学位論文要旨



No 213847
著者(漢字) 寺本,修二
著者(英字)
著者(カナ) テラモト,シュウジ
標題(和) ブレオマイシンA2類縁体の合成と検討
標題(洋) Synthesis and Evaluation of Bleomycin A2 Analogs
報告番号 213847
報告番号 乙13847
学位授与日 1998.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13847号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 ブレオマイシンは1966年に梅沢らによってStreptomyces verticillusから銅錯体の形で単離された、ホジキンリンパ腫、偏平上皮癌などの臨床治療に用いられている化学療法剤である。

 

 発見以来、その特異な構造の各部位の、DNA切断活性に対する基本的な役割を解明するために膨大な量の研究が、NMR等の分析的手法を中心になされている。その結果、ある程度のコンセンサスが得られたが、今なお多くの問題が未解決のまま残されている。私は、N末端の金属錯体形成部位に注目し、残された幾つかの問題を解決すべく、有機合成の手法を駆使し幾つかの誘導体を合成し、そのDNAの切断活性を検討した。

 -アラニン、ピリミジン、および-ヒドロキシヒスチジンはDNA開裂を起こす分子酸素の活性化に必要な金属錯体形成部位である。スルホニウム カチオンとビチアゾールを含むC末端が、ブレオマイシンA2のDNAとの結合親和性および核酸の認識に体して中心的役割を果たしていることが知られているが、上記の金属結合部位もDNAとの結合親和性および核酸認識に寄与することが提唱されている。これらを明らかにするために、糖鎖部位まで含めた、完全な形のN端構造を持つ化合物3を合成しそのDNA切断活性を検討した。

 

 また、ブレオマイシンA2の糖鎖部位は、DNA切断作用における5’-GC,5’-GT選択性には影響を与えないにもかかわらず、DNA切断活性およびダブルーシングル ストランド切断比には大きく影響することが知られている。しかし、過去における糖鎖部位に関するほとんどの研究は、末端の糖にあるカルバモイル基と金属錯体の中の1つのリガンドとしてのその潜在的な役割に焦点をあてたものであり、糖鎖部位の潜在的な役割についてはほとんど理解されていない。この様な糖鎖部位の潜在的な役割を明らかにする目的で、ブレオマイシンに含まれる二種の糖を各々有する単糖誘導体4、及び5を合成し、その活性を比較検討した。

 

 誘導体4はスキーム1に示した経路で合成した。化合物16から誘導した20と-ヒドロキシヒスチヂン21との反応は、高い選択性で縮合体22を与えた。22は、カルボン酸25に変換後、テトラペプチドS(26)と縮合し、さらに選択的に位のBOC基を除去し28とした。28をピリミドブラミン酸(12)と縮合後、トリフルオロ酢酸により脱保護する事により誘導体4を得た。誘導体5は4と同様の経路で合成した。

Scheme 1Scheme 1(continued)

 次に、配位構造に関して検討を行った。一般に受け入れられているブレオマイシンA2の金属との配位構造は、類似の天然物であるP-3Aの銅錯体のX線構造解析を基に提唱されている。また、ブレオマイシンA2の金属錯体のNMRやその他のスペクトルデータの解析より、ピリミジンN1、イミダゾールN3,および2級アミンが金属に配位している事が示された。しかしながら、それらの配置や他のリガンドは議論のある点として残っており、さらに重要な事には、活性化したブレオマイシンA2での配位構造に関しては明確にされていない。そこで、金属配位部位のうちL-ヒスチジンの二級アミドの重要性を直接解明する目的で、N-メチル体7、エステル体8、およびその二級アミド体6を合成し、そのDNA切断活性を比較検討した。化合物6はデグリコブレオマイシンA2のL-ヒスチジンの水酸基のみが欠如したものである。N-メチル体7はアミドの電子による配位のみ可能であり、脱水素化や電子による配位が不可能である。また、エステル体8も窒素原子による配位構造がとれない化合物である。化合物7はスキーム2に従って合成した。化合物45から誘導した55とカルボン酸12とのBOPCによる縮合、及びそれに続く加水分解により57とした。これを26と縮合し、次いでトリフルオロ酢酸により脱保護することにより化合物7とした。化合物6、8も類似の経路で合成可能であった。

 

Scheme 2

 以上のようにして合成した化合物3-8のDNA切断活性をTable1に示す。化合物3は、鉄単独に比較して3〜6倍強いDNA切断活性を示したが、ブレオマイシンに特徴的な5-GC,5-GT選択的なDNA切断活性は示さなかった。誘導体4は全ての活性においてブレオマイシンA2とほぼ同等であり、従来いわれていた末端の糖にあるカルバモイル基の役割は、明らかに僅かなものであることが示された。この事は、糖鎖部位の活性増加作用はブレオマイシンA2の活性中間体の保護による安定化に由来し、1つめの糖がその安定化を提供するのに十分であることを示している。一方、誘導体5はブレオマイシンA2と同様の5’-GC,5’-GT選択的なDNA切断作用を示したが、それ以外は誘導体4やブレオマイシンA2に比較して明らかに劣っており、デグリコブレオマイシンA22よりも弱い活性しか示さなかった。これらの事は、糖鎖部位の作用は単純な保護作用のみではなく、ブレオマイシンA2とDNAとの結合のコンホメーションの選定に寄与する事を支持しており、グロースの立体構造が重要な役割を果たすと考えられる。また、誘導体6は全ての活性においてデグリコブレオマイシンA2とほぼ同等であり、その活性に対しヒスチジンの-位の水酸基は大きくは影響しないことが明らかとなった。さらに、誘導体7および8はDNAの切断活性を有するものの、その活性は非常に弱く、選択性も示さなかった。このことは、L-ヒスチジンの二級アミドはブレオマイシンA2の活性に対し必須であり、この二級アミドがDNAの切断に必要な金属錯体の配位座の一つを担っている事が確認された。

Table 1.Summary of DNA Cleavage Properties of 3-8

 以上の本研究の結果、1)従来提唱されていた金属配位部位の核酸認識能力は認められない 2)ブレオマイシンA2の糖鎖部位は活性中間体の保護安定化およびDNAとの結合のコンホメーションの選定に寄与しており、グロースが重要な役割を果たす 3)デグリコブレオマイシンA2のヒスチジン部位の位の水酸基は活性に対し大きくは影響しない 3)L-ヒスチジン部分の二級アミドはブレオマイシンA2の活性に対し必須であり、この二級アミドがDNAの切断に必要な金属錯体の配位座の一つを担っている事が明らかにされた。

 

審査要旨

 本論文は、ブレオマイシンA2類縁体の合成とそのDNA切断活性に関するもので、6章よりなる。

 ブレオマイシンは1966年に梅沢らによってStreptomyces verticillusから銅錯体の形で単離された、ホジキンリンパ腫、偏平上皮癌などの臨床治療に用いられている化学療法剤である。その発見以来、特異な構造と特徴的なDNA切断活性が多くの科学者の興味を引き、膨大な量の研究がなされてきた。その結果、ある程度のコンセンサスが得られたが、今なお多くの問題が未解決のまま残されている。著者は、N末端の金属錯体形成部位に注目し、残された幾つかの問題を解決すべく、有機合成の手法を駆使し下記の6つの化合物(3-8)を合成し、そのDNAの切断活性を検討した。

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 まず第一章でブレオマイシンの活性について概説した後、第二章第一節で化合物3を、第二節で化合物4及び5を、第三節で化合物6〜8を合成し、それぞれのDNA切断活性を検討した結果について述べている。化合物3は、ブレオマイシンの金属錯体形成部位のみを抽出し、従来いわれていたこの部位のDNA親和性及び核酸認識の有無を確認するため合成したものである。化合物4及び5は従来ほとんど研究されていなかった糖鎖部位全体の潜在的な役割を明らかにする目的で合成した。また、化合物6〜8は、配位構造が明らかにされていない活性化されたブレオマイシンにおけるL-ヒスチジンの二級アミドのリガンドとしての働きを明確にする目的で合成したものである。これらは、ピリミドブラミン酸(12)、ヒスチジン化合物部分、及びテトラペプチドS(26)をそれぞれ合成し、C末端側もしくはN末端側から縮合構築することにより合成した。C端側から合成した例として化合物4の合成をスキーム1に示した。

Scheme 1

 化合物16から誘導した20と-ヒドロキシヒスチジン誘導体21を縮合し、脱Cbz化、Boc化、加水分解を経て鍵中間体25とした。25はテトラペプチドS(26)と縮合し、さらに選択的にBoc基を除去し28とした。28をピリミドブラミン酸(12)と縮合後、脱保護する事により化合物4を得た。化合物3、5、及び6も類似の経路で合成した。

 一方N末端側から縮合した例として化合物7の合成をスキーム2に示す。化合物45から得た55をカルボン酸12と縮合後、加水分解して57とした。これを26と縮合、次いで脱保護することにより化合物7を得た。化合物6、及び8も類似の経路で合成した。

Scheme 2

 これら合成した化合物のDNA切断活性をTable1に示す。

Table 1.Summary of DNA Cleavage Properties of 3-8

 化合物3は鉄単独よりも3〜6倍強いDNA切断活性を示したが、ブレオマイシンに特徴的な5’-GC,5’-GT選択性はなく、金属錯体形成部位に核酸認識能力が無いことが判った。一方、4はブレオマイシンA2とほぼ同等の活性を示し、従来いわれていた末端の糖にあるカルバモイル基は重要ではなく、また、糖鎖は1つ目のグロースだけでブレオマイシンA2の活性中間体を安定化するのに十分であることが明らかとなった。これに対し、5は5’-GC,5’-GT選択性こそ示したが、それ以外は4やブレオマイシンA2より明らかに劣っており、デグリコブレオマイシンA2(2)よりもやや低活性であった。これによりグロースは活性中間体の安定化だけではなく、DNAと結合するための配座をとるのに重要な寄与をしている事がわかった。また7および8は非常に弱いDNA切断活性しか示さなかった。L-ヒスチジンの二級アミドは、金属錯体の配位座の一つとしてブレオマイシンA2の活性発現に必須である事が確認された。さらに6は、全ての活性がデグリコブレオマイシンA2とほぼ等しく、ヒスチジンの-位の水酸基は必要でないことが明らかとなった。

 第三章は結論、四、五、六章はそれぞれ実験の部、謝辞、及び引用文献である。

 以上本論文は、ブレオマイシンのN末端の金属錯体形成部位の類縁体を合成し、そのDNA切断活性を調べることにより、従来重要と思われていたカルバモイル基のついた末端の糖が必要でないことを明らかにするなど、構造活性相関に大変重要な知見を得たもので学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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