学位論文要旨



No 213855
著者(漢字) 大石,和夫
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,カズオ
標題(和) 溶骨性骨転移腫瘍の骨微小環境における細胞間相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213855
報告番号 乙13855
学位授与日 1998.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13855号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
内容要旨 (序)

 臨床において癌の最も問題となる特性は、その転移形質と考えられる。近年、癌細胞と転移先の微小環境との相互作用が、臓器特異的転移に大きな影響を与えていることが明らかとされてきているが、骨転移については、モデル系が十分確立されていないこともあり、多くが未解明の状態である。

 本研究は、臨床において高頻度に溶骨性骨転移を起こすヒト乳癌由来の細胞であるH-31細胞、MDA-MB-231細胞、およびマウス骨転移モデル系にて溶骨性骨転移を示すことが明らかとされているヒトメラノーマ細胞A375M細胞を用い、癌細胞と骨関連細胞との相互作用について検討を加え、骨転移機構における細胞間相互作用の果たす役割の一端を明らかとすることを目的とした。

(結果と考察)1.溶骨性骨転移細胞の骨吸収活性および骨転移像

 まず始めに、上記3種の癌細胞培養上清を用い、骨において転移巣を形成するために重要と考えられる骨吸収活性について検討を行った。その結果、いずれの細胞においてもマウス頭頂骨からのCa遊離作用が認められ、その頭頂骨には明瞭な破骨細胞(TRAP染色陽性細胞)と破骨細胞に取り囲まれるように骨吸収像が観察された。

 また、MDA-MB-231細胞をマウス左心室内に移植し、6週間後大腿骨の組織標本を観察すると、癌細胞と接する骨組織は厚みが減少し、癌細胞と骨の間には破骨細胞が多数認められた。

 これらのことから、これらの癌細胞は、破骨細胞を利用して骨吸収を引き起こすことにより自らの増殖の場を確保し、骨転移巣を形成することが示唆されたため、以下その骨吸収過程に関連すると考えられる、癌細胞と骨関連細胞との細胞間相互作用について検討を行なった。

2.類骨層破壊に関わる癌細胞-骨芽細胞間相互作用2-1.癌細胞による骨芽細胞からのMMP-1産生促進

 破骨細胞は、骨表面に類骨層が存在した状態では骨基質の吸収ができず、その類骨層の破壊にはtype Iコラゲナーゼが必要であることから、骨芽細胞の産生するtype Iコラゲナーゼが骨吸収に重要な役割を果たしている可能性が示唆されてきている。そこでまず、H-31細胞とヒト骨芽細胞様細胞MG63細胞のcocultureを行い、培養上清中のtype Iコラゲナーゼ活性を測定した。その結果、両細胞をcocultureすることにより顕著な活性の増加が認められた。次に、各細胞の単独培養上清を他方の細胞に添加しその培養上清中の活性を測定することにより、H-31細胞由来の液性因子がMG63細胞のtype Iコラゲナーゼ産生を促進していることが明らかとなった。この結果は、癌細胞としてMDA-MB-231細胞、骨芽細胞としてマウス骨芽細胞MC3T3-E1細胞を用いた場合にも同様に認められた。

 次に、この骨芽細胞の産生するtype Iコラゲナーゼの同定を行ったところ、マトリックスメタロプロテアーゼであるMMP-1であることが明らかとなった。H-31細胞の培養上清は、MG63細胞に作用しMMPのinhibitorであるTIMP-1,2の産生も促進させることが判明したが、コラーゲンコート上にMG63細胞を培養しH-31細胞の培養上清を添加すると、コラーゲンの遊離が促進されることより、totalとしてのコラーゲン分解活性が上昇していることが明らかとなった。また、器官培養系を用いた骨吸収活性の検討において、H-31細胞培養上清によるCa遊離作用は、MMPのinhibitorであるminocyclinにより抑制された。

 これらの結果より、骨髄腔に侵入した溶骨性癌細胞は、骨芽細胞からのMMP-1産生を促進し、類骨層の分解を引き起こすことにより、破骨細胞による骨吸収を促進させている可能性が示唆された。

2-2.癌細胞のコラーゲンへの走化作用

 骨芽細胞による類骨層の破壊に次ぐ癌細胞の挙動を検討するために、H-31細胞およびMDA-MB-231細胞のコラーゲンおよびその分解物への走化作用について検討を行った。まず、chemotaxis assay系においてコラーゲンをトランスウエル下層に添加し、癌細胞の走化性について検討したところ、コラーゲンの濃度依存的に走化性が認められた。次いで、コラーゲンコートした下層に骨芽細胞を培養した後、上層に癌細胞を添加し走化性を検討した結果、骨芽細胞を培養していない場合に比べ顕著なchemotactic responseが観察された。

 これらの結果より、溶骨性癌細胞は骨芽細胞による類骨層の分解を促進させるとともに、その結果、分解・遊離したコラーゲンヘ走化性を示すことにより、骨基質内へ浸潤していく図式が考えられた。

3.破骨細胞の分化・形成に関わる癌細胞-骨芽細胞間相互作用3-1.癌細胞による骨芽細胞からのIL-11産生促進

 上述したように、溶骨性癌細胞のin vivo骨転移像およびマウス頭頂骨を用いた骨吸収活性測定系においては、明瞭な破骨細胞像の出現が観察される。そこで、破骨細胞の分化・形成における溶骨性癌細胞の関与について検討を行った。

 まず、癌細胞自身が、破骨細胞形成に関わる幾つかの因子をどの程度産生しているかについて検討を行ったが、いずれの細胞も、若干のIL-1,GM-CSF,M-CSF等の産生がみられたのみで、破骨細胞の形成促進に関わると考えられるほど高濃度の破骨細胞形成因子は認められなかった。

 幾つかの破骨細胞形成因子は、骨芽細胞がその産生能を有していることが明らかとなってきている。そこで次に、癌細胞が骨芽細胞に作用し破骨細胞形成因子を産生させている可能性について検討を行った。その結果、A375M細胞,MDA-MB-231細胞およびH-31細胞の培養上清はいずれも骨芽細胞様細胞Saos-2細胞からのIL-11産生を顕著に増加させた。Saos-2細胞単独の培養上清は、骨吸収活性測定系においてCa遊離作用を示さなかったが、A375M細胞培養上清で処理したSaos-2細胞の培養上清は、A375M細胞培養上清と比較しても有為な骨吸収活性を示し、その活性は抗IL-11抗体によって阻害された。

 これらの結果より、溶骨性癌細胞の示す溶骨反応は、癌細胞が骨芽細胞からのIL-11産生を誘導し、そのIL-11が破骨細胞の形成を促進することにより引き起こされる経路が存在する可能性が示唆された。

3-2.癌細胞による骨芽細胞からのIL-11産生促進メカニズム

 癌細胞由来の液性因子が骨芽細胞のIL-11産生を誘導すると考え、IL-11産生誘導因子の癌細胞における発現について、RT-PCR法を用い検討した。その結果、IL-1 mRNAは、A375M細胞およびMDA-MB-231細胞で、TGF-1,M-CSFおよびPTHrPのmRNAはいずれの癌細胞においても発現が認められた。

 そこで、これらサイトカイン/ホルモンの中和抗体/アンタゴニストを用い、A375M細胞培養上清によるSaos-2細胞からのIL-11産生促進の阻害活性について検討したところ、抗TGF-中和抗体のみが阻害作用を示した。また、MDA-MB-231細胞,H-31細胞培養上清によるIL-11産生促進作用も抗TGF-中和抗体にて阻害された。

 これらのことから、これら癌細胞の産生するTGF-1が骨芽細胞のIL-11産生を促進している可能性が示唆されたため、A375M細胞培養上清のTGF-活性を、Mv1Lu細胞のDNA合成阻害活性を指標として測定した。しかしながら、A375M細胞培養上清中には活性型及び潜在型TGF-活性は認められず、むしろSaos-2細胞が潜在型TGF-を産生していることが明らかとなった。また、Saos-2細胞をA375M細胞培養上清で処理した培養液中に活性型TGF-が出現した。このことより、Saos-2細胞からのIL-11産生を促進するTGF-はA375M細胞由来ではなく、Saos-2細胞が産生した潜在型TGF-をA375M細胞培養上清が活性化したものであると考えられた。

(まとめ)

 以上、溶骨性骨転移腫瘍の骨における増殖の場形成に関わる癌細胞と骨芽細胞との相互作用について検討を行なった。その結果、(1)癌細胞による骨芽細胞からのMMP-1産生促進(類骨層破壊→破骨細胞活性化)、(2)癌細胞による骨芽細胞からのIL-11産生促進(破骨細胞形成促進)、の2つの観点から、溶骨性癌細胞が骨芽細胞を利用し破骨細胞による骨吸収を促進させることにより、自らの増殖の場を形成している可能性を明らかとした。今回得た知見は、近年他の臓器特異的転移で示されてきている癌細胞と転移先臓器の間質細胞との相互作用による転移巣の形成促進が、骨芽細胞・破骨細胞といった特殊な細胞が存在する骨においても同様に認められる可能性を示唆している。

 骨には種々のサイトカイン・ホルモン類が存在し、それらは骨のリモデリングに様々なステージで関わっている可能性がin vitroにおいては示されてきている。しかし、in vivoにおいてこれらの因子が生理的にどの程度の重要性をもって働いているかについては、多くが未解明の状態である。今後in vivoにおいて、骨髄腔に侵入した癌細胞が骨吸収(増殖のための場形成)を引き起こすにあたり、最も重要で普遍的な因子を明らかにしていくことにより、溶骨性骨転移を抑える薬剤のtargetが見い出されることを期待する。

審査要旨

 近年、癌細胞と転移先の微小環境との相互作用が、臓器特異的転移に大きな影響を与えていることが明らかとされてきているが、骨転移については、多くが未解明の状態である。本研究は、骨転移機構における癌細胞と骨関連細胞との細胞間相互作用の果たす役割について検討を加え、以下の成果を得た。

 (1)溶骨性骨転移細胞の骨吸収活性および骨転移像:臨床において高頻度に溶骨性骨転移を起こすヒト乳癌細胞(H-31細胞、MDA-MB-231細胞)および骨転移モデル系にて溶骨性骨転移を示すことが明らかとされているヒトメラノーマ細胞(A375M細胞)の培養上清を用い、骨において転移巣を形成するために重要と考えられる骨吸収活性について検討を行った。その結果、いずれの細胞もマウス頭頂骨からのCa遊離作用を示し、その頭頂骨には明瞭な破骨細胞(TRAP染色陽性細胞)と破骨細胞に取り囲まれた骨吸収像が観察された。また、in vivo骨転移像においても、癌細胞と接する骨組織は厚みが減少し、癌細胞と骨の間には破骨細胞が多数認められた。これらのことから、これら癌細胞は、破骨細胞を利用して骨吸収を引き起こすことにより自らの増殖の場を確保し、骨転移巣を形成していることが示唆された。

 (2)類骨層破壊に関わる癌細胞-骨芽細胞間相互作用:破骨細胞は、骨表面に類骨層が存在した状態では骨基質の吸収ができず、その類骨層の破壊には、骨芽細胞の産生するtype Iコラゲナーゼが重要な役割を果たしている可能性が示唆されてきている。そこで、ヒト乳癌H-31細胞とヒト骨芽細胞様細胞MG63細胞のtype Iコラゲナーゼ産生における相互作用について検討を行った。その結果、H-31細胞由来の液性因子がMG63細胞のtype Iコラゲナーゼ産生を促進していることが明らかとなった。この結果は、癌細胞としてMDA-MB-231細胞、骨芽細胞としてマウス骨芽細胞MC3T3-E1細胞を用いた場合にも同様に認められた。この骨芽細胞の産生するtype Iコラゲナーゼは、マトリックスメタロプロテアーゼであるMMP-1であることが明らかにされた。また、骨器官培養系において、H-31細胞培養上清による骨吸収作用は、MMPのinhibitorであるminocyclinにより抑制された。H-31細胞およびMDA-MB-231細胞はコラーゲンに対して走化性を示すことも明らかとなった。これらの事実は、骨髄腔に侵入した溶骨性癌細胞は、骨芽細胞からのMMP-1産生を促進し類骨層の分解を引き起こすことにより、破骨細胞による骨吸収を促進させるとともに、その結果、分解・遊離したコラーゲンへの走化性を示し、骨基質内へ浸潤していく可能性が示された。

 (3)破骨細胞の形成に関わる癌細胞-骨芽細胞間相互作用:in vivo骨転移像および骨器官培養系において、癌細胞による破骨細胞の出現が観察されたため、破骨細胞の形成における癌細胞の関与について検討を行なった。その結果、いずれの癌細胞培養上清も、骨芽細胞様細胞Saos-2細胞からの破骨細胞形成因子であるIL-11産生を顕著に増加させた。Saos-2細胞単独の培養上清は、骨吸収活性測定系においてCa遊離作用を示さなかったが、A375M細胞培養上清で処理したSaos-2細胞の培養上清は、A375M細胞培養上清と比較しても有為な骨吸収活性を示し、その活性は抗IL-11中和抗体によって阻害された。癌細胞におけるIL-11産生誘導因子の産生について、RT-PCR法を用い検討した結果、IL-1,TGF-1,M-CSFおよびPTHrPのmRNA発現が認められたが、癌細胞培養上清によるIL-11産生促進は、抗TGF-中和抗体のみが阻害活性を示した。このことより、癌細胞の産生するTGF-1が骨芽細胞からのIL-11産生を促進している可能性が示唆されたが、A375M細胞培養上清中には活性型及び潜在型TGF-活性は認められず、Saos-2細胞が潜在型TGF-を産生していることが明らかとなった。また、Saos-2細胞をA375M細胞培養上清で処理した培養液中に活性型TGF-が出現した。これらの結果より、これら癌細胞は、骨芽細胞の産生する潜在型TGF-を活性化することにより、骨芽細胞からのIL-11産生を誘導し、破骨細胞の形成を促進することにより溶骨反応を引き起こしている可能性が示された。

 以上、本研究は溶骨性骨転移腫瘍と骨関連細胞との細胞間相互作用について検討を行ない、骨芽・破骨細胞といった特殊な細胞が存在する骨においても、それらを利用した癌細胞の転移巣形成促進機構が存在する可能性を明らかとしたものであり、また骨転移を抑える薬剤の開発に示唆を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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