学位論文要旨



No 213869
著者(漢字) 李,洪玲
著者(英字)
著者(カナ) リ,コウレイ
標題(和) 放射線計測による機能材料の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213869
報告番号 乙13869
学位授与日 1998.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13869号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 本研究は,先端的な機能材料の評価に,物性発現に効果をもつと考えられるパラメーターとして,試料中のキイ元素の化学状態と非晶性の度合,およびアモルファス原子空間に存在する自由体積を採用し,それぞれ開発中の窒化物希土類磁石のキャラクタリゼーションと有機高分子の放射線照射や架橋度による分子構造の変化,熱特性,混合特性などの相関の研究に応用したものである。計測法としては,特異な情報をもたらせる原子核・放射線‥‥メスバウアー効果・陽電子消滅‥‥を選んだ。メスバウアースペクトロメトリーも陽電子消滅寿命測定法も,非破壊性と極めて特殊な条件での相互作用を利用するという特徴有している。試料としては,学術的にも,工業的にも有用な機能材料(磁気材料,高分子材料)を選び,キイ元素の化学状態およびサブナノ空間からの物性発現の解釈,機能材料の評価,新規材料の設計法の基礎を築くことを意図している。

 まず,メスバウアースペクトロメトリーの部分では,新しい磁気特性を示しているSm2Fe17Nxの窒素濃度,元素組成比,凝集状態および温度による変化などを磁気-核四極相互作用に基ずく超微細構造の解析を主体にして進め,特異な磁気特性発現のメカニズム,窒化プロセスの進行過程,窒化の進行による内部磁場,結晶性の変化,表面酸化過程に関して新しい解釈を試みた。また,熱重量分析-揮発ガスの質量スペクトル同時測定により変態温度を確認し,変態による析出物の同定も行った。すなわち,水素・アンモニア混合ガスを用いる窒化法では,直接注入法で得られるSm2Fe17Nxとの顕著な差異を確認でき,軟磁性-Fe相の析出を防ぐ手だてが考案された。また,窒素導入により結晶格子中の鉄の内部磁場は大きくなり,Fe原子の磁気モーメントが増加することが確認された。xが2.8から5.1まで結晶格子中の鉄の化学状態は変化せず,スペクトル中央部にダブレットが現われ,xの増加とともに面積強度比が増加した。結晶構造の9eサイトに単位結晶格子あたり2.2〜2.3個の窒素が入ると飽和し,それ以上の窒素は表面から結晶格子を壊しながら,格子間に侵入してアモルファス窒化物を形成すると推測される。保磁力は,このアモルファス非磁性層に磁壁がピンニングされることの寄与が生じるため,層厚にある程度依存して増加し,x=3.2の時極大値をもつことがわかった。また,Sm2Fe17N3.0微粒子の表面に酸化層が生成することを転換電子メスバウアースペクトロメトリーで検出した。さらに,熱重量分析により9eサイトに入り結晶内に緊く結合する窒素は〜720℃で結晶から遊離し,アモルファス層に入り結晶とゆるく結合する窒素は〜520℃で結晶から遊離することを発見した。

 本論文の主なる内容となる後半部では,陽電子消滅寿命法による自由体積の評価技術を実用的な分析法として確立したのち,サブナノ空間が,反応性,熱物性,機械物性などに直接に効果を及ぼす高分子材料について,自由体積の大きさや数濃度と,高分子の物性や反応,温度による物性変化に及ぼす影響を実験的に解明した。

 すなわち,ポリエチレンについては,電子線の照射,延伸や収縮により自由体積の温度依存性の変化を調べ,照射効果,延伸や収縮などが自由体積に及ぼす影響を考察した。自由体積は温度上昇とともに膨張し,どの試料でも相転移に対応する温度(240K)で屈折がみられた。照射効果はガラス転移温度以上では観測されなかった。これは,セグメント運動が活発で,放射線損傷を受けた部分の空孔が回復されるために,自由体積変化がぼやけてしまうのであろう。低温側で照射効果が観測されるのは,主鎖の運動が固定されているガラス状態では回復が少ないためである。照射した試料では自由体積の大きさや数濃度とも小さくなった。放射線照射によって架橋され,より密になったサイトを見ていることを示している。

 直鎖あるいは3分岐の主鎖の構造の異なる非結晶性ポリスチレンについて,50Kから423Kまでの広い温度範囲での分子構造,分子量分布が自由体積の大きさ,相対強度に及ぼす影響を検討し,高分子化合物の転移現象との関連を考察した。何れの試料でも,300K付近に自由体積の数濃度の温度依存性変曲点として転移と思われる転移が観察された。この温度に於ける自由体積の数濃度の温度依存性逆転現象は、転移温度を境に主鎖の局所運動が開始するとする考えに基づき説明できた。分子量に分布を持ち,かつ少量のオリゴマーを有するポリスチレンは、260Kに転移が観察された。自由体積の数濃度は高分子の分子量と相関性が見出され、分子末端と分子内部の分子運動性の違いに起因する現象と考えられる。自由体積分率は、いずれの試料も転移温度以下では温度によって顕著には変化せず、分子は自由体積の大きさと数濃度がお互いに打ち消し合う形で運動していることが示唆された。

 ポリスチレン(PS)に他のポリマーを混合させた系の自由体積についても研究した。ポリフェニレンエーテル(PPE)のブレンドについては,PPE含有量のちがいが自由体積に及ぼす影響の検討,自由体積の温度依存性からブレンドの熱特性について考察した。PPEの自由体積はPSより大きく,ブレンドの自由体積はPPEの含有率に伴い増大した。PSの自由体積の数濃度はPPEのそれより多く,PPE含有率に伴って直線的に低下した。また,PPEを混合するとガラス転移温度が上昇することを示している。アクリロニトリル(AN)含有率の異なるアクリロニトリル・スチレンランダム共重合体については,共重合体のAN含有量のちがいが自由体積に及ぼす影響を調べ,PS/PPEブレンドの測定結果と比較し,共重合体とブレンド中での自由体積の組成比の依存性のちがいを検討した。AS共重合体の自由体積の平均半径は,AN含有率増加に伴い直線的に減少した。その数濃度は,AN含有率が20%まではPS/PPEブレンドに比べて著しく減少したような結果が得られた。この理由は,ANは極性が高く,N原子の電子吸引性によって陽電子が飛程に沿って生成したスパー内の電子をスキャベンジャした効果で,陽電子が電子を捕捉してポジトロンニウムの形成が抑制され,ポジトロンニウム形成確率が減少したため,I3がPSに比べ急激に減少したと考えられる。ついで,スチレン・ブタジエンブロック共重合体については,PS部分の量(分子量)のちがいが自由体積に及ぼす影響を広い温度領域で調べ,SBRブロック共重合体の自由体積の大きさおよび数濃度とも相の界面が関与している可能性を示唆した。

 シリカを混入したシリコーンゴムにおいては,シリカの疑似橋かけ構造が自由体積に及ぼす影響および30Kから融点付近までの自由体積の温度依存性を調べた。自由体積の大きさはポリマーの橋かけ度、シリカ-シリカの疑似橋かけによって異なること,シリカ含有量が増大すると、自由体積の数濃度は減少すること,自由体積の大きさや濃度は、ガラス転移温度、融点など熱膨張係数が変化する温度で変化することが認められた。シリカ粉末の含有量が多いほど硬度は高いので、自由体積の数濃度は高分子の硬度すなわち結晶性に関係すると推察した。また,三次元架橋したポリシロキサンであるMQレジンについては,架橋密度により自由体積の温度依存性の変化を調べた。高架橋試料は,架橋点で主鎖の動きが妨害にされ,ひずみによる低架橋試料より大きな自由体積が生成することを観察した。その数濃度は低架橋試料より低く,架橋による結晶化および主鎖の動きの制約が示唆された。自由体積の大きさ分布をまとめると,低架橋試料では温度上昇によって分布の形が変わらずに大きくなるのに対し,高架橋試料では架橋点で運動が制約されるため分布のプロフィルが著しくゆがみ,特にガラス転移温度以上では極めて大きな自由体積が形成されることを確かめた。

 ポリメタクリル酸アルキルについては,低温における分子運動の緩和と自由体積の温度による相関を追跡し,エステルに結合したアルキル基の効果,分子運動の緩和と自由体積パラメーターがどのように関連しているかを考察した。自由体積の大きさはPnBMA>PnPMA>PEMA>PMMAになり、カルボキシル基に結合したエステル結合のアルキル側鎖が長いほど大きな自由体積が形成されることがわかった。転移点より高い温度では,側鎖エステル基の回転運動の解放とともにエステル基近傍の自由体積が増加し,新たな自由空間が形成されることも観測している。また、PnPMAよりPiPMAの自由体積が大きいことから、カルボキシル基に導入されたアルキル側鎖は,分岐型の方が直鎖型より分子鎖を広い空間に拡げるため,自由体積が大きくなるという従来の研究結果が確認できた。ガラス転移温度はPnBMA(293K)<PnPMA(308K)<PEMA(338K)<PMMA(378K)になっているので,大きな自由体積をもつポリマーの方が主鎖のミクロブラウン運動が起こり易いことがわかる。

 また,高度な機能プラスチックである形状記憶ポリマーを三種とりあげ,自由体積の平均サイズや数濃度の温度依存性を追跡し,形状を記憶するメカニズムと自由体積の関連を考察した。ポリノルボルネンについては,形状の回復が行われる際の分子配列の整列のために自由体積の大きさは形状回復の起きる直前の温度のそれよりも小さくなることがわかった。ポリウレタンについては,ガラス転移点付近における自由体積の膨張率には顕著な変化がみられないが,数濃度は水素結合量の形成に相関することを見いだした。形状記憶回復のプロセスはソフトセグメント中のウレタン基周辺の環境の変化と強い相関があることを確認した。スチレン・ブタジエン共重合体については,自由体積パラメーターから,形状記憶が行われる際に自由体積の数濃度は一旦減少し,形状回復すると再び増加することを見出した。結晶性-非晶性ブロック共重合体は,結晶化によってミクロ相分離構造はラメラ繰返し構造への構造再配列が起こると考え,この構造再配列には,自由体積の大きさには変化なく,自由体積の数濃度に依存することを示唆している。

審査要旨

 本論文は、先端機能材料の評価にその物性発現の鍵となる(i)元素の化学状態と非晶性の程度、及び(ii)アモルファス原子空間に存在する自由体積を新しいパラメーターとして採用しそれぞれをメスバウアースペクトロメトリー、および陽電子消滅寿命により研究したものである。論文は16章からなっている。第1章は序論で、研究の背景と目的について述べている。第2章では、メスバウアースペクトロメトリーによる化学状態の分析原理、方法、情報の特徴と位置づけ、意義などを解説している。第3章では、新しい磁気特性を示すSm2Fe17Nxの窒素濃度、元素組成比、凝集状態および温度による結晶構造の変化を、メスバウアースペクトルの磁気-核四極相互作用に基づく超微細構造から解析し、特異な磁気特性発現のメカニズム、窒化プロセスの進行過程と結晶過程に関する新しい解釈などをまとめている。さらに窒素導入による結晶格子中の鉄の内部磁場や、磁気モーメントの増加、結晶格子の破壊、アモルファス窒化物の形成、アモルファス非磁性層の磁壁のピンニングなどを明らかにしている。第4章では、陽電子消滅寿命法による自由体積の評価技術の原理、測定上の問題点、解析法の進展を述べ、分析法として確立する工夫の経移を述べている。第5章では、代表的な有機高分子であるポリエチレンについて、電子線の照射効果を自由体積の観点から考察し、放射線損傷の部分回復に関して新規な知見を得ている。第6章では、主鎖の構造の異なる非晶性ポリスチレンについて、広い温度範囲で分子量分布と自由体積の大きさの関連とを考察し、特に転移点での自由体積の挙動から高分子中に局在する自由体積の位置を推定している。第7章〜第9章は、ポリスチレンに他のポリマーを混合させた系の自由体積の変化の研究で、ポリフェニレンエーテルをブレンドすると自由体積は大きくなること、アクリロニトリルのランダム共重合体では自由体積の大きさが含有率とともに直線的に減少すること、さらにスチレンとブダジエンブロック共重合体について自由体積変化の見地から形状記憶ポリマー研究の基礎に重要な知見を与えている。第10章では、シリコーンゴムについて自由体積の大きさや濃度がガラス転移温度、融点など熱膨張係数が変化する転移温度で大きく変化することを初めて見出している。第11章では、三次元架橋したポリシロキサンは架橋点で主鎖の動きが妨害され、ひずみにより大きな自由体積が生成し、さらにガラス転移温度以上で極めて大きな自由体積が形成されることを示している。第12章では、ポリメタクリル酸アルキル化合物の低温における分子運動の緩和と自由体積の相関を追跡している。第13〜第15章では、形状記憶ポリマーの温度サイクルにおける自由体積の平均サイズや数濃度の温度依存性を述べ、形状記憶のメカニズムと自由体積の関連を考察している。第16章には以上の研究をまとめた結論が記載されている。以上のように本論文は磁気機能材料および高分子機能材料においての鍵となる元素の化学状態およびサブナノメートル自由体積を利用した工業分析法の実験的な基礎を築いたものであり、新材料開発の分野において学術的および実用上ともに有用な研究といえる。すなわち本論文は工業分析化学、物性科学材料などの学問の発展に寄与するところが大であると考えられる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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