学位論文要旨



No 213874
著者(漢字) 寺原,敦朗
著者(英字)
著者(カナ) テラハラ,アツロウ
標題(和) 頭蓋底部脊索腫の局所制御に対する腫瘍容積内の線量の不均一性の影響についての線量容積ヒストグラムを用いた解析
標題(洋)
報告番号 213874
報告番号 乙13874
学位授与日 1998.05.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13874号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 金沢,一郎
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 助教授 西川,潤一
内容要旨 研究目的および研究の背景:

 頭蓋底部の脊索腫(chordoma)は、手術による全摘は困難であり、大部分の症例において術後再発が起り、最終的には腫瘍死という転帰をたどる。可及的な外科手術と術後の放射線治療との併用療法が、最適な治療法と考えられているが、腫瘍が正常組織に近接、あるいはそれを圧排していることが多く、重要正常組織に対する線量の制限のために十分な線量を処方できず、50〜55Gyといった通常の線量の範囲においては、10年局所制御率は10%台と十分満足のいくものではない。陽子線などの粒子線の優れた線量分布を利用し、より集中的に腫瘍に高線量を与える治療が試みられており、65〜71コバルト等価線量(Cobalt Gray Equivalent:CGE)を照射することによって、5年局所制御率が63〜82%、10年で58%と、比較的良好な治療成績が得られている。しかし、それでも正常組織の近辺の腫瘍容積内において線量の不均一性、とくに低線量域が生じることは避け難く、これが局所再発の原因の一つであると考えられている。最近の放射線治療においては、線量容積ヒストグラム(dose-volume histogram:DVH)を用いて線量分布を定量的に評価することが行われるようになってきており、我々は以前に子宮頸癌の放射線治療における腔内照射の腫瘍容積に対する線量分布を、DVHを用いて評価を行ったが、その結果、腫瘍容積が大きい場合に局所制御率が低いのは、腫瘍容積内に線量が不十分な部分があるためであることが示唆され、DVHを用いた線量分布の定量的評価が、腫瘍の制御との関係を解析する際にも有用であった。本研究においては、線量分布の優れた陽子線を用いることによって治療成績が向上したものの、腫瘍容積内の線量の不均一性、なかでも低線量域の存在が局所制御に影響している可能性が定性的に示唆されていた頭蓋底部の脊索腫症例を対象に、腫瘍容積に対する線量分布をDVHを用いて定量的に評価し、その局所制御との関係を解析することを目的とした。

研究対象及び方法:

 マサチューセッツ総合病院及びハーバードサイクロトロン研究所において、1978年から1993年までの間に132名の頭蓋底部脊索腫患者に対して光子線及び陽子線を用いた放射線治療が行われた。このうち、線量容積データおよび十分な治療後の追跡情報を得ることが可能であった115名の患者を本研究の対象とした。治療時の年齢は19から80歳(中間値45歳)で、男性66例、女性49例であった。画像診断上明らかに腫瘍が存在していると考えられる部分を腫瘍容積と定義したが、治療開始時の腫瘍容積は4.6〜190cm3、中間値46cm3、平均57cm3であった。治療後の追跡期間は、5から174カ月、中間値51カ月、平均61カ月であった。全ての放射線治療が陽子線を用いて行われていた2例を除いた残りの患者は、光子線と陽子線との組合せによる放射線治療を受けていた。陽子線治療は、ハーバードサイクロトロン研究所の160MeVの陽子線を用いて、光子線治療は4あるいは10MVのライナックX線を用いてマサチューセッツ総合病院にて行われ、陽子線のコバルトガンマ線に対する生物学的効果比(relative biological effectiveness:RBE)を1.1とし、陽子線の線量は、物理線量にそのRBEである1.1をかけたもので表現し、単位としてCGEを用いた。一回1.8CGEの照射を週5回法にて行うことを原則とした。通常、週に一回はマサチューセッツ総合病院において光子線を用いた治療が行われた。顕微鏡的に腫瘍の浸潤が疑われる部分を含めたやや大きめのターゲットに45から50CGEを、腫瘍容積に対して処方線量までの照射が行われた。処方線量は66.6から79.2(中間値68.9、平均69.9)CGE、そのうち陽子線にて平均53.5CGEの照射が行われた。視神経及び視交叉、脳幹の表面、脳幹の中心部に対する線量制限は、ぞれぞれ60、64、53CGEと処方線量よりも低く設定されていた。治療後の患者は、マサチューセッツ総合病院あるいは地元の医療機関において経過観察が行われ、CTあるいはMRIといった画像診断が、腫瘍の状態の評価のために行われた。照射野内の腫瘍の容積が前回の画像診断に比較して増大したと判断された場合を局所再発とし、最初に局所再発が確認された画像診断の施行された日を、局所再発日とした。腫瘍容積に対する線量分布を評価するために、3次元治療計画システムを用いて腫瘍容積に対するDVHを全症例において算出し、デジタルデータとして保存した。そのDVHデータからいくつかのパラメーターを算出し、他の患者固有の因子や、治療関係の因子と合わせて、局所制御との関係の解析を行った。等価均一線量(Equivalent Uniform Dose:EUD)はNiemierkoによって提唱された、不均一な線量分布を評価、報告するための新しい方法であり、腫瘍容積に対して、同じ分割照射によって、均一に照射された線量で、ある不均一な線量分布の照射と同一の放射線生物学的効果を与えると思われる線量である。本研究においては、以下に示す計算式によって求めた。

 

 SF2は2Gy照射後の生存分画(survival fraction)の割合であり、本研究においては、SF2に広く用いられている値である0.5を用いた。Vrefは腫瘍の絶対容積の影響の補正を行うための参照容積であるが、本研究における中間腫瘍容積である46cm3を用いた。ViおよびDiは各線量レベル毎に容積を加算して算出したDVHにおいて、それぞれ対応する容積及び線量である。累積局所制御率は、Kaplan-Meier法を用いて算出した。また、群間の局所制御率の差の検定には、logrank testを用いた。また、各パラメーターによって2群に分ける際には、そのパラメーターの中間値、あるいは1/4、3/4値を用いた。各因子の局所制御への寄与を検定するために、単変量及び多変量解析をCoxの比例ハザードモデルを用いて行った。

結果:

 115例中、局所再発が42例(女性24例、男性18例)に認められ、累積局所制御率は5年で59.2%、10年で44.4%であった。治療後の局所再発までの期間は、12〜128カ月、中間値35カ月、平均で42カ月であった。性が局所制御に関して有意な因子であり、男性が女性に比較して有意に局所制御率が高かった(p=0.008)。この性の強い影響を除くために性によって層別化した単変量解析においては、EUD、腫瘍容積、最低線量、5cm3線量が局所制御に関して有意な因子であった(それぞれp=0.0284,0.0150,0.0216,0.0388)。それに対して、処方線量は有意な因子ではなく、処方線量が69CGE以上の群と、それ未満の群に分けて累積局所制御率を比較したところ、両群間には明らかな差は認められなかった。その他、組織型、最大線量、平均線量、中間線量、照射線量が66CGE未満の容積、90%線量、総照射期間は、有意な因子ではなかった。Coxモデルを用いた多変量解析の結果、ステップワイズ法(増加法及び減少法)を用いて単変量解析において有意であった5因子の評価を行ったところ、性及び腫瘍容積が有意な因子として選択され、EUD、最低線量、5cm3線量は有意な因子とはならなかった。

 EUDを性とともに強制的にCoxモデルに組み込んだ場合には、これらの二つ以外の他の因子、腫瘍容積、最低線量、5cm3線量は選択されなかった。また、性と腫瘍容積を含んだモデルと性とEUDを組み込んだモデルの二つを比較検討するためにchi-squareの値を算出したところ、前者では12.874であったの対して、後者では11.802であり、両者間に大きな差は認められなかった。すなわち、Coxの多変量解析においては、EUDと性を共変量としたモデル、あるいは、EUDと腫瘍容積を共変量としたモデルが最も有意なものであったが、放射線生物学的に最も意味があると思われたのは性とEUDのモデルであった。EUDが69.2CGE以上であった群は、69.2CGE未満の群に比較して、有意に局所制御率が高く(p=0.038)、前者の10年局所制御率が75%であったのに対して、後者のそれは38.9%であった。

結論:

 1.検討したすべての因子の中で、頭蓋底部脊索腫の放射線治療後の局所制御に対して統計学的に最も有意に相関のある因子として、多変量解析にて選択されたのは、性と腫瘍容積であった。男性あるいは腫瘍容積の小さな患者の方が、女性あるいは腫瘍容積が大きい場合に比較して、有意に予後が良好であった。

 2.腫瘍容積内の線量の不均一性の影響を評価するために、最も強い因子であった性による層別化を行って、DVHを用いて算出したパラメーターを検討したところ、最低線量や5cm3線量は局所制御と有意に相関しており、それらが低い方が局所再発率が高かった。これらの因子は腫瘍容積内の低線量域を反映していると考えられ、その存在が局所再発の原因の一つであることが示唆された。

 3.EUDも局所制御と有意に相関しており、統計学的には他の線量容積因子よりも優れた予後因子であることは証明できなかったが、EUDは放射線生物学的基礎にもとづき、腫瘍の絶対容積の影響や、低線量域を含めDVH全体を反映したパラメーターであることから、腫瘍容積に対する不均一な線量分布を評価するのに有用なパラメーターであると思われた。

 4.処方線量と局所制御との間には有意な相関はみられなかったことから、腫瘍容積に対する線量分布が不均一な場合に、照射線量を表現する数値として処方線量を用いることには問題があり、実際に照射された不均一な線量分布を反映する因子で評価するべきと考えられた。

審査要旨

 本研究は、放射線治療の際の腫瘍容積内の線量の不均一性、なかでも腫瘍容積内の低線量域が、局所制御に影響している可能性が定性的に示唆されている頭蓋底部の脊索腫症例を対象に、腫瘍容積に対する線量分布を線量容積ヒストグラム(dose-volume histogram:DVH)を用いて定量的に評価し、その局所制御との関係の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.患者固有の因子、線量分布に関する因子、およびそれ以外の治療に関する因子と局所制御との関係を解析したところ、頭蓋底部脊索腫の放射線治療後の局所制御に対して統計学的に最も有意に相関のある因子として、多変量解析にて選択されたのは、性と腫瘍容積であった。男性あるいは腫瘍容積の小さな患者の方が、女性あるいは腫瘍容積が大きい場合に比較して、有意に予後が良好であった。

 2.腫瘍容積内の線量の不均一性の影響を評価するために、性による層別化を行って最も強い因子であった性の影響を除き、DVHを用いて算出した線量分布に関するパラメーターを検討したところ、腫瘍容積内の最低線量や、腫瘍容積内の最低の5cm3線量は、局所制御と有意に相関しており、それらが低い方が局所再発率が高かった。これらの因子は腫瘍容積内の低線量域を反映していると考えられ、その存在が局所再発の原因の一つであることが示唆された。

 3.Equivalent Uniform Dose(EUD:等価均一線量)も同様に局所制御と有意に相関していた。統計学的には他の線量容積因子よりも優れた予後因子であることは証明できなかったが、EUDは放射線生物学的基礎にもとづき、腫瘍の絶対容積の影響や、低線量域を含めDVH全体を反映したパラメーターであることから、腫瘍容積に対する不均一な線量分布を評価するのに有用なパラメーターであると考えられた。

 4.処方線量と局所制御との間には有意な相関はみられなかったことから、腫瘍容積に対する線量分布が不均一な場合に、照射線量を表現する数値として処方線量を用いることには問題があり、実際に照射された不均一な線量分布を反映する因子で評価するべきと考えられた。

 以上、本論文は、線量分布に優れた陽子線を用いることによって治療成績が向上した頭蓋底部の脊索腫に対する放射線治療において、腫瘍容積内の線量分布をDVHを用いて定量的に評価することにより、その局所制御が不良である原因の一つが低線量域の存在にあることを明らかにした。本研究はこれまで十分な定量的検討が行われていなかった、腫瘍容積内の線量分布と実際の治療効果との関係の解明に重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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