学位論文要旨



No 213853
著者(漢字) 本家,弘之
著者(英字)
著者(カナ) モトイエ,ヒロユキ
標題(和) 新規ビスフォスフォネート系薬剤、インカドロネート長期投与の骨量および骨密度に及ぼす作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213853
報告番号 乙13853
学位授与日 1998.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13853号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 西村,亮平
内容要旨

 骨粗鬆症は骨量の減少と骨の微細構造の劣化から,骨が脆弱化し骨折の危険性が増加する疾患である.骨は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成を経て,新たな骨組織へと置換される活発な代謝を常に営んでいる.このような骨吸収と骨形成の均衡が崩れ,相対的に骨吸収が優位になった場合に骨量は減少する.本症に対する治療の主体はいかに骨の粗鬆化を予防するかにあり,従来から骨吸収抑制薬の開発が進められてきた.その代表的薬剤がビスフォスフォネートである.

 一般にビスフォスフォネートは投与後速やかに骨組織に取り込まれるが,生体内でほとんど分解されないため,骨における半減期は非常に長く,長期投与に伴って骨への蓄積量が増加する.ビスフォスフォネートには骨吸収抑制作用と同時に骨の石灰化抑制作用もあり,その骨への蓄積量の増加が骨石灰化抑制作用と関連すると考えられている.また,ビスフォスフォネートの骨吸収抑制作用に起因する低代謝回転の状態が長期間続いた場合には,骨の力学的特性が損なわれる可能性が懸念される.したがって,ビスフォスフォネートを長期間投与した際の骨の力学的特性については詳細な検討を行う必要がある.

 これら薬剤の作用を検討するための骨粗鬆症の動物モデルとして,従来から卵巣を摘出したラットが広く用いられてきた.しかし,ラットはその生涯を通じて成長を続ける動物であり,その骨格の代謝様式はヒトとは大きく異なっている.一方,卵巣摘出犬も閉経後骨粗鬆症モデルとして検討されてきた.しかし,その妥当性に関しては一定した結論が得られておらず,有意な骨量減少がとらえられたという報告と,骨量に変化は認められなかったという報告が存在する.犬の骨格のエストロゲン欠乏に対する反応が一様でない原因の一つとして,一般に用いられる犬用飼料に含まれるカルシウム含量の高さが考えられる.ラットやミニブタにおいてはカルシウム摂取量の制限が,卵巣機能の低下に対する骨の感受性を増大させることが報告されているため,カルシウム摂取量を制限した卵巣摘出犬は,閉経後骨粗鬆症の病態を解析する上で適切なモデルとなる可能性がある.しかし,現在までに犬においてカルシウム制限と卵巣摘出の骨に対する影響を詳細に検討した研究はなされていない.

 新規ビスフォスフォネート,disodium dihydrogen(cycloheptylamino)methylenebisphosphonate monohydrate(インカドロネート)は,ビスフォスフォネートの基本骨格であるP-C-P結合の炭素原子の側鎖にアミノ基および環状構造を導入した化合物である.現在までの研究で,インカドロネートは骨吸収が亢進した各種動物モデルに対し明確な骨吸収抑制作用を示し,少なくとも短期間投与では骨の力学的強度に悪影響を与えないことが明らかとなっている.

 以上を背景とし,本研究ではインカドロネートの骨粗鬆症治療薬としての有効性を明らかにすることを目的とし,本化合物を長期間投与した際の骨に対する影響を,各種評価法を用いて総合的に検討するとともに,骨粗鬆症モデルとしてのカルシウム摂取量を制限した卵巣摘出犬の骨動態を詳細に評価した.さらにこのモデルを用いて骨量,骨強度および骨代謝回転に対するインカドロネートの影響を評価した.

 第一に,雌雄の正常ラット550匹を用い,毒性用量に近いきわめて高い投与量を含むインカドロネートを2年間にわたり投与した.投与終了後上腕骨を採取し,骨幹部3点曲げ試験,骨幹端圧縮試験,および灰化重量の測定を行った.その結果,雄群においては骨幹部最大曲げ荷重の有意な増加が観察された.雌群ではその作用は有意ではなかったが,少なくとも最高用量群においても強度の減弱は認められなかった.また骨幹端の最大圧縮荷重および剛性は雌雄ともに用量依存的かつ有意に増加した.さらにインカドロネート投与によって上腕骨の灰化重量は雌雄ともに用量依存的に増加し,これらの値は骨幹部の曲げ荷重と正の相関を示した.以上の結果から,インカドロネートは薬効用量よりはるかに高い用量を長期投与した際でも骨量を増加させ,かつそれに見合った力学的特性を維持することが明らかとなった.この事実は石灰化障害を念頭に置いた場合,インカドロネートが非常に広い安全域を有することを示唆するものであった.

 第二に,よりヒトに近い骨構造と骨代謝様式を有する犬におけるインカドロネートの長期投与の影響を検討した.インカドロネートを雌雄正常犬40頭に対し1年間にわたり投与し,大腿骨および腰椎の各部位の骨密度を測定した.投与終了後,大腿骨骨幹部三点曲げ試験,大腿骨頸部曲げ試験,ならびに第2腰椎椎体および第3腰椎海綿骨の圧縮試験を行った.その結果,ラットとは異なり骨密度および力学的強度に明らかな変化は認められなかった.雌犬群の第3腰椎海綿骨標本の灰分密度はインカドロネートの投与により用量依存的な増加が認められ,これらの値は圧縮強度と正の相関を示した.以上の結果から,インカドロネートはヒトに近い骨代謝が行われる犬においても,長期間にわたって骨の力学的特性に悪影響を与えないことが示唆された.

 第三に,21ヵ月齢のビーグル犬19頭を用い,カルシウム制限および卵巣摘出を行った時の骨動態を詳細に検討し,骨粗鬆症モデルとしての有用性を評価した.すなわち,これらの動物を擬手術および通常飼料群,擬手術および低カルシウム飼料群,卵巣摘出術および低カルシウム飼料群の3群に分類し,18ヵ月にわたり経時的な骨密度と骨代謝パラメーターの測定を行った後,摘出骨の骨密度測定,骨強度試験ならびに骨形態計測を実施した.その結果,カルシウム摂取量制限および卵巣摘出によって,骨密度は短期間で大幅に減少した.その減少速度は皮質骨よりも海綿骨を多く含む部位で速く,この事実は両者の代謝回転速度の違いに起因すると考えられた.また,カルシウム制限単独では皮質骨および海綿骨の骨密度と骨強度が低下し,海綿骨強度の低下は骨梁幅の減少に起因することが明らかとなった.卵巣摘出は皮質骨の骨密度と骨強度に明らかな変化を与えなかったが,海綿骨においては骨梁の微細構造を劣化させ,カルシウム制限単独よりもさらに顕著に海綿骨強度を低下させた.この海綿骨強度は正常の50%以下にまで減少した.骨代謝マーカーおよび骨形態計測による解析により,このモデルは骨吸収が亢進した高代謝回転型の骨量減少モデルであることが明らかとなった.これらの病態はヒト閉経後骨粗鬆症と良く一致しており,本症研究には有用なモデルとなり得ることが証明された.

 最後に,この骨粗鬆症モデル犬における骨量および骨強度の減少に対するインカドロネートの抑制作用を検討した.カルシウム制限および卵巣摘出を行った28頭のビーグル犬を用い,インカドロネートを0.01,0.1および1.0mg/kgの投与量で18ヵ月間経口投与した.その間,経時的な骨密度と骨代謝パラメーターの測定を行った後,摘出骨の骨密度測定,骨強度試験ならびに骨形態計測を実施した.その結果,インカドロネートは海綿骨を多く含む腰椎の骨密度減少を用量依存的に抑制した.また同時に海綿骨強度はほぼ正常に維持され,これは海綿骨の骨量減少および骨梁構造の劣化が抑制された結果であると考えられた.一方,皮質骨の骨量および骨強度に対しては,本化合物は明らかな作用を示さなかった.さらに骨形態計測の結果,本モデルの亢進した骨代謝回転はインカドロネート投与によって過剰に低下することはなく,石灰化も抑制されないことも証明された.

 以上の結果から,カルシウム制限および卵巣摘出により海綿骨強度が50%以下に減少する本モデルにおいても,インカドロネートはその骨吸収抑制作用を通じて骨量の減少を抑制し,長期間にわたりその効果を維持し得ることが明らかになった.また骨強度にも変化を与えなかったことから,インカドロネートは骨質に悪影響を与えずに,骨量に見合った骨強度を維持することが結論づけられた.本邦における骨粗鬆症の多くが,カルシウム摂取量の少ない閉経後女性に発症するという事実を考慮すると,本モデルにおけるインカドロネートの骨密度ならびに骨強度減少抑制効果は,本症に対する本化合物の有用性を強く示唆するものであり,また長期投与に伴う安全性も高いことから,今後骨粗鬆症の予防および治療薬としてきわめて有望であると考えられた.

審査要旨

 骨粗鬆症は骨量の減少と骨の微細構造の劣化から,骨が脆弱化し骨折の危険性が増加する疾患である。本症では骨吸収と骨形成の均衡が崩れ,相対的に骨吸収が優位になっており,その予防法としてビスフォスフォネート系薬剤などの骨吸収抑制薬の開発が進められている。

 一般にビスフォスフォネートの骨における半減期は非常に長く,長期投与に伴って骨への蓄積量が増加する。ビスフォスフオネートには骨吸収抑制作用と同時に骨の石灰化抑制作用もあり,また骨吸収抑制作用に起因する低代謝回転の状態が長期間続いた場合には,骨の力学的特性が損なわれる可能性が懸念される。新規ビスフォスフォネート,disodium dihydrogen(cycloheptylamino)methylenebisphosphonate monohydrate(インカドロネート)は,ビスフォスフォネートの基本骨格であるP-C-P結合の炭素原子の側鎖にアミノ基および環状構造を導入した化合物である。現在までの研究で,インカドロネートは骨吸収が亢進した各種動物モデルに対し明確な骨吸収抑制作用を示すこと,少なくとも短期間投与では骨の力学的強度に悪影響を与えないことが明らかとなっている。

 一方,骨粗鬆症の動物モデルとしては,従来から卵巣を摘出したラットが広く用いられてきた。しかしラットの骨格の代謝様式はヒトとは大きく異なっている。また,卵巣摘出犬も閉経後骨粗鬆症モデルとして検討されてきたが,その妥当性に関しては一定した結論が得られていない。最近ラットやミニブタにおいてはカルシウム摂取量の制限が,卵巣機能の低下に対する骨の感受性を増大させることが報告されており,カルシウム摂取量を制限した卵巣摘出犬は,閉経後骨粗鬆症の病態を解析する上で適切なモデルとなる可能性がある。

 以上の背景を基に,本研究ではインカドロネートの骨粗鬆症治療薬としての有効性を明らかにすることを目的とし,本化合物を長期間投与した際の骨に対する影響を,各種評価法を用いて総合的に検討するとともに,骨粗鬆症モデルとしてのカルシウム摂取量を制限した卵巣摘出犬の骨動態を詳細に評価した。さらにこのモデルを用いて骨量,骨強度および骨代謝回転に対するインカドロネートの影響を評価した。

 第一に,雌雄の正常ラット550匹を用い,毒性用量に近いきわめて高い投与量を含むインカドロネートを2年間にわたり投与した。その結果,上腕骨の骨幹部骨強度は雌雄に若干の差はあるものの,有意な増加が認められた。さらに上腕骨の灰化重量は雌雄ともに用量依存的に増加した。

 第二に,高用量のインカドロネートを雌雄正常犬40頭に対し1年間にわたり投与した。その結果,ラットとは異なり骨密度および力学的強度の増加は認められなかったが,ヒトに近い骨代謝が行われる犬においても,長期間にわたって骨の力学的特性に悪影響を与えないことならびにその安全性が示唆された。

 第三に,21ヵ月齢のビーグル犬19頭を用い,食餌中カルシウム制限および卵巣摘出を行った時の骨動態を詳細に検討し,骨粗鬆症モデルとしての有用性を評価した。すなわち,これらの動物を擬手術および通常飼料群,擬手術および低カルシウム飼料群,卵巣摘出術および低カルシウム飼料群の3群に分類し,18ヵ月にわたり経時的な骨密度と骨代謝パラメーターの測定を行った後,摘出骨の骨密度測定,骨強度試験ならびに骨形態計測を実施した。その結果,カルシウム制限は海面骨の骨密度を,卵巣摘出は海綿骨の骨梁の微細構造を主として劣化させ,両者の作用により海綿骨強度は正常の50%以下にまで減少することが明らかとなった。さらに骨代謝マーカーおよび骨形態計測による解析により,このモデルは骨吸収が亢進した高代謝回転型の骨量減少モデルであることが明らかとなった。これらの病態はヒト閉経後骨粗鬆症と良く一致しており,本症研究には有用なモデルとなり得ることが証明された。

 最後に,この骨粗鬆症モデル犬28頭に対し,各用量のインカドロネートを18ヵ月間投与し,骨量および骨強度の減少に対する本剤の抑制作用を検討した。その結果,インカドロネートは海綿骨を多く含む腰椎の骨密度減少を用量依存的に抑制した。また同時に海綿骨強度はほぼ正常に維持された。一方,皮質骨の骨量および骨強度に対しては,本化合物は明らかな作用を示さなかった。さらに骨形態計測の結果,本モデルの亢進した骨代謝回転はインカドロネート投与によって過剰に低下することはなく,石灰化も抑制されないことが証明された。

 本研究は,最近増加傾向にある閉経後骨粗鬆症に類似する犬のモデルを用い,新規ビスフォスフォネート系薬剤であるインカドロネートの骨代謝に対する作用をきわめて詳細に検討したものであり,学術上ならびに臨床応用上貢献するところは少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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