C型肝炎ウイルス(HCV)は、フラビウイルス属に分類される1本鎖RNAウイルスであり、その約9500塩基のプラス鎖RNAからは1つの前駆体タンパク質が翻訳される。そして、前駆体タンパク質は宿主細胞の持つプロテアーゼ、及び、ウイルス自身がコードする2種のプロテアーゼにより切断され、個々のウイルスタンパク質が生成する。前駆体タンパク質のN末端側からは、コア、エンベロープ1(E1)、エンベロープ2(E2)、といった構造タンパク質が生成し、C末端側からはNS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5Bといった、非構造タンパク質が生成する。非構造タンパク質のうち、NS3は、そのN末端側にプロテアーゼドメイン、C末端側にヘリケースドメインを持ち、前駆体タンパク質のプロセシングに関与すると同時に、ヘリケースとしてウイルスRNAの複製に関与していると考えられている。NS4Aは、NS3と結合してそのプロテアーゼのコファクターとして働き、特にNS4B/NS5A部分の切断に関与している。NS5BはRNA依存性RNAポリメラーゼのドメインを持ち、ウイルスRNAの複製において中心的な役割を果たしていると考えられる。NS2、NS4B、NS5Aに関してはその機能は十分には分かっていない。 培養細胞中でHCV(type 1b)遺伝子を発現させるとNS5AはSDS-PAGE上で56kDa(p56)、58kDa(p58)の少なくとも2種類のフォームとして観察される。また、NS5A遺伝子単独で発現させるとp56のみしか見られないが、NS4Aが同時に存在するとHCV遺伝子全体の場合と同様にp56、p58双方が認められる。この移動度の違いを検討した結果、NS5Aはリン酸化タンパク質であり、かつ、NS4Aの有無によって異なるリン酸化状態をとっていることが明らかになった。NS5Aはその複数のセリン残基がリン酸化されているが、それらは中央部付近の領域(中央部リン酸化部位)とC末端側の領域(C末端側リン酸化部位)の2つの領域に区別される。このうち、C末端側リン酸化部位は、NS4Aの有無に関わらず常にリン酸化されてp56となるが、一方、中央部リン酸化部位はNS4Aの存在しない条件下ではほとんどリン酸化されない。そして、NS4A存在下では、中央部リン酸化部位もリン酸化されてp58が生成する。 その生物学的意義は未だ不明であるが、このようにNS5Aがリン酸化状態の異なる複数の形態をとること、及び、ウイルスの他のタンパク質が調節的に機能していることから、これらのリン酸化にはウイルスにとって重要な意味があるのではないかと考えられた。本研究では特に、NS4A依存的に2つの異なるリン酸化状態をとるメカニズムを探るために種々の欠失変異体を発現させ、そのリン酸化を解析した。以前の研究では、NS5AのC末端側をある程度欠失させてもNS4A依存的なリン酸化が起こることが明らかになっていた。そこでNS5AのN末端側を欠失させてNS4A依存的なリン酸化の有無を観察した。 実験方法としては、まず、NS5A、NS4A、及び、種々の欠失変異体をコードする、cDNAを発現プラスミドに組み込み、このプラスミドをほ乳類細胞である、COS-1細胞に遺伝子導入して細胞内で発現させた。そして、その細胞成分をSDS-PAGEのサンプルとして電気泳動し、Westernブロッティングを行った。このメンブレンに種々の1次抗体を反応させ、免疫ブロッティング法により、各タンパク質を検出した。 また、この時、遺伝子導入したCOS-1細胞を32P-無機リン酸でラベルし、細胞をSDSを含む緩衝液で処理し、変成下でNS5Aに対する抗体で免疫沈降してリン酸化を確認した。NS5A、及び、欠失変異体はリン酸化されており、免疫ブロッティング法の結果と良く一致していた。そこで、以下の実験では免疫ブロッティング法によって観察されたバンドの移動度によってリン酸化を判断した。 最初に、N末端側から順に欠失させたNS5Aを単独、及び、NS4Aとともに発現させ、リン酸化による2つのフォームの生成を見た。NS5A全長単独では1本のバンドのみが観察された。以下、これをfaster migrating form,F-formとする。これに対し、NS4Aが存在するとやや移動度の小さいもう1本のバンドが同時に観察された。これをslower migrating form,S-formとする。102から162アミノ酸が欠失したNS5AではNS4Aが無くても少量のS-formが観察されるが、NS4Aが存在すると明らかにS-formの生成が増加する。すなわち、NS5A全長、及び、これらの欠失変異体ではNS4A依存的にS-formの生成が増強される、つまり、中央部のリン酸化が増強していると考えられる。ここで観察されるS-formが確かに中央部のリン酸化によるものであることを確認するために、中央部リン酸化部位の3つのセリン残基、アミノ酸番号2200、2201、2202を同時にアラニンに変える変異を幾つかのN末端側欠失変異体に導入した。これらの変異体は、NS4Aの有無に関わらずF-formのみを示し、これらのN末端側欠失変異体のS-formが中央部リン酸化によるものであることが確認された。これに対し、N末端側から167以上のアミノ酸を欠失させるとNS4Aの有無に関わらずF-formしか観察されなくなった。これにより、NS5AのN末端側の特定の領域(アミノ酸番号2135-2139)がNS4A依存的中央部リン酸に重要であると考えられた。 この部分を含む25、及び、7アミノ酸を部分的に欠失させた変異体、及び、それに隣接するN末端側の25、及び、5アミノ酸を部分的に欠失させた変異体を作成して同様に実験したところ、アミノ酸番号2135-2139を含む領域を欠いた前2者では、NS4AによるS-form生成の増強が全く見られなかったのに対し、アミノ酸番号2135-2139以外の領域を欠失している後2者ではNS4A依存的なS-form生成の増強が観察された。 次に、NS4AがNS5Aのリン酸化を修飾するメカニズムを探るために両者の相互作用を検証した。 種々のNS5Aの変異体と、NS4AのC末端側に13アミノ酸のタグ(E-tag)を融合させたNS4AEとをCOS-1細胞中で共発現させ、35S-メチオニンでラベルした。細胞を1%TritonX-100を含んだ緩衝液で処理し、非変成の条件下でNS5Aに対する抗体、及び、E-tagに対する抗体で免疫沈降を行った。NS5AとNS4AEはどちらの抗体でも共沈し、両者の相互作用が示唆された。NS5AのN末端側欠失変異体は、162アミノ酸までの変異体はNS4AEとの相互作用を示したが、167アミノ酸以上の欠失変異体ではNS4AEとの相互作用は認められなかった。すなわち、NS4A依存的なS-form生成の増強が見られる変異体はNS4AEと相互作用し、NS4A依存的なS-form生成の増強が見られない変異体はNS4AEと相互作用しない、ということになる。NS5A内部の一部の領域を欠失させた変異体に関しても同様に実験を行ったところ、アミノ酸番号2135-2139以外の領域を欠失している変異体は、NS5A全長と同程度にNS4AEと相互作用していたのに対し、アミノ酸番号2135-2139を含む領域を欠いた変異体はごく弱くしかNS4AEと相互作用していなかった。NS5Aと相互作用しているのがE-tag領域でないことを確認するために、NS5AとE-tagを含まないNS4Aとの相互作用も検討した。NS5Aに対する抗体ではNS4Aは共沈してくるが、NS4Aに対する抗体ではNS5Aはほとんど共沈してこなかった。これは、NS4Aが53アミノ酸残基と小さく、NS4A対する抗体の認識部位とNS5AとNS4Aとの相互作用に関与するNS4Aの領域とが干渉しているためであると考えられた。 以上により、NS5AとNS4Aとは相互作用をしていること、及び、相互作用において重要なNS5Aの領域はNS4A依存的なS-form生成の増強に重要な領域と共通していることが明らかになった。すなわち、NS5AのNS4A依存的な中央部リン酸化の増強にはNS5AのN末端側の特定の領域が重要な役割を果たしており、NS4Aとの相互作用を介してリン酸化が修飾されると考えられた。 C型肝炎ウイルスのNS5Aの機能に関しては、まだ、十分な知見が得られていない。何らかの形で感染宿主細胞側に作用している可能性があるとともに、ウイルス複製に関与している可能性もある。フラビウイルスの1つである、デング熱ウイルス2型では、RNAポリメレースドメインを持つ、NS5がリン酸化され、リン酸化によって細胞内局在とNS3との相互作用が変化することが報告されている。また、フラビウイルスではないが水泡性口内炎ウイルスでは、Pタンパク質のリン酸化が、Lタンパク質の転写活性に必須であることが示されている。HCVに関しては、NS5Aのリン酸化による局在変化は観察されず、どちらのタイプも核近傍の膜画分に局在しており、NS5BのRNAポリメレース活性に対する影響もはっきりしていない。しかし、NS5Aがこれらのタンパク質と同様にRNA複製に調節的に機能している可能性はあり、今後の研究の進展が期待される。 |