学位論文要旨



No 213860
著者(漢字) 多賀,秀徳
著者(英字)
著者(カナ) タガ,ヒデノリ
標題(和) エルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した太洋横断光ファイバ通信系に関する研究
標題(洋) A Study of Trans-Oceanic Optical Fiber Communication Systems using Erbium-doped Fiber Amplifiers
報告番号 213860
報告番号 乙13860
学位授与日 1998.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13860号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 光ファイバ通信は、近年の情報化社会の基盤技術としてその研究開発が進められてきた。実用的な光増幅器であるエルビウムドープ光ファイバ増幅器の登場は、光ファイバの損失という長距離通信における制限条件を緩和したため、光ファイバ通信を新たな段階へ進めさせる契機となった。国際間の通信に使用される長距離海底ケーブル伝送路では特に、これまでの再生中継方式の電気回路を光増幅器によって置き換えることにより、電気回路によって制限されていた光ファイバ伝送路の伝送容量の大幅な増大が期待された。本論文は、このような技術的要請に基づいて行われた研究の成果をまとめたものであり、エルビウムドープ光ファイバ増幅器を中継器として使用した長距離の光ファイバ通信系、特に太洋横断目的の海底光ファイバ通信系に関する技術的課題とその克服を研究したものである。

 エルビウムドープ光ファイバ増幅器は、その増幅機能の物理的な本質として、光信号のビットレートに依存しない増幅が可能であること、光信号の変調方式に依存しない増幅が可能であること等の優れた特徴を有するため、長距離光ファイバ通信の光中継器として使用することによって、光ファイバ伝送路の大幅な性能向上、特に伝送容量の増大が図れることが期待されていた。しかしながらエルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した光ファイバ通信系では、これまでの再生中継方式の電気回路を使用した光ファイバ通信系では考慮されていなかった技術的課題の検討が必要となった。エルビウムドープ光ファイバ増幅器は、光信号を増幅すると同時に自然放出光雑音を発生するので、発生した光雑音は光増幅器を多中継することによって累積し、結果的に光信号対雑音比の劣化を誘起する。自然放出光雑音は、再生中継方式の光ファイバ通信系では発生しないので、これまでは光信号対雑音比の劣化は考慮する必要がなかった。また、光ファイバの非線形性は光信号波形を劣化させるが、再生中継方式においては電気回路で波形劣化が解消されるため、これまでは考慮する必要がなかった。しかしエルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した光ファイバ伝送路では、光信号波形の劣化が累積してしまうため、伝送特性を劣化させる要因となる。本論文では、エルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した長距離光ファイバ通信系の技術的課題を明確化するため、光ファイバ通信系の伝送特性劣化要因について、理論計算や簡単な数値計算を用いて検討を行った。具体的には、エルビウムドープ光ファイバ増幅器が発生する光雑音の累積による伝送距離制限の理論的検討、光ファイバの非線形性による伝送距離制限の理論的検討、光部品の偏波依存性による伝送特性の時間的変動の数値計算による検討を行った。

 エルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した長距離光ファイバ通信系の実用化のためには、技術的課題を明確化した後、その技術的課題を克服する方法を明らかにし、その方法に基づいて光ファイバ伝送路を設計し、構築して伝送実験を行い、所要の伝送特性を達成していることを確認することが必要である。そこで、技術的課題の明確化に続いて、それを克服するための光ファイバ伝送路の設計の検討を行った。光信号対雑音比による伝送距離制限を克服するためには、光信号強度を増大することによって光信号対雑音比を改善することが有効であるが、光ファイバの非線形性による伝送距離制限を克服するためには、光信号強度を減少させることが必要である。技術的課題の中には、このように相矛盾する条件を要求する場合があるので、矛盾する条件の中で最適な伝送特性が得られるような設計パラメータを選択することが必要となる。本論文では、このような場合における設計パラメータ設定の考え方を示した。光ファイバの設計パラメータにおける矛盾する条件を両立させる手法としては特に、分散マネジメント法の導入を図った。また、光部品の偏波依存性が引き起こす時間的変動を抑圧するために要求される偏波依存性の特性については、光ファイバ伝送路の性能上許容可能な上限を設けることによって明確化した。

 上述したような過程を経て、エルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した長距離光ファイバ通信系の技術的課題を克服する設計が与えられたので、次にそれに基づいて実験用の光ファイバ伝送路を構築し、実際に光信号を伝送させ、伝送特性の評価を符号誤り率を用いて行うことで性能の検証を行った。この実験的検証では、設計パラメータの妥当性を実証すると同時に、理論検討に基づいた設計では明らかにできない、システムパラメータの設計値からのばらつきに対する許容度の検討も行った。まず、1000kmの光ファイバと31台のエルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した周回実験系を構築し、光信号をこの伝送路の中に繰り返し周回して伝送させることで、長距離伝送を模擬する評価を行った。その結果、最長12000kmの伝送後でも、必要とされる10-9以下の符号誤り率を達成することができることが確認され、太平洋横断に必要な距離である9000kmを余裕をもって伝送可能であることが実証された。また、伝送路の零分散波長と光増幅器の最大利得波長のずれに対する信号波長の許容偏差等の評価も、同一の実験系を使用して行った。さらに、現実の海底光ファイバ通信系では、光部品や光ファイバを製造する際のばらつきが生じるので、より現実に即した実験系として9000kmの光ファイバ伝送路を構築し、伝送特性の検証を行った。その結果、製造ばらつきのある部品を使用した場合でも問題なく伝送が可能であることが実証された。

 以上述べてきた本論文の成果は、第5太平洋横断ケーブルネットワークとして実用化が成されたが、エルビウムドープ光ファイバ増幅器の優れた特性を活かした将来の技術の検討を行うことは、今後の海底光ファイバ通信系を考える上で重要である。そこで次世代の技術として、波長多重技術と光ソリトン技術の二つの技術について、伝送実験を含む基礎的な検討を行った。波長多重技術は、エルビウムドープ光ファイバ増幅器が複数の光信号波長を一括して増幅可能であるという特性を活用する技術であり、光ソリトン技術は、エルビウムドープ光ファイバ増幅器が高速の光短パルスを増幅可能であるという特性を活用する技術である。波長多重技術では、2〜4波多重した信号を数百km以上伝送し、伝送特性の評価を行った。光ソリトン技術では、周回伝送路を用いて長距離の光ファイバ伝送路を模擬し、伝送特性の評価を行った。このような基礎的な実験の結果、これら二つの技術の将来性が確認できた。

 本論文では、エルビウムドープ光ファイバ増幅器を光中継器として使用する長距離海底光ファイバ通信系の研究を行い、この系の伝送特性を制限する要因を検討し、制限要因の下で伝送特性を最適化する設計指針を示し、伝送実験によって設計指針の正当性を実証した。また、将来の技術として、波長多重技術と光ソリトン技術の基礎的な検討を行い、その可能性を示した。これらの結果を基に、将来の海底光ファイバ通信系でどの程度の伝送容量が可能か考察し、まとめている。

 以上

審査要旨

 本論文は「∧ Study of Trans-Oceanic Optical Fiber Communication Systems using Erbium-doped Fiber Amplifiers(エルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した太洋横断光ファイバ通信系に関する研究)」と題し,英文で執筆され,6章からなる。

 光ファイバ通信は,近年の情報化社会の基盤技術としてその研究開発が進められてきたが,エルビウムドープ光ファイバ増幅器の登場は,光ファイバの損失という長距離通信における制限条件を緩和したため,光ファイバ通信を新たな段階へ進めさせる契機となった。本論文は,エルビウムドープ光ファイバ増幅器を中継器として使用した長距離の光ファイバ通信系,特に太洋横断目的の海底光ファイバ通信系に関する技術的課題とその克服を研究したものである。

 第1章は序論であり,太洋横断を目的とする海底光ファイバ通信系における光ファイバ増幅器の重要性を論じた後,本論文の構成を示している。

 第2章は「Limitation factors of the long-distance IM-DD system」と題し,IM一DD方式の長距離光伝送システムの性能を制限する要因が,光SN比の劣化,ファイバの分散および非線形性に基づく波形歪み,光ファイバ偏波依存性であることを明示している。さらに理論解析および数値解析により,これらの要因による伝送性能の劣化を定量化した。具体的には,エルビウムドープ光ファイバ増幅器が発生する光雑音の累積による伝送距離制限の理論的検討,光ファイバの非線形性による伝送距離制限の理論的検討,光部品の偏波依存性による伝送特性の時間的変動の数値計算を行っている。

 第3章は「Design consideration of the long-distance IM-DD system」と題し,第2章での技術的課題の明確化に続いて,それを克服するための光ファイバ伝送路の設計の検討を行った。光信号対雑音比による伝送距離制限を克服するためには,光信号強度を増大することによって光信号対雑音比を改善することが有効であるが,光ファイバの非線形性による伝送距離制限を克服するためには,光信号強度を減少させることが必要である。技術的課題の中には,このように相矛盾する条件を要求する場合があるので,矛盾する条件の中で最適な伝送特性が得られるような設計パラメータを選択することが必要となる。光ファイバの設計パラメータにおける矛盾する条件を両立させる手法としては特に,分散マネジメント法の導入を図った。また,光部品の偏波依存性が引き起こす時間的変動を抑圧するために要求される偏波依存性の特性については,光ファイバ伝送路の性能上許容可能な上限を設けることによって明確化した。

 第4章は「Experimental demonstrations of the long-distance IM-DD system」と題し,設計に基づいて構築された光ファイバ伝送路の伝送特性を符号誤り率の測定により,実験的に評価した。

 この実験的検証では,設計パラメータの妥当性を実証すると同時に,理論検討に基づいた設計では明らかにできない,システムパラメータの設計値からのばらつきに対する許容度の検討も行った。まず,1000kmの光ファイバと31台のエルビウムドープ光ファイバ増幅器を使用した周回実験系を構築し,光信号をこの伝送路の中に繰り返し周回して伝送させることで,長距離伝送を模擬する評価を行った。その結果,太平洋横断に必要な距離である9000kmを余裕をもって伝送可能であることが実証された。また,伝送路の零分散波長と光増幅器の最大利得波長のずれに対する信号波長の許容偏差等の評価も,同一の実験系を使用して行った。さらに,現実の海底光ファイバ通信系では,光部品や光ファイバを製造する際のばらつきが生じるので,より現実に即した実験系として9000kmの光ファイバ伝送路を構築し,伝送特性の検証を行った。その結果,製造ばらつきのある部品を使用した場合でも問題なく伝送が可能であることが実証された。

 第5章は,「Basic study of the future technologies of the long-distance optical fiber communication system」と題し,次世代の技術として,波長多重技術と光ソリトン技術の二つの技術について,伝送実験を含む基礎的な検討を行った。波長多重技術では,2〜4波多重した信号を数百km以上伝送し,伝送特性の評価を行った。光ソリトン技術では,周回伝送路を用いて長距離の光ファイバ伝送路を模擬し,伝送特性の評価を行った。このような基礎的な実験の結果,これら二つの技術の将来性が確認できた。

 第6章は本論文の結論である。

 以上のように本研究では,エルビウムドープ光ファイバ増幅器を光中継器として使用する長距離海底光ファイバ通信系の伝送特性を制限する要因を検討し,制限要因の下で伝送特性を最適化する設計指針を示し,伝送実験によって設計指針の正当性を実証した。さらに将来の技術として,波長多重技術と光ソリトン技術の基礎的な検討を行い,その可能性を示した。本論文は,太洋横断を目的とする海底光ファイバ通信技術に大きく寄与すると考えられ,電子工学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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