シナプス小胞関連蛋白シナプシンIは、主にin vitroの実験から神経細胞のシナプス形成と、神経伝達物質放出に重要な役割を果たしていると考えられてきた。本研究はシナプシンIの機能をin vivoで検討するためにシナプシンI欠失マウスを作製し解析したものであり、下記の結果を得た。 1.ジーンターゲティング法を用いて、2ラインのシナプシンI欠失マウス作製に成功した。 2.シナプシンI欠失マウスは一見野性型マウスと区別がつかなかったが、成長するに従って全般性の痙攣発作がしばしば観察された。 3.変異マウスの脳には粗大な解剖学的異常は認められなかった。 4.海馬苔状繊維が海馬CA3領域につくるシナプス及び小脳平行繊維が分子層につくるシナプスについて電子顕微鏡レベルの検索を行った結果、どちらのシナプス前部でも変異マウスではシナプス小胞の密度が減少していた。 5.変異マウスの小脳平行繊維シナプス前部のシナプス小胞の減少は活性部位近傍よりも離れた部位で著しく、シナプス小胞の神経終末内分布が変化していた。 6.変異マウスの海馬苔状繊維の神経終末のサイズが小さくなっていた。この神経終末の縮小は海馬苔状繊維及びその神経終末をDiIでラベルして観察することで確認された。 7.小脳苔状繊維のシナプスを急速凍結ディープエッチ法を用いて電子顕微鏡で観察した。その結果、シナプス小胞から伸びて他のシナプス小胞あるいは細胞骨格要素との間を架橋する短いフィラメントが変異マウスでは減少していること示唆された。 8.海馬スライス培養を用いて海馬苔状繊維のシナプス(CA3領域)の電気生理学的実験を行い、シナプスの機能について評価した。変異マウスのfEPSP、Long-term potentiation(LTP)ともに異常は認められなかった。 以上から、シナプシンIはシナプス前部構造の形成もしくは維持に重要な役割を果たしていることが明らかになった。すなわちシナプシンIはシナプス形成及びシナプスの基本的機能に必須ではないが、シナプス小胞同士あるいはシナプス小胞と細胞骨格要素とのあいだを架橋し、シナプス小胞の空間的位置を安定化することを通じてその動態を調節する働きを持っていると考えられる。本研究はシナプシンIの機能をin vivoの系で検討し、特に不明な点の多いシナプス前部の機能の分子レベルでの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |