学位論文要旨



No 213839
著者(漢字) モア,由紀
著者(英字) Yuki,Lkeda-Moore
著者(カナ) モア,ユキ
標題(和) HLA-A24拘束性・HIV-1特異的CTLエピトープの同定と特性の解析
標題(洋) Identification and characterization of multiple HLA-A24-restricted HIV-1-specific CTL epitopes
報告番号 213839
報告番号 乙13839
学位授与日 1998.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13839号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
 東京大学 講師 豊田,春香
内容要旨

 ウィルス感染細胞内において、ウィルス蛋白質は8-11merのペプチドに分解され、ヒト組織主要適合抗原(HLA)クラスI分子の重鎖及び2-ミクログロブリンと複合体を形成し、細胞表面に提示される。細胞傷害性T細胞(CTL)は、このHLA-クラスI分子によって提示される抗原ペプチドを認識し、ウィルス感染細胞を傷害することによって体内からウィルスを除去する。HIV-1の感染においても、CTLは感染防御、進行の抑制等に重要な関わりを持つと考えられている。従ってHIV-1に特異的なCTLのエピトープを同定することは、感染者の体内におけるCTLによるウィルスの排除機構やHIVがCTLからエスケープする機構の解明、さらには感染予防・AIDS発症への遅延を目的としたワクチン開発のためにも重要である。

 しかし現在のところ、HIV-1特異的CTLエピトープの報告は限られたHLAのタイプでしか行われていない。この原因の一つはHLAクラスI分子の多様性にあるが、もう一つの理由として、CTLエピトープの同定が複雑で長期間の実験を必要とする点にある。従来、エピトープの同定には、1)広範囲の抗原(ウィルス)蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだワクシニア・ウィルスを作成し、ターゲット細胞に感染させてこの細胞に対する特異的CTLの傷害性を確認、2)次にこの部分の抗原蛋白質のアミノ酸配列を持つペプチドを合成し、CTLが認識するもっとも短いアミノ酸配列を決定してこれをエピトープとするという、かなり煩雑な方法が用いられていた。本研究において、われわれはリヴァース・イムノジェネティクス法を用いて、日本人の約70%が持つHLA-A24によって拘束されるHIV-1特異的CTLエピトープを同定し、さらにそれぞれのエピトープに特異的なCTLクローンを樹立して各エピトープの特性を検討した。

 HLA-A*2402分子に結合するペプチドのモチーフは、第2番目のアンカー・アミノ酸がTyr、C末端のアンカー・アミノ酸がLeu,Ile,或いはPheである。HIV-1SF2株のGag,Pol,Env及びNef蛋白質の全アミノ酸配列から、このHLA-A*2402分子の結合モチーフをもつ箇所を検索し、8から11merのペプチド59個を合成し、HLA-A*2402分子への結合能を検討した。その結果、53個がHLA-A*2402分子に結合することが確認された。

 これら53個のHLA-A*2402分子結合ペプチドを用いて、HLA-A24を持つHIV-1感染者4名の抹梢血リンパ球(PBL)から、特異的なCTLの誘導を試みた。1x106個のPBLを各ペプチドで一週間おきに4回刺激した後、HLA-A,-B欠損ヒトB細胞株であるC1R細胞にHLA-A*2402のゲノムDNAをトランスフェクトした細胞(C1R-A*2402)をターゲットとしてCTL活性を測定した結果、23個のペプチドで誘導したbulk CTLに活性が観察された。そのうち12個のペプチドで誘導したbulk CTLは、HIV-1 gag/pol,envまたはnef遺伝子を組み込んだワクシニア・ウィルスを感染させたターゲット細胞に対しても傷害性を示し、これら12個のペプチドが実際に感染細胞内でプロセシングされて提示され、特異的CTLに認識されることが確認できた。

 12個のペプチドがエピトープであることを確認し、各エピトープの特性を更に検討するため、各ペプチドに特異的なbulk CTLからlimitting dilution法により、CTLクローンの樹立を試みた。その結果、SF2-Env310-9を除く11個のペプチドに特異的なCTLクローンが得られた。得られた11種のクローンは、ペプチドを結合したC1R-A*2402細胞をペプチド濃度依存的に傷害し、また、HIV-1蛋白質を発現する組み替えワクシニア・ウィルスに感染させたC1R-A*2402細胞に対しても傷害性を示した(Table 1)。以上の結果より、HLA-A*2402に拘束されるHIV-1特異的CTLエピトープ11個の存在が確認された。SF2-Env310-9に特異的なCTLクローンが得られなかったのは、このペプチドがV3領域にあるため、真のエピトープはSF2株のアミノ酸配列とは異なるか、同一でも免疫原性が非常に弱いことが原因と推察される。

Table1 HLA-A*2402拘束性CTLクローンによるHIV-1エピトープの認識

 次にわれわれは、同定した11個のエピトープが、HLA-A24をもつHIV-1感染者の間で、主要かつ共通性の高いものであるか否かを検討するため、HLA-A24を持つ感染者12名から得たPBLを各エピトープペプチドで一回のみ刺激し、一週間後にCTLの誘導を確認した。Gag,Pol由来のエピトープペプチドで刺激した場合、1名の患者のみでSF2-Gag133-8に対して弱い活性(15%)が得られたに過ぎなかった(Table2)。これに対し、Env,Nef由来のエピトープペプチドで刺激した場合、複数の感染者のbulk CTLにおいて高いCTL活性が観察され、これらは主要エピトープであると考えられた。特に、同一箇所に重なり合う3個のエピトープであるSF2-Env584-8,-9,-11の少なくとも何れか1個、及びSF2-Nef138-10に対しては12名中それぞれ9名、7名でCTL活性が観察されたため、これらのエピトープは主要、かつ共通性の高いエピトープであると考えられた。

Table 2ペプチド1回刺激後のHLA-A24拘束性HIV-1エピトープに対するCTL活性

 HLA-A*2402拘束性のHIV-1特異的CTLエピトープは、報告されているHLA-A2,-B35拘束性のエピトープに比べてEnv由来のものが多く、その多くが強いエピトープであることが観察された。

 同定した11個のエピトープが位置するウィルスの部位がHIV-1clade Bの間で変異の多い箇所であるかを検討した結果、主要と考えられるエピトープは弱いエピトープと比較して変異の多い箇所に位置していた。

 主要エピトープが変異した場合に、特異的CTLクローンの認識に及ぼす影響を検討するため、HIV-1 clade Bのうち、北米型の株における主要エピトープ部位のアミノ酸配列を検索し、SF2株と異なる配列を選択した。34個(Env由来;31個、Nef由来;3個)のペプチドを合成し、HLA-A*2402分子への結合能、特異的CTLクローンによる認識の変化を検討した。その結果、Env由来の変異ペプチド31個中17個に対する特異的CTLクローンの認識が著しく低下、或いは消失した(Table3)。そのうち6個はHLA-A*2402分子への結合親和性が低下したため、他の11個は結合親和性に変化はないが、T細胞受容体に認識されないためと考えられた。一方Nef由来の変異ペプチド3種は、結合親和性、特異的CTLクローンによる認識ともにSF2株の配列をもつペプチドに比べ、大きな変化は観察されなかった。

Table3 変異エピトープのHLA-A24分子への結合及び特異的CTLによる認識に与える影響

 HLA-A24分子は、TAP2.1,TAP2.3が共存する場合、AIDS発症を速める因子であると報告されている。上記の結果より、HLA-A24を持つHIV-1感染者において、感染初期、及び無発症期では高いCTL活性が保たれ、体内からのウィルス排除が行われているが、Env由来のエピトープの変異によってエスケープ・ミュータントが生じ、免疫機能の低下を招くことが予測される。Nef由来エピトープは、エピトープ内のアミノ酸配列の置換によるエスケープ・ミュータントの出現は起こりにくいという結果が得られたので、このエピトープが、体内からのウィルス排除に重要な役割を果たしている可能性がある。しかし、SF2-Nef138-10のN末端側の隣接アミノ酸(aa.137)には変異が多く、エピトープの提示に影響を与える可能性も否定できない。今後、このエピトープに焦点を当て、感染細胞においてN末端側の隣接アミノ酸に置換が起こったエピトープに対する特異的CTLクローンの認識を検討していくことは重要であると考えられる。本研究で明らかにしたHLA-A24拘束性CTLエピトープ上のアミノ酸置換が、CTLの認識にどのような影響を与えるかを分析・検討する事が、日本人におけるAIDS発症機序の解明に重要であると考えられる。

審査要旨

 本研究は、HIV-1感染において感染防御・AIDS発症の抑制に重要な関わりをもつと考えられる細胞傷害性T細胞(CTL)の役割を明らかにするため、日本人の約70%が持つHLA-A24分子によって提示されるHIV-1特異的CTLエピトープをリヴァース・イムノジェネティクス法を用いて同定し、その特性の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.HIV-1SF2株のGag,Pol,Env及びNef蛋白質の全アミノ酸配列から、HLA-A*2402分子への結合チーフをもつ箇所を検索し、8から11merのペプチド59個を合成してHLA-A*2402分子への結合能を検討した結果、53個が結合することが確認された。この53個の結合ペプチドを用いて、HLA-A24を持つHIV-1感染者4名の末梢血リンパ球(PBL)から、特異的CTLの誘導を試みた。このうち12個のペプチドで1週間おきに4回刺激したbulk CTLにおいて、ペプチドを結合したC1R-A*2402細胞、さらにHIV遺伝子を組み込んだワクシニア・ウィルスに感染したC1R-A*2402細胞に対して特異的な細胞傷害性が確認され、これら12個のペプチドが実際に感染細胞内でプロセシングされて提示され、特異的CTLに認識されることが示された。さらにこれらのbulk CTLからペプチドに特異的なCTLクローンの樹立を試みた結果、V3領域にあるペプチドを除いた11個のペプチドに特異的なCTLクローンが得られたため、これら11個のペプチドをエピトープと同定した。

 2.HLA-A24を持つHIV-1感染者12名から得たPBLを各エピトープペプチドで1回のみ刺激し、1週間後にCTLの誘導を確認した結果、Gag,Pol由来のエピトープペプチドでは1個のペプチドによって1名の感染者のみで弱い活性が誘導されたに過ぎなかったが、Env,Nef由来のエピトープペプチドでは複数の感染者から、高いCTL活性が誘導され、これらが主要エピトープであることが示された。特に同一箇所に重なり合うSF2-Env584-8,-9,-11、及びSF2-Nef138-10は、感染者の半数以上のPBLから特異的CTLが誘導され、この4種のエピトープが主要、かつ共通性の高いものであることが示された。

 3.主要エピトープが由来するウィルスの部位は、主要でないGag,Pol由来エピトープの部位に比べ、変異が多い。主要エピトープの変異が、originalのエピトープに特異的なCTLクローンの認識に及ぼす影響を検討した結果、Env由来の変異ペプチド31個中17個に対する特異的CTLクローンの認識が著しく低下、或いは消失した。これに対し、Nef由来の変異ペプチドは特異的CTLクローンによる認識に大きな影響を与えなかった。

 以上、HLA-A24を持つ多くのHIV-1感染者において、感染初期、無発症期にはEnv及びNef由来のエピトープに対する高いCTL活性が保たれるが、Env由来のエピトープの変異によってエスケープ・ミュータントが生じ、免疫機能の低下を招くことが示唆された。HLA-A24分子はAIDS発症を速める因子であると報告されているが、変異の多い箇所に主要CTLエピトープが存在することがその原因と考えられる。また、エスケープ・ミュータントを生じにくいNef由来のエピトープは体内からのウィルス排除の重要な役割を果たすことが考えられ、このエピトープが感染予防、AIDS発症の遅延等を目的としたワクチン開発の可能性が示唆された。本研究は、多様性を持つHLAクラスI分子の中でも世界的に頻度の高いHLA-A24分子によって提示されるHIV-1特異的CTLエピトープを同定して今後のワクチン開発の可能性を示唆し、さらに今後の研究によりHIV感染におけるCTLの役割、ウィルスがエスケープする機構を解明する手掛かりとなるものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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