資源処理プロセスは「プロセス自体の不確定性及び複雑性、外乱の特異性」などの特性を有する制御対象である。この様なプロセスに対し近年の制御に対する高度な要求に応えるには、従来のPID制御などに替わるアドバンスト制御と称する高度の制御技術の導入が不可欠である。本研究は、近年の計算機技術を有効に用いることで、資源処理プロセスに対するモデルベースのアドバンスト制御、特にロバスト制御を中心とした制御の適用を検討したもので、次の7つの章から構成されている。 第1章では、資源処理プロセスの特徴とこれらのプロセスにおけるアドバンスト制御の重要性を述べるともに、本論文の研究目的を明確にした。 第2章、3章では、先ず浮選、粉砕などにおける各種濃度制御系で遭遇する双線形系に注目し、ロバスト制御を中心とした制御の適用性を検討した。すなわち、 第2章では、典型的な双線形プロセスに対するH∞制御の適用を検討した。この対象は、設定値(この場合、濃度)を変更するごとに対象の動特性が変動したり、水の流量を上げたにも拘わらず濃度が増大するいわゆる逆応答が生じる。そこで、これらの変動に対しても系の安定性を維持するH∞制御系の設計を行った。その結果、各種双線形対象に対し設定値の変更による対象の変動幅が小さい場合は勿論、変動幅が大きい場合においても安定な制御を行うことができた。また、この系にファジィ制御を実施した場合と比較したところ、全般的に速応性の良い制御が行われていたが、ファジィ制御の設計段階においては試行錯誤による多大の労力と時間を要した。一方、H∞制御は重み関数を調整するという体系的な作業により設計が行える利点が確認された。 第3章では、前章で扱った双線形性に対し線形化手法を適用することで、H∞制御では得られなかった制御性能を実現した。ただし、この対象は系の特異性のため種々の線形化条件を満たさない。そこで、設計では対象の特性及び線形化条件を十分考慮した上で、対象の近似モデルを構築したのち対象の線形化を行った。この結果、線形化手法を用いたことで、制御性能の改善、すなわち、系の応答特性の設定値依存性の低減や、線形化領域の拡大による濃度設定値の広範囲の変更が可能となった。さらに、逆応答の影響についてもこの手法により補償することができた。特に、近似モデルの構築及び対象の一般性を考慮したn槽モデルへの線形化手法の適用を体系化したことにより、今後この種の一般的な条件に対しても当該手法の適用が可能となった。 第4章から第6章においては、実操業対象に対するロバスト制御を中心とした制御の適用例として、セメント仕上げ粉砕プロセスをとりあげた。すなわち、 第4章では、セメント仕上げ粉砕プロセスにおける制御の現状を明らかにし、この制御における問題点と課題を指摘した。 第5章では、粉砕閉回路の物資収支モデルに基づいた対象の伝達関数モデルの構築を行った。モデル構築では、先ず対象の特性を把握するため、各種現場データの解析、及び物質収支にもとづく粉砕閉回路モデルの構築による対象の特性解析を行った。その結果、フィード量に対するミル排出産物の応答の時定数は数時間と長いこと、この条件下ではホールドアップ量の変化がミルの粉砕性に与える影響が大きいことなどが確認された。また、助剤添加量の増加は精粉量の増加を招くがこれにともなう粉砕費の増加により補償範囲は狭いこと、さらに、原料の被粉砕性の変化に起因しておよそ2時間程度の周期での精粉量の4-5%の変動がみられることもそれぞれ明らかになった。 次に、構築した物質収支モデルを出発点とした制御のための対象の伝達関数モデルの導出を試みた。その際、複雑な対象の伝達関数の計算にはMATLABを用いた。その結果、フィード量の変化に対する厳密な伝達関数を導出することができた。さらに、係数Ksをもつ簡略化モデルを構築したことで、厳密な伝達関数の次数低減化や、カットサイズ及び助剤添加量を入力変数としたり比表面積を出力変数とする伝達関数の導出を行うことができた。 第6章では、前章で構築したモデルを用い、この系に対するロバスト制御を中心とした制御系の設計を行った。設計においては、先ずこの系に対する制御方策の検討を行った後、提案した制御系に対する多変数コントローラの設計を実施した。 制御方策の検討においては、従来のミル排出量定値制御では安定性は確保されるが精粉に関する制御を行うことができないこと、また、カットサイズによる精粉の制御では、精粉の品質及び精粉量を同時に維持できないことなどが定量的に明らかになった。そこで、著者はカットサイズによる制御にその設定値変更制御を組み合わせた階層型制御系を提案した。これにより、例えば、原料の被粉砕性の悪化に対し精粉量の減少を抑えることが可能となった。また、この手法で重要な原料の被粉砕性の変化の検出は、精粉の量と比表面積の同時検出による推定で可能となることを示した。さらに、著者は助剤添加量にもとづく制御とカットサイズによる精粉品質の制御を組み合わせた制御系をも提案した。これにより、原料の被粉砕性が大きく悪化した場合の精粉品質の維持や、被粉砕性の向上時の精粉品質を維持したままの精粉量のみの増加がそれぞれ可能になった。 一方、コントローラの設計では、ホールドアップ量によるミル粉砕性の変化といった対象の非線形性や原料の被粉砕性の変化にともなう対象の動特性変化などを考慮するためH∞制御を適用を検討した。さらに、この設計では、設定値変更に対する速応性の改善を目的とした2自由度系の設計や、助剤による制御系に関する系の特性を考慮した対象の非干渉化を実施した。その結果、設計したH∞多変数コントローラにより、原料の被粉砕性の変化に対する精粉の設定値の維持や、系の速応性の改善が行えることが明らかになった。その際、提案した階層型の制御構造は精粉量の減少の抑制に有効であった。また、2自由度系を適用したことで外乱補償などのフィードバック特性を維持したまま設定値変更に対する速応性の改善が行えた。さらに、助剤添加量に対する非干渉化を行ったことで、ミル排出産物比表面積のみの増加や精粉品質を維持したままの精粉量の増加を実現することがぞれぞれ可能となった。 最後に、第7章では、上述の各結論に対する総括を行った。 |