの大きさを決定した。腎臓と肺の臓器質量は、患者の身長と体重に日本人の体型や臓器質量データを参考に算出し、ファントム内の空間に配分し、EGS4モンテカルロシミュレーションコードで吸収線量を計算した。 研究結果は、まず、PBPKモデルとICRPモデルによる99mTc-MDPの動態を、患者の実測値と比較した結果、両モデルで同様の傾向を示した。腎臓はPBPKモデルの方が大きな数値を示し、尿への排泄が遅くなった。しかし、両モデルとも尿中排泄量の実測値の幅に入った。実測値自体の変動が大きく、PBPKモデルは原理的にそれを説明することが可能である。ここでは腎機能の変数がその役割を果たしている。文献データ等の変数の値で、この程度動態を模擬することができるので、個人の詳しい情報により変数値を得ることができれば、より精密なモデルの構築が可能である。GFRが+50%と-50%の機能差がある場合、計算した排泄量に約2倍の差がでる結果となった。この結果から、GFRの排泄量への寄与を推定でき、逆に腎機能があらかじめ推定される場合は最初に組み込むことで個体差が考慮される。また、他の放射性核種についても、動態に関与する臓器の機能を表す変数のモデル化で同様のことが可能になる。 ファントムを用いたモンテカルロ計算では、体重と身長を変数とし、尿・腎臓を線源としたときの全身・軟組織・骨・肺に対する吸収線量を、吸収割合(Absorbed Fraction:AF;線源臓器から放出される放射線のエネルギーのうち、標的臓器が吸収する割合)で比較し、MIRDのAF(尿-肺、両腎臓-肺)も加えて評価した。膀胱から肺へのAFは、腎臓が線源の場合と比較すると、値が非常に小さく、身長が増すほどAFが減少する。膀胱の位置が肺と離れているいうことと、体型が大きくなるほどその距離が開くことが理由として考えられる。腎臓から肺へのAFは、身長が大きくなるにつれ増加した後、減少し、左腎が右腎よりやや小さかった。これは、腎臓は肺の近くに位置し、その大きさ及び位置と、心臓を配置することによる肺の形状の左右非対称性が影響していると考えられる。画像ファントムによるAFはMIRDよりも大きく、ファントム形状の差に起因すると思われる。個人のファントムを作成することにより、体型が吸収線量に影響を与える程度を定量的に評価することが可能となる。平均的と体格の異なる患者ほど、現行計算法と違いが生じるので、その意味は大きい。画像が得られない場合は身長等の変数により、概算可能である。 本研究は、以下の点で注目される。第一に、体内動態計算に生理学的薬物速度論モデルを用い、実測値と比較することで個人差を考慮できる計算法としての応用の可能性を示した点である。近年放射線防護分野での体内動態計算には生理学的なモデル化が進められてきており、今後生理学的薬物速度論モデルが重要な位置を占めることが期待される。第二に、患者毎の体形の違いを考慮可能な画像ファントムの作成アルゴリズムの構築と、作成したファントムにより算出したAFを比較した点にある。体型差を考慮する手法の一つを提供するものと考えられる。 以上、本論文は、核医学患者の個人毎の生理・体型差を考慮した内部被ばく線量評価法の作成と評価を行った点において評価されるものであり、学位論文に値するものと認められる。 |