本研究は脂質二重層から成る膜構造の増殖に伴う動態を検出するために増殖刺激を加えた細胞に対するモノクローナル抗体を作成し、スフィンゴミエリン(Sm)と飽和脂肪酸を含むホスファチジルコリン(PC)とに特異的に反応する性質を持っていることを明かにした。このユニークな性質を利用して細胞膜脂質二重層のSmの動きや役割、肺表面活性リン脂質の代謝を解析するために応用したものであり、下記の結果を得ている。 1.正常ヒトリンパ球とは反応しないが、コンカナバリンA(ConA)刺激ヒトリンパ球と反応するモノクローナル抗体VJ-41を作成した。本抗体の抗原を明かにするためにConA処理と非処理リンパ球より脂質を抽出しTLC免疫染色を行いによりSmが抗原であることを結定した。また同時に飽和の脂肪酸で14以上の長さを持つPCも反応することを明かにした。結果的に、モノクローナル抗体VJ-41の抗原はセラミドと飽和の脂肪酸のみからなるジグリセリドを疎水性側鎖とするコリン含有リン脂質であることが分かった。 2.細胞膜のモデルとして単一細胞であり構造が極めて単純な赤血球を用いモノクローナル抗体VJ-41の反応を調べた。PCとSmの含有量に違いのあるブタ、ウマ、ヒツジの赤血球膜には飽和の脂肪酸のみを持つPCは含まれておらず、VJ-41と反応する分子はSmのみである事が分かった。次に各種動物の赤血球膜上のSmの反応性を比較するために、VJ-41で染色した後、フローサイトメトリー法により解析したところ、ブタとウマ赤血球のSmは全く反応せず、ヒツジ赤血球のみが反応した事より、Smの抗原性を高めるような細胞膜タンパク質の存在が考えられた。Western blotting法で解析したところ、ヒツジ赤血球膜にのみ含まれる72KDa付近のタンパク質がVJ-41で特異的に染色された。このタンパク質はトリトンX-100で抽出される事より、バンド4.2であると予想した。赤血球膜タンパク質の中でバンド4.2の機能のみが不明であるがこの結果はバンド4.2が脂質二重層のSmに結合して骨格タンパク質を脂質二重層に固定する役割を演じている可能性を示唆している。 3.羊水中のリン脂質を測定して胎児肺の成熟度を知る方法は特発性呼吸窮迫症候群(IRDS)の出生前診断にとりわけ有効であり、飽和脂肪酸を含むPC(肺サーファクタントPC)とSmとに選択的に反応するモノクローナル抗体VJ-41を使うことでIRDS診断を目的とした羊水中の肺サーファクタントPC/Sm比を非常に高感度に測定できると予想した。5人の妊婦より採取された羊水よりリン脂質を抽出し、VJ-41により肺サーファクタントPCとSmの濃度を測定すると、IRDSを起こした新生児の羊水中の肺サーファクタントPC濃度は明かに低下しており、肺の発達の指標として簡便でつ充分に高い感度を持った方法を樹立した。本法の応用として、全身麻酔導入直後、1、2、3時間後に肺洗浄液を採取し洗浄液中の肺サーファクタントPC量をVJ-41を用いて測定すると、その濃度は麻酔直後には低く、1〜2時間後には直後の2〜3倍になり、その後次第に低下することが分かり、麻酔という物理的サーファクタント分泌刺激後、洗浄操作で遊離してくるのにはラメラ封入体からの補充が必要であると思われた。 以上、本論文は、スフィンゴミエリンと飽和脂肪酸含有PCとを抗原とするモノクローナルVJ-41の特性を利用して細胞膜スフィンゴミエリンと肺表面活性物質の動態について研究したものであり、赤血球膜タンパク質バンド4.2の未知な役割を解く鍵を握っており、また、肺表面活性物質の動態を高感度に探るにあたり、重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。 |