学位論文要旨



No 213868
著者(漢字) 中村,優
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,マサル
標題(和) Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶の成長と臨界電流密度-磁場特性におけるピーク効果
標題(洋)
報告番号 213868
報告番号 乙13868
学位授与日 1998.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13868号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 1.はじめに

 近年、YBa2Cu3超電導体に代わりNdBa2Cu3系超電導体が注目され始めた。低酸素分圧下において溶融凝固法により作製されたNd1+xBa2-xCu3バルク体は、置換量xが抑制され、高Tc(95K)を示し、さらに、77Kでの臨界電流密度(Jc)-磁場特性において、外部磁場が0T時のJcよりも外部磁場が1〜2T程度時のJcの方が高い、いわゆるピーク効果を示すことが報告された。このピーク効果のために高磁場下でのJc特性は、Nd1+xBa2-xCu3溶融凝固体の方がYBa2Cu3溶融凝固体よりも優れているため、高磁場下応用においては、YBa2Cu3超電導体よりもNdBa2Cu3系超電導体の方がより適していると考えられ注目され始めた。高磁場下応用において、NdBa2Cu3系超電導材料を用いるためには、このJcのピーク効果の要因を解明し、ピーク効果を制御することが必要である。よって、このJcのピーク効果の要因を解明するための研究がにわかに盛んになったが、未だ、明確な証明はなされていなかった。

 このJcのピーク効果の要因を検討するためには、均質で純粋に近いNdBa2Cu3単結晶すなわち金属イオンがストイキオメトリー組成(Nd:Ba:Cu=1:2:3)に近いNd1+xBa2-xCu3単結晶(x〜0)が必要である。しかし、Nd1+xBa2-xCu3単結晶の育成は、ほとんどなされておらず、さらに、Nd1+xBa2-xCu3単結晶の育成に必要な平衡状態図すら、ほとんど報告されていなかった。

 そこで本研究では、Nd1+xBa2-xCu3単結晶を育成のために、新規に溶液引き上げ法を開発し、さらに、置換量xが少ないNd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶を育成した。この育成したNd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶を用いて、本研究の主題であるNd1+xBa2-xCu3超電導体におけるJcのピーク効果制御のために、ピーク効果の起源について、材料プロセス制御の立場からアプローチを行った。すなわち、Nd1+xBa2-xCu3超電導体におけるJcのピーク効果は、「NdBa2Cu3超電導体固有の性質」であるのか、または、「プロセスに依存」であるのかについて検討し、ピーク効果の制御を目指した。

2.Nd4Ba2Cu2O10-NdBa2Cu3系擬2元系平衡状態図

 Nd1+xBa2-xCu3単結晶を育成するために、異なる酸素分圧下(1,21,100%)において、Nd4Ba2Cu2O10-NdBa2Cu3-3BaCuO2・2CuO系擬2元系平衡状態図上におけるNdBa2Cu3相+液相の二相共存領域、及び、Nd4Ba2Cu2O10相+液相の二相共存領域の液相線(溶解度曲線)を実験的に決定した。その結果、包晶温度におけるNd溶解度は、Y溶解度に比べて約5倍程度大きいことが分かった。また、NdBa2Cu3の包晶温度直下における溶解度曲線の勾配(液相線勾配)は、YBa2Cu3の場合に比べて、約1/6倍程度、勾配が緩やかであることが分かった。決定したNd、Y溶解度の温度依存性より、飽和溶液の温度低下(過冷却)に伴い晶出するNdBa2Cu3相とYBa2Cu3相の晶出量の比較を行った結果、ともに包晶温度から10℃冷却した場合、晶出するNdBa2Cu3相の晶出量は、YBa2Cu3相の晶出量の7倍程度多いことが示された。

 溶液に対して、正則溶液近似を仮定することによって、溶解度曲線の表式を与えることができ、この表式は実験結果をうまく説明することができた。この表式より溶解エンタルピーと融解エンタルピーを導出し、融解エンタルピーより、固液の界面エネルギーを評価した。

 また、固液界面の知見を得るために、Jacksonによって導入されたファクターを溶解エンタルピーから導出した。その結果、今回調べたすべての面においてYBa2Cu3及びNdBa2Cu3(〜1)結晶のファクター値が>10であることが分かった。よって、これらのファクター値よりYBa2Cu3及びNdBa2Cu3(〜1)結晶の固液界面における結晶界面が原子的に平坦(ファセット)で、ノンファセット面は存在しないと考えられた。包晶温度直下でのファクター値については、YBa2Cu3結晶とNdBa2Cu3(〜1)結晶は同程度であることが分かった。

3.Nd1+xBa2-xCu3単結晶の成長

 平衡状態図、特に溶解度曲線の知見をもとに、Nd1+xBa2-xCu3単結晶育成の場合とYBa2Cu3単結晶の場合との相違点を検討し、Nd1+xBa2-xCu3単結晶育成のために新規に溶液引き上げ法を開発し、Nd1+xBa2-xCu3単結晶の育成を試みた。その結果、再現性良く1cm角程度のNd1+xBa2-xCu3単結晶(YBa2Cu3単結晶と同程度の大きさ)を育成することができた。溶媒組成Ba:Cu=3:5を用いた場合、1%酸素分圧下において育成することにより、ほぼストイキオメトリー組成Nd1+xBa2-xCu3単結晶を作製することが可能となった。

 Nd1+xBa2-xCu3単結晶の成長速度は、改良型溶液引き上げ法によるYBa2Cu3単結晶の成長速度に比べて、数倍程度速かった。この成長速度の違いは、成長温度近傍における溶解度と溶解度曲線の勾配の違いから理解できた。すなわち、成長温度近傍におけるNd溶解度が大きく、Nd溶解度曲線の勾配が非常に緩やかであることから、YBa2Cu3単結晶に比べて、Nd1+xBa2-xCu3単結晶はより高過飽和状態で成長していると考えられた。この成長時における過飽和度の違いは、結晶表面(001)面上のスパイラルパターン形状の違いとして観察された。

4.Nd1+xBa2-xCu3単結晶の構造及び結晶性

 新規開発した溶液引き上げ法により育成したNd1+xBa2-xCu3単結晶のキャラクタリゼーションを行い、物性評価における標準試料として適性をX線ロッキング・カーブ、X線構造解析等から評価した。その結果、結晶性に関しては、改良型溶液引き上げ法により育成されたYBa2Cu3単結晶と同程度であることが確認された。

5.Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶における臨界電流密度-磁場特性のピーク効果

 本研究の主目的であるNd1+xBa2-xCu3超電導体におけるJcのピーク効果制御のために、ピーク効果の起源について、材料プロセス制御の立場からアプローチを行った。すなわち、Nd1+xBa2-xCu3超電導体におけるJcのピーク効果は、「NdBa2Cu3超電導体固有の性質」であるのか、または、「プロセスに依存」であるのかについて検討した。新規開発した溶液引き上げ法により育成した金属イオンがストイキオメトリー組成に近いNd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶を用いて、種々のシリーズの熱処理を行い、Jcのピーク効果の有無を調べた。

 as-grown Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶に340℃、200h、100%フローの熱処理を行った場合、Tcが96.5Kと高く超電導転移幅Tcも1K以内程度と小さく、77KにおけるJcの磁場依存性においてピーク効果を示さず低Jc値であった。さらに、TEM-EDX分析から金属イオン組成に分布がないことが確認された。したがって、as-grown Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶に前記の熱処理のみを行った場合、結晶内は金属イオン組成比及び酸素量は均一であると考えられた。

 一方、500℃の酸素熱処理をNd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶に行うと、Tcが96Kと高く超電導転移Tcも1K程度と小さいにもかかわらず、77KのJcの磁場依存性においてc//Hの場合のみピーク効果が観察された。このNd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶においては、酸素欠損によるピーク効果ではないことが確認された。よって、500℃において、固相反応あるいは固相変態が起こり、Jcのピーク効果の要因となると考えられた。言い換えると、Nd1+xBa2-xCu3単結晶が均一(Jcのピーク効果を示さない)な状態から不均一(ピーク効果を示す)な状態に変化したと考えられた。この固相反応による不均一性がJcのピーク効果の要因となる。さらに、この試料に900℃の高温酸素熱処理を行うとJcのピーク効果はほぼ消滅したことより、この固相反応には可逆性があることが判明した。これは、一度、ピーク効果が観察されたNd1+xBa2-xCu3結晶試料においても900℃の高温熱処理することにより、均一化が起こりJcのピークが消滅したと考えられた。Jcのピーク効果が観察された試料において、TEM像による変調構造の観察及びTEM-EDX分析によるwavyな金属イオン組成変動の観察結果より、この固相反応は相分離反応であり、さらに、この相分離反応はスピノーダル分解である可能性が考えられた。したがって、Jcの磁場依存性におけるピーク効果は、NdBa2Cu3固有の性質ではなく、プロセスに依存することが判明した。

 YBa2Cu3超電導体における熱処理の意義は、粉体焼結あるいは、酸素をYBa2Cu3試料に導入し、いかに超電導体化するかというものであった。よって、超電導特性は酸素導入プロセスに依存せず、最終的なYBa2Cu3試料の酸素量にのみ依存するものであった。しかしながら、Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶においては、酸素導入目的以外のことで、育成後の熱処理プロセスが非常に重要であり、Jc特性、特に、ピーク効果の有無は熱処理プロセスに大きく依存することが結論された。さらに、熱処理プロセスによりピーク効果を制御することができた。

6.まとめ

 Nd1+xBa2-xCu3単結晶を育成するために、新規に溶液引き上げ法を開発し、さらに、育成中の酸素雰囲気を制御することによって、Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶の置換量xを制御することができた。この育成したNd1+xBa2-xCu3(x〜0)単結晶において、固相変態を利用する熱処理プロセスによりJcのピーク効果を制御することができた。

審査要旨

 Nd1+xBa2-xCu3は,低酸素雰囲気下で溶融凝固法で育成された結晶はNd置換量xが小さいため超伝導遷移温度が高く,また1〜2T磁場下の臨界電流密度が無磁場のときより優れるピーク効果を示すことから,次世代の超伝導材料として期待されている.本研究は単結晶の育成ならびにピーク効果におよぼす熱処理の影響について行われたもので6章よりなる.

 第1章は序論で本研究の背景を述べ目的と意義を明らかにした.

 第2章では,Nd4Ba2Cu2O10(以下422相)とNd1+xBa2-xCu3(以下123相)を結ぶ組成線上の422相と溶液組成3BaCuO2・2CuOとの擬2元系平衡状態図を作製した.特に,123相と液相の二相共存領域ならびに422相と液相の二相共存領域の液相線(溶解度曲線)を実験的に決定した.包晶温度におけるNd溶解度はY溶解度に比べて約5倍大きいこと,ならびに123相の液相線勾配はY系に比べ約1/6であることがわかった.これらのことは,Nd123とY123を比べてみると,包晶温度から同じ過冷度で成長させるとき,Nd系が大きな過飽和度が得られ,晶出量が約7倍多くなる事実とよく一致する.

 第3章では,単結晶育成について述べた.Y系などで成功した溶液中に温度差を設けて,すなわちYを融液に供給する211相を坩堝底におき底部を高く,頭部(引上げ部)の温度を低くする方法は,Nd系では単結晶を育成できなかった.そこでBa-Cu-O融液に2週間程度耐えるNd2O3坩堝を新たに開発し,融液中へのNd供給源を422相でなく坩堝としたこと,融液中の温度勾配をなくし過冷状態で結晶を成長させ,1cm角程度の単結晶の引上げに成功した.これらは第2章の状態図に関する知見と一致し,引上げ速度も数倍Y系と比べて大きい.溶媒組成をBa:Cu=3:5にし1%酸素雰囲気分圧下で育成した場合,123相の組成はほぼ化学量論組成であったが,酸素分圧が増加するにつれて化学量論組成からのずれは増加した.

 第4章では,新規に開発した溶液引上げ法により育成したNd123単結晶のキャラクタリゼーションを行った.結晶性に関してY123と同程度であることが確認された.

 第5章では,臨界電流密度-磁場特性のピーク効果におよぼす熱処理の影響について検討した.Nd1+xBa2-xCu3(x〜0)を低温一定温度保持酸素導入のみの熱処理(340℃,200h,100%酸素フロー)ではピーク効果を示さないことならびにTEM-EDX分析から金属イオン組成に分布がないことが示された.500℃酸素導入熱処理では,磁場をc軸方向に印可した場合のみピーク効果が観察された.超伝導遷移温度は96K,遷移幅1Kであるところから酸素欠損によるピーク効果でなく,500℃付近での固相反応がピーク効果の要因であると考えられた.ピーク効果を示した試料には,TEM像に変調構造が観察されることTEM-EDX分析により金属イオン組成の波状変動が観察されることから,この固相反応は相分離反応である可能性が考えられた.ピーク効果を示した試料を900℃に再加熱すると,ピーク効果を示さなくなることから,この固相反応は可逆性があるとわかった.酸素導入目的以外に結晶育成後の熱処理プロセスが超伝導特性に大きく影響することを示した意義は大きい.

 第6章は総括である.

 以上を要するに,本研究は,Nd1+xBa2-xCu3単結晶の育成とキャラクタリゼーション,熱処理プロセスによるピーク効果の発現を明らかにしたもので,凝固・結晶工学の進展に寄与する.よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54084