学位論文要旨



No 213858
著者(漢字) 古田,智基
著者(英字)
著者(カナ) フルタ,トモキ
標題(和) 鋼板とコンクリートを用いた新構法の耐震性能と実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213858
報告番号 乙13858
学位授与日 1998.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13858号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨

 本研究は、従来の鉄筋コンクリート構造部材における鉄筋にかえて鋼製プレートを用いたプレキャスト(以下PCa)部材により、省力化・高耐久化を可能とするプレートコンクリート(以下PLRC)構法という新しい構法を提案し、その耐震性能の把握と実用化を目標とした研究である。本論文は9章および付録から構成されており、その内容は以下に示すとおりである。

 第1章では、過去のデータに基づいて建設業における労働生産性向上の必要性,耐久性の高い住宅供給の必要性,ならびに1995年の兵庫県南部地震でも明らかとなった耐震性能の確保の必要性を示し、本研究の背景および研究方針を整理した。

 第2章では、建設業における生産性を他産業のそれとさまざまな観点から比較し、工事現場の生産性向上のための今後の方向を探った。まず、本論文における生産性を定義し、次に工事全体における建設業の生産性を検討し、これらが他産業と比較して低位にあり、かつ長期的展望においても漸次低下傾向にあることを示した。

 そして、生産性を向上させるための今日的な手法のひとつとして、生産工程の複合化・システム化が重要であり、そのためにはこの生産工程を構成する個々のサブシステムが、相互に柔軟な接合が可能であることが必要であることを示した。

 第3章では、来るべき高齢化社会,人口減少社会を、真に豊かな成熟社会にするために、従来の生産性を追及した工業化構法システムに加えて、一層飛躍した建物の耐久性向上をはかるための新たな生産・供給システムによる良質な住宅ストックの必要性を示し、今後の我が国における良質な社会的資本としての住宅を整備するための計画,設計,生産,供給,維持・管理に関する幅広い総合的システムを検討している。

 第4章では、第2および3章における議論を踏まえ、生産工程の過度な労務の浪費を改善し、社会状況の変化に対応しうる安定した機能の確保、および安定した地域社会を形成し長期間継続的に存在可能な建物を供給するための新たな構法、すなわちPLRC構法を提案している。

 本章では、このPLRC構法の基本的な考え方について示すとともに、新しいPCa構法における各部材の製造方法などを検討している。

 第5章では、新しく提案したPLRC構法の構造的特徴を示すとともに、中層以下の建物を対象とした構造部材の性能評価手法を構築するための基礎データを得ることを目的に、梁,柱,柱・梁接合部等の構造性能を実験的に検討した。

 梁部材に関しては、コンクリート断面中のプレートを2枚にしたタイプと、1枚プレートタイプの両者についての単純梁加力方式による繰り返し載荷実験結果から、コンクリートのひび割れ、プレートの降伏および終局耐力を確認し、破壊性状を明らかにするとともに、その変形性能(靭性能)は中高層壁式ラーメン鉄筋コンクリート造(HFW)梁部材と同程度であることを示した。そして、単純梁加力方式による実験の結果、性状のより優れていた1枚プレートタイプの梁部材を対象に、せん断応力状態をより厳しく設定した短スパン梁試験体を用いて、実地震荷重に対する部材応力状態を模擬した逆対称加力方式(大野式)による繰り返し載荷実験を行い、単純梁加力方式による繰り返し載荷実験結果と同程度の性能が確保できることを明らかにした。すなわち、PLRC構法の梁部材は、加工手間が少なく施工性に優れている1枚プレートタイプの方が、破壊性状,靭性能およびエネルギー吸収能の面においてより優れた挙動を示すことを確認した。さらに、1枚プレートタイプは、終局時にいたるまでプレートとコンクリートの一体性を保持することを確認した。

 柱部材に関しては、まず片持梁加力方式により繰り返し載荷実験を行い、耐力,変形性能,プレートの応力状態および破壊性状を確認したのち、梁部材同様逆対称加力方式による繰り返し載荷実験により構造性能の確認を行った。その結果、柱中央部に設けた補強プレート(タイプレート)が、柱十文字型断面入り隅部における部材方向の縦ひび割れをともなう縦ずれ破壊による急激な耐力低下を防ぐ上で、極めて有効であることを確認した。

 柱・梁接合部に関しては、上記の梁,柱部材の実験結果に基づき計画した7層程度の建物の柱・梁接合部を取り出し繰り返し載荷実験を行い、本試験体程度の部材形状を用いれば梁降伏先行型架構が実現できること、終局時におけるプレート作用応力の検討から接合部プレートの耐力は梁降伏時における作用応力に対して2.8倍程度の余裕度があること、梁降伏時の接合部せん断変形量は通常のRC構造における接合部破壊時のせん断変形量の1/30倍程度であること、を確認した。

 また、過去に実施した実大フレーム試験体を利用し、スラブ付梁部材の繰り返し載荷実験を行い、PLRC構法フレームを梁降伏先行型の純ラーメン架構として計画する際に、梁の曲げ耐力に考慮すべきスラブの有効幅を検討した。その結果、日本建築学会「鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針・同解説」(以下「終局強度型指針」)における降伏機構設計時変形レベルでの有効幅は、同学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」で示されている有効幅と同程度を考慮すればよいこと、フレームの最終的な崩壊機構に梁曲げ降伏型を想定する降伏機構保証設計の場合はスラブ全幅の50%以上を考慮する必要があること、を示した。

 第6章では、第5章における梁および柱部材の破壊性状に対する耐力評価手法の検討を行った。すなわち、通常のRC構造部材に適用されることの多い応力ブロック法ならびに断面分割法による梁,柱部材の終局曲げ耐力、および破壊メカニズムに基づく柱十文字断面入隅部に発生する縦ひび割れをともなう縦ずれ耐力評価手法の検討を行い、これらを第5章の実験結果と比較している。

 まず、梁および柱部材の終局曲げ耐力は、応力ブロック法,断面分割法いずれによっても算定することが可能であり、その推定精度はほぼ等しいことを示した。

 次いで、柱部材の十文字断面入隅部において部材方向に沿って発生する縦ひび割れをともなう縦ずれ耐力は、本論文で提案するメカニズム、すなわち断面分割法により求められる断面入隅部の作用応力と、その部分におけるコンクリートのせん断抵抗力が等しくなったときに縦ずれ破壊が生じるとした仮定に基づく算定式により推定可能であることを確認した。

 第7章では、「終局強度型指針」に準じた梁の曲げ降伏先行型の全体降伏機構を前提に、第5章におけるPLRC構法の各構造部材特性の実験的検討ならびに第6章における部材耐力評価手法の検討を踏まえて、終局時における梁および柱部材の構造性能評価手法に関する基本的考え方、すなわち構造設計への適用方法を示した。

 まず、本論文における実験範囲内の試験体形状を用いれば、(1)梁部材の場合は曲げ破壊型、柱部材の場合は部材中央部に補強プレート(タイプレート)を設けることにより曲げ破壊型となること、(2)柱部材の縦ずれ破壊は、タイプレートの設置により防止することが可能であること、(3)梁,柱部材の実験結果を基に計画した7層程度の建物の柱・梁接合部を取り出した実験からは、梁曲げ降伏先行型が実現できること、から以下の構造規定を設けた。すなわち、設計時におけるPLRC部材性能の評価手法では、まずPLRC構法の適用の範囲を整形な中層以下の建築物に限定し、各部材には実験範囲内による構造規定を設けることにより建物の倒壊を誘起するような脆性(せん断)破壊を防止し、各部材が曲げ降伏型となるように計画した。さらに、柱部材については構造規定においてタイプレートの設置を規定し、曲げ降伏時においても柱断面入隅部に発生する縦ずれ破壊を発生させないためのプレート量を規定した。

 次いで、梁および柱部材の終局時における曲げ強度式に関しては、ACIコードで定めている応力ブロック法を基本とし、特に梁部材の降伏機構保証設計時における上限強度算出の際には、スラブの有効幅を全幅の50%以上考慮することとし、そして柱部材の曲げ強度算出の際には、地震力に対して十文字型柱断面の矩形断面で各々の方向に抵抗するものとした。

 さらに、PLRC梁および柱部材の終局時における変形性能〈梁:限界変形角(Ru)=1/40,柱:Ru=1/65)と終局強度型指針における降伏機構保証設計時の降伏ヒンジ部材に保証している変形性能(Ru=1/50)を比較して、終局強度型指針の設計方針にしたがいPLRC構法の耐震設計を進めるうえで1階柱脚に降伏ヒンジを計画する場合、PLRC柱部材の変形性能は終局強度型指針により設計されたRC部材よりも低いことから、想定地震動以上の入力に対してはPLRC柱部材の限界変形角(Ru=1/65)以下に1階の層間変形が十分におさまるのを確認する必要があることを示した。

 第8章では、PLRC構法における労働生産性について、定量的,定性的な分析を加えた。すなわち、第7章における構造規定を満足するような部材を設定した2階建ての試施工建築物を対象に、部材の製造から現場における建方・構成部材要素間の接合に要した労務量について調査し、RC造在来構法と対比しながら躯体工事についての本構法の労働生産性を分析した。

 その結果、PCa部材製造に要した労務量も含めてRC在来構法と比較した場合、省力率は47.2%とPLRC構法は建築生産システム全体の労務量の削減に対して非常に有効であることが確認されたが、実施歩掛りが設定歩掛りを上回っている職種もあり、PCa部材の製造方法や接合方法などに改善の余地もまだ残されていることを明らかにした。

 第9章では、全章の結果をまとめ、今後の検討課題を記してまとめとした。

審査要旨

 本論文は,「鋼板とコンクリートを用いた新構法の耐震性能と実用化に関する研究」と題し,従来の鉄筋コンクリート構造部材における鉄筋にかえて鋼製プレートを用いたプレキャスト(以下PCa)部材を利用することにより,省力化および高耐久化を目指したプレートコンクリート(以下PLRC)構法と呼ぶ新構法を提案し,その耐震性能の把握と実用化を目標とした研究である.本論文は9章および付録から構成されており,その内容は以下に示すとおりである.

 第1章「序論」では,建設業における労働生産性向上の必要性,耐久性の高い住宅供給の必要性,ならびに1995年・兵庫県南部地震でも明らかとなった耐震性能の確保の必要性を既往のデータに基づいて示し,本研究の背景および研究方針を整理した.

 第2章「建設業における生産性の検討」では,まず本論文における生産性を定義するとともに建設業における生産性を検討し,これが他産業と比較して低位にあり,かつ長期的展望においても漸次低下傾向にあることを示した.次いで,生産性の向上をはかるためには,生産工程の複合化およびシステム化が必要であり,そのためには生産工程を構成する個々のサブシステムが,相互にかつ柔軟に接合可能であることの重要性を示した.

 第3章「建物に要求される耐久性の検討」では,来たるべき高齢化社会,人口減少社会を,真に豊かな成熟社会にするためには,従来の生産性を追及した工業化構法システムに加えて,建物の耐久性向上をより一層はかるための新たな生産システムおよび供給システムによる良質な住宅ストックの必要性を示し,今後の我が国における良質な社会的資本としての住宅を整備するための計画,設計,生産,供給,維持・管理に関する幅広い総合的システムを検討している.

 第4章「PLRC構法の開発の意義とその位置付け」では,第2章および第3章における議論を踏まえ,生産工程の過度な労務の浪費を改善し,社会状況の変化に対応しうる安定した機能の確保,および安定した地域社会を形成し長期間にわたり存続可能な建物を供給するための新たな構法,すなわちPLRC構法を提案し,その基本的な考え方および新しいPCa構法における各部材の製造方法などを検討している.

 第5章「PLRC構法の構造特性に関する実験的検討」では,第4章で提案したPLRC構法の構造的特徴を示すとともに,中層以下の建物を対象とした構造部材の性能評価手法を構築するための基礎データを得ることを目的に,コンクリート断面中のプレートの配置方法,タイプレートの有無が柱の構造特性に与える影響,柱・梁接合部のせん断変形量,梁の曲げ耐力に寄与するスラブの有効幅等について,繰り返し載荷実験結果に基づき詳細に検討している.

 第6章「PLRC構法の部材耐力評価手法に関する検討」では,第5章における梁および柱部材の破壊性状に対する耐力評価手法の検討を行った.まず,梁,柱部材の曲げ終局耐力については,通常のRC構造部材に適用されることの多い応力ブロック法ならびに断面分割法に基づく耐力評価を行い,いずれの手法においても精度良く耐力が推定できることを示した.また柱十文字断面の入隅部に発生する縦ひび割れをともなう縦ずれ耐力については,断面入隅部の作用応力がコンクリートのせん断抵抗力に達した時に縦ずれ破壊が生じると仮定した破壊メカニズムから導かれる耐力評価手法を新たに提案し,実験耐力が本評価手法により推定可能であることを示した.

 第7章「設計時におけるPLRC部材の性能評価手法」では,日本建築学会「鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針・同解説」に準じた梁の曲げ降伏先行型の全体降伏機構を前提に,第5章におけるPLRC構法の各構造部材特性の実験的検討ならびに第6章における部材耐力評価手法の検討を踏まえて,終局時における梁および柱部材の構造性能評価手法,構造設計への適用方法を示した.すなわち,本研究における実験的検討で対象とした構造詳細を基本とした構造規定に加え,柱およびはり部材の復元力特性の設定方法,柱の縦ずれ破壊を防止するための必要タイプレート量,降伏機構保証設計時の梁曲げ耐力算定において考慮すべきスラブ協力幅等についての規定を設けた設計手法を提案している.

 第8章「PLRC構法の施工性に関する検討」では,第7章に示した規定を満足する部材を用いた2階建ての試施工建築物を対象に,RC造在来構法と対比しながら躯体工事についての本構法の労働生産性を分析し,PLRC構法が建築生産システム全体の労務量の削減に対して極めて有効であるものの,PCa部材の製造方法や接合方法などに改善の余地もまだ残されていることを明らかにした.

 第9章「結論」では,全章の結果をまとめるとともに,今後の検討課題を記してまとめとした.

 また,付録1〜4では第2章および3章における建設業の生産性,耐久性等の検討に用いた既往のデータを,付録5では第5章における実験結果の詳細データを,付録6では第7章で提案した設計手法に基づく試設計例を,付録7では第8章で検討した生産性向上のための継手手法に関する基礎実験結果を,それぞれ整理して示している.

 以上のように,本論文は鋼製プレートを用いた新たな構法,すなわちPLRC構法を対象に,その実用化と耐震性能の把握を目的に,実験的および解析的に検討を加え,それらの結果に基づき耐震設計法の提案を行ったものであり,その成果は耐震工学の発展に寄与するところが極めて高いと考えられる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格であると認める.

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