本論文は、軽水炉配管のLBB概念適用性を調べるために日本原子力研究所で著者が実施した配管不安定破壊試験研究で得られた成果をまとめている。 現状の軽水型原子炉プラントの圧力バウンダリ配管系には、想定配管破断事故に対し安全上重要な周辺機器を防護するため、機器の配置を考慮するとともに、配管の瞬時両端破断を想定してパイプホイップレストレントと呼ぶ防護設備が取り付けられている。これに対し、配管が瞬時破断する前に貫通したき裂から冷却材が漏洩し、この漏洩を検知することによりプラントを安全に停止できるという、いわゆる配管の漏洩先行型破損(LBB:Leak Before Break)概念が提唱され、瞬時両端破断は起こりえないとしてパイプホイップレストレントなどの防護設備を除去しようとする研究計画が1980年代から世界的に進められてきた。LBB概念の成立性が実証できれば、これらの防護設備は不要となり、設計合理化が期待できるとともに供用期間中検査時の作業性向上により作業員の被爆量を低減できるなどの利点が生じる。日本では、既にLBB研究成果の一部が、国の軽水炉安全審査指針に取り入れられ、設計に反映されつつある。 LBB概念の成立性を実証するための試験研究として、特に、貫通に至らない表面き裂を配管内面周方向に想定した場合、過大荷重が作用してもき裂が瞬時に伝播するような不安定破壊を起こさず、板厚方向にのみ伝播する安定破壊に至ることを実証することは重要である。日本原子力研究所で実施した配管不安定破壊試験は、このような背景のもとに計画されたものであり、表面き裂を有する配管試験体に単調増加荷重または繰り返し荷重を負荷することによって、配管が不安定破壊する条件を明らかにした。本論文では、配管不安定破壊を、外荷重を単調増加して内表面き裂を有する配管を破壊させる静的不安定破壊と、繰り返し荷重で配管を破壊させる動的不安定破壊に分けて検討した。 本論文は全部で5章から構成されている。第1章では従来の研究成果と本研究の目的と位置づけについて述べている。 第2章では、静的不安定破壊試験の実施方法、試験結果等を述べ、従来から提案されているlimit load法による静的不安定破壊評価手法をいくつか取上げて適用限界を明らかにしている。それらを試験結果と比較した結果、従来から提案されているlimit load法は、周方向に短く、肉厚方向に深い表面き裂を有する配管に対し、き裂が貫通するときの漏洩曲げモーメントを非安全側に評価する傾向のあることが分かった。 次に、著者が考案した半経験的な評価手法を提案し、試験結果との比較からその妥当性を述べるとともに、その妥当性を、有限要素法プログラムで計算したき裂断面応力分布や実断面応力基準による応力分布と比較することによって確認している。 Fig.1(a)は周方向表面き裂を有する配管に内圧pおよび漏洩曲げモーメントMLが作用した場合の応力分布モデルを示している。配管内のき裂リガメント部は他の断面に比べ著しい塑性変形をうけるので、より高い引張応力が作用していると考えられる。Fig.1(b)はき裂が管壁を貫通する時の応力分布を示している。そこで、Fig.1(a)において、き裂リガメント部には流動応力0、その他の部分には±m0(m≦1.0)の応力が作用しているものとする。周方向表面き裂を有する配管の漏洩曲げモーメントMLは軸方向の力の釣合いから次のように表せる。 Fig.1 Modelled stress distribution in pipe with a circumferential crack subjected to internal pressure and bending. L≦-のき裂形状で、 L>-の場合 ここで、Lは応力の中立角、x=d/t、Rは管平均半径である。 表面き裂が浅く短い場合にmの値は1.0に近く、深く長い場合には0に近くなることが直観的に予想される。そこで、本論文では一つの試みとしてmの値がき裂深さdとき裂半角度に依存するものと考え、次式のように定義した。 ここで、y=/であり、aとbの値は試験結果との比較により最小2乗法を適用して求め、SUS304ステンレス鋼製配管試験体を用いた静的不安定破壊試験では、a=7.8およびb=0.01とした場合に試験結果を精度良く予測できることがわかった。 また、周方向き裂を有する配管に荷重制御型の静的荷重が作用した場合、その配管がき裂貫通直後に不安定破壊するかどうかの限界き裂寸法は、漏洩曲げモーメントMLと崩壊曲げモーメントMBを比較することで評価できることを試験で確認した。 さらに、表面き裂付き配管のTearing modulus算出法を提案し、静的荷重下の不安定破壊特性を評価している。周方向に表面き裂を有する配管に外荷重曲げモーメントが作用した場合に、き裂が管壁を貫通する漏洩曲げモーメントML、およびき裂貫通直後のTearing modulus TappLを求める半経験則を提案し、試験結果との比較を行った。その結果、TappLの計算結果は試験結果と矛盾しないことがわかり、配管の表面き裂長さ2Rが同じでも、き裂深さ比d/tが異なると、TappLの値は大きく変わることを確認した。 第3章では、動的不安定破壊試験の実施方法、試験結果等を述べている。動的不安定破壊試験では、両端に重りを付けた表面き裂付き配管の振動試験を実施し、動的繰り返し荷重下における破壊挙動を調べた。試験結果から、動的不安定破壊した破面は静的不安定破壊のように大きなき裂開口を示さず、急速なき裂伝播は繰り返し荷重の正弦波の立ち上がり1/4サイクル中に起きるのではなく、数サイクルに渡って起きることが分かった。また、配管内に表面き裂が存在しても、貫通するまでは配管の第1次固有振動数はほとんど変化しないことが分かった。 実断面応力基準および著者が提案した評価手法を動的不安定破壊試験に適用し、試験結果との比較からそれらの適用精度を比較している。さらに、動的不安定破壊が生じる荷重条件およびコンプライアンスとの関係を明らかにしている。 Fig.2は、動的不安定破壊試験で配管に作用した負荷曲げモーメント振幅に対して著者が提案した評価式を使って計算した漏洩曲げモーメント振幅の比Mapp/ML2を縦軸に、き裂が貫通するまでの繰り返し数NPを横軸にして試験結果をプロットした結果である。相関直線の式は次式で与えられる。 その結果、著者が提案した評価式を用いてMapp/ML2を整理した結果、Kanninenらが提案した実断面応力基準より求めた漏洩曲げモーメント振幅による整理法よりも試験結果と良い相関になることが分かった。また、表面き裂付き配管の動的不安定破壊は、静的不安定破壊が発生する曲げモーメント値の約75%以上の曲げモーメントが繰り返し加わったときに生じることが分かった。さらに、静的荷重下では、コンプライアンスの高いことが配管の不安定破壊を起こすための必要条件であったが、地震荷重のような動的荷重下においては不安定破壊は荷重の大小に大きく依存し、コンプライアンスの影響は小さいことが分かった。 Fig.2 Relation between the ratio of applied bending moment range to leak bending moment range by this estimation formula and the number of cycles to crack penetration. 静的不安定破壊試験および動的不安定破壊試験で得られた結果をもとに、軽水炉一次冷却系配管にき裂を想定した場合の静的荷重に対する安全裕度を評価した。その結果、実機配管のように配管の材質、口径等が変わっても、未貫通き裂を内蔵する配管の不安定破壊予測において、著者が提案した評価式はKanninenらの提案した実断面応力基準より安全側で精度良い評価を与えることが分かった。 また、耐震設計審査指針に定められた応力状態IIIASの許容応力以下に設計・製作された実機配管系は仮にき裂が発生したとしても、本論文で提案したき裂寸法限界線以下の寸法の表面き裂であれば設計用基準地震動S1下で動的な不安定破壊を引き起こさないことが分かった。 第5章では、全体結論を述べている。 |