学位論文要旨



No 213833
著者(漢字) 赤羽,恵一
著者(英字)
著者(カナ) アカハネ,ケイイチ
標題(和) 99mTc-MDP(methylene diphosphonate)による核医学検査の際の生理学的薬物速度論モデルと画像ファントムを用いた内部被ばく線量評価法
標題(洋)
報告番号 213833
報告番号 乙13833
学位授与日 1998.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13833号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 助教授 西川,潤一
 東京大学 助教授 真鍋,重夫
 東京大学 講師 小野木,雄三
内容要旨 1.研究目的

 核医学検査の際の患者の被ばく線量の評価には、今まで、アメリカ核医学会が開発した内部被ばく線量計算モデル(MIRD)が用いられてきた。このモデルは、放射性医薬品の体内動態、及び、臓器・組織の吸収線量の算出ともに、平均的な欧米人を対象にした標準値を求めるものであり、日本人の特性を考慮していない上に、患者毎の個体差がほとんど考慮できないという問題点がある。このため、個々の患者にこの値を適用した場合の定量的な差について十分な検討もなされていない。そこで、本研究では、インビボ核医学検査の際の個々の患者の個体差を考慮できる内部被ばく線量評価モデルの構築を試み、患者の線量評価ばかりでなく、年齢や体格の異なる一般人の線量評価にも利用することができることを意図して研究を行なった。

 内部被ばく線量評価上、個体差に大きな寄与をする要因である、(1)放射性医薬品の体内動態の計算の生理学的モデル化と、(2)人体の形状差による放射性医薬品の投与量から吸収線量への換算のための係数(線量係数)の違いに着目して検討を行なった。

 個人差を考慮できる内部被ばく線量評価法を核医学検査に導入できる可能性を検討するために、核医学検査の中で、生理学的な文献データや、個人ファントムを作像するための全身画像が入手しやすい99mTc-MDPに着目して具体的な検討を行なった。

2.研究方法2-1生理学的薬物速度論モデルを用いた放射性医薬品の体内動態

 本研究では放射性医薬品の体内動態モデルとして、薬物動態学で用いられている生理学的薬物速度論モデル(Physiologically Based Pharmacokinetic Model:以下文中PBPKモデル)を用いることとした。これにより、現行の体内動態モデルであるコンパートメントモデルに比べ、人体の生理に基づいているので、個人差の原因となる人体生理の差異を考慮することが可能になる。

 まず、本研究の対象である99mTc-MDPの体内動態を模擬するPBPKモデルとして、99mTc-MDPの線源臓器である腎臓・膀胱・骨と、動脈血及び静脈血の間を、血流を介して99mTc-MDPが移動すると捉えるモデルを作成した。作成したモデルをFig.1に示す。

Fig.1PBPKモデルによる99mTc-MDPの動態

 このモデルに用いられる臓器体積・血流速度等の生理学的パラメータは、文献から標準の値を選択した。膜透過率の値は、変動幅の中間値を採った(Table.1)。

Table.199mTc-MDPに対するPBPKモデルの計算パラメータ

 各部位を移動する放射性医薬品の流れを、臓器体積・血流速度等の生理学的パラメータを用い、一連の微分方程式として表し、これを計算機により数値的に解くことで99mTc-MDPの各部位における時間変化を算出した。更に検証のために、実際の患者の尿中排泄量を測定し、モデルによる計算値と比較・検討した。また、PBPKモデル内の生理学的変数が体内動態に与える影響として、尿中排泄量が変数の値によりどのように変動するか、腎機能の指標であるGFRを変化させたときの状況をPBPKモデルで調べた。

2-2画像ファントムを用いた放射性医薬品の線源臓器からの吸収割合計算

 本研究では、臓器吸収線量を算出するための換算係数を求める際の線量評価用ファントムとして、99mTcの全身骨シンチレーションの画像を基にした個人画像ファントムを用いた。個人毎に得られたファントムであるという利点を活用し、体型の違いが全身吸収線量に与える影響の程度を検討した。

 核医学検査で実際に得られた画像情報から、まず外形と骨格を、二次曲面を中心とした幾何形状の組み合わせで表現することとし、臓器としては、99mTc-MDPで線源臓器となる腎臓と膀胱、及び、これらの臓器と密度の異なる肺の4つの臓器を線量評価のための臓器とすることとした。患者の骨シンチレーション画像データを計算機で処理し、骨格のサイズを読み取り、その数値を基にファントムの大きさを決定した。腎臓と肺の臓器質量は、患者の身長と体重に日本人の体型や臓器質量データを参考に算出した。臓器の適正な配置が行なわれるようにファントム内の空間に配分した。骨シンチの画像から作成した患者個人ファントムを用いて、線源臓器から他の臓器に与える吸収線量を、EGS4モンテカルロシミュレーションコードを用いて計算した。

3.研究結果及び考察3-1生理学的薬物速度論モデルを用いた放射性医薬品の体内動態

 Fig.2に、本研究で作成したPBPKモデルを用いた場合の99mTc-MDPの動態を、ICRPモデルを用いた場合のそれと、患者の実測値との比較として示す。実測値の誤差棒は患者4名の標準偏差を表わす。時間変化を示す曲線は、PBPKモデルとICRPモデルで同様の傾向を示した。腎臓はPBPKモデルの方がICRPモデルより大きな数値を示し、その分、尿への排泄がICRPモデルより遅くなっている。しかし、2つの時刻で実際の患者の尿中排泄量を測定した値と比較すると、両モデルとも患者の実測値の幅に入っている。患者の実測値自体の変動が大きく、コンパートメントモデルでは個人差を説明できないのに対し、PBPKモデルは原理的にそれを説明することが可能であり、この尿中排泄量の場合、腎機能の変数がその役割を果たしていると推定される。文献データ等の変数の値で、この程度の動態を模擬することができるので、個人の詳しい情報により変数値を得ることができれば、より精密なモデルの構築が可能であることが示唆される。

Fig.2腎臓内99mTc-MDPと累積尿中排泄量(壊変補正)

 Fig.3にGFRを変化させた時の99mTc-MDPの尿中排泄量の計算結果を示す。GFRが+50%と-50%の機能差がある場合、排泄量に約2倍の差がでる結果となった。この結果から、尿排泄機能の指標の一つであるGFRの、排泄量への寄与を推定でき、逆に腎機能があらかじめ推定される場合は最初に組み込むことで個体差が考慮される。また、99mTc-MDPの腎臓-膀胱モデルだけでなく、他の放射性核種についても、動態に関与する臓器の機能を表す変数のモデル化で同様のことが可能になると推測される。

Fig.399mTc-MDPの累積尿中排泄量(壊変補正)
3-2画像ファントムを用いた線源臓器の放射性医薬品からの吸収割合

 吸収線量が体型により、どのように変化するかを見るため、体格の異なる成人・年齢の異なる子供・幼児の骨シンチレーション画像からそれぞれファントムを作成し、モンテカルロ計算により吸収線量を求めた。画像から骨の位置・幅を表わす座標を読み取り、文献による年齢に応じた体重に占める骨の割合、肺の大きさの関数から平均密度を算出し、深さ方向の厚みの数値を算出した。文献の値から骨の各構成部位へ骨体積を割り振り、腎臓及び膀胱の大きさは体重・身長の関数から決定し、読みとった座標を用いて配置した。この一連のアルゴリズムで人体形状を定義した。骨の割合・配分、肺及び腎臓の大きさは、年齢も変数の一つとして算出に用いるので、各年齢のファントム作成が可能である。作成したファントムをFig.4に示す。

Fig.4ファントム正面図

 体重と身長を変数とし、尿・腎臓を線源としたときの全身・軟組織・骨・肺に対する吸収線量を、吸収割合(Absorbed Fraction:AF;線源臓器から放出される放射線のエネルギーのうち、標的臓器が吸収する割合)0で比較した。膀胱(尿)と腎臓を線源、肺を標的としたときの、身長に対するAFの変化をFig.6に示す。比較のため、MIRDのAF(尿-肺、両腎臓-肺)も加えてある。膀胱から肺へのAFは、腎臓が線源の場合と比較すると、値が非常に小さく、身長が増すほどAFが減少する。これは、膀胱の位置が肺と離れているいうことと、体型が大きくなるほどその距離が開くことが理由として考えられる。一方、腎臓から肺へのAFは、身長が大きくなるにつれ増加した後、減少する。また、左腎が右腎よりやや小さな値になっている。これは、腎臓は肺の近くに位置するため、相互の配置と大きさの影響を大きく受けるからと捉えることができる。また、腎臓の大きさ及び位置と、心臓を配置することによる肺の形状の左右非対称性が影響していると考えられる。現行の線量評価法との比較として、MIRDファントムと同じ体格の患者として比べた場合、画像ファントムによるAFはMIRDよりも大きな値になった。これは計算コード及びファントム形状の差に起因すると思われる。

Fig.6膀胱腎臓による肺のAbsorbed Fractionと身長の関係

 個体差を考慮する内部被ばく線量評価として個人のファントムを作成することにより、体型が吸収線量に影響を与える程度を定量的に評価することが可能となる。平均的な体型に比べ、体格の異なる患者ほど、現行計算法による線量評価値と違いが生じるので、その意味は大きい。個人ごとのより正確な線量評価が要求される場合には、核医学では本研究の個人の画像ファントムの作成によって、また、画像が得られない場合は身長等の変数により、概算可能であることが、本研究の結果から示された。

審査要旨

 核医学検査の際の患者の被ばく線量の評価には、今まで、アメリカ核医学会が開発した内部被ばく線量計算モデル(MIRD)が用いられてきた。このモデルは、放射性医薬品の体内動態、及び、臓器・組織の吸収線量の算出ともに、平均的な欧米人を対象にした標準値を求めるものであり、日本人の特性を考慮していない上に、患者毎の個人差がほとんど考慮できないという問題点がある。このため、個々の患者にこの値を適用した場合の定量的な差について十分な検討もなされていない。

 本研究では、個々の患者の個人差を考慮できる内部被ばく線量評価モデルの構築を試み、年齢や体格の異なる一般人の線量評価にも利用することも意図した。線量評価上、個体差の大きな要因である、(1)放射性医薬品の体内動態計算の生理学的モデル化と、(2)人体の形状差による放射性医薬品の投与量から吸収線量への換算のための係数(線量係数)の違い、に着目した。核医学検査の中で、生理学的な文献データや、個人ファントムを作像するための全身画像が入手しやすい99mTc-MDPに着目して具体的な検討を行なった。

 研究方法として、(1)の体内動態計算では、現行の体内動態モデルであるコンパートメントモデルに比べ、人体生理の差異を考慮することが可能になる、生理学的薬物速度論モデル(Physiologically Based Pharmacokinetic Model:以下文中PBPKモデル)を用いてモデル化を行った。線源臓器である腎臓・膀胱・骨と、動脈血及び静脈血の間を、血流を介して99mTc-MDPが移動すると捉え、臓器体積・血流速度等の生理学的パラメータを文献から選択し、膜透過率は変動幅の中間値を採った。一連の微分方程式を計算機により数値的に解くことで各部位における時間変化を算出した。更に検証のため実際の患者の尿中排泄量を測定し、計算値と比較・検討した。また、PBPKモデルの変数が体内動態に与える影響として、腎機能の指標であるGFRを変化させて尿中排泄量を計算して調べた。

 (2)では、臓器吸収線量を算出するための換算係数を求める際の線量評価用ファントムとして、99mTcの全身骨シンチレーションの画像を基にした個人画像ファントムを用い、体型の違いが全身吸収線量に与える影響の程度を検討した。画像から、外形と骨格を二次曲面を中心とした幾何形状の組み合わせで表現し、99mTc-MDPで線源臓器となる腎臓と膀胱、及び密度の異なる肺を線量評価の臓器とした。画像データを計算機で処理し、骨格のサイズを読み取り、その数値を基にファントムの大きさを決定した。腎臓と肺の臓器質量は、患者の身長と体重に日本人の体型や臓器質量データを参考に算出し、ファントム内の空間に配分し、EGS4モンテカルロシミュレーションコードで吸収線量を計算した。

 研究結果は、まず、PBPKモデルとICRPモデルによる99mTc-MDPの動態を、患者の実測値と比較した結果、両モデルで同様の傾向を示した。腎臓はPBPKモデルの方が大きな数値を示し、尿への排泄が遅くなった。しかし、両モデルとも尿中排泄量の実測値の幅に入った。実測値自体の変動が大きく、PBPKモデルは原理的にそれを説明することが可能である。ここでは腎機能の変数がその役割を果たしている。文献データ等の変数の値で、この程度動態を模擬することができるので、個人の詳しい情報により変数値を得ることができれば、より精密なモデルの構築が可能である。GFRが+50%と-50%の機能差がある場合、計算した排泄量に約2倍の差がでる結果となった。この結果から、GFRの排泄量への寄与を推定でき、逆に腎機能があらかじめ推定される場合は最初に組み込むことで個体差が考慮される。また、他の放射性核種についても、動態に関与する臓器の機能を表す変数のモデル化で同様のことが可能になる。

 ファントムを用いたモンテカルロ計算では、体重と身長を変数とし、尿・腎臓を線源としたときの全身・軟組織・骨・肺に対する吸収線量を、吸収割合(Absorbed Fraction:AF;線源臓器から放出される放射線のエネルギーのうち、標的臓器が吸収する割合)で比較し、MIRDのAF(尿-肺、両腎臓-肺)も加えて評価した。膀胱から肺へのAFは、腎臓が線源の場合と比較すると、値が非常に小さく、身長が増すほどAFが減少する。膀胱の位置が肺と離れているいうことと、体型が大きくなるほどその距離が開くことが理由として考えられる。腎臓から肺へのAFは、身長が大きくなるにつれ増加した後、減少し、左腎が右腎よりやや小さかった。これは、腎臓は肺の近くに位置し、その大きさ及び位置と、心臓を配置することによる肺の形状の左右非対称性が影響していると考えられる。画像ファントムによるAFはMIRDよりも大きく、ファントム形状の差に起因すると思われる。個人のファントムを作成することにより、体型が吸収線量に影響を与える程度を定量的に評価することが可能となる。平均的と体格の異なる患者ほど、現行計算法と違いが生じるので、その意味は大きい。画像が得られない場合は身長等の変数により、概算可能である。

 本研究は、以下の点で注目される。第一に、体内動態計算に生理学的薬物速度論モデルを用い、実測値と比較することで個人差を考慮できる計算法としての応用の可能性を示した点である。近年放射線防護分野での体内動態計算には生理学的なモデル化が進められてきており、今後生理学的薬物速度論モデルが重要な位置を占めることが期待される。第二に、患者毎の体形の違いを考慮可能な画像ファントムの作成アルゴリズムの構築と、作成したファントムにより算出したAFを比較した点にある。体型差を考慮する手法の一つを提供するものと考えられる。

 以上、本論文は、核医学患者の個人毎の生理・体型差を考慮した内部被ばく線量評価法の作成と評価を行った点において評価されるものであり、学位論文に値するものと認められる。

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