火山地域で発生する地震を解析することにより、マグマや熱水の動きに関する情報を得ることができる。火山地域での地震観測においては、連続記録であることおよび広帯域記録であることが極めて重要である。火山における地震活動を特徴付ける火山性微動の研究には連続記録が不可欠であるし、火山性微動以外にも立ち上がりが不明瞭でトリガー方式では記録できない信号は数多い。また、最近ではいくつかの火山において非常に長周期の信号が観測されており、観測周波数帯域を長周期側に広げた広帯域地震観測の必要性を示している。 火山における地震学的手法を用いた研究では、従来は非火山性地震の解析のために開発された手法が転用されることが多かった。一方、火山で観測される地震にはテクトニックな地震にはない様々な特徴があり、解析手法もそれに応じて修正、あるいは新たに開発する必要がある。 火山を特徴付ける要素の一つは複雑な山体構造および地形である。火山地域で観測される地震波は構造および地形の影響を強く受けており、震源の情報を得るために波形解析を行なう際にはそれらの影響を考慮しないと、誤った震源の猫象が得られるであろう。 一方、非火山性の地震のメカニズムを解析する際には体積変化やシングルフォースの無いメカニズムを仮定することが多いが、火山性地震についてはこのような仮定をすることができない。なぜなら、マグマからの急速な脱ガスや地下水とマグマの接触による発泡などは体積の急増を伴い、また、爆発的噴火は下向きのシングルフォースを伴うからである。火山で観測される地震を解析する手法は非火山性地震に比べてより一般的な震源メカニズムを考慮したものでなければならない。 本研究では、広帯域地震記録を用いた波形解析を精密化することを目標とし、任意形状の自由表面を持つ媒質における弾性波伝播の差分法による計算法およびシングルフォースを含む一般的な震源に対する波形インバージョン手法の開発を行ない、さらに、これらの手法を薩摩硫黄島における広帯域地震観測へ応用した。 1.任意形状の自由表面を持つ媒質における弾性波伝播の差分法による計算 波動伝播を計算する様々な手法のうちでもっとも一般性が高い手法は差分法であるが、複雑な構造、地形を持つ媒質における波動伝播を計算する際に問題となるのは、いかにして自由表面を導入するかである。差分法において自由表面の境界条件を実現するためには、(1)explicitに境界条件を与える、(2)Vacuume formalizum(Boore 1970,1972)、などの方法がある。(1)は単純な形状の自由表面に導入された例はあるが、任意の複雑な形状に適用することは難しい。(2)についてBooreは2次元のSH問題について、境界より上の格子点において密度をゼロと置くことにより、応力ゼロの境界条件が実現できることを示した。最近Frankel & Leith(1992)は境界より上の格子点での密度を徐々にゼロに近付けることにより3次元への拡張を行なった。 本研究では、staggered gridを用いた差分法において、応力が定義される格子点と物質定数(速度および密度)が定義される格子点が一致することに着目し、自由表面で応力が消える条件を、対応する格子点における速度をゼロと置くことで置き換える。これにより、自由表面は、それより上に位置する格子点において速度がゼロとなる境界として実現される。任意の表面形状は計算領域における速度の分布を変えることによって容易に実現できる。注意しなければならない点は、表面に位置する応力成分のうち、ゼロとしなければならないものと、必ずしもゼロとならないものがあるということである。法線応力が定義される格子点を中心に持つunit cellを積み上げて差分格子を形成することにより、ゼロとしなければならない応力成分のみが表面に位置するようにすることができる。 2.シングルフォースを含む一般的な震源に対する波形インバージョン 非火山性地震については、実体波を用いて震源メカニズムと震源時間関数をもとめる手法としてKikuchi & Kanamori(1982,1986,1991)の方法が広く使われているが、火山性地震の解析に必要な、体積変化やシングルフォースを考慮していない。また、震源パルスの応答をデータの波形から次々と剥ぎとっていく手法であるため、剥ぎとりの順序に解が依存するという問題がある。 Uhira & Takeo(1995)は震源時間関数を区分スプライン関数で表現し、観測波形と理論波形の残差が最小になるように各スプラインの係数を決めるという手法を持ちいて、桜島の爆発地震の震源メカニズムを求めた。彼らの手法は体積変化を含む一般的なモーメントテンソル成分およびシングルフォースを考慮しており、さらに、剥ぎとりの順序に解が依存することもない。 本研究で用いる手法は、震源時間関数を区分スプライン関数で表す代わりに、時間軸上に等間隔で分布させた試験関数(ガウス関数、ステップ関数など)の重ね合わせで表現する。各試験関数の重みはUhira & Takeo(1995)と同様に、観測波形と理論波形の残差が最小になるという条件から決められる。手法の妥当性を数値実験により確認し、ハワイで1996年2月に観測された特異な波形の解析に用いた。その結果、ほぼ水平のクラックの開閉によるメカニズムが観測波形をもっとも良く説明するという結果を得た。 3.薩摩硫黄島における広帯域地震観測 薩摩硫黄島は鬼界カルデラ北西に位置する、険しい地形に特徴付けられる火山島である。島内の硫黄岳山頂から大量のマグマ起源ガスを放出している。現在と同等の活動が少なくとも1000年間継続していると考えられており、その期間に放出された火山性ガス量に対応する140km3の膨大な脱ガスマグマ量から、鬼界カルデラ下に大規模なマグマ溜りが存在することが指摘されている。観測される多量の脱ガス量は地下深部(〜4km)のマグマ溜りにおける発泡と気泡の上昇や岩脈の貫入によるマグマ固化に伴う脱ガスでは説明できない。そのため、マグマが火道上部において脱ガスして密度が増し、未脱ガスマグマと密度の逆転を起こして火道内のマグマ対流を生じる。このマグマ対流によりマグマ溜りから火道上部へマグマが効率的に運ばれる、というメカニズムが提案されている(風早・篠原1994)。 硫黄岳山頂からの定常的な脱ガスおよび火道内マグマ対流に付随する地震活動の観測を目的として、3台の広帯域地震計CMG-40T(固有周期30秒)と5台の短周期地震計L-4を硫黄岳周辺に設置し、サンプリング100Hzの観測を5日間ほぼ連続で行なった。 山頂付近で発生する他数の火山性地震および微動が記録されたが、その中で、注目すべき点は山頂付近の地震計で観測された火山性微動の振幅が極めて規則的に変動することである。変動の周期は46-50分であるり、また、微動振幅の規則的変動に同期して長周期のパルス状の波形を持つ火山性地震が発生する。振幅の空間分布から、微動の震源は山頂の噴気孔付近と推定される。 微動振幅変動に同期して発生する長周期のパルスを、本研究で開発した差分法による理論波形計算手法および波形インバージョン法を用いて解析した。波形インバージョンに用いるグリーン関数を計算するために、薩摩硫黄島の構造として、弾性波速度Vp=3km/s,Vs=1.8km/sおよび密度=2.4g/cm3を仮定し、実際の地形を34mのグリッド間隔で離散化したものを用いた。計算量を減らすため、グリーン関数の計算には相反定理を用いた。 解析の結果、山頂付近の極浅い部分(山頂から100m)に於いて等方的な体積膨張を示す震源メカニズムが得られた。得られたモーメントはM=1011Nmでこれは、約9m3の体積増加に相当する。 なお、地形を考慮せずに計算したグリーン関数を用いて、波形インバージョンを行なった結果では、対称性の低い震源メカニズムが得られた。これは地形による波形への影響を震源に押しつけた結果と解釈される。また、シングルフォースについては、信頼できる解は得られなかった。 Kazahaya et al.(1994)は火道内マグマ対流モデルとして、二重円筒型とマグマ球型の2つのモデルが示しているが、後者のメカニズムを仮定すると、(1)ガスに富むマグマ球が脱ガス深度に達した時に、長周期パルスが発生し、ガスの流量の増加に応じて微動振幅が増す。(2)マグマ球の脱ガスが終り、ガスの流量が下がるとともに微動の振幅も減少する。この(1)、(2)の繰り返しで観測されたデータを説明することができる。 長周期パルスの発生メカニズムとしては次のようなモデルが考えられるが、さらなる検討を要する。(1)マグマ球が上昇し、圧力が減少するとともに気泡の発生、成長が進み、マグマ球の体積も増加する。(2)浅部に近付くと、圧力の減少に伴う気泡の成長速度が増加するが、高い粘性のために、マグマ球の体積増加が追い付くことができなくなる。(3)地表付近(100m)で、マグマ球の不連続な体積増加が起きる。 |