1929年Flemingによるpenicillinの発見後、微生物由来二次代謝産物の利用は、抗細菌性物質(抗生物質)以外に、抗真菌性抗生物質、抗癌性抗生物質及び薬理活性物質として医療分野、さらに殺菌剤、除草剤、殺虫剤及び植物成長調節剤として農業分野へ幅広く応用され、現代社会に必要不可欠なものとなっている。また、微生物由来二次代謝産物は、動物、植物、微生物及び昆虫等を含む生物の機能を解明するうえで、分子プローブとして重要な研究ツールとなっており、科学技術の発展と応用の観点からも重要な役割を果たしている。新規な化学構造あるいは新規な作用性を有する化合物を、微生物二次代謝産物から探索する意義がここにある。 微生物代謝産物から新規化合物を求めるためには、新規なスクリーニング系を用いて探索を行うことが、目的を達成するための重要な方法である。このために、(1)ファージレセプターアッセイ系、及び(2)マンノース耐性赤血球凝集(mannose resistant hemagglutionation:MRHA)不活性化アッセイ系、により新規な抗生物質を探索し、(3)アセトラクテート(ALSase)阻害アッセイ系、及び(4)種子発芽阻害アッセイ系、により新規な除草性抗生物質の探索を行った。 ファージレセプターアッセイ系では、主としてEscherichia coli B株が、bacteriophage T4により溶菌する現象を利用した。この系では、T4phageがE.coli B株への吸着を示さず、かつE.coli B株の増殖を阻害しない代謝産物を探索した。MRHA不活性化アッセイ系では、ある種の家畜の腸管病原性大腸菌がK88抗原を有し、この抗原により腸管へ定着あるいは付着することを利用した。マンノース存在下、E.coli E68 K88ab株によるモルモット赤血球凝集を阻害する微生物代謝産物を探索した。ALSase阻害剤の探索は、ヨウシュヤマゴボウの懸濁細胞培養株のALSaseを利用した。このような物質は、必須アミノ酸であるロイシン、イソロイシン及びバリンの生合成を阻害し、低毒性除草剤として期待される。種子発芽阻害は、(3)のin vitroの酵素阻害アッセイとin vivoの探索系を対にして探索をおこなった。 ファージレセプターアッセイ系によりAT-265物質が見出された。AT-265を、質量分析、元素分析、紫外線吸収スペクトル及びNMR測定データから、5’-sulfamoyl-2-chloroadenosineと同定した。また、同時に2-chloroadenosineも単離した。本化合物の生産培地から塩素原子を除き、KBrを添加した培地においては、5’-sulfamoyl-2-bromoadenosine及び2-bromoadenosineを単離した。Streptomyces rishiriensis IFO 13407の形態的特徴、培養性状及び生理的性状を比較した結果から、AT-265生産菌をS.rishiriensisの1種と同定した。AT-265は、蛋白合成阻害を一次作用点としており、その結果として、E.coliの増殖に比較して、ファージレセプターであるリポ多糖の合成が、より低濃度で阻害されたものと推定された。 MRHAを阻害する物質の探索の結果、Streptomyces sp.No 207株が選択された。培養、単離及び精製の結果、活性物質は2成分であった。それぞれ理化学的データ、NMRスペクトルデータよりhygromycin A及びmethoxyhygromycinと決定された。両化合物は、マンノース存在下、モルモット赤血球を凝集するE.coli E68 K88abの能力を1.56〜100g/ml以上にわたる濃度において阻害し、この濃度範囲においては、E.coli E68 K88abの増殖を阻害しなかった。hygromycin A及びmethoxyhygromycinは、腸管毒性E.coliのMRHA能力を特異的に不活性化する化合物と結論される。同様の不活性化は、濃度範囲(0.78〜3.13g/ml)は狭いがchloramphenicolにおいても観察された。 ALSase阻害剤の探索においては、No.958株が見出された。本物質は、100℃、10minの加熱処理で失活し、ゲル濾過カラムによるHPLC分取の結果、高分子画分に活性が見られた。また、10%TCA処理、プロテアーゼ処理により失活し、蛋白性の高分子と考えられた。 シードリング試験により選択されたNo.888株が生産する物質(ST-888)は、レタス及びエノコログサの葉を白化させる活性を示した。ST-888は、陰イオン性の極性物質であり、Dowex 1 x 8(Cl-1)、DEAE-Toyopearl 650C及びSephadex G-15カラムクロマトグラフィーとイオンペアーHPLC分取により単一物質として精製された。 ST-888は、Hanes-Isherwood反応に陽性を示したことから、リン原子を有する物質である。本物質は、主として分光学的データから2-hydroxy-2-hydroxymethyl-3-oxobutylphosphonic acidと決定され、C-P結合を持ちかつイソプレン骨格を持つユニークな化学構造を示す化合物であった。ST-888の生産菌を、稀少放線菌Saccharothrix属に属する菌株と同定した。化学構造中C-P結合を有し、Saccharothrix sp.により生産されることから、ST-888をphosphonothrixin(1)と命名した 1のpH8.0のD2O(0.1 M H3BO3-KCl-NaOH水溶液)中でのNMR測定において、2.28ppmの積分値は、半減期141分を持つ指数的な減少を示した。1H NMRのメチル基のシグナル消失後、13C NMRの 26.0ppmのシグナルが消失し、 26.6ppmにマルチプレットシグナルが出現した。この多重度は、13C-D間のカップリングによるものであり、重水素の核スピン量子数1によるものある。重水素交換した1のTMS誘導体は、分子イオンピークm/z489((M+4TMS)+)及びフラグメントイオンピークm/z443((M+4TMS-COCD3)+)を示し、メチルケトンの全ての水素が重水素と交換することを示した。1のこのようなH-D交換反応性は、極めて特異的なものである。 1の除草性の特徴は、1)非選択的作用性、2)白化作用、3)茎葉処理で効果を示す、4)後期茎葉処理では効果が低下することである。 メチル(ブロモメチル)アクリル酸から6段階の工程で、ラセミ体1を合成し、分光学的データから決定した天然物1の化学構造を確定した。メチルケトンの反応性を避けるために、メチルケトン基を合成工程の最後に導入することにより成功した。 図 本研究で見出された化合物の化学構造 バクテリオファージの吸着を阻害するアッセイにより、Streptomyces rishiriensis sp.AT-265株が、新規な微生物二次代謝産物AT-265(5’-sulfamoyl-2-chloroadenosine)、Br-AT-265(5’-sulfamoyl-2-bromoadenosine)を生産すること、また同時に2-chloroadenosine及び2-bromoadenosineを生産することを発見した。細菌の組織定着性を阻害するアッセイにより既知化合物hygromycin A、新規類縁体methoxyhygromycinを発見した。これら化合物は、腸管毒性E.coliによるMRHAを特異的に阻害する物質であり、新しい家畜感染症予防の可能性を示すものである。シードリング試験によりSaccharothrix属の1菌株が、C-P結合を持ちかつイソプレン骨格を持つ新規化合物phosphonothrixinを生産することを発見した。 本研究により、特徴的なスクリーニング系は、新規な化合物の発見あるいは作用性の発見を導くこと。および、微生物二次代謝産物は、依然として新規化合物の宝庫であることを示すことができた。 |