本研究は破裂脳動脈瘤の予後を改善するために重要であるとされている脳動脈瘤再破裂の予防方法を明らかにするため、ペントバルビタールを初診時より静脈内に持続投与した群と非投与群とを比較し解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.解析の対象は、70歳未満で、来院時心肺停止でなく、第0または第1病日に入院し、脳血管造影で破裂脳動脈瘤が確認され、6か月後の転帰が判明しているくも膜下出血413症例である。この対象症例を、初診時よりペントバルビタールを投与した群116症例(以下、投与群)と、投与しなかった群297症例(再破裂後ペントバルビタール投与を開始した35症例を含む、以下、非投与群)とに分けた。両群を比較すると年齢、初診日(病日)、脳動脈瘤の部位、直達手術の有無及び直達手術日(病日)、観察期間については有意差がなかった。一方投与群は非投与群に比較して、初診時に神経学的に有意に重症であり、高血圧症の既往が有意に多く、初診時収縮期血圧が有意に高かった。神経学的に重症なもの、血圧の高いものは再破裂を起こしやすいとされており、本研究の投与群は非投与群よりも再破裂の危険性がより高い事が示された。 2.再破裂は投与群116症例中10症例(8.6%)、非投与群297症例中58症例(19.5%)であった。投与群は非投与群に比較して有意に(p<0.01)再破裂が防止される事が示された。 3.投与群116症例の内、再破裂した10症例と再破裂しなかった106症例とを比較した。年齢、性別、初診時の神経学的重症度、脳動脈瘤の部位は再破裂と関連がなかった。再破裂例は非再破裂例に比較して、有意に初診時収縮期血圧が高値である事が示された。 4.非投与群297症例の内、再破裂した58症例と再破裂しなかった239症例とを比較した。年齢、脳動脈瘤の部位は再破裂と関連がなかった。再破裂例は非再破裂例に比較して、初診時に神経学的に有意に重症であり、初診時収縮期血圧が有意に高値である事が示された。 5.そこでまず、初診時収縮期血圧と、再破裂の有無、転帰との関係について検討したが、いかなるサブグループをつくっても有意な結果は得られなかった。 6.次に、初診時WFNS gradeと、再破裂の有無との関係について検討した。再破裂の有無については、WFNS(World Federation of Neurosurgical Societies) grade I,II,IIIでは投与群と非投与群とで有意差がなかった。WFNS grade IVでは、投与群38症例中4症例(11%)、非投与群42症例中12症例(29%)に再破裂を認め、ペントバルビタール投与は再破裂を抑制する傾向を示した(p=0.0537)。WFNS grade Vでは、投与群44症例中5症例(11%)、非投与群39症例中13症例(33%)に再破裂を認め、ペントバルビタール投与は再破裂を有意に(p<0.05)防止する事が示された。 7.さらに初診時WFNS gradeと、転帰との関係について検討した。転帰については、WFNS grade I,II,III,IVでは投与群と非投与群とで有意差がなかった。WFNS grade Vでは、投与群44症例の転帰はGood Recovery(以下GR)1(2%)、Moderate Disability(以下MD)6(14%)、Severe Disability(以下SD)14(32%)、Vegetative State(以下VS)6(14%)、Dead(以下D)17(38%)であり、非投与群39症例ではGR2(5%)、MD1(3%)、SD8(21%)、VS4(10%)、D24(61%)であり、投与群の転帰は非投与群に比べて有意に(p<0.05)良好である事が示された。 8.非投与群297症例の内、58症例で脳動脈瘤が再破裂した。再破裂後にペントバルビタール投与を開始した35症例と、再破裂後もペントバルビタールを投与しなかった23症例とを比較したが、再々破裂の有無、転帰ともに両者間で有意差がなかった。 9.ペントバルビタール療法の合併症についても検討した。投与群では非投与群に比較して血圧低下、心筋梗塞、肝機能障害が有意に多かった。中枢神経系、呼吸器系、中毒疹、顆粒球減少症等の合併症については有意差がなかった。 以上、本論文は破裂脳動脈瘤症例において、ペントバルビタール投与による再破裂防止効果、転帰改善効果および合併症について解析し、その有用性と適応について明らかにした。本研究は、これまで確立された方法がなかった破裂脳動脈瘤の再破裂予防に重要な貢献をなし、また予後の改善に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |