学位論文要旨



No 213864
著者(漢字) 笹間,宏
著者(英字)
著者(カナ) ササマ,ヒロシ
標題(和) 軌道軸に沿って正規化した連続線路画像とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213864
報告番号 乙13864
学位授与日 1998.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13864号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 出口,光一郎
内容要旨

 鉄道においては、長大な線路上に多数の列車を運行させており、線路空間の情況確認や設備検査が安全運転に不可欠な重要業務である。これに対して専用のセンサにより測定できる軌道の変位や架線の摩耗などの検査項目に関しては効率的な自動計測システムが実用化されているが、自動計測の難しい項目に関しては、人間の目視検査に頼ってきた。しかし最近は、作業者に厳しい労働と忍耐を要求する現場巡回検査作業に対する改善への要求が強く、画像を利用したマシンビジョンシステム導入へのニーズが高まっている。

 しかし、鉄道におけるマシンビジョンにおいては、曲線を含む軌道軸に沿った長大な連続空間を対象とし、ビデオカメラなどによる一般的な透視画像では、カメラからの距離に応じて対象設備の相対的な姿勢やスケールが変化し、軌道軸に沿った線路空間の規格性を体系的に生かした効率的な取り扱いが困難であった。そこで、本研究においては、鉄道線路空間に適した画像形式として、軌道軸を規準に方向とスケールを正規化した連続線路画像形式を提案し、これを得るための3つの方法とその性質を具体的に示し、それぞれの応用例により連続線路画像の効果を示した。

 最初に第2章において、本研究のベースとなる鉄道線路空間モデルと線路画像モデルについて提案した。鉄道線路空間の持つ「断面形状を建築限界によって規定され、直線あるいは緩やかな曲線の軌道軸に沿ったトンネル状の連続空間である」という性質に着目し、軌道軸を折れ線近似し、この折れ線軌道軸に沿って建築限界を包絡する矩形断面の仮想トンネルを考える。矩形断面の仮想トンネルは、上下左右の4つの軌道軸に沿った仮想面から構成される。そこで、その仮想面に近傍の鉄道設備と背景情報をマッピングしたものを連続線路画像と定義する。このような空間モデルの単純化により、仮想トンネルを構成する仮想面は矩形面の集合として扱われ、設備や背景の仮想面への投影、透視カメラ撮影における透視面画像と仮想面画像の相互変換など、連続線路画像に関する基本的な幾何学的処理が非常に容易になる。

 仮想面上に周辺設備と背景情況をマッピングする方法としては、仮想面に対して正射影で設備と背景を投影する方法が最も基本的な方法と考えられる。この正射影形式は従来から線路設備管理のために用いられてきた巻き紙状の線路図に対応するものである。しかし、実際にカメラ等で厳密な正射影画像を得ることは難しいので、現実的なマッピング方法として、次の3つの方法を提案しその実現方法を示すこととした。

 (1) 静止画像を仮想面投影変換により仮想面へ投影する方法

 (2) 動画像フレームの部分画像を移動投影変換により仮想面へ投影する方法

 (3) 走行車両搭載のラインセンサカメラにより直接走査撮影する方法

 軌道軸に沿って正規化された連続線路画像の特長は、撮影条件などに依存しない線路空間固有の画像であり、沿線設備の位置・姿勢・寸法などが軌道軸に沿って規格化されていることである。さらに、仮想トンネルモデルを介して連続線路画像と透視画像の相互変換が可能である。特に連続線路画像と透視画像の相互変換の性質は、本モデル固有の重要な性質で、本研究において示された各種の応用に活用される重要な性質である。

 第3章においては、連続線路画像を得るための基礎的な手段として、仮想面投影変換を提案した。これは、一枚のビデオ画像をスライドプロジェクタにより仮想トンネル壁面に投影することに対応する。得られる連続線路画像は、カメラからの距離が大きくなるにしたがって解像度が悪化し、仮想面正射影画像と比較した歪みも大きくなる。この仮想面投影変換は次の移動投影変換のベースとなるもので、また、この変換のために導いた透視座標変換と投影座標変換を利用して、連続線路画像の持つ撮影条件からの独立性や軌道軸に沿った規格性を利用した画像処理を行うことが出来る。具体的な効果を示す応用例として、この相互変換を利用して、撮影条件の異なる2枚の透視画像を共通連続線路画像上でのパターンマッチングにより比較する例と、連続線路画像上の鉄道設備の規格性を利用したHough変換の例を示した。

 第4章においては移動透視変換を提案した。これは、線路移動画像の各フレームから解像度および歪み特性の良い近距離部のみを仮想面投影変換し、これをつなぎ合せることにより一様な解像度と一様な歪み特性を持つ連続線路画像を得るものである。カメラを移動させながら連続線路画像を撮影し直す再生透視変換を行うことにより、元の線路移動画像を再生することがでる。移動投影変換により得られた連続線路画像は、もとの動画像のデータ量と比べると大幅にデータ量が減少するので、これを動画像圧縮機能として利用することが出来る。効率的な変換条件を与えると、1/300のデータ圧縮性能を実現することが出来た。さらに、得られた連続線路画像に1/10程度の一般的な空間的圧縮法を併用して、2段階の圧縮により1/3000という高い総合圧縮性能を得ることができた。ただし、この方法による再生画像においては、仮想面から離れた点に関して変換固有の歪みを伴い、完全可逆圧縮ではない。

 連続線路画像から再生線路画像を得る処理は、基本的にはコンピュータグラフィックスにおける環境マッピング法による画像生成処理と同じである。従って、一般の圧縮画像の再生と異なって、再生時のカメラ条件を自由に変更し、カメラ移動によるフレーム間隔を制御したり、他の物体との画像合成をしたりすることが可能である。そこで、列車運転シミュレータの映像制御の問題にこれを応用し、その効果を示した。従来の録画再生方式の運転シミュレータでは、低速走行時の画像がフレーム欠落により不連続なものとなり、録画時の線路状態以外の異常事態実現が難しい。これに対して、連続線路画像を用いた再生制御においては、カメラの移動速度を自由に制御でき、低速でもフレーム欠落無しのスムースな移動情況を再生できる。さらに、軌道軸に直交する補助面画像との合成法を導入することにより、自動車の踏み切り進入や突発的赤信号現示などの異常状態の生成が可能となる。

 第5章においては、車上搭載ラインセンサの移動走査により、解像度が高く歪みも少ない連続線路画像を得るための方法について述べる。線路周辺設備の巡回目視検査に代えて、快適な室内において画像上での設備検査を行うシステムの実現が求められている。これに対応出来る高い解像度の連続線路画像としては、ビデオカメラからの変換によるものでは不十分である。そこで、車上搭載ラインセンサの移動走査により、高い解像度で正射影に近い連続線路画像を得ることの出来るConSIS(Continuously Scanned Image System)という連続線路画像撮影システムを開発した。鉄道用設備検査システムとしては、特に高解像度性能と高速撮影性能の両立が要求される。その要求に応えるため、ConSISにおいては5000画素/ラインの解像度と40M画素/秒の高速データレートの基本性能を持ったカメラヘッド、撮影制御装置、高速大容量記録装置を実現した。

 トンネル壁面検査作業は、巡回検査の中で最も危険で環境条件の悪い作業であるため、作業の改善が強く望まれていた。そこで、3年間にわたってConSISを用いたトンネル撮影試験と壁面検査用画像データベースの開発を進めた。このシステムでは、トンネル壁面を4つのラインセンサカメラで分離撮影し、撮影後に計算機によりこれを接合して全面のトンネル壁面展開画像として利用する。また、人間の検査業務支援機能として、コンクリート面のクラック抽出機能の開発を行い、これらの機能を総合化した実用システムがほぼ完成している。

 最後に第6章において、線路透視画像内のレール軌跡から軌道軸の位置・姿勢を推定する方法について述べた。軌道軸に沿った連続線路画像を考えるためには、基準となる軌道軸の3次元的な位置・姿勢情報が必要である。一般にはこれらは線路形状情報として予め与えられているが、これが利用できない場合のために、与えられた線路画像から左右レール軌跡を抽出し、これを用いて軌道軸の位置・姿勢を定める方法を示した。特に、鉄道の実環境に適合した方法として、レール固有の映像条件に対応したレール抽出オペレータとトレース方式によるレール抽出法を提案し、左右レールの平行性、曲率に対するカントの設定ルールから軌道軸位置・姿勢を推定するアルゴリズムを導いた。

 以上述べたように、本研究において提案された線路空間と線路画像に関するモデルは、トンネル壁面検査や運転シミュレータ画像制御といった鉄道業務に対して、連続線路画像という形で直接役立つだけでなく、今後列車前方画像の認識にもとづく線路ビジョンといった高度な問題に体系的に取り組むための有力な手段を提供し得るものと考えている。

審査要旨

 鉄道においては,長大な線路に沿う線路空間の情況確認や設備検査が安全運転に不可欠である.この検査や確認に対して,従来,ごく少数の項目(軌道変位や架線摩耗など)に関しては専用センサによる効率的検査システムが実用化されているが,未だに,人間の目視検査に頼る部分も多く残されている.さらに,最近では,厳しい労働と忍耐を要求する巡回検査作業に対する改善への要求が強く,画像を利用したマシンビジョンシステム導入へのニーズが高まっている.

 これに対し,これまでは軌道軸に沿った線路空間の規格性を生かした体系的,効率的な取り扱いがなされていない.本論文においては,鉄道線路空間に適した画像形式として,軌道軸を規準に方向とスケールを正規化した連続線路画像形式を考案し,これを得る方法とその性質を示し,それぞれの応用例により連続線路画像の有効性を示している.本論文は全7章から構成されている.

 第1章は「序論」で,従来の関連技術をレビューし,問題点を指摘している.

 第2章は「線路空間と連続線路画像のモデル」と題し,本論文の基本となる鉄道線路空間と線路画像との関係について記述している.本論文では,鉄道線路空間が,建築限界によって規定され,直線あるいは緩やかな曲線の軌道軸に沿ったトンネル状の連続空間であることに着目し,軌道軸を折線近似し,この軌道軸に沿って建築限界を包絡する矩形断面をもつ仮想トンネルを考え,さらに,この仮想面に近傍の鉄道設備と背景をマッピングして連続線路画像を得ている.

 仮想面上に周辺設備と背景情況をマッピングする方法として,(1)静止画像を投影変換により仮想面へ投影する方法,(2)動画像フレームの部分画像を投影変換により仮想面へ投影する方法,および,(3)走行車両搭載のラインセンサカメラにより直接走査する方法,を提案しその実現方法を示している.

 この連続線路画像の特長は,沿線設備の位置・姿勢・寸法などが軌道軸に沿って規格化された線路空間固有の画像であるということである.また,連続線路画像と透視画像の相互変換が可能で,この相互変換可能性は,本論文の以下の応用において活用されている.

 第3章(「仮想面投影変換による静止画像からの連続線路画像とその応用」)においては,連続線路画像を得るための基本的な手段として仮想面への投影変換法を記述している.これは,画像をスライドプロジェクタにより仮想トンネル壁面に投影することに対応している.この変換のために導いた透視座標変換と投影座標変換を利用して,連続線路画像のもつ軌道軸に沿った規格性を利用した画像処理を行うことができることを示している.具体的な応用として,この相互変換を利用し,撮影条件の異なる2枚の透視画像を連続線路画像上でパターンマッチングさせて同定ができることや,連続線路画像上に変換することにより,Hough変換を利用した線路抽出ができることなどを例示している.

 第4章は「移動投影変換による動画像からの連続線路画像とその応用」で移動を伴う投影変換を提示している.これは,線路移動画像の各フレームから解像度および歪み特性の良い近距離部のみを仮想面へ投影し,これをつなぎ合せて一様な解像度と一様な歪み特性を持つ連続線路画像を得るものである.こうして得られた連続線路画像は,もとの動画像に比べて大幅にデータ量が減少するので,動画像圧縮機能として利用することもできることを指摘している.

 連続線路画像から再生画像を得る処理は,基本的にはコンピュータグラフィックスにおける環境マッピング法による画像生成処理と同じで,列車運転シミュレータの映像制御などに応用することができる.従来の録画再生方式の運転シミュレータでは,低速走行時の画像がフレーム欠落により不連続となるのに対し,カメラの移動速度を自由に制御でき,低速でもフレーム欠落無しのスムースな画像を再生できるという特長を有する.さらに,軌道軸に直交する補助面画像との合成により,自動車の踏み切りへの進入や突発的赤信号提示などの異常状態の生成も可能である.

 第5章(「ラインセンサ撮影による連続線路画像とその応用」)においては,車上搭載ラインセンサの移動走査により,解像度が高く歪みも少ない連続線路画像を得る方法について述べている.鉄道用設備検査システムには特に高分解能と高速撮影が要求され,走行速度20km/hで,1mmの空間分解能を達成するシステムを,5000画素/ラインの解像度と40M画素/秒の高速データレートをもつカメラヘッドと撮影制御装置ならびに高速大容量記録装置を用いて実現している.

 このシステムを用い,トンネル壁面を4つのラインセンサカメラで撮影して,計算機で接合し,トンネル壁面展開画像を得,壁面検査に用いる試みを行っている.さらに,人間の検査業務支援機能として,コンクリート面のクラック抽出機能を開発し,実用システムを構築している.

 第6章は「レール抽出と軌道軸の位置・姿勢の推定」と題し,連続画像を得るための条件を緩和する方法として,線路透視画像内のレール軌跡から軌道軸の位置・姿勢を推定する方法について述べている.すなわち,画像撮影の際,基準となる軌道軸の3次元的な位置・姿勢情報が得られない場合でも,撮影された線路画像から左右レール軌跡を抽出し,これを用いて軌道軸の位置・姿勢を定める方法を示している.現実の鉄道環境に適合する方法として,レール固有の性質に対応したレール抽出オペレータとトレース方式によるレール抽出法を提案し,左右レールの平行性,曲率に対するカントの設定ルールから軌道軸位置・姿勢を推定するアルゴリズムを導いている.

 第7章は「結論」で,論文で得られた知見を総括し,今後の展望に触れている.

 以上要するに,本論文において提示された線路空間と線路画像に関するモデルは,トンネル壁面検査や運転シミュレータ画像制御などの鉄道業務に対して,連続線路画像という形で役立つだけでなく,今後,列車前方画像の認識を伴う線路ビジョンというさらに高度な問題に取り組むための有力な手段を提供し得るもので,計測工学,交通工学上の寄与が大きい.よって,本論文は,博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54083