横紋筋肉腫は、小児の悪性腫瘍における軟部腫瘍としては最も頻度が高く、腫瘍全体でも7番目に多い。病理組織学的には、小円形細胞肉腫(small round cell sarcoma)で、形態学的に横紋のともなった横紋筋芽細胞を同定したり、筋特異的蛋白であるdesmin, -actin,myoglobinなどの免疫染色により診断するが、そうした筋特異的蛋白が証明されない未分化な腫瘍細胞もあり、他の小円形細胞腫瘍である神経芽腫、Ewing肉腫、悪性リンパ腫などと鑑別することが困難なことがある。 一方、nestinは、Class VIに属するintermediate filamentで、当初、胚分化における神経外胚葉系の幹細胞において認められたことで発見され、分化とともにneurofilamentsやglial fibrillar acidic protein(GFAP)におきかわることがわかっている。 Nestinはまた、骨格筋細胞の分化の早期の段階で認められ、筋細胞においては、分化が進行するとdesminに置き変わる。骨格筋の分化の仕組を探る上で、他のClassのintermediate filamentであるdesmin,vimentinとは異なる分化段階で検出されるnestinの意義が明らかになりつつあるが、同時にnestinは、脳腫瘍、悪性黒色腫の一部において、検出されることがわかり、腫瘍の免疫組織診断における意義も明らかにされつつある。 本研究では、病理組織学的に、横紋筋肉腫と診断された症例の組織標本および他の小円形細胞腫瘍と診断された症例の組織標本について、nestinおよびdesminの発現を検討し、その診断的意義を明らかにした。 <材料および方法> 病理組織分類で診断された、横紋筋肉腫29例、うち胎児型(embryonal type)16例、胞巣型(alveolar type)6例、多形型(pleomorphic type)5例、紡錐型(spindle type)1例、歯状型(dens type)1例、横紋筋肉腫疑いの胎児性肉腫2例、悪性リンパ腫6例、神経芽細胞腫4例、Ewing肉腫3例、肝芽腫2例、Wilms腫瘍1例、悪性黒色腫1例、線維芽肉腫1例、小円形細胞腫瘍の肺転移1例、神経節芽細胞腫1例、神経上皮腫1例、胚芽腫1例、悪性間葉腫1例の計54例の腫瘍組織のパラフィン固定組織標本を検討した。 また、免疫染色の正常組織のコントロールとして、胎生10週の胎児の下肢の組織標本、および正常成人の筋肉組織を用いた。それぞれの標本を厚さ4-6 mに切断した後、抗nestin抗体、抗desmin抗体で、免疫染色を行った。 さらに横紋筋肉腫の疑いと診断され、desminが陰性で、nestinが陽性だった2症例と横紋筋肉腫ではないと診断されたEwing肉腫1例、胚芽腫1例について、reverse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-PCR)法を用い、骨格筋分化制御遺伝子のMyoD1の発現の有無を検討した。 <結果> 成人正常筋組織では、desminは検出されるが、nestinは検出されなかった。10週胎児の骨格筋組織では、nestin,desminともに陽性であった。 腫瘍組織では、病理診断で横紋筋肉腫と診断された29例では、全例desmin,nestinともに陽性であった。横紋筋肉腫疑いの2例では、nestinは検出されたが、desminは検出されなかった。それ以外の腫瘍では、横紋線条をともなったWilms腫瘍で、demin,nestinがともに検出され、悪性黒色腫でdesminは陰性で、nestinが検出されたが、その他の腫瘍では、desmin,nestinともに陰性であった。 腫瘍細胞以外でも、7例の腫瘍細胞の周囲の筋組織や24例の血管内皮細胞では、nestinが陽性となった。 RT-PCR法によるMyoDの検索では、desminが検出されず、nestinが検出された1例について、MyoD遺伝子が検出された。 <考察> Nestinは、骨格筋の分化において、他のintermediate filamentsと連携して変化する構成物であることがわかっている。正常の筋肉細胞の分化では、nestinは骨格筋の前駆細胞で出現し、desminにおきかわっていく。 このことは、パラフィン固定組織標本においても免疫染色の方法で、胎生10週の胎児筋組織でnestinが陽性として検出され、成人の筋組織では検出されなくなるということにおいても示された。腫瘍の診断において、nestinが簡便で有用な腫瘍マーカーとならないかと考えて、パラフィン固定標本で、検討したところ、横紋筋肉腫の病理診断において、nestinによる免疫染色は、特異性についても鋭敏性についても、きわめて有用なマーカーと思われた。 特に、desminが検出されない未分化な腫瘍で、nestinのみが検出されるものもあった。この腫瘍では、横紋筋肉腫の分子生物学的診断法として現在知られている、MyoD1遺伝子の発現が認められ、横紋筋肉腫の最も信頼されている免疫染色のマーカーであるdesminが検出されない横紋筋肉腫の診断に、nestinが役立つことが示唆された。 またnestinは、腫瘍細胞以外に腫瘍隣接筋組織でも陽性になることがあり、未熟な筋線維で認められ成熟筋線維では認められないというnestinの性質から考えると、腫瘍細胞により増殖を促された筋線維の再生とnestinは関連があるのかもしれない。 脳腫瘍の一部や悪性黒色腫の一部でnestinが陽性となるものがあるが、これらは、腫瘍の発症部位、通常の一般染色で鑑別が可能であり、本研究で検討した小児で比較的多く見られる小円形細胞腫瘍である神経芽細胞腫、神経上皮腫、Ewing肉腫、胚芽腫、悪性リンパ腫、線維芽腫、悪性間葉腫では、いずれもnestinは検出されず、nestinの免疫染色は比較的簡便であり、鑑別診断として用いられる有用な診断法と思われた。 |