本論文は、「多重量子井戸電界吸収型光変調器の高性能化に関する研究」と題し、多重量子井戸を用いた電界吸収型光変調器の動作電圧低減、超高速化などの高性能化の要件を理論的解析と詳細な実験により明らかにするとともに、実際にその高性能化を実現したこと述べたものであり、六章から構成されている。 第一章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。光ファイバを用いた光伝送システムの大容量化に向けて10Gbit/s以上の高速光伝送を行うためには「外部変調方式」が必須であるという背景と、その実現のために高変調効率および低電圧動作など優れた性能の期待される多重量子井戸電界吸収型光変調器に着目したことを述べた上で、1.55m帯光伝送システムで利用されるInGaAs/InAlAs多重量子井戸電界吸収型光変調器の高性能化を実現することが本研究の目的であることを述べている。 第二章では、光吸収層として歪み多重量子井戸を用いることでInGaAs/InAlAs多重量子井戸電界吸収型光変調器の動作電圧を低減できることを述べている。InGaAs/InAlAs多重量子井戸において、0.3%程度の伸張歪みを井戸層に導入することにより吸収端の電界によるシフトが増大することを理論的に示し、さらに歪InGaAs/InAlAs多重量子井戸電界吸収型光変調器を試作し、15dBの実用的消光比を1.2Vの低動作電圧で実現することでその効果を実証している。この動作電圧は無歪みの場合に比べて半分以下という顕著な結果である。さらに同変調器の変調帯域は22GHzであり、変調効率として18GHz/Vという大きい値を得ている。またさらに、10Gbit/sのファイバ伝送実験において、同変調器が低チャーピングという優れた特性を有することを示している。 第三章では、超高速化の点ですぐれた導波路集積化電界吸収型光変調器を提案し、試作によりそれを実証したことを述べている。電界吸収型光変調器の両端面に受動性の光導波路を集積化することにより、素子長を大きく保ったまま変調領域に起因する素子容量を低減して高速化を図り、40Gbit/sの光信号が発生可能な超高速光変調器を実現している。導波路集積化による挿入損失の増加は1dB以下にとどまっており、また素子構造を最適化することにより、世界最高値の変調帯域50GHz、動作電圧2.8Vなどを実現している。さらに同40Gbit/s光変調器のモジュールを作製し変調帯域42GHzを得ており、導波路集積化が実装の観点からも優れていることを示している。 第四章では、多重量子井戸電界吸収型光変調器を光ゲートスイッチへ応用できることを述べている。多重量子井戸層の伸張歪量と井戸幅を最適化して重い正孔と軽い正孔のエネルギー準位を縮退させることにより、変調特性の偏波・波長依存性を低減できることを示している。オフ状態において任意の波長・偏波に対して30dB以上の消光を同時に実現することに成功している。さらに波長多重信号をスイッチング時間40ps以下で極めて高速でスイッチングできることを示している。これらの結果から、多重量子井戸電界吸収型光変調器が超高速光ゲートスイッチとしても優れた性能を有することを実証している。 第五章では、多重量子井戸電界吸収型光変調器におけるフォトキャリアのダイナミクスの解析方法の提案およびその適用結果を述べている。多重量子井戸電界吸収型光変調器のOE周波数特性を測定することにより多重量子井戸のキャリアの掃出時間を測定する方法を提案し、この方法により無歪および歪InGaAs/InAlAs多重量子井戸のキャリアの掃出時間を測定した結果、歪多重量子井戸におけるキャリア掃出時間の方が短いことが示されている。また量子井戸内に蓄積するキャリア密度は導波路内の光強度が+10dBmのとき約1017cm-3程度に達することが予想され、実際に高周波変調特性の低周波数域における劣化として観測されることを示している。またInAlAs障壁層の圧縮歪み量の調節により変調効率の低下を招くことなく耐光入力レベルを+14dBm程度まで改善できる見通しが述べられている。 第六章は、本論文の総括であり、本研究で明らかになった多重量子井戸電界吸収型光変調器の高性能化に関する知見および実証された成果に関する要約が述べられているとともに、今後の研究課題とその解決への展望が示されている。 以上をまとめると、本論文では多重量子井戸電界吸収型光変調器の高性能化における従来にない有効な方法とその根拠が明らかにされている。それにより超大容量光伝送を可能とする超高速光変調器の物理的・技術的課題を解決している点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |