学位論文要旨



No 213867
著者(漢字) 松尾,誠治
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,セイジ
標題(和) 資源処理プロセスのロバスト制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 213867
報告番号 乙13867
学位授与日 1998.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13867号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡野,靖彦
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨

 資源処理プロセスは「プロセス自体の不確定性及び複雑性、外乱の特異性」などの特性を有する制御対象である。この様なプロセスに対し近年の制御に対する高度な要求に応えるには、従来のPID制御などに替わるアドバンスト制御と称する高度の制御技術の導入が不可欠である。本研究は、近年の計算機技術を有効に用いることで、資源処理プロセスに対するモデルベースのアドバンスト制御、特にロバスト制御を中心とした制御の適用を検討したもので、次の7つの章から構成されている。

 第1章では、資源処理プロセスの特徴とこれらのプロセスにおけるアドバンスト制御の重要性を述べるともに、本論文の研究目的を明確にした。

 第2章、3章では、先ず浮選、粉砕などにおける各種濃度制御系で遭遇する双線形系に注目し、ロバスト制御を中心とした制御の適用性を検討した。すなわち、

 第2章では、典型的な双線形プロセスに対するH制御の適用を検討した。この対象は、設定値(この場合、濃度)を変更するごとに対象の動特性が変動したり、水の流量を上げたにも拘わらず濃度が増大するいわゆる逆応答が生じる。そこで、これらの変動に対しても系の安定性を維持するH制御系の設計を行った。その結果、各種双線形対象に対し設定値の変更による対象の変動幅が小さい場合は勿論、変動幅が大きい場合においても安定な制御を行うことができた。また、この系にファジィ制御を実施した場合と比較したところ、全般的に速応性の良い制御が行われていたが、ファジィ制御の設計段階においては試行錯誤による多大の労力と時間を要した。一方、H制御は重み関数を調整するという体系的な作業により設計が行える利点が確認された。

 第3章では、前章で扱った双線形性に対し線形化手法を適用することで、H制御では得られなかった制御性能を実現した。ただし、この対象は系の特異性のため種々の線形化条件を満たさない。そこで、設計では対象の特性及び線形化条件を十分考慮した上で、対象の近似モデルを構築したのち対象の線形化を行った。この結果、線形化手法を用いたことで、制御性能の改善、すなわち、系の応答特性の設定値依存性の低減や、線形化領域の拡大による濃度設定値の広範囲の変更が可能となった。さらに、逆応答の影響についてもこの手法により補償することができた。特に、近似モデルの構築及び対象の一般性を考慮したn槽モデルへの線形化手法の適用を体系化したことにより、今後この種の一般的な条件に対しても当該手法の適用が可能となった。

 第4章から第6章においては、実操業対象に対するロバスト制御を中心とした制御の適用例として、セメント仕上げ粉砕プロセスをとりあげた。すなわち、

 第4章では、セメント仕上げ粉砕プロセスにおける制御の現状を明らかにし、この制御における問題点と課題を指摘した。

 第5章では、粉砕閉回路の物資収支モデルに基づいた対象の伝達関数モデルの構築を行った。モデル構築では、先ず対象の特性を把握するため、各種現場データの解析、及び物質収支にもとづく粉砕閉回路モデルの構築による対象の特性解析を行った。その結果、フィード量に対するミル排出産物の応答の時定数は数時間と長いこと、この条件下ではホールドアップ量の変化がミルの粉砕性に与える影響が大きいことなどが確認された。また、助剤添加量の増加は精粉量の増加を招くがこれにともなう粉砕費の増加により補償範囲は狭いこと、さらに、原料の被粉砕性の変化に起因しておよそ2時間程度の周期での精粉量の4-5%の変動がみられることもそれぞれ明らかになった。

 次に、構築した物質収支モデルを出発点とした制御のための対象の伝達関数モデルの導出を試みた。その際、複雑な対象の伝達関数の計算にはMATLABを用いた。その結果、フィード量の変化に対する厳密な伝達関数を導出することができた。さらに、係数Ksをもつ簡略化モデルを構築したことで、厳密な伝達関数の次数低減化や、カットサイズ及び助剤添加量を入力変数としたり比表面積を出力変数とする伝達関数の導出を行うことができた。

 第6章では、前章で構築したモデルを用い、この系に対するロバスト制御を中心とした制御系の設計を行った。設計においては、先ずこの系に対する制御方策の検討を行った後、提案した制御系に対する多変数コントローラの設計を実施した。

 制御方策の検討においては、従来のミル排出量定値制御では安定性は確保されるが精粉に関する制御を行うことができないこと、また、カットサイズによる精粉の制御では、精粉の品質及び精粉量を同時に維持できないことなどが定量的に明らかになった。そこで、著者はカットサイズによる制御にその設定値変更制御を組み合わせた階層型制御系を提案した。これにより、例えば、原料の被粉砕性の悪化に対し精粉量の減少を抑えることが可能となった。また、この手法で重要な原料の被粉砕性の変化の検出は、精粉の量と比表面積の同時検出による推定で可能となることを示した。さらに、著者は助剤添加量にもとづく制御とカットサイズによる精粉品質の制御を組み合わせた制御系をも提案した。これにより、原料の被粉砕性が大きく悪化した場合の精粉品質の維持や、被粉砕性の向上時の精粉品質を維持したままの精粉量のみの増加がそれぞれ可能になった。

 一方、コントローラの設計では、ホールドアップ量によるミル粉砕性の変化といった対象の非線形性や原料の被粉砕性の変化にともなう対象の動特性変化などを考慮するためH制御を適用を検討した。さらに、この設計では、設定値変更に対する速応性の改善を目的とした2自由度系の設計や、助剤による制御系に関する系の特性を考慮した対象の非干渉化を実施した。その結果、設計したH多変数コントローラにより、原料の被粉砕性の変化に対する精粉の設定値の維持や、系の速応性の改善が行えることが明らかになった。その際、提案した階層型の制御構造は精粉量の減少の抑制に有効であった。また、2自由度系を適用したことで外乱補償などのフィードバック特性を維持したまま設定値変更に対する速応性の改善が行えた。さらに、助剤添加量に対する非干渉化を行ったことで、ミル排出産物比表面積のみの増加や精粉品質を維持したままの精粉量の増加を実現することがぞれぞれ可能となった。

 最後に、第7章では、上述の各結論に対する総括を行った。

審査要旨

 資源処理プロセス、つまり選鉱・鉱物処理および廃棄物・廃水処理を包含する種々の処理プロセスは、近年における省資源・エネルギーおよび環境保護の観点からその重要度を高めている。したがって本研究は、それらのプロセスの最適設計、最適制御あるいは管理に資する情報を獲得することを目的として遂行されたものである。

 一般に不確定要素が多く、強い非線形性を呈する資源処理プロセスを対象とした場合、上記の目的の達成のためには、対象特性に関する言語表現の処理のためのファジィ集合論、ニューラルネットワークあるいは遺伝的アルゴリズムなどいわゆる知識工学的手法に頼る傾向が見られる。これに反して本研究では、対象プロセスの物理現象を出来る限り追究し、対象特性を公称数学モデルの形で把握した上で、不確定性あるいは非線形性を公称数学モデルからの偏倚としてとらえるロバスト制御理論の適用を試み、その有効性を示唆したことに特徴がある。

 七つの章で構成されている本論文について、論文審査上特記すべき点を章を追って記す。

 第1章では、資源処理プロセスの特性、とくに制御対象としての特性を吟味したのち、適用すべき制御理論あるいは制御手法を検討した結果、ロバスト制御の適用にその工学的意義を見出した。つまり、対象プロセス特性の伝達関数化を前提としたH制御の適用を、すなわち周波数領域における対象特性の把握と制御系特性の整形を、本研究の主眼とすることを明らかにした。

 第2章では、資源処理プロセスの代表例とも言える浮選プロセスまたは湿式粉砕プロセスにおいて、しばしば遭遇する濃度調整プロセスが呈する逆応答も含む非線形応答特性をシミュレータの上で再現し、そのような特性を呈する制御対象へのH制御の適用の有効性を示した。ここでのシミュレータは完全混合槽2槽からなる双線形システムをモデル化したものである。双線形対象を制御対象としたと言う点ではとくに斬新性はないが、資源処理の分野でしばしば遭遇する特異な現象とその制御をモデル化と電算機シミュレーションによって定量的に示したことは、評価さるべきであろう。因みに本論文の著者が属する研究室では、過去において同一の対象にファジィ制御系の設計を実施しているが、その場合との比較の結果、今回の場合は設計手順の画一性、簡便性の点で優れていることも確認された。

 第3章は前章の延長線上にある内容をもっている。同様の非線形対象に対していわゆる線形化手法を適用し、制御成績の向上に成功している。線形化手法の適用に当たっては、近似モデルの設定、前章の対象をより一般化したn槽直列モデルの導入等、当該手法の適用に際してのより一般化、体系化された指針の提示もなされていると言えよう。

 第4章から第6章では制御対象として実操業セメント粉砕プロセスを取り上げている。提案された各種制御方式を実操業現場で検証する迄には至らなかったが、その他の面では現場との緊密な連携のもとに、研究は展開されている。

 第4章は第5,6章の導入部として置かれているもので、セメント粉砕プロセスの制御に関する主として文献による調査の結果である。現代制御理論、別名ベクトル制御理論の限界等、第1章で述べられている本研究の基本的姿勢あるいは目的を決定する要因が、一部ここでもたらされたことも明らかである。

 第5章では、物質収支に基づくいわゆる解析的な方法で、当該対象の伝達関数表示を行った。さらに、これらの伝達関数モデルに基づくシミュレーション結果と現場からのデータとの対比によって、伝達関数モデルの検証もなされている。この場合、伝達関数パラメータと実際の各種プロセス変数との関係が明確となっている。このようなことは、従来のもっぱら各種同定法からのモデルでは不可能なことである。厳密な高次の伝達関数モデルはもとより、以後の制御に資する低次の簡略化伝達関数も提示されている。因みに複雑な対象と言える粉砕閉回路の伝達関数モデル化に際して、コンピュータソフトウェア、MATLABが効果的に使用されていることも注目される。

 第6章では、前章で構築した伝達関数モデルを基礎として、ロバスト制御を主体とする各種の制御方策、とくに階層型制御系を2自由度制御系および非干渉化多変数制御系の導入にも言及の上、提案している。そこで登場する制御量、操作量あるいは外乱、たとえばクリンカーフィード量、クリンカー被粉砕性、もどり粉量、バケットエレベータ電力、助剤添加量、セパレータカットサイズ(回転速度)、精粉比表面積などは、とくに目新しいものではないが、それらの間の関係で従来定性的にしか把握されていなかったものが、静的さらには動的にも定量的に確認されたことは特筆さるべきであろう。

 第7章は上記各章を踏まえた総括に当てられている。

 以上のように本論文は、資源処理プロセスの二つの典型例として、まず特徴的な非線形性を呈する濃度調整プロセス、つぎに実操業セメント粉砕プロセスを取り上げ、それらの制御に資する数多くの情報を提供していると見なされ、その工学的価値は高く、したがって博士(工学)の学位請求論文として合格と認定した。

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